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貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。
グレイ・ルフナー(39)
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『素敵なグレイ
可愛らしいピンクの薔薇の花束をありがとう。込められたメッセージも。朝から嬉しくなったわ。
昨日は色々あったけど、楽しかった。来年も一緒に蛍を見ましょう。今度は二人きりで。
実はお手紙を受け取った時点で、お父様には誓約書を既に取り上げられちゃってたの。貴族には貴族のやり方があるんですって。でも誓約書に記された内容通り、あの男からのお金は私の物っていうところは死守したわ。
釣りデートだけれど、きっと後になる程グレイは忙しくなってくるわよね。だから一番早い明後日が良いと思うわ。実は領地のお爺様とお婆様が来ていて、グレイに会いたがっているの。お昼は家族全員で頂きましょう。ご都合が付けばアールお義兄様もご一緒に。そうそう、釣りはきっと午前中で終わるでしょうから、午後は以前言ってた気球を披露しようと考えているのよ。どうかしら?
追伸 実は、お爺様お婆様もクァイツが欲しいんですって。注文したいのだけれど、在庫はあるかしら?
グレイに早く会いたいマリーより』
今朝マリーに出した手紙の返事はその日の昼頃に返って来た。きっと明後日デートだから急いでくれたのだろう。最後の署名が微笑ましい。昼食が終わった席で読み終えた僕はくすりと笑って顔を上げる。
祖父エディアールと兄はそれぞれの仕事中で不在だ。母のレピーシェは部屋に戻ったし、祖母は男爵邸に居る。今この部屋に居るのは僕と父だけだった。
「お父様、クァイツの在庫はまだある?」
「ああ、あるぞ」
「今、キャンディ伯爵領からマリーのお爺様とお婆様がいらっしゃってるそうで。欲しいんだって。マリーは注文したいって言ってるけど、折角だから贈り物にしようと思うんだ」
「という事は前キャンディ伯爵夫妻か。銀行も含めて世話になるだろうからそれが良いだろう」
僕は父に礼を言った。そして気になっている事を訊ねる。
「ところで、馬車の件は今どうなっているの?」
本格的に開始する株式制度。その栄えある取引の第一号に、マリーの提案した巡回する辻馬車業をと考えている。父ブルックがそれに携わる事を決め、色々と下調べをしていたのだ。父はパイプを口から外し、紫煙を吐き出した。
「……その事なんだが。辻馬車業の背後にいる貴族は複数居るが、筆頭はウエッジウッド子爵というそうだ」
「えっ……」
聞き覚えがある。それって、あの時の。
――ウエッジウッド子爵、ギャヴィン。
脳裏にマリーと際どいやり取りをした男の顔を思い浮かべる。金髪で青い瞳の、意志の強そうな精悍な顔立ちの男。実際に性格も癖が強かった。
「その人、僕知ってる」
僕の言葉にほう、と片眉を上げて見せる父ブルック。先日あった顛末を話した。メイソンとの誓約書の下りは面白そうに、ウエッジウッド子爵とのやり取りは注意深く聞いているようだった。
「本人はトラス王国全土の民生に関わってるって言ってたんだけど……王都の行政はまた別の管轄なんじゃあ」
王国全体と王都では天と地ほどに差がある気がするんだけど。疑問を呈する僕に父が思案するように顎を擦る。
「そいつの本業が王国全土の民生なんだろう。宰相の息子、第一王子アルバート殿下の側近――大学で座学を終えられた殿下は、未来の王として実践付きで治世を学ばれている最中だ。形式上、今現在の王都の内政も殿下の管轄に置かれている。そしてウエッジウッド子爵はそれを手伝っているとか。つまり、辻馬車も含めて最終的な判断はそいつだ。決定そのものは第一王子なんだろうがな」
マリーに噛み付いたのも、自分の職責以上にアルバート殿下の体面に傷を付けられる可能性を恐れたのでは、と言う。父の口から飛び出したとんでもない情報に、僕は仰け反った。
「さ、宰相の息子!? なら、スキアー公爵って名乗るんじゃあ……」
何故子爵なのか。驚きながらも首を傾げる。父はそれがな、と煙草の灰を灰皿に落としながら説明する。
「息子と言っても庶子だ。相続権は無い。没落した子爵位を復活させて与えられた法服貴族という奴だな」
「そ、そういう事だったのか……聞きなれない名前だと思ってた」
だけど宰相の息子というのは社交界で知られていてもおかしくなさそうなのに。そう呟くと、父は「知られてないからな」と何でもないように言う。
「俺もこの情報を掴むのに相当苦労したぞ? 表向きは『ウエッジウッド子爵の子孫が見つかり才能があったので宰相が取り立てて官職に就けた』事になってるからな」
官吏としての評判は悪くないらしい。実際に内政官として有能だとか。
でも。
「……あの人はそんな一筋縄じゃいかないと思うよ。賄賂とかも通じ無さそう。どうするの」
「懇切丁寧に説明し、『民の為』に安価な交通手段を提供すると伝えるしかあるまい。何なら、監視の意味も込めてそれこそ株券とやらを買って貰えば良い。お前が話した事から推察するに、少なくとも『民の為』になら真面目で融通が利かなさそうな男だ。そして忠誠心も篤い。ならば『民の為』になる利を提示し、更にはそれが殿下の功績ともなる事を説明、納得させる――正攻法で行くしかなかろう」
婚約者がやりあったお前よりは俺が行った方が良さそうだ、という父。僕もそれが良いだろうねと頷いた。
何となしに手紙に添えてあった包みを手に取る。焼き菓子の良い香り。これが僕の今日のおやつになるだろう。
可愛らしいピンクの薔薇の花束をありがとう。込められたメッセージも。朝から嬉しくなったわ。
昨日は色々あったけど、楽しかった。来年も一緒に蛍を見ましょう。今度は二人きりで。
実はお手紙を受け取った時点で、お父様には誓約書を既に取り上げられちゃってたの。貴族には貴族のやり方があるんですって。でも誓約書に記された内容通り、あの男からのお金は私の物っていうところは死守したわ。
釣りデートだけれど、きっと後になる程グレイは忙しくなってくるわよね。だから一番早い明後日が良いと思うわ。実は領地のお爺様とお婆様が来ていて、グレイに会いたがっているの。お昼は家族全員で頂きましょう。ご都合が付けばアールお義兄様もご一緒に。そうそう、釣りはきっと午前中で終わるでしょうから、午後は以前言ってた気球を披露しようと考えているのよ。どうかしら?
追伸 実は、お爺様お婆様もクァイツが欲しいんですって。注文したいのだけれど、在庫はあるかしら?
グレイに早く会いたいマリーより』
今朝マリーに出した手紙の返事はその日の昼頃に返って来た。きっと明後日デートだから急いでくれたのだろう。最後の署名が微笑ましい。昼食が終わった席で読み終えた僕はくすりと笑って顔を上げる。
祖父エディアールと兄はそれぞれの仕事中で不在だ。母のレピーシェは部屋に戻ったし、祖母は男爵邸に居る。今この部屋に居るのは僕と父だけだった。
「お父様、クァイツの在庫はまだある?」
「ああ、あるぞ」
「今、キャンディ伯爵領からマリーのお爺様とお婆様がいらっしゃってるそうで。欲しいんだって。マリーは注文したいって言ってるけど、折角だから贈り物にしようと思うんだ」
「という事は前キャンディ伯爵夫妻か。銀行も含めて世話になるだろうからそれが良いだろう」
僕は父に礼を言った。そして気になっている事を訊ねる。
「ところで、馬車の件は今どうなっているの?」
本格的に開始する株式制度。その栄えある取引の第一号に、マリーの提案した巡回する辻馬車業をと考えている。父ブルックがそれに携わる事を決め、色々と下調べをしていたのだ。父はパイプを口から外し、紫煙を吐き出した。
「……その事なんだが。辻馬車業の背後にいる貴族は複数居るが、筆頭はウエッジウッド子爵というそうだ」
「えっ……」
聞き覚えがある。それって、あの時の。
――ウエッジウッド子爵、ギャヴィン。
脳裏にマリーと際どいやり取りをした男の顔を思い浮かべる。金髪で青い瞳の、意志の強そうな精悍な顔立ちの男。実際に性格も癖が強かった。
「その人、僕知ってる」
僕の言葉にほう、と片眉を上げて見せる父ブルック。先日あった顛末を話した。メイソンとの誓約書の下りは面白そうに、ウエッジウッド子爵とのやり取りは注意深く聞いているようだった。
「本人はトラス王国全土の民生に関わってるって言ってたんだけど……王都の行政はまた別の管轄なんじゃあ」
王国全体と王都では天と地ほどに差がある気がするんだけど。疑問を呈する僕に父が思案するように顎を擦る。
「そいつの本業が王国全土の民生なんだろう。宰相の息子、第一王子アルバート殿下の側近――大学で座学を終えられた殿下は、未来の王として実践付きで治世を学ばれている最中だ。形式上、今現在の王都の内政も殿下の管轄に置かれている。そしてウエッジウッド子爵はそれを手伝っているとか。つまり、辻馬車も含めて最終的な判断はそいつだ。決定そのものは第一王子なんだろうがな」
マリーに噛み付いたのも、自分の職責以上にアルバート殿下の体面に傷を付けられる可能性を恐れたのでは、と言う。父の口から飛び出したとんでもない情報に、僕は仰け反った。
「さ、宰相の息子!? なら、スキアー公爵って名乗るんじゃあ……」
何故子爵なのか。驚きながらも首を傾げる。父はそれがな、と煙草の灰を灰皿に落としながら説明する。
「息子と言っても庶子だ。相続権は無い。没落した子爵位を復活させて与えられた法服貴族という奴だな」
「そ、そういう事だったのか……聞きなれない名前だと思ってた」
だけど宰相の息子というのは社交界で知られていてもおかしくなさそうなのに。そう呟くと、父は「知られてないからな」と何でもないように言う。
「俺もこの情報を掴むのに相当苦労したぞ? 表向きは『ウエッジウッド子爵の子孫が見つかり才能があったので宰相が取り立てて官職に就けた』事になってるからな」
官吏としての評判は悪くないらしい。実際に内政官として有能だとか。
でも。
「……あの人はそんな一筋縄じゃいかないと思うよ。賄賂とかも通じ無さそう。どうするの」
「懇切丁寧に説明し、『民の為』に安価な交通手段を提供すると伝えるしかあるまい。何なら、監視の意味も込めてそれこそ株券とやらを買って貰えば良い。お前が話した事から推察するに、少なくとも『民の為』になら真面目で融通が利かなさそうな男だ。そして忠誠心も篤い。ならば『民の為』になる利を提示し、更にはそれが殿下の功績ともなる事を説明、納得させる――正攻法で行くしかなかろう」
婚約者がやりあったお前よりは俺が行った方が良さそうだ、という父。僕もそれが良いだろうねと頷いた。
何となしに手紙に添えてあった包みを手に取る。焼き菓子の良い香り。これが僕の今日のおやつになるだろう。
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