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貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。

帽子や日傘、水分補給――熱中症には気を付けましょう。

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 「暑い……」

 私は庭に居た。
 日傘をしているものの、気温は如何いかんともし難い。夏の日差しと暑さは日々増してゆく。蝉がかしましく鳴いて暑さに拍車をかけている。とうとう真夏真っ盛りの月になっていた。

 「ダディ、早く来ないかなぁ。何やってんだろ……」

 木陰を選んでいるが、少しばかり涼しいだけである。容赦ない日差しにしかめ面をして、私は呟いた。

 私がこうして外でダディを待っているのは、蜂蜜の為である。
 今朝日課を終えた時に、

 「マリー様、蜂の巣がかなり下に降りてきております。そろそろ蜜が取れる時期かと」

 と前脚ヨハンが報告してきたのだ。

 「蜜を採る手順はもう教えたわね。ダディも立ち会うって言ってたから」

 「はい、報告済みです。午後より見分なされると」

 「じゃあその時に」

 というやり取りがあったのである。午後、使用人が呼びに来て、こうして外で待っているのというのに。

 ――いっそ建物の中に戻っていようか。

 外は暑くとも、基本石とレンガ造りの建物の中は案外涼しい。日差しさえ遮断すればそれなりの居心地である。この時期の昼間、私はカーテンを閉め切って吸血鬼になるのが常だった。

 蚊が飛んでくる。ぺしりと叩いた。

 こんな風に蚊も増えて来ている。
 私の部屋のベッドの天蓋も蚊帳となっていた。窓には私考案の網戸をしており、蚊除けの為に除虫菊やレモングラス等の植物を置いているが、それでも外に出ると暑い。
 池で泳ぐ気にはなれないし、海も遠すぎてそう簡単に行けない。もし、前世のような水着にでもなろうもんなら、きっと「御令嬢ともあろうお方がそのような破廉恥な!」等とばあやあたりに悲鳴を上げられるだろう。

 この季節、朝食前の水浴びは不可欠である。湯を使うのは一回だけで、後は水浴びだ。汗をかいて不快になる度に頻繁にしているし、私の体を洗うという名目で侍女とも一緒に浴びている。汗臭い侍女もごめんだし、彼女達も堂々と水浴びしたいだろうから。私は心遣いの出来る主人なのである。

 しかしこうして汗をかいていると蚊除けとして欠かさず頻繁に肌に塗っているレモングラスウォーターの効果が薄れてしまう。

 「サリーナ」

 「はい」

 有能な侍女はバスケットの中から香水瓶を取り出して、私にプシュッと中身を吹き付けた。勿論レモングラスウォーターである。

 しかしあんまり振りかけても臭いんだよなぁ。

 蚊の嫌う植物で作った精油や肌水にも限界がある。出来れば蚊取り線香が欲しい。香水が主流の国では線香文化はあまりないのだろうか。祈りの儀式で見た覚えがあったので、ある事はあるんだろうけど。
 除虫菊は存在しているので、これを乾燥させて粉にすれば何とかお香を作れないものだろうか。去年は考えている内に夏が終わって実行出来ずにいたんだっけ。グレイに訊いてみよう。

 それにしても、遅すぎる。

 痺れを切らして家に入っていようと歩き始めた時、ダディサイモンが漸く姿を現した。ちっ。


***


 「すまん、遅くなった」

 「娘を炎天下に待たせるなんて……酷い!」

 むくれると、「悪かった。少し手間取ってな」と言って、ポンポンと頭を叩かれた。むー。

 採蜜作業は防護服を着た馬の脚共の担当になる。手順は既に教えてあり、手回し式の遠心分離機も用意している。私とダディは離れたところからそれを見守っていた。

 重箱の切り離しは無事に済んだようだ。馬の脚共は注意深く下に空の重箱を継ぎ足し、元通りに蓋をする。
 その場を離れ、バケツに上の段から切り離された重箱の巣蜜がどんどん入れられていくのを見た父は唸った。

 「成功だな。人の手で蜂を飼い、蜜を取る事が可能になったとは……」

 蜂蜜を絞ったり、蜜ろうを作ったりするやり方は既にある。巣箱を量産し、定期的に採蜜すれば産業になる。

 「これは、本格的に事業にする事にしよう」

 「果樹や野菜にも役立つし、花を沢山植えれば観光としても使えるわ。あのラベンダー畑のように。花畑毎に巣箱を置けば、蜜の種類も絞れるのよ」

 花の種類毎に蜜の味わいも違うと言うと、父は成程、と感心したように頷いた。

 「そうだな。領地の余っている土地でやらせよう」

 その他、クローバー等を使えば放牧にも役立つし、応用は幾らでも出来る事を話しながら屋敷に戻った。

 父はまだまだ元気だったが、私は熱中症になりそうだった。即行で水浴びがしたい。


***


 水浴びを終えると、私は紐パン一枚でぐでっとベッドに仰向けになっていた。

 体がだる重~。

 このままずっと部屋でぐでっとしときたい……全裸でも良いぐらいだ。しかし一昨年それをやって、顔を真っ赤にした父に「馬鹿娘が、服を着ろぉぉ!!」って、こっぴどく大目玉を食らったんだっけ。娼婦のような事をするなって説教された。失礼な話しである。

 サリーナが「マリー様! 服を着て下さいまし」と薄手の運動着を持ってせっついてきている。溜息を吐き、仕方なくのろのろ上体を起こした。

 流石に今の年齢では羞恥心があるから流石に気を付けなければな。そうだ、部屋着として短パンでも縫ってみるか。ステテコタイプなら私でも縫えそう。

 そして、脇の下を濡れ布巾で冷やし、足湯ならぬ足水をすれば体感温度も大分変わるだろう。うん。

 部屋の扉が叩かれ、私が熱中症対策として注文した砂糖と塩ひとつまみの入った冷たい果実水が運ばれてきた。それをがぶがぶ飲みながら、私はそう決めたのだった。
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