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貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。
シスター服にはロマンがあるのです。
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あっさりと答えた私に部屋が静まり返った。
「慣性の、法則……?」
鸚鵡返しに訊き返すイエイツ修道士。私は頷いた。
慣性の法則――それは、『物体に外部から力が働かない時、または、働いていてもいてもその合力が0である時。静止している物体は静止し続け、運動している物体はそのまま等速度運動を続ける』というものである。
それを分かりやすく噛み砕いて説明するならば。
「慣性とは、惰性とも申します。そうですわね……例えば、真っ直ぐでなだらかな道を一定速度で動いている馬車があるとします。この馬車がいきなり停止すれば中に乗っている人はどうなりますか?」
「それは……前につんのめりますな」
「ええ。つまり、前のめりになる力が働くでしょう? それは、馬車と共に中の人も動いていたからですわ。いきなり馬車が停止すれば、中の人は惰性……慣性で動き続けようとする。ですので前につんのめるのです。
逆に、静止した馬車をいきなり急発進させるとするならば、きっと中の人は後ろに押し付けられるような感覚を味わうでしょう。それも、中の人は静止し続けようとする慣性の力が働くが故の事ですの」
それを前提として、と続ける。
「さて、ここで問題ですわ。中で人が飛んだり跳ねたりできる大きさの、揺れをほとんど感じる事のない特殊な馬車があるとします。
これを一定速度でなだらかで真っ直ぐな道を走らせた状態で、中に立っている人がぴょんと垂直に飛んだとしましょう。この人は取り残されて馬車の後方の壁にぶつかるでしょうか?」
「先程仰ったように中の人も運動しようとするならば……飛んだ場所に着地する……?」
「正解。同じ場所に着地するはずですわ。もし、馬車が一定速度ではなく、加速もしくは減速していればそれこそ取り残される現象が起き、飛んだ場所とはずれて着地する事になるでしょう。
同じように、もし、この時この瞬間、世界の動きがいきなり止まれば、私達は空の彼方にでも吹っ飛ばされてしまうでしょうね。
結論としましては、私達が飛んだり跳ねたり、また鳥が飛んでも取り残されないのは、私達も同時に世界と動いているが故の事ですわ」
「おおお、そのような事だったのですか! いや、しかしまだ疑問がある。世界は丸いとするならばこちらと世界の裏側と上下がおかしくなる事になる。これは一体どういう事なのか……」
「ああ、それは……」
私は重力と万有引力の話をした。メンデル修道院長とべリーチェ修道女が感極まったように祈りの所作をし、イエイツ修道士は「何と、そうだったのか!」と大袈裟なくらいに感動している。
エヴァン修道士を窺うと、何故か愕然とした表情を浮かべてこちらを見ていた。何か? と微笑むと、顔を歪めて口を開く。
「……大きな物であるほど強く別の物を引き付ける万有引力とやらが働いている、というお話が本当ならば、では何故月は空に浮かんでいて落ちて来ないのですか?」
「ああ、それは落ち続けているんですわ」
私は修道院長に筆記具を借り、ついでに公転の仕組みを図解して説明してあげた。同じ仕組みで、太陽神の周りを世界が回っている、つまり落ち続けているのだとも。
前世、学生の頃に学んだ記憶が蘇る。四季がある理由を説明せよ、とか日食、月食の仕組みを説明せよ、とか。懐かしいなぁ。
説明をし終えると、エヴァン修道士の瞳に明らかな畏怖が宿る。
「あ…貴女様は……本当に?」
問いかけられた声は、少し震えていた。
***
「まさかこの時代にマリー様のようなお方が現れるとは思ってもおりませんでした。これも太陽神のお導きなのでしょう」
「恐れ多い事ですわ」
私は修道女の居住区に来ていた。男子禁制のラインで、グレイはイエイツ修道士の部屋で待っていると言って戻って行っている。
最後に通された修道女専用の礼拝堂のベンチに座り、一通り案内してくれたべリーチェ修道女はほうっと溜息を吐いて祈りの所作をする。なんとなく私とサリーナもそれに倣って祈った。
あの後。
どう答えたものか困って首を傾げて誤魔化すように作り笑いをしていると、修道院長が「おお、もうこのような時間ですな。べリーチェ修道女、マリー様のご案内を」と助け船を出してくれた。
これ幸いと彼女に連れられて部屋を辞す。私の説明書き(是非とも欲しいと言われたのであげた)を嬉しそうに手に取って眺めているイエイツ修道士や何かをじっと考え込むように床を見詰めているエヴァン修道士。
多分、宇宙人からオーバーテクノロジーを聞かされた科学者状態なのだろう。実際私は宇宙人みたいなもんだしな。
ただ、無邪気に喜ぶイエイツ修道士はともかく、ショックを受けていたようなエヴァン修道士の様子がちょっと気にかかる。大丈夫だろうか。
そんな事を考えていると、
「主だった者を紹介しましょう」とべリーチェ修道女に声を掛けられる。気が付くと、これから研修する上でお世話になるであろう修道女達がぞろぞろと集まってきていた。
聖女――候補である事を知らされているのはべリーチェ修道女だけ。何て説明するのかと思っていると、「キャンディ伯爵家の三女のマリアージュ様です。信仰熱心で神学に興味をお持ちなので、暫くの間通いでこちらで学ばれる事になりました」と。
そういう事になっているらしい。それに合わせて淑女の礼をして挨拶をすると、彼女達もめいめい挨拶と自己紹介をしてくれた。年齢にはばらつきがあるが、若い修道女達も多く、彼女らには親近感が湧いた。目に浮かぶ好奇心の色を隠そうともしていない。
修道女は皆一律に同じ服を身に纏っている。前世でいう、カトリックのシスター服のようなやつ。皆同じ服というのも制服を思い出させ……何か、女子高みたいで楽しそうだなと思った。
「こちらで学ぶ間は、私も同じ服を身に着けたいと思うのですが……構いませんか?」
気が付けばそんな事を口走っていた。
「慣性の、法則……?」
鸚鵡返しに訊き返すイエイツ修道士。私は頷いた。
慣性の法則――それは、『物体に外部から力が働かない時、または、働いていてもいてもその合力が0である時。静止している物体は静止し続け、運動している物体はそのまま等速度運動を続ける』というものである。
それを分かりやすく噛み砕いて説明するならば。
「慣性とは、惰性とも申します。そうですわね……例えば、真っ直ぐでなだらかな道を一定速度で動いている馬車があるとします。この馬車がいきなり停止すれば中に乗っている人はどうなりますか?」
「それは……前につんのめりますな」
「ええ。つまり、前のめりになる力が働くでしょう? それは、馬車と共に中の人も動いていたからですわ。いきなり馬車が停止すれば、中の人は惰性……慣性で動き続けようとする。ですので前につんのめるのです。
逆に、静止した馬車をいきなり急発進させるとするならば、きっと中の人は後ろに押し付けられるような感覚を味わうでしょう。それも、中の人は静止し続けようとする慣性の力が働くが故の事ですの」
それを前提として、と続ける。
「さて、ここで問題ですわ。中で人が飛んだり跳ねたりできる大きさの、揺れをほとんど感じる事のない特殊な馬車があるとします。
これを一定速度でなだらかで真っ直ぐな道を走らせた状態で、中に立っている人がぴょんと垂直に飛んだとしましょう。この人は取り残されて馬車の後方の壁にぶつかるでしょうか?」
「先程仰ったように中の人も運動しようとするならば……飛んだ場所に着地する……?」
「正解。同じ場所に着地するはずですわ。もし、馬車が一定速度ではなく、加速もしくは減速していればそれこそ取り残される現象が起き、飛んだ場所とはずれて着地する事になるでしょう。
同じように、もし、この時この瞬間、世界の動きがいきなり止まれば、私達は空の彼方にでも吹っ飛ばされてしまうでしょうね。
結論としましては、私達が飛んだり跳ねたり、また鳥が飛んでも取り残されないのは、私達も同時に世界と動いているが故の事ですわ」
「おおお、そのような事だったのですか! いや、しかしまだ疑問がある。世界は丸いとするならばこちらと世界の裏側と上下がおかしくなる事になる。これは一体どういう事なのか……」
「ああ、それは……」
私は重力と万有引力の話をした。メンデル修道院長とべリーチェ修道女が感極まったように祈りの所作をし、イエイツ修道士は「何と、そうだったのか!」と大袈裟なくらいに感動している。
エヴァン修道士を窺うと、何故か愕然とした表情を浮かべてこちらを見ていた。何か? と微笑むと、顔を歪めて口を開く。
「……大きな物であるほど強く別の物を引き付ける万有引力とやらが働いている、というお話が本当ならば、では何故月は空に浮かんでいて落ちて来ないのですか?」
「ああ、それは落ち続けているんですわ」
私は修道院長に筆記具を借り、ついでに公転の仕組みを図解して説明してあげた。同じ仕組みで、太陽神の周りを世界が回っている、つまり落ち続けているのだとも。
前世、学生の頃に学んだ記憶が蘇る。四季がある理由を説明せよ、とか日食、月食の仕組みを説明せよ、とか。懐かしいなぁ。
説明をし終えると、エヴァン修道士の瞳に明らかな畏怖が宿る。
「あ…貴女様は……本当に?」
問いかけられた声は、少し震えていた。
***
「まさかこの時代にマリー様のようなお方が現れるとは思ってもおりませんでした。これも太陽神のお導きなのでしょう」
「恐れ多い事ですわ」
私は修道女の居住区に来ていた。男子禁制のラインで、グレイはイエイツ修道士の部屋で待っていると言って戻って行っている。
最後に通された修道女専用の礼拝堂のベンチに座り、一通り案内してくれたべリーチェ修道女はほうっと溜息を吐いて祈りの所作をする。なんとなく私とサリーナもそれに倣って祈った。
あの後。
どう答えたものか困って首を傾げて誤魔化すように作り笑いをしていると、修道院長が「おお、もうこのような時間ですな。べリーチェ修道女、マリー様のご案内を」と助け船を出してくれた。
これ幸いと彼女に連れられて部屋を辞す。私の説明書き(是非とも欲しいと言われたのであげた)を嬉しそうに手に取って眺めているイエイツ修道士や何かをじっと考え込むように床を見詰めているエヴァン修道士。
多分、宇宙人からオーバーテクノロジーを聞かされた科学者状態なのだろう。実際私は宇宙人みたいなもんだしな。
ただ、無邪気に喜ぶイエイツ修道士はともかく、ショックを受けていたようなエヴァン修道士の様子がちょっと気にかかる。大丈夫だろうか。
そんな事を考えていると、
「主だった者を紹介しましょう」とべリーチェ修道女に声を掛けられる。気が付くと、これから研修する上でお世話になるであろう修道女達がぞろぞろと集まってきていた。
聖女――候補である事を知らされているのはべリーチェ修道女だけ。何て説明するのかと思っていると、「キャンディ伯爵家の三女のマリアージュ様です。信仰熱心で神学に興味をお持ちなので、暫くの間通いでこちらで学ばれる事になりました」と。
そういう事になっているらしい。それに合わせて淑女の礼をして挨拶をすると、彼女達もめいめい挨拶と自己紹介をしてくれた。年齢にはばらつきがあるが、若い修道女達も多く、彼女らには親近感が湧いた。目に浮かぶ好奇心の色を隠そうともしていない。
修道女は皆一律に同じ服を身に纏っている。前世でいう、カトリックのシスター服のようなやつ。皆同じ服というのも制服を思い出させ……何か、女子高みたいで楽しそうだなと思った。
「こちらで学ぶ間は、私も同じ服を身に着けたいと思うのですが……構いませんか?」
気が付けばそんな事を口走っていた。
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