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貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。

ボッシュート!

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 婚約式から一夜明け、月が変わった。暦の上ではもう夏だ。私のクローゼットも先月から少しずつ夏服に移行していっている。

 いつもの日課を終え、私は汗を流すべく屋敷に戻った。暑くなるにつれ、日中の運動がしんどさを増している。なので私はより朝早く起きるようにし、鳥の餌やりの後に少々遠回りで屋敷に戻っているのだ。勿論外なのでサリーナを同伴させている。
 コルセットをつけたままのウォーキングにも少し慣れて来たと思う。体力も付いて来た。ただ、汗も一層よくかくようになっている。汗疹あせもが出来ないか心配だ。

 汗を流した後、着替えて朝食へと向かう。誰かもう来ているだろうか。先日は一番乗りだったからな。

 「おはよう……って、えっ!?」

 それでも一応朝の挨拶をしながら扉を開けた私は、カチンと固まった。
 そこにいつもは見慣れぬ、しかし見覚えのある人達が居たからだ。
 一番に目に飛び込んで来たその上品な老婦人はダディを思わせる顔立ちと青紫の眼差しで鷹揚に微笑んだ。

 「あら、マリーちゃんごきげんよう。随分早いのねぇ」

 「おはよう。こんなに大きゅうなって……」

 その隣の老紳士も蜜色の瞳を優し気に細める。私はやっと立ち直り、口を開く。

 「ラ、ラトゥお婆様!? ジャルダンお爺様も!」

 そう、食堂にはキャンディ伯爵領に居るはずの父方の祖父母が同席していたのだ。

 「私もおりますよ、マリー様」

 横から声を掛けられてそちらを向くと、以前見た時よりも年を重ねた懐かしい人。

 「ばっ、ばあや!」

 以前世話になってたばあや――カメリア・コジ―夫人、侍女サリーナの祖母だった。
 私は気まずくなってもじもじとしてしまう。

 「あ、あの時はごめんなさい。もうぎっくり腰は大丈夫なの?」

 ぎこちなく謝りながら腰の様子を訊く。ぎっくり腰は半分私の所為でもあるのだ。
 はりぼてに乗るのをばあやがやめさせようと追いかけてきて、そこで無理をしたのかぐきっとやってしまった。
 ばあやはポンポンと腰を叩くと左右に動かしてみせた。

 「この通り。もうすっかり良くなりましたよ。先代様の召使が勤まるまでには回復しております。と言ってももう無理は出来ませんがね」

 「そ、そう…なら良かったわ」

 「あれから、お嬢様のお転婆は直りましたかねぇ?」

 「え、えっと……」

 頬が引きる。直ってない。全然直ってない。毎日乗馬も続けてるし、寧ろ悪化しているかも。
 ばあやは後ろに立っているであろうサリーナをチラリと見、溜息を吐いた。
 ヤバい。慌てて話題転換を図る私。

 「そ、それよりお爺様達はいつこちらに?」

 「そう、それよ。昨日、私達も婚約式に出ていたのに、マリーちゃんたらすぐに行方を晦ますんだもの」

 「えっ、そうなの?」

 私は驚いた。昨日見た覚えはさっぱりなかったのに。祖母ラトゥは頷いた。

 「勿論孫の婚約式ですもの。少々遅れたけれど、儀式には間に合いましたよ。ペルティエ侯爵家の方々だっていらしてたのに。私達はね、この家じゃなくて、王都の高級宿に泊まってたのよ。婚約式で忙しいのに私達の世話までさせちゃあ気の毒だものね。マリーちゃんの婚約者の子とも会いたかったわ」

 ペルティエ侯爵家とは母ティヴィーナの実家だ。そっちのお爺様達も来てたのか。それは悪い事をした。
 私は素直に謝った。

 「ごめんなさい。社交の場は苦手だから、ずっとサリーナとテラスでピクニックしてたの。その後はグレイと蛍を見に」

 「まあ、グレイという名前なの。ロマンチックな夜を過ごしたのねぇ。年を取ると社交の場も長くは居られないの。ペルティエ家の方々も早々に帰ってらしたわ。そう言う事なら仕方が無いわね。しばらくここで世話になるつもりだからまだ機会はあるでしょうし。そうそう、こないだの手紙にあった付け襟ね。マリーちゃんにあげようと思って一つ持ってきたわ。後で部屋に届けさせるわね」

 「わあ、ありがとうございますお婆様!」

 やった! とうとうあの権力者の証であるエリザベス女王の襟が!

 喜んで手を打ち鳴らしていると、背後で扉の開く音。

 「おはようございます、父上、母上」

 「おはようございます。随分早起きなさっていらっしゃるのですね。お待たせしてしまいましたでしょうか?」

 入って来たのは父サイモンと母ティヴィーナだった。

 「おはよう、シム、テヴィ。私たちは老人だから朝が早いの。気を遣わないで頂戴ね」

 父はこちらをちらりと見る。

 「マリー、昨日使用人に探しにやらせたのだが、テラスに居なかったそうだな。どこへ行っていたのだ?」

 「あ、ごめんなさい」

 メイソンとの誓約書でその場を離れたから、多分その時に入れ違いになったのだろう。私は事情を簡単に話して素直に謝った。

 「メイソン? 確かアンもそのような事を言っていたが……誓約書というのを見せなさい」

 父はやや厳しい顔で手を差し出して来た。仕方なく私は自分の腰巻ポケットから誓約書を取り出して渡す。
 ちなみに私の腰巻ポケットは薔薇と宝石で飾られたお気に入りの逸品である。

 ダディサイモンは席に着くと、その誓約書にざっと目を通した。
 目を上げるとこちらを胡乱うろんげに見詰めて来る。

 「マリー、お前は算術も出来たのか? このような計算は家庭教師に教わってない筈だが」

 「さあ? ただ日に日にお金が倍になれば良いなと思っただけよ」

 「……はぁ、また馬鹿な事を考えて。この誓約書は私が預かっておく。いいな?」

 「えぇ~!? それじゃあマリーのお金は?」

 突然の没収宣言。父親特権で破棄されちゃあ困る。私は抗議の声を上げた。ダディサイモンは自分の腰巻ポケットにそれをしまう。

 「ああっ!」

 「金も私が預かる。届けられた分の銅貨も渡すこと」

 「何で!?」

 テーブルを両手で叩くと、呆れたような表情をされた。

 「お前も大概懲りてないな。メイソンの後ろにはドルトン侯爵家がある。この条件は確実にメイソンの面目を潰すだろう。そうなれば相手がどう出るか考えなさい。貴族には貴族のやり方があるんだ」

 ダディの言葉をしばし考える。曲者とか送って来るって事かな。
 私はしぶしぶ頷いた。ただ釘を刺しておく事は忘れない。

 「……ちぇっ、わかりました~! でもそのお金はマリーの大事なお小遣いなんだからね! ダディには預けるだけなんだから!」

 「分かった分かった。それで良いからちゃんと渡すんだぞ」

 祖母ラトゥが「良かったら私達にもそれ見せてくれないかしら?」と言い、父が誓約書を渡す。祖父母が読んでいるのを横目に一人、ぶーとむくれていると兄や姉達、弟妹が入って来た。皆それぞれ祖父母と朝の挨拶を交わし、席に着く。
 その時になって、テーブルに食事がどんどん運ばれ出した。
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