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貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。

グレイ・ルフナー(46)

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 ガタゴト、ガタゴト。
 僕は馬車に揺られていた。

 イエイツからどうしても例の事で話したい事がある、時間を作って欲しいと連絡を受けたのだ。もしかして何か新たな事でも分かったのだろうか。

 馬車の窓から外を眺める。遠くに二本の木が寄り添うように真っ直ぐに立っていて、まるでクァイツのようだと思う。僕は先日の朝食の席を思い出し、自然と笑っていた。

 あの日、マリーはルフナー家の家族全員がクァイツを使えるようになってて驚いてたっけ。
 父ブルックの辻馬車事業は第一王子殿下の後押しを受けたのもあり、今のところ順風満帆だ。長距離の運用を考える父に対してマリーがまた合理的なアイデアをすらすらと出していた。
 彼女は知識の塊のようだ、と思う。もしマリーが伯爵令嬢でなく身寄りも無かったら、目端の利く権力者はきっと囲い込んでその知識を利用していたに違いない。いや、伯爵令嬢であっても、目を付けられて攫われでもしたら厄介な事になるだろう。
 例の件について、マリーの存在は何としてでも隠さなきゃ。サイモン様の気持ちが良く分かる。

 マリーがメイソンから巻き上げた金で投資をしたいというので株券を売ってあげた。父の手掛ける辻馬車事業なら間違いはないと思う。ほくほくした表情を見ると、マリーは貴族というよりも商売人の方が向いているかも知れない。うちの嫁としてはうってつけだ。

 外の景色を眺めながらそんな事をぼんやり考えていると、何時の間にかラベンダー修道院へ着いていた。


***


 「グ、グレイ……その、な」

 イエイツの部屋を訪ねると、彼は目を逸らし、決まり悪そうに言葉を濁している。何だか様子がおかしい。まるで、後ろめたい事でもあるような。

 「……話したい事があるんだよね。どうしたの?」

 じっと見つめて返答を待つと、イエイツは大きく息を吐いて頭を深々と下げた。

 「――済まぬ、グレイ。本当に済まぬ。実は、例の件を調べている事を見つかってしもうてな。全てお話ししてしまったのだ。話さねば望遠鏡を太陽神に向けている不敬により破門にすると言われてしまっては……」

 「話してしまったって……」

 にわかに嫌な予感が足元から上がって来た。誰に、と訊こうとしたその時。イエイツの部屋の扉がバタンと音を立てて開けられる。

 「おお、グレイ殿。お久しゅうございますな」

 そこに立っていたのは。顔が強張っていく。
 何故、修道院長が。

 後ろには棒を持った修道士達。修道院長――メンデル・ディンブラ大司教はにこやかな表情を浮かべていたが、その瞳は油断なくこちらを見据えていた。

 「イエイツより全て話は聞きましたぞ。事が事だけに、是非ともグレイ殿にもじっくりとお話を聞かせて頂きたいと思いましてな。御同行、願えますかな」

 修道院長の言葉と同時に修道士達が僕が逃げようとすればいつでも振るわんとばかりに棒の先をややこちらに傾けて来る。
 それは実質有無を言わさぬ強制だった。

 修道院長室で、僕は修道院長と相対してソファーに座らされていた。扉の左右には棒を持った修道士達が立って目を光らせている。逃走する事は出来ない。
 メンデル修道院長は、薬草茶を一口啜って口火を切った。

 「イエイツがこそこそと修道院の記録を読み漁っておったので何か良からぬことでも企んでいるのかと思いましてな。
 それに、どこから手に入れたのか高価な望遠鏡を所持しているばかりか、恐れ多くも神に向けておりましたので流石に見過ごす訳にはいかず。
 驚きましたぞ。問い詰めてみれば、それがまさかこの世のものとは思えぬ、神の如き知識とは……」

 「……望遠鏡を彼に贈ったのは僕です。勝手な事をして申し訳ありません」

 ひとまず、依頼した事で望遠鏡で太陽神に不敬を働いていたというのは事実だ。僕は頭を下げた。

 「いえ、いえ。構いませんぞ。話を聞けば不敬では無かったのですからな。グレイ殿を通じて来たるべき災厄から人々を救わんが為にそのお方が調べるようにと依頼なさったのでありましょう。
 ただ、そのお方は太陽神に遣わされた聖女や賢者の再来に違いありませぬぞ。イエイツも知らぬと申しましたがグレイ殿はどなたかご存じなのですな。何故隠されるのか」

 「ええっと、ですね……」

 確定的に言われて、僕は頭を巡らせた。マリーの言う通りに行きずりの外国人だと誤魔化そう。
 しかし修道院長は若造の思惑などお見通しなのか、笑みを消して炯炯けいけいとした眼光でこちらを見据える。あまりの迫力に、僕はごくりと唾を呑んだ。

 「……グレイ殿。我がソルツァグマ修道院は貴殿の祖父君の代よりずっと懇意にさせて頂いておりました。今更知らぬ仲でもありますまい。
 ここで誤魔化されたり偽りを申されると……我らとしてもラベンダー事業にしろ今後の関係を考えざるを得ませんな。
 神の使いとあらば我ら教会で何としてでもお守りせねばならぬお方。場合によっては教会全体を敵に回す事もあり得ますぞ!」

 「そっ…それは……」

 教会全体を敵に回す!?

 僕は全身の血の気が引くような思いがした。
 そうなればルフナー家やそれに連なる一族はこの国には居られないだろう。
 いや、この国どことか、教会のある国にはどこにも……。

 それでも、マリーの名を今出す訳にはいかない。僕は正直に答える事にした。

 「申し訳ありません。隠しているのは、本人が名を出す事を望んでいないのです」

 「それは真ですかな?」

 「はい……そう頼まれたので親しい友人であるイエイツにさえ言わなかったんです」

 頷いた僕に対して、修道院長は顎鬚あごひげを撫でた。

 「ふむう。分かりました。今日のところは手を引きましょう。グレイ殿に頼みがあるのですが、そのお方にせめて私にだけでも素性を明かして頂けないかと説得して頂けませんかな。来たるべき災厄について調べるのにもイエイツ一人では不足がありましょうからな」

 「それぐらいなら……」

 僕はやっと無罪放免になり、その足でキャンディ伯爵家へ向かった。
 だけど、流石の僕もサイモン様に相談した日から数日も経たない内に、マリーの事を嗅ぎつけられるなんて思ってもいなかった。
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