貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。

譚音アルン

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貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。

グレイ・ルフナー⑳

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 今日はいよいよ決行の日だ。

 昨日はお忍びとは言え、ルフナー子爵家は貴人達の来訪を受けていた。というのも、最後の打ち合わせとしてサイモン様とメンデル修道院長が僅かな供を連れてひっそりといらっしゃったからだ。当事者のアールは勿論、そして祖父エディアール、父のブルック、僕も出席している。
 非公式の為、未来の親戚同士や宗教者に対する挨拶もそこそこに、アールの未来を決定付ける会議が始まった。

 「この度は愚息の為にご来駕らいが頂き感謝にえません。急な事にて満足なもてなしも出来ずに誠に申し訳無く……」とルフナー子爵家の当主として、深々と頭を下げる父ブルック。サイモン様が鷹揚おうよううなずいた。

 「これはお忍びゆえ気になさるな。正式なものはまた後日。早速だが始めよう、時間も惜しい」

 誰がどのように動くかを中心に話し合いが持たれた。後は想定外の事態が起こった場合とその対処等について。

 話し合いの結果、祖父と父はカーフィ・モカを監視する役目を担う事になった。そして僕も今、別行動でアールに同行していない。
 僕の役目はフレールの相手であるメイソンを逃がさぬようにする事と、何かあった場合の連絡要員。火急の用だとリプトン伯爵家に乗り込むのも、僕が一番自然で適任だと思う。既に昨日の内にドルトン侯爵家に手の者を張り着かせている。
 幸運にも、キャンディ伯爵家とドルトン侯爵家の中間にある集落に、キーマン商会で働く従業員の実家が小さな酒場をやっていた。護衛達と共に騎馬で向かい、そこを借り上げて待機する。僕は家主の饗応きょうおうを受け、やきもきしながら待っていた。
 報告によればメイソンは昨夜遅く屋敷に戻ったようで、ずっと寝ているのか出掛ける事も無く屋敷に居るようである。このままその時が来るまで寝ていて欲しい。

 やがて、リプトン伯爵家から義姉フレールの手紙をたずさえた使者が、ドルトン侯爵家に無事に入って行ったとの知らせを受けた。高確率で出て来るだろうが、万が一の時があった場合、サイモン様達に迅速に連絡をしなければいけない。
 数刻後、ドルトン侯爵家の馬車が屋敷を出たとの報告があり、一旦胸を撫でおろす。侯爵家に張り付かせた者達にもリプトン伯爵家への移動を命じた。
 やがて、侯爵家の馬車がリプトン伯爵家に入って行ったと連絡が来たので、僕はその家を引き払ってリプトン伯爵家近くに移動した。

 無事に事が成れば兄とサイモン様達の馬車が先に出て来る手筈になっている。それを確認出来たら僕の役割は終わり、アールと合流して一旦ルフナー子爵家へ帰る事になっていた。

 リプトン伯爵家が見える小高い丘で軽食をとる。固いパンを咀嚼そしゃくしながら、僕は打ち合わせが無事終わった後に雑談交じりにサイモン様がメンデル修道院長に話しかけていた事を思い出していた。


***


 「そうそう、ディンブラ大司教。すべて首尾良く事が成ったあかつきにはもう一つお頼みしたい事があるのですが」

 「何ですかな」

 「ええ、我が娘マリアージュをグレイに嫁がせるのはご存じかと思いますが、実は姉のアナベラを彼にめあわせようと思っているのですよ。その婚約式を祝福して頂きたいのです」

 「おお、そのような! なんと目出度めでたい!」

 「夫婦ともに兄弟姉妹同士、何かと気安かろうと思いましてね。本人達も意気投合して満更でも無さそうですし、妻も結婚式を合同でやろうと乗り気になっております」

 「ああ、それは何としてでも醜聞を避け円満な解決を望まれる筈ですな。グレイ殿もそう言って下されば良かったものを、水臭いですぞ」

 祖父エディアールと父ブルックが慌ててサイモン様にお礼を申し上げながら、修道院への寄付金はうちから出しますと申し出ていた。サイモン様にはもう十分にご迷惑をかけているし、アナベラ様との婚約も考えればそれぐらいして当然だというのは祖父と父の言葉である。僕もそう思う。


***


 食事を終えて待っていると、果たして、遠目に兄達の馬車が続々と出て来るのが見えた。僕達の計画は上手くいったらしい。
 念のため、しばらく馬車と並走するように僕はやや遠回りで馬を走らせた。サイモン様の馬車や教会の馬車と別れたところで兄の馬車と合流。馬を降りて馬車に乗り込む。
 き物の取れたような清々しい表情のアールが手を上げて迎えいれてくれた。

 「やあ、グレイ。協力感謝するよ。嬉しい事に全部上手くいった!」

 「そうみたいだね。良かった。婚姻白紙、おめでとう」

 僕は祝辞を述べる。今日の働きが報われて良かった。兄は堪え切れないといった様子で肩を揺らし、クツクツと笑っている。
 それはだんだん大きくなり、これまでの鬱屈を吹き飛ばすような快活なそれに取って代わられた。

 「グレイ、聞いてくれよ――全く傑作だったんだ! 鳩が鉄砲に驚いたような顔をしていたよ」

 アールは笑いながら語り始めた。


***


 俺は緊張していた。今日はいよいよリプトン伯爵家との決戦の日だからだ。この日に自分の将来が掛かっていると言っても過言じゃない。
 待ち合わせの場所で伯爵閣下やメンデル修道院長達と合流して挨拶をした。閣下は「私が後見で付いている。大船に乗った気で存分にやれ」と仰って下さった。

 さて、全員でリプトン伯爵家へ向かう。使用人達はいぶかしみながらもフレールが前もって通すように伝えていたのだろう、俺をいつものように迎え入れた。待ちきれなかったのか、そこにフレールの侍女が居たので、早速とばかりに修道女を連れて行かせる。俺達は応接室に向かうのでそこで持て成すようにと申し付けた。

 応接室でサイモン様達に席を勧め、しばし待っていると、茶や軽食が運ばれてくるのとほぼ同時に舅のリプトン伯爵が慌てて飛び込んで来た。

 「こ、これはキャンディ殿と大司教猊下げいか! 何故我が家に――アール、これは一体どういう事なのだ」

 寝耳に水とばかりに驚愕し、そして詰問する眼差しを向けて来る舅。俺は「今日は大切な話し合いに来たのです」と言った。

 「話し合いだと?」

 「はい。実は私達の結婚は完全なものではありませんでした。白い結婚だったのです。また、フレールはドルトン侯爵家のメイソン殿と情を交わしている。私もこの不幸な結婚を終わりにしたい。婚姻白紙に戻す為に御二方に協力をお頼みしました」

 「な、なんだと!? 証拠はあるのか?」

 「フレールは今、修道女によって処女検査を受けています。じきに結果が出るでしょう」

 「なっ、勝手な事を! 猊下は分かるとしても、何故キャンディ殿が」

 俺の言葉に仰天し、動揺を見せるリプトン伯爵。客人二人に落ち着かなさげに視線を動かした。キャンディ伯爵閣下が鋭い目で舅を見る。

 「私はルフナー子爵家と姻戚になる身として彼の弟のグレイ経由で頼まれている。我が娘の夫となる男の兄が、社交界で醜聞に塗れているのは都合が悪いのでな」

 「あ……それは、」

 顔を青くして言いよどむ舅。メンデル修道院長がまあまあ、と取りなすように口を開く。

 「リプトン殿、そう慌てなさるな。何も取って喰おうという訳ではない。アール殿は円満な解決を望んでいなさる」

 「し、しかし」

 そこへ、舅にとって追い打ちをかけるように修道女が戻って来る。

 「検査が終わりました。御令嬢は、間違いなく、乙女でいらっしゃいました」

 それを聞いて、リプトン伯爵は釣り上げられた鯉さながらに口をパクパクさせ、やがて死刑宣告を受けたかのように蒼白になって絨毯の上に崩れ落ちた。
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