貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。

譚音アルン

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貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。

グレイ・ルフナー(47)

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 「若旦那様、若旦那様。旦那様がお呼びです」

 サイモン様に相談してから数日。交易関連の資料に目を通していると部屋の扉がノックされた。仕方なく僕は顔を上げる。

 「何だって?」

 「応接室にお客様がいらっしゃっております。旦那様は是非とも若旦那様にも顔を出して欲しいと仰せです」

 「分かった、すぐに行くよ」

 僕が大きくなるにつれて、客に面通しさせられる事は増えていっていた。商売には人脈も物を言う。父ブルックは自分が祖父から引き継いできたそれを少しずつ僕に継がせていっているのだ。

 部屋を出て、応接室へと歩き出す。

 先日――経緯を話して、どうしたものかと相談した僕。サイモン様曰く、教会に関してはあまり強く出ない方が良いとの事だった。彼らが僕の身辺を調査したとしても、異国の商人とも繋がりがあるルフナー子爵家の事。いざという場合でも何とでも言い逃れは出来るだろうと。
 そう簡単にマリーに行き着く事もあるまいと仰るサイモン様。キャンディ伯爵家――マリーを訪ねるのも、僕は婚約者だから不自然ではないから安心するが良いと。
 ただ、相手がかまをかけて来る場合もあるので、その受け答えの想定もしておいた方が良いと言われた。

 そう簡単にいくだろうか。この国は敬虔な信者も多い。身内がいる場所でさえ、言動には気を付けた方が良いのかも知れない。

 そんな事を考えながら僕は応接室の扉をノックする。

 「お父様、グレイです。お呼びと伺いましたが」

 「おお、来たか。入れ」

 父の声がして、扉が開かれる。重厚なテーブル、異国風味のソファー。
 いつもの応接室に、父とソファーに座っている客人の姿が目に飛び込んで来て、僕は一瞬息を呑んだ。客人の姿に見覚えがあったからだ。

 「これが私の不肖の末息子で、グレイと申します。株式に関する事に携わっておりまして。株式について詳しくお知りになりたければ遠慮なくこれに訊いて頂ければと」

 父がにこやかに紹介する。僕は慌てて商売用の微笑みを作った。
 客人も精悍な顔立ちに柔和な笑みを浮かべているが、その碧眼には油断ならない光が宿っている。

 「ああ、グレイ殿。久方ぶりです。いつぞやの、キャンディ伯爵家での兄君の婚約式でお会いしましたね」

 「お久しぶりです、ウエッジウッド子爵。その節はどうも」

 頭を下げて紳士の礼を取りながら、僕は見えない所で顔を歪めた。正直この男を家に招き入れた父が恨めしい。
 僕なりにウエッジウッド子爵の事を調べさせたが、父に聞いた以上の事は分からなかった。存在そのものが謎めいていて得体が知れない。

 ――何しに来たんだ。本当に株式の事だけを知る為に来たんだろうか。

 直感が、それは違うと言っている。相手の目的が知れないだけに一層不気味だった。

 「同じ子爵同士ではありませんか。どうぞギャヴィンとお気軽にお呼びください」

 「いえ、第一王子殿下の側近でいらっしゃる方を若輩者の私が気安くお呼びする訳には……」

 遠慮しているように見せて、暗に仲良くしたくないという気持ちを込めたけれど、父に軽く睨まれる。

 「グレイ。ギャヴィン殿はな、身分問わず広く民情を知りたいという殿下の御意向で取り立てて頂いたそうだ。だからそのように畏まる必要はないと仰っているぞ」

 「その通りです。上位貴族だけを重視するのではなく、下位貴族や庶民も疎かにせぬようにとの事で、わざわざ子爵の私を選ばれたそうですので」

 父ブルックに諭され、表情の読めないギャヴィンにそう言われては、僕も不承不承頷くしかなかった。勿論外面は取り繕って。

 「……わかりました。よろしくお願いいたします、ギャヴィン殿」


***


 「長距離の辻馬車運用に関して、休憩駅を設けるという画期的なお考えを先日お伺いしたのですが、殿下に奏上しましたところ、各駅に王国兵を配して治安維持をさせるという案を思いつかれまして。大層お喜びになっておられました」

 「おお、それならば民にとって何と心強い事でしょう」

 僕の分のお茶が注がれ、異国の菓子がテーブルに並んでいた。父の言っていた長距離の辻馬車についての話題を大人しく聞く。

 ……王国兵。
 その土地の領兵ではないという事は、殿下は王権を強化し、監視機構を作り上げるつもりなのかなと僕は思う。それぐらいの事は殿下を褒めちぎっている父ブルックも理解しているだろう。

 その話題が終わったところで僕は株式制度について話した。資金が乏しい者でも金を儲ける才覚さえあれば商売が出来るようになるという事。商売人が増えて市場が活性化すればよい競争が生まれるだろうという事。不当な高利貸しが減る効果もあるだろうという事。

 話を聞き終えると、ギャヴィンは考え事をする時の癖なのか、顎に手を当て人差し指で頬を突いている。

 「ふうん、成程……面白い事を考え付いたものですね。これは、グレイ殿の発案でしょうか?」

 訊かれて、僕は何となくギャヴィンの目的はこれなのだと思った。

 「いえ……遠い外国にはそのような仕組みもあると聞いた事がありますし、そう目新しい考えでもないと思いますよ」

 微笑んで誤魔化すようにそう言うと、ギャヴィンの口の端がゆるりと弧を描いた。

 「……そう言えば、兄君も『銀行』という仕事を始められたとか?」

 「はい。こちらは金貸しのやっている事に似ていますが、不当に高利を貪るようなものではなく、むしろ公正な機関を目指しています。一番の目的は商売の取引をしやすくする為のものですね。詳しくは、兄に訊かれると宜しいかと」

 本当はそれなりに知ってるけど、僕は兄に丸投げした。ギャヴィンの目が逸らされ、内心ホッとする。

 「興味深い事です。いつか兄君のお話も伺ってみたいものですね」

 「残念ながら本日は留守にしておりまして。いつかお目に掛かりましょう」

 父がそう約束する。後でアールに注意するように言っておいた方がいいな。


***


 昼下がりになって、帰宅したアールにあった事を話していると、「若旦那、手紙が」と小さな書付を渡された。

 「じゃあ、くれぐれも気を付けてね」

 「分かった。可愛い義妹の為でもあるしな」

 アールと拳をぶつけ合って、その場で書付に目を通した僕は、一気に青褪めた。

 「そ、そんな……!」

 「どうした?」

 「院長に、マリーの事がバレた……」

 殴り書きだったが、それは間違いなく、見慣れたイエイツの筆跡。


 ――『猊下、キャンディ伯爵家へ近々訪問の言。正装の用意有』
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