貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。

譚音アルン

文字の大きさ
上 下
83 / 695
貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。

青天の霹靂はラッキースケベと共に。

しおりを挟む
 「入るぞ」

 いきなりガチャリと私の部屋の扉が開かれた。こんな事をするのはこの家でもただ一人――安定のダディサイモンである。

 「ちょっと、乙女のお部屋なんだからちゃんとノックしてって言ったよね、ダディ!」

 何度言っても聞かないんだから。そう文句を垂れると、「マリー?」とその後ろからひょこっと窺うように顔を出したグレイ。彼は私を一瞥するなり瞬時に顔を真っ赤にして狼狽えた。

 「わわっ!?」

 慌てて顔を覆う。

 「へっ、グレイ!?」

 思ってもみなかった父の連れに仰天した。それもその筈、今の私はお手製の短パンにキャミソール姿。太腿も二の腕も胸元も晒された状態――つまり、この世界的には下着姿よりももっと破廉恥な恰好という訳だ。
 そんな恰好で足水で涼を取りつつ、錫の水差しに入った井戸で冷やされたアイスティーをのんびり楽しんでいたのである。これこそ正にブルジョワ!
 ちなみにサリーナは丁度お菓子を取りに席を外していた。間が悪いにも程がある。

 父も怒りに顔を赤くしてプルプルと震えていた。私は冷静にさっと指を耳に突っ込む。

 「こんっっの、馬鹿娘ぇぇぇ――っっ!!!」

 久々に屋敷中に響き渡らんばかりの父の怒鳴り声を聞いた気がする。グレイが目を白黒させてるよ。
 つーか、怒りたいのはこっちなんだけど。毎回毎回何故ノックしないのかと。まったくもう。

 しかしこれでラッキースケベなグレイは責任を持って私と結婚する事確定となったな。結果オーライか、ぐふふ……。


***


 「で、いきなりノックも無しにマリーの部屋を訪ねてきたのは何でなの?」

 サリーナが戻って来て運動着に着替えた私は、改めて二人を招き入れ、ソファーテーブルにお茶を用意させた。
 見られた強みを持っているので、言葉も取り繕う事すらしていない。
 まだグレイは顔を茹蛸のように真っ赤にして明後日の方向を向いている。父は頭痛を堪えるように膝の上に肘をつき、両手を組んで下を向いていたが、大きく息を吐くと気持ちを切り替えたようだった。

 「――実はな、バレたらしいのだ。修道士に調べて貰っている事が」

 「バレた? 誰に」

 にわかに不安を覚えて眉をしかめる。相手によっては厄介な事になるだろう。
 グレイが口を開いた。

 「メンデル・ディンブラ大司教――ラベンダー修道院の院長だよ。それで、イエイツ修道士は最初は黙ってくれようとしたんだけど、不敬にも太陽神に望遠鏡を向けている不信心者として破門されかけ、已む無く何を調べているのかを吐いたそうなんだ」

 「でも、イエイツ修道士は私の事は知らされてないんでしょ?」

 「うん。でも、僕には簡単に行き着くよね。それで、僕は修道院に呼び出され、修道院長に望遠鏡の事について触れられ、この知識の出所を訊かれたんだ。院長は、太陽神に遣わされた聖女か賢者の再来に違いないと言い張っててね、何故隠すのかと。
 マリーの言ったように行きずりの外国の旅人、とでも言えば良かったんだろうけど……院長に先回りされて、嘘を言えば教会を敵に回す事も有り得るし、勿論ラベンダー事業の事も考えさせて貰うと言われてどうしようもなくて。
 考えて、本人が望んでいないからどうしても言えないと苦し紛れにその場は突っぱねるしかなかった。それで先日サイモン様に相談したんだけど……今朝になって、イエイツ修道士から手紙が届いたんだ。修道院長がキャンディ伯爵家を近々訪問すると言っていたのだと」

 成程。

 教会を敵に回せばこの国に居づらくなるだろうな。特に赤毛を持つ一族は。
 そう考えると、私は嘘で誤魔化してくれなかったとグレイを責める気になれなかった。彼は精一杯頑張ってくれている。

 「恐らく調べられるか見張られるかしていたのだろうな。お前の行動から、我が家に秘密があるのではと踏んだのだろう」

 腕を組んだ父の言葉にグレイははっとして縮こまった。

 「……この訪問も軽率でした、申し訳ありません」

 「良いの、グレイ。遅かれ早かれってやつだし、そう言う事なら仕方ないわ。教会を敵に回したり大事なラベンダー事業を人質に取られちゃあね。修道院長がうちに来るのは確定として……外国の行きずりの旅人、じゃもうダメそうね」

 「マリー、教会を敵に回すのは得策じゃないぞ。下手をするとうちが破門される」

 「……そうね。味方に付けるしかないかな」

 どうやって、という表情を浮かべる二人に、私は胸算用を披露する。
 どの道、教会はいずれ味方に付けようと思っていたんだ。それが少し早まっただけ。女だ度胸だ。ピンチは捉えようにによってはチャンスにもなるのだから。


***


 グレイの訪問はやはり教会にバレていたらしい。何とその日の夜、メンデル・ディンブラ大司教が煌びやかな正装をして供を引き連れて我が家に乗り込んで来たのだ。

 「突然のご訪問に驚いております。本日は祈りの日ではなかったと存じますが、猊下におかれましては我が家に何か急なご用件でもおありでしょうか」

 家族全員で出迎え、父サイモンが代表して挨拶をする。メンデル修道院長は、慈悲深い聖職者然とした笑みを浮かべた。

 「突然お訪ねする御無礼を心よりお詫び致します。しかしこちらにも事情がありましてな。サイモン殿もお人が悪い。こちらにいらっしゃるのですな? イエイツ修道士に来たるべき災いを予言した、太陽神の叡智を授かったお方が」

 言いながら、修道院長の視線は明らかにちらちらと私を見ている。それがあの時サンドイッチを見ていた愚民共を彷彿ほうふつとさせるので笑いを堪えるので必死だった。まあ、グレイと関係が深いキャンディ伯爵家の人間と言ったら父以外は私ぐらいしかおるまい。

 「はて……」

 首を傾げる父。大司教は笑みを消して真顔になった。

 「既にこちらで調べは付いているのですぞ。よもや隠し立てなさるおつもりではありますまいな。場合によっては……」

 「まあ、隠しているだなんて! 太陽神の叡智、というのは良く分かりませんが、婚約者のグレイに望遠鏡を頼んで、イエイツ修道士に調べものをして下さるようお願いしたのは私ですわ、修道院長様」

 雰囲気が不穏なものになりかけた時、私は自分から名乗り出た。修道院長は我が意を得たりとばかりに顔に喜色を浮かべる。

 「おお、やはりマリアージュ姫が聖女様であらせられましたか!」

 「お待ちください、我が娘は確かにおかしな事を申したりしでかしたりしますが、それはとても聖女様や神の叡智とは……これ、マリー! お前はまたホラ話をして皆様を巻き込んだのではあるまいな!」

 叱責してくるダディサイモン。メンデル修道院長は慌てて取りなす。

 「まあまあ、サイモン殿。そうお怒りにならずに。マリアージュ姫とお話をさせて頂きたいのですが、ようございますかな?」

 先程まであった猜疑や敵意は既に払拭されたようだった。院長の申し出に躊躇ためらいを見せる父。

 「それは、構いませんが……」

 「あの、院長様を通さず……勝手に調べて貰うよう依頼したのは大変申し訳なく思っておりますわ。しかし私は一介の令嬢。あまり物事を大事にしたくないのです。立ち話でも何ですし、ゆっくりお寛ぎになれる部屋へご案内しましょう」

 私は殊勝な態度を心掛け、勝手をして申し訳ないと頭を下げる。そして、立ち話も何ですからとメンデル・ディンブラ大司教御一行を喫茶室へと案内した。
しおりを挟む
感想 930

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

側妃は捨てられましたので

なか
恋愛
「この国に側妃など要らないのではないか?」 現王、ランドルフが呟いた言葉。 周囲の人間は内心に怒りを抱きつつ、聞き耳を立てる。 ランドルフは、彼のために人生を捧げて王妃となったクリスティーナ妃を側妃に変え。 別の女性を正妃として迎え入れた。 裏切りに近い行為は彼女の心を確かに傷付け、癒えてもいない内に廃妃にすると宣言したのだ。 あまりの横暴、人道を無視した非道な行い。 だが、彼を止める事は誰にも出来ず。 廃妃となった事実を知らされたクリスティーナは、涙で瞳を潤ませながら「分かりました」とだけ答えた。 王妃として教育を受けて、側妃にされ 廃妃となった彼女。 その半生をランドルフのために捧げ、彼のために献身した事実さえも軽んじられる。 実の両親さえ……彼女を慰めてくれずに『捨てられた女性に価値はない』と非難した。 それらの行為に……彼女の心が吹っ切れた。 屋敷を飛び出し、一人で生きていく事を選択した。 ただコソコソと身を隠すつまりはない。 私を軽んじて。 捨てた彼らに自身の価値を示すため。 捨てられたのは、どちらか……。 後悔するのはどちらかを示すために。

〈完結〉毒を飲めと言われたので飲みました。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃シャリゼは、稀代の毒婦、と呼ばれている。 国中から批判された嫌われ者の王妃が、やっと処刑された。 悪は倒れ、国には平和が戻る……はずだった。

私が死んで満足ですか?

マチバリ
恋愛
王太子に婚約破棄を告げられた伯爵令嬢ロロナが死んだ。 ある者は面倒な婚約破棄の手続きをせずに済んだと安堵し、ある者はずっと欲しかった物が手に入ると喜んだ。 全てが上手くおさまると思っていた彼らだったが、ロロナの死が与えた影響はあまりに大きかった。 書籍化にともない本編を引き下げいたしました

【完結】『飯炊き女』と呼ばれている騎士団の寮母ですが、実は最高位の聖女です

葉桜鹿乃
恋愛
ルーシーが『飯炊き女』と、呼ばれてそろそろ3年が経とうとしている。 王宮内に兵舎がある王立騎士団【鷹の爪】の寮母を担っているルーシー。 孤児院の出で、働き口を探してここに配置された事になっているが、実はこの国の最も高貴な存在とされる『金剛の聖女』である。 王宮という国で一番安全な場所で、更には周囲に常に複数人の騎士が控えている場所に、本人と王族、宰相が話し合って所属することになったものの、存在を秘する為に扱いは『飯炊き女』である。 働くのは苦では無いし、顔を隠すための不細工な丸眼鏡にソバカスと眉を太くする化粧、粗末な服。これを襲いに来るような輩は男所帯の騎士団にも居ないし、聖女の力で存在感を常に薄めるようにしている。 何故このような擬態をしているかというと、隣国から聖女を狙って何者かが間者として侵入していると言われているためだ。 隣国は既に瘴気で汚れた土地が多くなり、作物もまともに育たないと聞いて、ルーシーはしばらく隣国に行ってもいいと思っているのだが、長く冷戦状態にある隣国に行かせるのは命が危ないのでは、と躊躇いを見せる国王たちをルーシーは説得する教養もなく……。 そんな折、ある日の月夜に、明日の雨を予見して変装をせずに水汲みをしている時に「見つけた」と言われて振り向いたそこにいたのは、騎士団の中でもルーシーに優しい一人の騎士だった。 ※感想の取り扱いは近況ボードを参照してください。 ※小説家になろう様でも掲載予定です。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

ここは私の邸です。そろそろ出て行ってくれます?

藍川みいな
恋愛
「マリッサ、すまないが婚約は破棄させてもらう。俺は、運命の人を見つけたんだ!」 9年間婚約していた、デリオル様に婚約を破棄されました。運命の人とは、私の義妹のロクサーヌのようです。 そもそもデリオル様に好意を持っていないので、婚約破棄はかまいませんが、あなたには莫大な慰謝料を請求させていただきますし、借金の全額返済もしていただきます。それに、あなたが選んだロクサーヌは、令嬢ではありません。 幼い頃に両親を亡くした私は、8歳で侯爵になった。この国では、爵位を継いだ者には18歳まで後見人が必要で、ロクサーヌの父で私の叔父ドナルドが後見人として侯爵代理になった。 叔父は私を冷遇し、自分が侯爵のように振る舞って来ましたが、もうすぐ私は18歳。全てを返していただきます! 設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。

この度、双子の妹が私になりすまして旦那様と初夜を済ませてしまったので、 私は妹として生きる事になりました

秘密 (秘翠ミツキ)
恋愛
*レンタル配信されました。 レンタルだけの番外編ssもあるので、お読み頂けたら嬉しいです。 【伯爵令嬢のアンネリーゼは侯爵令息のオスカーと結婚をした。籍を入れたその夜、初夜を迎える筈だったが急激な睡魔に襲われて意識を手放してしまった。そして、朝目を覚ますと双子の妹であるアンナマリーが自分になり代わり旦那のオスカーと初夜を済ませてしまっていた。しかも両親は「見た目は同じなんだし、済ませてしまったなら仕方ないわ。アンネリーゼ、貴女は今日からアンナマリーとして過ごしなさい」と告げた。 そして妹として過ごす事になったアンネリーゼは妹の代わりに学院に通う事となり……更にそこで最悪な事態に見舞われて……?】

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。