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貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。
撒いた種はいつかは芽吹くのです。
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『夏の太陽のようなマリー
本当に暑い季節だね。僕はなるべく朝と夕方以降に人に会ったりして工夫して過ごしてる。マリーはどうしてる? 暑さでやられてないかな。
そうそう、先日言っていたレンコンだけど、母にお願いして根っこを少し分けて貰ったんだ。輪切りにさせてハンコにしてみたら、確かに花みたいで面白いね。この手紙にも捺したけど、マリーの言っていたもので合ってるだろうか。
ところで、かなり困った事が出来てしまって。サイモン様とマリーに相談したい事があるんだ。僕の独断では処理出来ない。次に会いに行く日にまとまった時間が欲しいんだけど大丈夫そう?
今が盛りでとても綺麗だったので、今回は向日葵を贈るよ。
グレイ・ルフナー』
蜂蜜採取の日から数日後。いつもの朝食の席で受け取るグレイからの手紙である。
余白には大ぶりのスタンプが幾つか捺されてデコレーションされていた。この形は間違いなく蓮根だろう。
添えられていたのは大ぶりの向日葵が一輪。向日葵は好きだ。種も食べられるし。いつものように花瓶に活けておくように使用人に命じる。
向日葵は太陽を追いかけるように顔を動かす。花言葉は『あなたを見詰める』とか『愛慕』とかだ。
私の枕詞に『夏の太陽のような』とかけて、向日葵を贈ってくるとはなかなかの変化球だ。やるなグレイ。かなり女心が擽られる。
アナベラ姉も数日前、義兄アールから十一本の小ぶりの向日葵の花束を贈られて嬉しそうにしていた。意味は『最愛』。
アン姉は昨日、白百合と赤薔薇、カスミソウの組み合わせをクジャク野郎から受け取っていたのを見たので、こちらはこちらで上手くやっているのだろう。
それにしても、グレイが独断で処理出来ない、相談したい事って何だろう。
***
「な、何ですって……」
久しぶりに会ったグレイの話に私は絶句した。
場所は父の執務室。
父にグレイの手紙の内容を話すと、執務室で席を設けてくれた。何故か私達以外にも兄二人と祖父が同席している。父サイモン曰く、「この事を知っておいた方が良い顔ぶれを揃えた」との事。
ついでとばかりに馬の脚共が当然のような顔をして、さも護衛の如く扉を固めている。本当、お前ら仕事はどうしたよ。
このメンバーに少し面食らっていたグレイだけど、「『人集まれば賢者の知恵』とも言いますしね」と諦めたように言って、望遠鏡のくだりから経緯を含めて話を始めた。
内容はこうだ。
グレイが太陽の黒点観察を頼んでくれていた人――イエイツ修道士というそうだが――が、色々記録を調べて、私が思う所の様々な災害が連発する『小氷期の一番のどん底』が近づいていると見ているそうだ。
やはりというか、嫌な予感程よく当たる。かなりヤバい。今すぐとか、数年の話ではないだろうけど、少なくとも私が生きている内には何らかの良からぬ変化が訪れそうな気がする。
「それで、イエイツ修道士はこれを上の権力を持つ方々に知らせて何とかするべきだと考えているんです。人一人の手に負えないと。マリーの事をどうしても教えられないのかって何度か訊かれましたし」
今は何とかやってくるであろう被害を少なくする備えが出来ないかと過去の記録を調べるって言ってました、というグレイ。ちなみに父は既に聞いていたらしい。
余りに想像の範疇を超えた話だったのだろう。祖父も兄達も驚愕の表情を浮かべて私を見た。
「ほ、本当なのか、マリー」
カレル兄が恐る恐る聞いてくる。私は「修道士が調べた事からして可能性はあるわね。もっと大人数で調べても同じ結論なら確率はもっと上がるかも」と肩を竦めた。一人の手による調査結果だから現時点ではそうとしか言えない。……ちょっぴり現実逃避も入ってるけど。
「でも安心して。大きな周期だから今日明日いきなり未曾有の大災害がやって来る! というのではなくて。だんだんと太陽神の烏が少なくなって来たな、と観察出来るでしょうし、少なくともじわじわと十数年から数十年単位で起こってくる話よ」
……多分。
隕石の衝突とかでも無ければの話だけど。
私がそう言うと、トーマス兄はホッとした顔になった。「大変な話だなぁ。ふむ、マリーならばどんな対策を取るのかな」と祖父ジャルダンが柔らかく訊いて来る。
自分なら? 私は前世の事を思い出しながら考えた。
「そうね……先ずは食べ物かしら。食料生産技術と保存技術の向上。ああ、医療技術も上げなければ。加えて医薬品の充実。それらの備蓄。
そして、自給率と人口のバランス調整……平時ならば子供が沢山産まれて人口が増えるのは良い事なんでしょうけど、不作などによって食料自給率がガタ落ちするとあっという間に飢えるわ。かといって出生率を制限しすぎても今度は老人ばかりになって国としての体力が落ちる。
どれだけ食料が減るか、未来の人口推移も含めて想定して、他国に食料を輸出出来るぐらい増産するしかないわね。それも、一人当たりの生産性を上げる形で」
今思い付いてざっと言えるのはこれぐらいかしら、と言うと、父サイモンもそうだなと頷いた。
人口抑制に食料増産――考えて見ると、奇しくも誰かさんと似たような結論になったことに苦笑する。
「しかしそれをやるにはその修道士の言うとおり国王陛下や教皇猊下に奏上せねばなるまい。そうなると話の出所を必ず訊かれるだろう」
ヤッパリソウデスヨネー。
本当に暑い季節だね。僕はなるべく朝と夕方以降に人に会ったりして工夫して過ごしてる。マリーはどうしてる? 暑さでやられてないかな。
そうそう、先日言っていたレンコンだけど、母にお願いして根っこを少し分けて貰ったんだ。輪切りにさせてハンコにしてみたら、確かに花みたいで面白いね。この手紙にも捺したけど、マリーの言っていたもので合ってるだろうか。
ところで、かなり困った事が出来てしまって。サイモン様とマリーに相談したい事があるんだ。僕の独断では処理出来ない。次に会いに行く日にまとまった時間が欲しいんだけど大丈夫そう?
今が盛りでとても綺麗だったので、今回は向日葵を贈るよ。
グレイ・ルフナー』
蜂蜜採取の日から数日後。いつもの朝食の席で受け取るグレイからの手紙である。
余白には大ぶりのスタンプが幾つか捺されてデコレーションされていた。この形は間違いなく蓮根だろう。
添えられていたのは大ぶりの向日葵が一輪。向日葵は好きだ。種も食べられるし。いつものように花瓶に活けておくように使用人に命じる。
向日葵は太陽を追いかけるように顔を動かす。花言葉は『あなたを見詰める』とか『愛慕』とかだ。
私の枕詞に『夏の太陽のような』とかけて、向日葵を贈ってくるとはなかなかの変化球だ。やるなグレイ。かなり女心が擽られる。
アナベラ姉も数日前、義兄アールから十一本の小ぶりの向日葵の花束を贈られて嬉しそうにしていた。意味は『最愛』。
アン姉は昨日、白百合と赤薔薇、カスミソウの組み合わせをクジャク野郎から受け取っていたのを見たので、こちらはこちらで上手くやっているのだろう。
それにしても、グレイが独断で処理出来ない、相談したい事って何だろう。
***
「な、何ですって……」
久しぶりに会ったグレイの話に私は絶句した。
場所は父の執務室。
父にグレイの手紙の内容を話すと、執務室で席を設けてくれた。何故か私達以外にも兄二人と祖父が同席している。父サイモン曰く、「この事を知っておいた方が良い顔ぶれを揃えた」との事。
ついでとばかりに馬の脚共が当然のような顔をして、さも護衛の如く扉を固めている。本当、お前ら仕事はどうしたよ。
このメンバーに少し面食らっていたグレイだけど、「『人集まれば賢者の知恵』とも言いますしね」と諦めたように言って、望遠鏡のくだりから経緯を含めて話を始めた。
内容はこうだ。
グレイが太陽の黒点観察を頼んでくれていた人――イエイツ修道士というそうだが――が、色々記録を調べて、私が思う所の様々な災害が連発する『小氷期の一番のどん底』が近づいていると見ているそうだ。
やはりというか、嫌な予感程よく当たる。かなりヤバい。今すぐとか、数年の話ではないだろうけど、少なくとも私が生きている内には何らかの良からぬ変化が訪れそうな気がする。
「それで、イエイツ修道士はこれを上の権力を持つ方々に知らせて何とかするべきだと考えているんです。人一人の手に負えないと。マリーの事をどうしても教えられないのかって何度か訊かれましたし」
今は何とかやってくるであろう被害を少なくする備えが出来ないかと過去の記録を調べるって言ってました、というグレイ。ちなみに父は既に聞いていたらしい。
余りに想像の範疇を超えた話だったのだろう。祖父も兄達も驚愕の表情を浮かべて私を見た。
「ほ、本当なのか、マリー」
カレル兄が恐る恐る聞いてくる。私は「修道士が調べた事からして可能性はあるわね。もっと大人数で調べても同じ結論なら確率はもっと上がるかも」と肩を竦めた。一人の手による調査結果だから現時点ではそうとしか言えない。……ちょっぴり現実逃避も入ってるけど。
「でも安心して。大きな周期だから今日明日いきなり未曾有の大災害がやって来る! というのではなくて。だんだんと太陽神の烏が少なくなって来たな、と観察出来るでしょうし、少なくともじわじわと十数年から数十年単位で起こってくる話よ」
……多分。
隕石の衝突とかでも無ければの話だけど。
私がそう言うと、トーマス兄はホッとした顔になった。「大変な話だなぁ。ふむ、マリーならばどんな対策を取るのかな」と祖父ジャルダンが柔らかく訊いて来る。
自分なら? 私は前世の事を思い出しながら考えた。
「そうね……先ずは食べ物かしら。食料生産技術と保存技術の向上。ああ、医療技術も上げなければ。加えて医薬品の充実。それらの備蓄。
そして、自給率と人口のバランス調整……平時ならば子供が沢山産まれて人口が増えるのは良い事なんでしょうけど、不作などによって食料自給率がガタ落ちするとあっという間に飢えるわ。かといって出生率を制限しすぎても今度は老人ばかりになって国としての体力が落ちる。
どれだけ食料が減るか、未来の人口推移も含めて想定して、他国に食料を輸出出来るぐらい増産するしかないわね。それも、一人当たりの生産性を上げる形で」
今思い付いてざっと言えるのはこれぐらいかしら、と言うと、父サイモンもそうだなと頷いた。
人口抑制に食料増産――考えて見ると、奇しくも誰かさんと似たような結論になったことに苦笑する。
「しかしそれをやるにはその修道士の言うとおり国王陛下や教皇猊下に奏上せねばなるまい。そうなると話の出所を必ず訊かれるだろう」
ヤッパリソウデスヨネー。
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