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貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。
聖女マリアージュ。
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家族がハラハラとして見守る中。
茶席が整えられ、カップにお茶が注がれていく。馥郁とした香りが辺りに漂ったところでメンデル大司教は早速切り出して来た。
「マリアージュ姫様。何故神よりの叡智を授かってお生まれになったのにお隠しになっていたのですかな?」
訊いているのはイエイツ修道士やグレイが私の名を頑なに明かさなかった事だろう。私は首を傾げた。
「先程、猊下は私の事を恐れ多くも聖女様と仰られましたが……賢者様や聖女様といった古の偉大な方々は、自分からそうと名乗ったわけでは無く、その成した功績によって自ずとそう呼ばれていったのでしょう? そう考えれば、何の功績も無い私はただの小賢しい娘であって、聖女様などではありませんわ」
賢者や聖女って他称だと思うんだよね。自分から名乗る奴はガセとしか思えない。そう言うと、大司教は慌てて「とんでもない!」と言い募る。
「そのようにご謙遜なさらずとも……イエイツ修道士より聞いた知識はとても人の考える事とは思えませんぞ。神より下された叡智としか。姫はそれをどこから知りえた事なのですかな」
……やっぱり訊かれるか。早めに答えを考えておいて良かったとつくづく思う。
「この世のどこから知りえた、というのではありません。自然に(前世の記憶が)頭の中に浮かんでくるのですわ。しかし私にもそれが真実かどうかは分かりません。ですからイエイツ修道士に確かめて頂いていたんですの」
多少省略したが嘘は言ってない。メンデル大司教は目を見開いて祈りの所作をした。
「おお、それは正しく聖女様や賢者様の奇跡と同じ……! マリアージュ姫様におかれましては、是非とも聖女様として教会においで頂けませんかな」
そらきた。私は儚さを精一杯演じて俯いた。
「それは…申し訳ありません、無理ですわ。私は……体もあまり強くなく、社交界にさえ出れぬ身。穏やかに、静かに生活していたいのです」
そっと顔を上げて周りを窺うと、どの口が言う、と父や兄達の目が雄弁に語っていた。自分でもちょっと白々しいかな、と思うけど、ここが正念場なのだ。
手を胸元で組み、眉を意識して下げて悲し気な表情を作る。
「聖女とされてしまえばそれも叶わなくなるでしょう。聖女として難しい仕事を求められ、安らぎを与えてくれる家族とも引き離されてしまいます。
それに、聖女となれば権威の為に愛する婚約者と無理やり別れさせられた挙句、王族に嫁げと言われてしまうかも知れませんわ。そうなれば気の休まる時はありません……考えるだけで胸が潰れそうですわ。心労と心痛が祟って死んでしまうかも……」
「そんな! 大司教様、マリーお姉ちゃまを連れて行かないで!」
「マリーお姉ちゃまと離れるのは嫌!」
「ああ、イサーク、メリー!! お姉ちゃまも同じ気持ちよ」
弟妹が私に飛びついて来た。それを抱きとめながら思う。ナイスタイミングだ。見えないところで二人ともちろりと舌を出しているからわざとやってくれたんだな。よーし、よしよし。今度何かまた買ってやろう。
とうとう、ぐふっ…と声がしてカレル兄が俯いた。皆の視線が集中する。兄は口を覆って下を向いて肩を震わせていた。
「いえ……申し訳ありません。妹が…妹があまりに不憫で……」
一見、妹を思って泣くのを堪えているように見えるだろう。勿論実際は違うが。教会御一行の面々が同情的な眼差しをしているから上手く誤魔化せてるようだからいいものの。
「いっ、いや、我らはそのようなつもりではなく」
慌てる大司教。そりゃそうだよなぁ。仕向けといてなんだが、まるっきり教会側が悪人みたいだもの。
「聖女様となられても無理にご家族や婚約者と引き離すことはありませんぞ。通いでも構いませぬからな。儀式に参加して頂いたり、祈ったり、お言葉を賜ったり。そのような事ぐらいで何も難しい事は。もしマリアージュ姫様がお望みならば教会の力を以て如何なる権力からもお守り致す事も辞しませぬ」
メンデル大司教は余程教会に聖女が欲しいのか、そう請け負った。掛かった――と思いながら私は大司教を見詰める。
「まあ猊下、それは本当ですか? 例えば、聖女が私であると誰にも知られぬようにも出来ますか?」
「お望みとあらば」
「もし、誰にも知られぬようにして下さるのなら。そして、家族や婚約者とも引き離されず、穏やかな生き方が許されるのなら。
そして、イエイツ修道士が今調べられている事を増員の上で改めてちゃんとお調べになった結果を功績としてならば聖女という称号をお受けしても構いません。
私は……臆病なのです。特に王族とは絶対に結婚したくありませんの。婚約者であるグレイ・ルフナーと結婚し、ひっそりと穏やかに幸せな結婚生活をする事……これだけが私の望みですわ」
「分かりました。ならば我らの全力を以てお守りしましょうぞ」
大司教はそう言うと、随行共々礼を取った。
それから、私…というかキャンディ伯爵家と教会で幾つかの取り決めが交わされた。
イエイツ修道士の調査を人員を増やして精査し、その結果を以て私が聖女になる事。
教会は聖女が私である事を隠し通す事。聖女である事を公表するのは少なくとも結婚後、時期を見て行われる。
仮に王族にバレて理不尽な縁談が持ち込まれても守る事。その場合、緊急措置としてグレイ・ルフナーとの婚姻儀式を即座に執り行う事も含まれる。
調査結果次第では教皇様や国に報告し、然るべき対策を講じる事。
聖女としての研修みたいなものはあるそうだが、それは通いとする。通いには必ず兄の一人か婚約者のグレイ・ルフナーを伴う事。
等々……大体私の要求が通った形となる。それでもメンデル・ディンブラ大司教御一行は目的を果たしたとばかりに嬉々として帰って行った。
***
大司教一行が帰って暫く。グレイが血相を変えて再度うちにやってきた。「まさか今日乗り込むなんて……」と頭を抱える彼を自室に通し、安心させるために一部始終を報告する。
「そんな感じでまとまったの。上手く行ったわ、グレイ」
話を聞き終えたグレイははぁっ…と溜息を吐いた。
「本当にごめん……マリーは秘密にしたがってた。聖女になりたくなかったんでしょ。それなのに……」
「もう、それは言わない約束よ。教会の目はどうしたって欺くには限界があると思うし。それに、精査が済むまで時間もあるし、聖女にしたってその結果次第だから必ずしも決まった訳じゃないわ」
と言っても、高確率で決まりそうだけどな。
むしろ条件的には大成功だとも言える。というか、今日の大司教の様子を見る限り、教会側は『奇跡の再来・聖女再臨』という信仰の求心力を欲しがっているのは確実だ。多少無理があったとしても聖女認定してきそうな気がする。
こちらとしては宗教を取り込めば心強い。守ってくれるなら尚の事大歓迎だ。それにネットワークも利用できるし聖女として頼めば色々やって貰えそうだし。まあ取り扱い注意の両刃の剣だろうがな。
「よしんば聖女という事になっても私がそうだというのは秘密にしてくれるそうだし、来たるべき災厄の対策も憂いは無くなるわ」
「うん……マリーが良いなら良いんだけど。最悪バレて王族がごり押しで来たらいくら教会が頑張ってもどうしようもないんじゃ……貴族はやっぱり王の臣下だし、政治に聖職者が干渉するって、争いが起きかねないよ」
若干歯切れの悪いグレイ。まあ確かに一理あるか。しかし宗教を敵に回してまで聖女を王族に取り込む価値があるとは思えない。私はグレイの顔に手を伸ばし、唇にキスを落とした。
「もし、万が一の事があったら。その時は私を連れて外国に逃げてね」
唇を離すと、グレイは一瞬「うぇっ……!?」と驚いて声を上げる。ややあって「覚悟しておくよ」と苦笑して、私の頭を撫でた。
***
その日から、十日程過ぎた月も終わりの頃――教会から使いがやって来た。
精査が終わったとの報告。その結果、私は聖女として認定されることになったのである。
茶席が整えられ、カップにお茶が注がれていく。馥郁とした香りが辺りに漂ったところでメンデル大司教は早速切り出して来た。
「マリアージュ姫様。何故神よりの叡智を授かってお生まれになったのにお隠しになっていたのですかな?」
訊いているのはイエイツ修道士やグレイが私の名を頑なに明かさなかった事だろう。私は首を傾げた。
「先程、猊下は私の事を恐れ多くも聖女様と仰られましたが……賢者様や聖女様といった古の偉大な方々は、自分からそうと名乗ったわけでは無く、その成した功績によって自ずとそう呼ばれていったのでしょう? そう考えれば、何の功績も無い私はただの小賢しい娘であって、聖女様などではありませんわ」
賢者や聖女って他称だと思うんだよね。自分から名乗る奴はガセとしか思えない。そう言うと、大司教は慌てて「とんでもない!」と言い募る。
「そのようにご謙遜なさらずとも……イエイツ修道士より聞いた知識はとても人の考える事とは思えませんぞ。神より下された叡智としか。姫はそれをどこから知りえた事なのですかな」
……やっぱり訊かれるか。早めに答えを考えておいて良かったとつくづく思う。
「この世のどこから知りえた、というのではありません。自然に(前世の記憶が)頭の中に浮かんでくるのですわ。しかし私にもそれが真実かどうかは分かりません。ですからイエイツ修道士に確かめて頂いていたんですの」
多少省略したが嘘は言ってない。メンデル大司教は目を見開いて祈りの所作をした。
「おお、それは正しく聖女様や賢者様の奇跡と同じ……! マリアージュ姫様におかれましては、是非とも聖女様として教会においで頂けませんかな」
そらきた。私は儚さを精一杯演じて俯いた。
「それは…申し訳ありません、無理ですわ。私は……体もあまり強くなく、社交界にさえ出れぬ身。穏やかに、静かに生活していたいのです」
そっと顔を上げて周りを窺うと、どの口が言う、と父や兄達の目が雄弁に語っていた。自分でもちょっと白々しいかな、と思うけど、ここが正念場なのだ。
手を胸元で組み、眉を意識して下げて悲し気な表情を作る。
「聖女とされてしまえばそれも叶わなくなるでしょう。聖女として難しい仕事を求められ、安らぎを与えてくれる家族とも引き離されてしまいます。
それに、聖女となれば権威の為に愛する婚約者と無理やり別れさせられた挙句、王族に嫁げと言われてしまうかも知れませんわ。そうなれば気の休まる時はありません……考えるだけで胸が潰れそうですわ。心労と心痛が祟って死んでしまうかも……」
「そんな! 大司教様、マリーお姉ちゃまを連れて行かないで!」
「マリーお姉ちゃまと離れるのは嫌!」
「ああ、イサーク、メリー!! お姉ちゃまも同じ気持ちよ」
弟妹が私に飛びついて来た。それを抱きとめながら思う。ナイスタイミングだ。見えないところで二人ともちろりと舌を出しているからわざとやってくれたんだな。よーし、よしよし。今度何かまた買ってやろう。
とうとう、ぐふっ…と声がしてカレル兄が俯いた。皆の視線が集中する。兄は口を覆って下を向いて肩を震わせていた。
「いえ……申し訳ありません。妹が…妹があまりに不憫で……」
一見、妹を思って泣くのを堪えているように見えるだろう。勿論実際は違うが。教会御一行の面々が同情的な眼差しをしているから上手く誤魔化せてるようだからいいものの。
「いっ、いや、我らはそのようなつもりではなく」
慌てる大司教。そりゃそうだよなぁ。仕向けといてなんだが、まるっきり教会側が悪人みたいだもの。
「聖女様となられても無理にご家族や婚約者と引き離すことはありませんぞ。通いでも構いませぬからな。儀式に参加して頂いたり、祈ったり、お言葉を賜ったり。そのような事ぐらいで何も難しい事は。もしマリアージュ姫様がお望みならば教会の力を以て如何なる権力からもお守り致す事も辞しませぬ」
メンデル大司教は余程教会に聖女が欲しいのか、そう請け負った。掛かった――と思いながら私は大司教を見詰める。
「まあ猊下、それは本当ですか? 例えば、聖女が私であると誰にも知られぬようにも出来ますか?」
「お望みとあらば」
「もし、誰にも知られぬようにして下さるのなら。そして、家族や婚約者とも引き離されず、穏やかな生き方が許されるのなら。
そして、イエイツ修道士が今調べられている事を増員の上で改めてちゃんとお調べになった結果を功績としてならば聖女という称号をお受けしても構いません。
私は……臆病なのです。特に王族とは絶対に結婚したくありませんの。婚約者であるグレイ・ルフナーと結婚し、ひっそりと穏やかに幸せな結婚生活をする事……これだけが私の望みですわ」
「分かりました。ならば我らの全力を以てお守りしましょうぞ」
大司教はそう言うと、随行共々礼を取った。
それから、私…というかキャンディ伯爵家と教会で幾つかの取り決めが交わされた。
イエイツ修道士の調査を人員を増やして精査し、その結果を以て私が聖女になる事。
教会は聖女が私である事を隠し通す事。聖女である事を公表するのは少なくとも結婚後、時期を見て行われる。
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調査結果次第では教皇様や国に報告し、然るべき対策を講じる事。
聖女としての研修みたいなものはあるそうだが、それは通いとする。通いには必ず兄の一人か婚約者のグレイ・ルフナーを伴う事。
等々……大体私の要求が通った形となる。それでもメンデル・ディンブラ大司教御一行は目的を果たしたとばかりに嬉々として帰って行った。
***
大司教一行が帰って暫く。グレイが血相を変えて再度うちにやってきた。「まさか今日乗り込むなんて……」と頭を抱える彼を自室に通し、安心させるために一部始終を報告する。
「そんな感じでまとまったの。上手く行ったわ、グレイ」
話を聞き終えたグレイははぁっ…と溜息を吐いた。
「本当にごめん……マリーは秘密にしたがってた。聖女になりたくなかったんでしょ。それなのに……」
「もう、それは言わない約束よ。教会の目はどうしたって欺くには限界があると思うし。それに、精査が済むまで時間もあるし、聖女にしたってその結果次第だから必ずしも決まった訳じゃないわ」
と言っても、高確率で決まりそうだけどな。
むしろ条件的には大成功だとも言える。というか、今日の大司教の様子を見る限り、教会側は『奇跡の再来・聖女再臨』という信仰の求心力を欲しがっているのは確実だ。多少無理があったとしても聖女認定してきそうな気がする。
こちらとしては宗教を取り込めば心強い。守ってくれるなら尚の事大歓迎だ。それにネットワークも利用できるし聖女として頼めば色々やって貰えそうだし。まあ取り扱い注意の両刃の剣だろうがな。
「よしんば聖女という事になっても私がそうだというのは秘密にしてくれるそうだし、来たるべき災厄の対策も憂いは無くなるわ」
「うん……マリーが良いなら良いんだけど。最悪バレて王族がごり押しで来たらいくら教会が頑張ってもどうしようもないんじゃ……貴族はやっぱり王の臣下だし、政治に聖職者が干渉するって、争いが起きかねないよ」
若干歯切れの悪いグレイ。まあ確かに一理あるか。しかし宗教を敵に回してまで聖女を王族に取り込む価値があるとは思えない。私はグレイの顔に手を伸ばし、唇にキスを落とした。
「もし、万が一の事があったら。その時は私を連れて外国に逃げてね」
唇を離すと、グレイは一瞬「うぇっ……!?」と驚いて声を上げる。ややあって「覚悟しておくよ」と苦笑して、私の頭を撫でた。
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その日から、十日程過ぎた月も終わりの頃――教会から使いがやって来た。
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