貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。

譚音アルン

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貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。

お伽衆の御伽噺~曾呂利曾呂利の新左衛門にごさいまする~

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 「い、いえ、これは違います。ヤギに求愛するのではなくて、」

 慌てふためいて首を横に振るメイソン。こんな展開は予想外だったのだろう。
 私は笑いたくなるのを必死に我慢して、「あら、違ったんですの?」ときょとんとしたように首を傾げる。
 メイソンは渋面を作った。

 「……もしかして、私の事を馬鹿にしていらっしゃるのですか?」

 「馬鹿に? いいえ、どうしてそう思われたのでしょう?」

 心の底からそう思っている風を装うと、メイソンは頭痛をこらえるようにこめかみに手をやった。

 「……つかぬことをお聞きしますが、『初恋の野の花』という話をご存じでしょうか」

 「いいえ、全く。私、お恥ずかしながら世間に疎くて。何ですの? それ」

 本当は知っているがすっとぼける。メイソンはそれは考えてなかった! とばかりに呆然とした表情。
 相手が知らなければ野の花は使えまい。さて、どう出る。
 内心ニヤニヤしながら相手の出方を待っていると、メイソンは頭を垂れてひざまずき、花束を捧げ持った。

 「一目見て心を奪われました……この花は、貴女へと。自然のありのまま、飾らない私の心なのです」

 ふむ、咄嗟とっさにしては良く出て来たなそんな台詞。面白い。
 口角が自然に上がる。

 「私に? いつも女性にそのように野の花を贈られているのかしら」

 「今この瞬間、貴女にだけです」

 「あら、私にだけ? 面白い冗談を仰る方なのね」

 クスクスと笑うと、メイソンは顔を上げて口を開いた。

 「いえ、冗談ではなく、」

 「そうそう、思い出しましたわ。貴方は次期リプトン伯爵と仰っても、御子息ではなく婿入りなさったお方なのでしょう? 
 それにしても野の花なんて……お年の割には随分純粋幼稚合理的な事に徹してドケチでいらっしゃるのね。本当に珍しい方。
 残念ながら私、野の花は今一つ興味が持てません嫌いですの。真心と仰るのなら尚更そのお花は受け取る訳には参りません。最愛の奥様にこそ差し上げるべきかと存じますわ。
 私の婚約者も、真心の証として、私の大好きな薔薇の花を折に触れて贈って下さいますの」

 被せるように言葉を紡ぐ。「今日の私の装いも薔薇をあしらっておりましてよ」と青薔薇の飾りを示して言うと、メイソンは返す言葉も無かったのか顔を歪めた。言葉に込めた意味が伝わって何よりである。

 「マリー、待たせてごめん」

 その時、グレイが使用人と共にひょっこり姿を現した。私はそちらへ向かってにっこりと微笑む。

 「まあグレイ、やっと来てくれたのね。では、私はこれにて失礼します。貴方も奥様の所に戻って差し上げてくださいまし」

 グレイはこちらに近づいて来ながら、メイソンに気付いたのだろう。顔を瞬時に険しくした。私を隠すように立つ。

 「僕の婚約者に何の御用でしょうか?」

 「グレイ、私は大丈夫よ。さあ、時間も惜しいから行きましょう」

 私は立ち上がってグレイの腕に自分のそれを絡めて引っ張った。
 流石にグレイを巻き込もうとは思わなかったので、ここはさっさと行くに限る。
 踵を返そうとすると、メイソンは哀れっぽい声で叫び始めた。

 「待ってください! 聞いて頂けますか、私はその男の兄に騙されて、愛してもいない癇癪持ちの女と無理やり結婚させられたのです! 私が真実愛を捧げたいのは貴女だけ――」

 「何を出鱈目でたらめな――」

 グレイがきっとそちらを振り向く。私はその腕をポンッと叩いて「ここは任せて」と囁いた。

 「まあ! ご冗談ではなく、もしかして本気で私に求愛していらしたの? 困りましたわ~」

 「マリー……」

 グレイの心配そうな声。彼に大丈夫と微笑みかける。というのも、良い考えを思いついたのだ。
 かの太閤秀吉のお伽衆、曽呂利新左衛門そろりしんざえもんの故事。
 私は思案気に唇に人差し指を当てる。

 「そうですわね……私、財力があって約束を守って下さる方が好きなんですの。九十九本の薔薇は『永遠の愛』と言いますわね。九十九日間、私の望みを叶えて下さるのでしたら貴方の求愛を考えても構いませんわ」

 「望み?」

 「ええ。と言っても大した事ではありませんわ。一日目にトラス王国銅貨一枚。二日目に二枚、三日目に四枚、四日目に八枚……という風に一日過ぎる毎に前日の二倍ずつお金を頂きたいの。勿論銅貨が無ければ相応の価値の銀貨金貨でも構いませんわ。それを九十九日間続けて下されば、貴方の愛が本物だと思えますの」

 トラス王国銅貨一枚は最低価値の貨幣である。メイソンは計算が弱いのか、ニヤリと笑った。いまいち事態を理解出来てないに違いない。
 一方、グレイは計算もお手の物なのだろう、からくりに気付いたのか顔色を変えて慌てている。

 「ちょ、ちょっとマリー、そんな事をすれば……」

 「何だ、そんな事で良いのですか。分かりました、貴女への愛を証明してみせましょう」

 グレイのおろおろした態度に自信を強めたのか、メイソンは胸を張って宣言した。

 「まぁ、嬉しいわ。しかしそのお言葉がどれ程信用出来ますのかしら。私、実の無い言葉は大嫌い。ですから誓約書をしたためて下さる?」

 「構いませんよ。そちらの方が私も安心出来ますし」

 「まあ嬉しいわ。では、こちらへいらして下さいまし」

 テーブルのある場所まで移動すると、私は筆記用具を持って来させ、誓約書の文面を書いた。もし達成出来なければその時点でメイソンの言葉が嘘偽りである事とし、それまでに支払われたお金は全て慰謝料として私の物になる。
 どのような結果になっても文句を言わないという旨を認める。写しは二枚。私とグレイがサインをすると、メイソンもそれを確認。奴はサインとおまけに指輪の印章までしてくれた。
 グレイは空気を読んだのか始終黙っていてくれたが、顔色はもはや真っ青になっている。

 メイソンはもう勝った気でいるようで、「貴女が私の妻になって下さる日を心よりお待ちしております」と私の手の甲に唇を落とし、グレイに蔑みの一瞥いちべつを投げると上機嫌に鼻歌を歌いながら去って行った。

 サリーナから濡れ布巾を受け取って手の甲を拭き拭き。キスされた瞬間体中に怖気おぞけが立った。確かに気色悪いわあの男。

 さて。
 ちらりと隣に視線をやる。

 「……」

 「何日まで持つかしらね、グレイ」

 くふふっとほくそ笑む。全部払えば天文学的数字になるだろう。それまで貰った分は返さなくても良い上、全て私の小遣いだ。臨時収入ラッキー!
 グレイは途中で計算を諦めたのか、「……万一払えちゃったらどうするの?」と力なく聞いてくる。私は肩を竦め、手をひらひらとした。

 「ないない。トラス王国の国家予算を遥かに超えそうだもの。それに結婚を承諾とは言ってないわ。『貴方の求愛を考えても構いませんわ』と言ったのよ?」

 考えた結果、お断りでも文句はない訳で。
 文面の該当箇所をぺしぺしと叩く。

 「鬼だ……」

 「嫌だ、グレイ。そこはせめて小悪魔って言って欲しいわ」

 そっちの方が可愛いし。私はちょっとむくれてどんよりしたグレイの頬をつんつんとつついてやった。
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