貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。

譚音アルン

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貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。

グレイ・ルフナー(29)

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 その溶けるような柔らかさを堪能してからそっと唇を離す。マリーが放心したような表情で指先を唇に触れさせている。

 ――足りない、キスだけじゃ。

 もっともっと彼女が欲しい。僕は暴力的な衝動を抑え込むようにマリーを抱きすくめた。

 「マリー、好きだよ」

 熱に浮かされるように彼女に愛をささやく。マリーは小さな声で「わ、私も…」と囁いて僕を抱擁してくれた。こうして抱きしめ合っていると、だんだんと暴れる欲望が浄化されていく。彼女を大切にいつくしもうという理性が勝ってきて初めて、僕はやっとマリーを離すことが出来た。
 潤んだ目で見上げて来る彼女。僕は顔から火が出そうになった。

 「――っごめん! あまりにもマリーが可愛くて」

 何て事をしてしまったんだ、僕は。

 今朝彼女の侍女に注意を受けたばかりなのに。そっと東屋の方に視線を向けると、マリーの侍女を含む使用人達が物陰からばっちりこっちを凝視していた。
 さーっと血の気が引いてくる僕。このままでは潰されてしまう。

 「グレイ……嬉しいわ」

 マリーが追い打ちをかけるが如く僕の胸に顔を擦り付けている。それは嬉しいけど今は! マリーの侍女を気にしていると、頭がわしっと掴まれて強く引っ張られた。その瞬間、首の後ろに激痛が走り、唇に濡れた生温かいものが押し付けられる。

 痛い痛い痛い!

 僕は堪らずマリーの腕を掴んで引き離した。痛みのあまり首を押さえて屈み込んでしまう。
 侍女達が濡れた布巾を持ってきてくれたんだけど、「命拾いしましたね」とマリーの侍女に殺気交じりに囁かれた時は正直ちびるかと思った。

 「ど、どうしたの!?」

 やっと事態を把握したのか心配そうなマリーの声。僕は弱気な声で

 「マ、マリ~……酷いよいきなり」

 と抗議するので精一杯。

 そんなつもりはなかったの、と泣きそうな顔で必死に謝るマリー。邪な気持ちに流されかけたから罰が当たったのかもな、と思う。まるで道化役者みたいだ。
 マリーは本当、一筋縄じゃいかない。僕も全くしまらないなぁ。


***


 マリーは必死に僕の首についてひたすら謝りながら帰っていった。僕はその後、ベッドに寝たまま祖母と母にしこたま怒られた。マリーは高位貴族のお嬢様だから節度を持ったお付き合いをなさい、と。

 何だよ、少しぐらいは良いじゃないか。

 祖父は「まぁ、ほどほどにのう」とにこやかに言葉を濁し、父ブルックは「鼻たれ小僧だったお前もやるようになったじゃないか、ええ?」とニヤリとしていた。
 アールは「罰が当たったんだ」と僕の不幸をほくそ笑んでいたので、マリーの小説が完成したら覚えてろよ、と思う。

 マリーからはお見舞いの品と手紙が毎日届いていたけど、サイモン様からの手紙には、彼女が相当落ち込んでいるとあった。ずっと部屋に閉じこもっているらしい。心配になる。

 それにしてもあの時のマリーからのキス。まるで――昔飼ってた犬に舐められているようだったな、と思い出しては笑ってしまう。
 ようし、今度マリーにキスする時は深いものをしてやろう――お目付け役の目の届かない所で。

 幸い首の痛みは三、四日過ぎた位ですっかり引いて、動かせるようにまでなった。マリーのくれた湿布薬も良く効いたし。
 それからは溜まっていた仕事を消化するのに時間を取られる日々。引き籠っているというマリーに会って、何とか彼女の憂いを和らげてあげたい。早く仕事を終わらせなければ。


 マリーが帰ってから一週間が経ち、仕事も丁度片付きかけた日の夕方近くの事だった。
 僕の部屋の扉がノックもせずに荒々しく開けられ、血相を変えた使用人が息せき切って駆け込んでくる。

 「若旦那! 今しがたキャンディ伯爵夫人からの使いが来て、マリアージュ姫が曲者に襲われたと!」

 なんだって?

 僕は目の前が真っ暗になった。
 首を振ると自分の頬を強く打つ。

 「アールは?」

 「まだお戻りになっていません」

 「じゃあ僕は先に行く。お前はお父様とアールにも同じ話を。アールが帰り次第キャンディ伯爵家へ来るようにと伝えて欲しい」

 「はい」

 僕は大急ぎで着替え、伯爵家からの使いと護衛だけを連れて馬に飛び乗った。

 マリー、マリー! 無事でいて!

 ひたすら愛馬リディクトを駆りながらマリーの無事を祈る。こんな事ならもっと早く彼女に会いに行くべきだった。

 「お待ちください!」

 「先に行かれては護衛出来ません! お気持ちは分かりますが我らに合わせて下さい!」

 リディクトは駿馬なだけあって他の馬よりも格段に速い。使者と護衛が半ば置いてけぼりになりかけていた。少し頭が冷静になり、スピードを落とす。マリーが襲われたのなら、僕もまた狙われているかも知れない。

 はやる気持ちと戦いながら僕は歯をぎりりと食いしばった。

 もしマリーが無事でなかったら。僕は襲った奴を絶対に許さない。
 どんな手段を使ってでも、持てる力の全てで追い詰め殺してやる。

 馬はやがてキャンディ伯爵家の門に辿り着いた。使者と共に屋敷に迎えいれられる。僕は下馬すると挨拶もそこそこにマリーの所在を聞き、勝手知ったるキャンディ伯爵家とばかりに真っ直ぐにそこへ向かった。
 マリーの事を心配する余り、苛立ちさえ覚えながら僕は喫茶室の扉を慌ただしくノックする。そこが開けられると、椅子に座って目を丸くしてこちらを見るマリーの姿が見えた。
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