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貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。

夢見る男。

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 そう、とうとう小説が完成したのである。
 キャンディ伯爵家の喫茶室にて、製本にする前に義兄に目を通してもらったのだが……一向に顔を上げてくれない。

 対照的にアナベラ姉は「ふうん、素敵な話ね。ラベンダーの花言葉の仕掛けも面白いわ」と他人事のようにパラパラ原稿をめくって流し読みしている。
 一応アナベラ姉もモデルなんだけどな。まあそれはさておき、感触は悪くない様子。私はにっこりと微笑んだ。

 「ありがとう、アナベラ姉様。婚約パーティーに間に合うようにって頑張ったのよ?」

 ラベンダーを小道具に盛り込んだのはお察しの通り。この小説がヒットすればラベンダーの花束が売れるようになるだろう。
 つまり、修道院とルフナー子爵家の収入アップに繋がるのである。これぞ、ステルスマーケティング! 通称『ステマ』!

 婚約式まで後十数日に差し迫っていた。各方面への招待状は昨日発送したばかりだ。
 式の後、すぐに本を売っていこうという計画なのである。

 印刷技術は活版と木版が存在している。前者は文字のみ、後者はイラストや絵本等に使われる事が多い。
 たまにダディサイモンが新聞らしきものを読んでいるのは知っていた。
 そういう業界の事は良く知らなかったので、製本について相談する時グレイに色々聞いてみると、主に教会関係、真面目で学術的なもの、たまにニュースを取り扱っているらしい。
 ダディが読んでいたものも、王都の富裕層向けに週刊で作られているものぐらいだとか。購読層は極めて限定的なようだ。

 ということは、だ。

 第三の権力、メディアが碌に育ってない今の内に参入して牛耳りたい。滅茶苦茶牛耳りたい。
 国政に影響する世論操作も大衆の認知を歪める事もやりたい放題だ! 今ならきっと赤子の手を捻るように簡単だろう。

 誕生日に新聞事業の買収でもせびろうかなーと邪念全開で考えていると、

 「マ、マリー……私の事がこんな風に見えているのですか?」

 最近やっと慣れて完全に様付けが取れた義兄がのろのろと顔を上げた。私はうふふと笑う。

 「『オール・ヴェゲナー伯爵』のモデルは間違いなくアールお義兄様よ。お義兄様はご自分で思われているよりもずっと素敵な男性ですわ」

 赤毛じゃなかったら掃いて捨てる程女が寄って来ていたと思う。前世だと義兄はモデルかタレントやってたと思うし。
 義兄は釈然としない様子で、

 「人違いでは……」

 と呟いている。それはそうだ。換骨奪胎、借りたのは義兄の外見だけだもの。
 その美しい容貌から私の妄想が暴走しまくった結果、『オール・ヴェゲナー伯爵』は世に生み落とされたのだ!

 「良かったね、アール。格好良いってさ」

 グレイがニヤニヤしながら揶揄からかっている。義兄アールは顔を手で覆った。

 「褒められ慣れてないから恥ずかしい……」

 イケメンが恥じらう様子は見ていて楽しいな。アナベラ姉もクスクス笑っている。私はぱちんと両手を合わせた。

 「では、早速製本に取り掛からないとね!」

 「あああ、本になるのか……」

 情けない声で今度は頭を抱えた義兄。悪いが諦めて欲しい。これは必要な事なのだ。

 「これでアールお義兄様の評判は良くなるわ、きっと」

 野の花がすたれてラベンダーが流行るでしょうね、と言うとグレイも頷いた。

 「そうだね、マリー。アールは社交界でもモテモテになるよ」

 ラベンダーも売れるだろうし僕も嬉しい、とニコニコ顔でのたまう。儲けの為に身内でさえ売る情け容赦ない商人の姿がここにあった。

 「グレイ、お前……そうなったとしても全然嬉しくない。私にはアナベラが居てくれれば十分です」

 さらりと言われた言葉にアナベラ姉の頬が赤くなった。

 「まあ、嬉しいわ」

 そのまま見つめ合う二人。甘ったるい雰囲気が流れる。
 私とグレイは目を見合わせて肩を竦めた。ごちそうさまです。



***


 『愛するマリー

 だんだん暑くなってきたね。睡蓮の花が早めに咲きそうかな。
 今度のデートは水辺で釣りと睡蓮を楽しむのも良いかも知れない。

 以前教えてくれたクァイツの使い方だけど、最近やっと慣れてきたよ。豆を皿から皿へ移す特訓も毎晩寝る前にやってたら大分上達した。
 確かにこれに慣れるとナイフやフォークよりも便利だね。家族にも使い方を教えているんだけど、父なんか四苦八苦してる。

 マリーの小説は印刷所で製本を急がせてる真最中。挿絵も手配しておいたよ。
 婚約式に間に合えばいいんだけど。少なくともマリーに贈る豪華装丁版は間に合わせるつもりでいる。

 先日サイモン様とも話し合ったんだけど、小説の効果を高める為にも婚約式にはラベンダーを使おうという話になったんだ。
 今日は修道院に行ってきます。

 グレイ・ルフナー』


 九本の赤い薔薇が添えられていた。『いつも貴女を思っています』、か。心温まる気持ちになる。
 朝食を食べ終わった席。届いた手紙から顔を上げると、アナベラ姉がティーカップを置いて溜息を吐いていた。アン姉もどんよりしている。

 「どうしたんだ、アン、アナベラ」

 トーマス兄が心配そうな表情で訊くと、社交界で色々あったらしい。

 「アール様との婚約式の発表をした直後の夜会だったものだから、色々噂になっていたのよ」

 アン姉は「私も散々訊かれたわ」と肩を落とし、アナベラ姉本人もゴシップ好きの貴族達に取り囲まれて大変だったと言う。

 「特にあのメイソンという男がしつこくてしつこくて」

 メイソン?

 「フレール嬢と結婚したあのメイソン? ドルトン侯爵家の」

 確認するように訊けば、アナベラ姉は頷いた。カレル兄がげっそりした表情になる。

 「うへぇ、あいつも来てたのか。お前に執心してた時期もあったもんな」

 「本当、気持ち悪いわ。私が意に染まぬ婚約を強いられているって大声で言い張るのよ」

 鳥肌でも立ったのか腕を擦るアナベラ姉。私は思わず「はぁ!?」と声を上げた。

 「アナベラ姉がそう言った訳でもないのにいきなり決めつけてきたの?」

 「そうよ、頭おかしいわ。貴女をお救いしたいとか訳の分からない事を言って。更にアール様にキャンディ伯爵家の弱みを握っているのだろうって言い掛かりをつけて来たのよ」

 訳が分からない。確証バイアスで生きている夢見る男なんだろうか。

 「えっと、結婚したのよね、フレール嬢はその場に居なかったの?」

 「ええ。フレール様は見かけなかったわ。きっと一人で来てたんじゃないかしら」

 マジか。一体何が起こってるんだろう。
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