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貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。

バードレボリューション!

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 「ふわぁ……」

 大きく欠伸あくびをする。結局寝足りないまま朝を迎えてしまった。
 侍女サリーナが起こしに来たので目をこすりながらのろのろと動き出す。

 「今日はどうなさいますか?」と聞かれたので、「運動着に着替えるわ」と返事をした。
 では、庭師達に伝えて参りますとサリーナ。実は朝の日課もここ一週間さぼりがちだったのである。久しぶりにまた頑張ろうと言う気持ちになっていた。

 どうもグレイとのキスはある意味ショック療法となっていたようだ。気まずさが恥ずかしさに取って代わられてしまったけれど。
 寝不足だが気分そのものは爽快だった。恐らく私は自分ではない、死霊か生霊かそういう類の何かにとりつかれていたのだろうと思う。

 ラジオ体操をえっちらおっちらしていると侍女サリーナが戻ってきた。朝の支度をして、庭に出る。
 ハリボテの傍で前脚ヨハン後ろ脚シュテファンが嬉しそうに待ち構えていた。

 「おはようございます、マリー様!」

 「お元気になられてようございました!」

 「うむ、お前達にも心配かけたな。早速馬の用意をせよ。今日は久しぶりだから薔薇エリアを軽く回って泉まで」

 私はハリボテに跨ると、息を大きく吸い込んだ。気合を入れる為にも少し叫んでみよう。

 「ハイよー!」

 「ぶひひーん」

 前脚ヨハンは平常運転の棒読みである。少し間が空いてしまったが、またこの習慣を続けていくのだ。

 薔薇エリアは近距離コース。今が盛りとばかりに咲き誇っている。恐らく来月の前半ぐらいまでは楽しめるだろう。朝露に濡れた花々は美しかった。そう、ルフナー子爵邸での薔薇園でも。

 思い出してカッと頬が熱くなり、思わず持っていた鞭でぴしりとハリボテの尻を叩いた。

 「ぜっ、全速力ぅぅぅ!」

 「ひひひーん!」

 無意識に選んでしまったのだろうが、失敗した! 私は馬を急がせて、泉まで一気に駆け抜けたのだった。

 泉にやっと辿り着いて下馬すると、私はぺしぺしと顔を叩く。我が優秀な侍女が渡してきたお手拭きで顔をぬぐった。
 馬の脚達は息を上げていたものの、屈伸運動などをしてクールダウンしている。
 サリーナがいつものように餌袋を渡して来た。何故かずっしりと重い。

 「あれ、何か重くない?」

 「必要かと思いまして」

 読めない表情で簡潔に答え、スッと下がるサリーナ。
 まぁいいか、と私はいつものように今日の設定を考えようとして――何か、雰囲気がおかしい事に気付く。
 心なしか、鳥達が、ジリ…ジリ…とこちらに徐々ににじり寄ってきているような。殺気にも似た気配。
 取りあえず設定はいつもので良いかと餌を取り出した瞬間、

 「久しぶりの施しだ愚民ど――ぎゃあああああっ!」

 私は餌を投げる事が出来なかった。バサバサバサッと鳩達に集られたのを皮切りに、奴らは私に直接群がって来たのだ。
 悲鳴を上げ、襲撃に逃げ惑う私。餌やりをさぼっていた間、鳥達愚民共に飢餓によるルサンチマンが溜まり、反逆――革命レボリューションを起こされてしまったのである。

 鳥達愚民共は勿論鳥頭だから言葉は通じない。故に情報操作もやらせによる騙しも効かないのだ。
 人間のように思考力を持たないから支配者たる私が何を言い訳しようともまずは腹を満たそうとする。野生動物の方が時として人間よりも厄介なのである。

 馬の脚共が慌てて上着を脱いで振り回し、鳥達愚民共を追い払おうとしてくれている。
 私は僅かに出来た隙を逃さず、餌袋を逆さにし、一気に放出してすぐさま飛び退いた。そこへ群衆がわっと殺到する。

 「うわぁ……」

 ギャアギャアと殺気立って喚きながら押し合いへし合い餌を奪い合っている鳥達愚民共。これが人間だったら食料を巡っての殺傷沙汰にまでなっていただろう。
 その地獄絵図さながらの有様を想像してしまって、頬の筋肉が痙攣してしまう。

 「何と無礼な鳥だ」

 「数を減らしますか? 鳥肉は幾らあっても困りませんが」

 等とお伺いを立てて来る馬の脚共。忠誠心は見上げたものだがしかし待て、相手は鳥畜生に過ぎない。
 私は服をパンパンと払い、髪を整えると手を腰にやって偉そうなポーズを取る。なるべくキリッとした表情を心がけた。

 「よい、貧民共への施しをさぼった私が悪かったのだ」

 「マリー様がそう仰るなら」

 「なんと慈悲深い……」

 「ご立派です、お嬢様」

 馬の脚共に続いて少し離れて安全圏にいたサリーナがしれっと加わる。私の優秀な侍女はきっとこのことを予見していたに違いない。
 身を以て私のさぼったツケを見ろ、という事だろう。餌は多めに用意してくれたしな。無表情だが目が笑っているのも今回は許してやろう。

 何より野生とは言え、餌付けをして半飼いの状態にしたのは私である。
 餌やりは何があろうともちゃんと欠かさず毎日しよう、と心に決めた瞬間であった。


***


 運動着は多少汚れてしまっていたので、一旦着替えに戻った。朝の椿事ちんじを少し反省しながらも、朝食を食べる。トーマス兄とカレル兄が午前中は一緒に弓の練習をするという。

 「弓なら私でも扱えるかな。私も一緒に行っていい?」

 と聞くと、

 「構わないが……大丈夫か」

 「一度やらせてみたら分かるだろう」

 と言われたのでお邪魔する事に。

 しかし、弓は結構きつかった。最初は力を入れれば普通に引けたけど、数を重ねていくと腕の筋肉が引き攣ってきて、だんだんと疲れてきたのだ。
 ちっとも的に当たらないし。
 一緒に訓練している警備の者達が微笑ましいものを見るような目でこちらを見ている。

 「そんなんじゃ、弓で相手を倒す前にあっさり近寄られて斬り殺されて終わりだぞ」

 「数を練習をしないと的に当たらない。お前には無理だ」

 やっぱりダメか。私は溜息を吐く。グレイにアドバイスして貰った通り、直接聞いてみるか。

 「そうみたい……じゃあさ、兄様達が防衛的な意味で私にして欲しい事ってある? 私に何か出来る事は?」

 弓を返してじっと見つめると、兄二人は顔を見合わせて考える仕草をした。

 「うーん……お前は戦えないだろ。守られる立場だ。だから守られ易いように動いて欲しいかな」

 「確かにそうだ。人質を取られる事が俺達にとって一番不味い。全力で戦えなくなるからな。だから、何かを鍛えたいのならまず逃げ足を鍛えると良い」

 言われてみれば道理である。私は頷いた。

 「逃げ足ね……分かった」

 部屋に戻り、いつものように窮屈な服を脱いで下着姿になり、足を組んでソファーに座るとぼんやりと考える。
 逃げる事を鍛える。他に何か出来そうな事は無いだろうか。

 ダディは明らかに警備強化するのは悪手だと言った。ならば一見見て分からなければ?

 ちらりと脱いだ服に視線を向ける。コルセット。以前考えたようにこれを鎧化すればどうだろうか。
 上から服を着るから防御力上がったなんて分かるまい。

 それと、逃げるなら忍者の道具、マキビシを作るのはどうだろう。
 コルセットに縫い付ける小さなパーツやマキビシ程度なら私の裁量でも注文できるだろうから。

 よし、試しに一つ作ってみようか。

 私は立ち上がるとサリーナを呼んだ。
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