貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。

譚音アルン

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貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。

藪をつついて蛇を出す。

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 「凄い」

 最初に耳朶を打ったのはグレイの声だった。続いて「太陽神の奇跡にかけて! 本当に浮かぶとは……」と驚愕の色を滲ませるダディの声。母の声が「マリーちゃんがこんなものを作るなんて……」と言い、「ねっ、凄いでしょお父様! お母様!」と弾んだ声のイサークの言葉が聞こえる。

 私は彼らに視線を向けると、皆一様に呆気にとられた表情でミニ気球に視線を奪われていた。
 使用人達が遠巻きにざわざわと話しており、断片的に『奇跡』だの『魔法』だの、不穏な言葉が聞こえてくる。執事が「静まりなさい!」と使用人達を一喝し、それで我に返ったのか、家族が皆近寄ってきた。

 「……長生きはするものねぇ」

 「本当にな、ラトゥ。これは……」

 やっとそれだけを言ったというていの祖父母。ばあやは「お、お、お嬢様のお転婆が…奇跡……」と訳の分からない事を呟いていた。
 トーマス兄は「実際に目の当たりにすると凄いな」と感心したように言い、カレル兄も呆然とした様子で頷いている。

 「マリー、あなた魔法使いだったの?」

 「そんな訳ないでしょう、アン姉様。でも不思議ね。何故浮かぶのかしら」

 アン姉が真剣な顔で訊いてきて、アナベラ姉が突っ込む。しかし視線は楽しそうに天井を見ていた。

 その時、ツンツン、とスカートが引っ張られる。

 「マリーお姉ちゃま! メリーもやりたいわ!」

 纏わり付く妹に、私は「いいわよ」と微笑んだ。

 母が驚いたように目を丸くして、「まあ、メリーちゃんにも出来るの?」と言うので、「勿論、同じようにすれば誰にでも出来るわ」とその場の全員に聞こえるように声をやや張り上げて返した。再現性のある現象であれば奇跡でも魔法でも何でもない事が分かるだろう。

 念の為、気球は幾つか作ってあったのである。一つを持たせて馬の脚共に指示を出した。

 「そっとね、そっと優しく指を緩めて……」

 メリーの気球もぷかりと浮いた。

 「きゃあ! 私にも出来たわ!」

 ぴょんぴょん飛んではしゃぐ妹。それからは凄かった。イサークを皮切りに、家族全員やりたいと言い出したのである。幸い、落ちてくる気球は燃え上がる事は無かったので、それを再利用する。馬の脚共は大忙しである。

 遠慮したのか、最後はルフナー家兄弟だった。気球をそれぞれ飛ばした後、グレイは真剣な表情で私をじっと見詰めて来る。がしっと両手を握られた。

 「マリー。僕、決めたよ。人を乗せて浮かぶ気球を作りたい!」

 情熱を込めて熱く語られた。「いいな、それ」とカレル兄が乗ってくる。

 「ああ、夢がありますね。私も人を乗せられる程の大きなものを見てみたいです」

 義兄アールも目を子供のように輝かせていた。祖父も父もトーマス兄も同じような夢見る瞳になっている。随分乗り気のようである。

 「以前マリーが言ったように儲けにならないし、お金も掛かるだろうけど……どうしても作りたいんだ」

 言い募るグレイ。商人が利益度外視で夢を追うなんて……気球はそんなにインパクトがあったのだろうか。そこへ何故かダディが一歩進み出た。

 「何、ここに居る皆で力を合わせれば良いだろう」

 「良いんですか、サイモン様!」

 喜色を浮かべる彼に父は重々しく頷く。

 「構わん。人を乗せる事を実現すれば、必ず歴史に名を残すだろう」

 「おお…皆の名を刻もうぞ、シム! 年甲斐も無く心が躍る!」

 「僕も、僕もー!」

 祖父ジャルダンとイサークも加わった。
 ……大変な事になった。男性陣は大変盛り上がっている。

 どうしよう。

 その意味を込めた視線を祖母や母、姉達に向けると、呆れたように首を振られたり肩を竦められたり。
 処置なし、という事らしい。


***


 侍女サリーナに気球を下げ渡して欲しいと珍しく強請ねだられたので、ダディに確認し、万が一に備えて複数人でやる事、この部屋の使用に限る事、消火用の水はちゃんと準備する事、燃えやすい物を傍に置かない事等の使用上の注意をした上で許可を与えた。馬の脚共は助手をしたので慣れているだろうから、レクチャーを一任する。

 私を含む女性陣は喫茶室でのんびりと午後のお茶会を楽しんでいた。男達は男達で父の執務室に集まって何やら話すらしい。

 「やれやれ、男共は新しい玩具おもちゃにすっかり夢中ねぇ。ジャルまでああなるなんて」

 あら、良い香りだわ、と紅茶を傾ける祖母ラトゥ。グレイのキーマン商会の取り扱うものだと伝えながら私も息を吐いた。

 「まさか私もこんな風になるなんて思ってもいませんでしたわ、お婆様」

 「うふふ、でもあの人があんな目をするなんて。私、初めて見ましたわ」

 ママンティヴィーナが莞爾かんじとして笑うと、アナベラ姉も「皆、子供のようでしたわね。アール様の小さい頃もあんな感じだったのかしら」と微笑む。アン姉もクスクスと笑った。

 「で、マリーちゃん。グレイとはどこまで?」

 ここでなら言えるでしょう? と祖母。諦めてはいなかったらしい。私は肩を竦め、素直に答える。アン姉がきゃあと小さな歓声を上げ、アナベラ姉はマリーもなかなかやるわねと口角を上げた。ママンは穏やかにほほ笑みながらも好奇心を瞳に煌かせ、祖母ラトゥは「小さかったマリーちゃんも大人になっていくのねぇ」としみじみとしている。しかしばあやははしたないと思ったのか口をへの字に曲げた。

 「ええ、結婚が楽しみなんですの。アナベラ姉様の婚約式も無事終わりましたし、式の日程ももうそろそろ本決まりだと思います」

 私が言うと、母がそれを引き取った。

 「ああ、それねぇ。二人とも、来年の春を考えておりますわ。マリーちゃんは本人の強い希望で婚約式はしなかったから、結婚式は是非とも豪勢なものにしなくちゃね」

 兄弟姉妹同士なので合同結婚式である。ちなみにアン姉の挙式は今秋の予定。目白押しなので忙しくなるだろう。

 「ええ~。別に良いよぉ、豪華な挙式じゃなくっても。家族だけの挙式でも良い位なのに」

 社交界に出ない私は祝辞を読んでくれる友達がいる訳でもなし。身内だけのひっそりとした結婚式が理想だ。ママンが「マリーちゃんはそれで良くてもアナベラはそうはいかないでしょう?」とたしなめるように言う。そうなんだよなぁ……。

 「う~…」

 「来年の春に結婚式! ――それよりもそのお言葉遣いは何ですか。マリーお嬢様はやはりまだばあやの御小言が必要のようでございますねぇ」

 「ば、ばあや。そんな。私ももう大人になったのよ。メリーに手を掛けてあげた方が良いわ」

 「いいえ! 嫁ぐとなればもうお転婆は許されませんよ、お嬢様。あの妙ちきりんな悪ふざけの馬などももっての外です!」

 ばあや――コジー夫人は教育者としてのプライドがあるのか力説する。確かに婚家で乗馬ハリボテライドは無理だろう。祖母が先日の事を思い出すようにコロコロと笑った。

 「ああ、あれはかなり楽しかったわねぇ」

 「お方様!」

 ばあやが咎めるように言う。祖母はかなりハリボテをいたくお気に召していたからな。ママンが取りなすように口を挟んだ。

 「まあ、おさらいする事は確かに大切ね。マリーちゃん、お婆様がいらっしゃる間だけでもコジー夫人から淑女の振る舞いを復習したらどうかしら?」

 「奥方様! 誠心誠意つとめさせて頂きます!」

 ええ~。

 「そんなぁ~」

 「マリーお姉ちゃま、一緒に頑張りましょう?」

 不服を漏らす私に慰めるようなメリーの言葉。何時の間にかばあやによる再教育が決定してしまった。二人の姉も巻き込もうとしたけど、二人は合格点で、一番なってないのが私だそうだ。正直に答えるんじゃなかった。とんだ藪蛇だったなぁ。
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