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貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。
来たりて往かざれば礼に非ざるなり。
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「おかしいところはない? サリーナ」
私はいそいそとお出かけ準備をしていた。今日はとうとうグレイの家へお呼ばれである。
昨日は釣りの後、サリーナに見つかって部屋に連行、今日のガウンドレス選びと相成った。
私のお呼ばれ服は姉達に比べ少ない。だってニートだもの。限られた中から春らしい色を選び、装飾品もそれに合わせた。
いつもと違うのはヘッドドレスの存在。一般的な形は半分帽子で鶏冠のようなものが多いが、私はそれが気にくわないので自分でデザインした。
レースで作られたそれはカチューシャタイプである。余所行き用ドレスもヘッドドレスもあんまり使わないので、それをアレンジして装飾品を縫い付けていくスタイルにしていた。ベースをシンプルなものにすると応用が利くのである。使わないものが沢山あっても邪魔なだけだし。
ガウンドレスとヘッドドレスに真珠や宝石ビーズを縫い付け、赤・オレンジ・ピンクの薔薇コサージュを飾ると、かなり豪華で満足のいく出来になった。
化粧を終えてドレス一式を身に纏い、ローズウォーターで香り付けした髪を三つ編みでまとめる。その上からヘッドドレスを装着して完成である。
私は鏡を覗き込んだ。顔と上半身は問題ない。ただ、後ろ姿とか細かな部分はサリーナチェック頼りだ。ここにあるごっつい装飾枠が付いた鏡は全身を確認する程大きくはないのだから。
有能な我が侍女は私の問いかけに頷いた。
「ええ、ございません。よくお似合いでいらっしゃいます」
「ありがとう。グレイはもう来てるんでしょう?」
「はい、薔薇の間にてお待ち頂いております」
「じゃあ行きますか」
私は気合を入れてグレイが待つ客間へと急いだ。
***
薔薇の間の扉を開けると、窓際に立って外を見ていたグレイが振り向いた。
彼もまたいつも以上におめかししている。深緑に若草の刺繍をあしらわれたジュストコールがその新緑の瞳に相まって良く似合っていた。大人びたその姿にちょっとドキドキする。かっこいいじゃないかちくしょう。
「グレイ、おはよう。今日はよろしくね」
淑女の礼を取ると、「やあ、おはようマリー。今日は一段と綺麗だね」と爽やかな笑みを返された。彼は近づいて来ると騎士の如く膝まづいて私の手を取り、その甲にキスを落とす。
「お迎えに上がりました、薔薇の女神様」
「も、もうグレイったら……!」
心臓が一段と跳ねた。
どぎまぎしていると――ヒクッっと胸が上下した。
「!?」
はっとなって口元を押さえる。
「マリー?」
「あ、あの。ええと――ヒクッ」
どうもしゃっくりが出てしまったらしい。放屁並みにヤバい。
「ちょ、ちょっと待って!」
私は慌てた。グレイにたんまをかけると息を止めて何とか止めようとする。しかしなかなか止まらない。
それどころか、ヒクッの間隔が狭まってきているような。朝、腹が減るだろうと思って食べ過ぎたのが仇になったのか。
だ、誰か助けてええええ!
パニックになっていると、グレイが忍び笑いをした。
酷い、笑うなんて!
若干涙目になって咎めるように睨みつけると、「ちょっと失礼」と言って私の両耳に指を突っ込んできた。
「そのままで。息を落ち着けて」
何をやってるんだろう? と思いながらも言われた通りにしていると、グレイが悪戯っぽい笑みで顔を覗き込んで来た。
「――止まった?」
あれ……そう言えば。
しゃっくりが止まっていた。グレイの指がそっと耳から抜かれる。
「おまじないだって教えて貰ったんだ。こうすれば不思議としゃっくりが止まるって。役に立って良かった」
「あ、ありがとう……」
「可愛いね、マリー」
チュッと音がして、頬に温かく柔らかいものが触れる。グレイが頬にキスをしてきたのだ。
瞬時に顔に火が上る。
「もう! 一昨日の意趣返しでしょう!?」
思わず拳を振り上げて怒ると、彼は「お返ししないと礼儀に反するんだよ」と意地悪そうな表情で肩を竦める。そうか、倍返しして欲しいのか。良いだろう、密室で押し倒してやる! と思っていると、わざとらしい咳払いが聞こえた。
「お嬢様、その辺で。グレイ様も紳士としての節度を。あまりおいたをなさいませぬように」
さもないと潰されますわ、とチベットスナギツネのような顔で続けるサリーナ。
何が、とは言わない。しかしサリーナの視線の先で想像はつく。ちょっと青褪めたグレイは縮こまってすみませんやりすぎました、と素直に謝った。私も淑女らしからぬ振る舞いだったとサリーナに必死で謝った。だって後が怖いんだもん。
私はいそいそとお出かけ準備をしていた。今日はとうとうグレイの家へお呼ばれである。
昨日は釣りの後、サリーナに見つかって部屋に連行、今日のガウンドレス選びと相成った。
私のお呼ばれ服は姉達に比べ少ない。だってニートだもの。限られた中から春らしい色を選び、装飾品もそれに合わせた。
いつもと違うのはヘッドドレスの存在。一般的な形は半分帽子で鶏冠のようなものが多いが、私はそれが気にくわないので自分でデザインした。
レースで作られたそれはカチューシャタイプである。余所行き用ドレスもヘッドドレスもあんまり使わないので、それをアレンジして装飾品を縫い付けていくスタイルにしていた。ベースをシンプルなものにすると応用が利くのである。使わないものが沢山あっても邪魔なだけだし。
ガウンドレスとヘッドドレスに真珠や宝石ビーズを縫い付け、赤・オレンジ・ピンクの薔薇コサージュを飾ると、かなり豪華で満足のいく出来になった。
化粧を終えてドレス一式を身に纏い、ローズウォーターで香り付けした髪を三つ編みでまとめる。その上からヘッドドレスを装着して完成である。
私は鏡を覗き込んだ。顔と上半身は問題ない。ただ、後ろ姿とか細かな部分はサリーナチェック頼りだ。ここにあるごっつい装飾枠が付いた鏡は全身を確認する程大きくはないのだから。
有能な我が侍女は私の問いかけに頷いた。
「ええ、ございません。よくお似合いでいらっしゃいます」
「ありがとう。グレイはもう来てるんでしょう?」
「はい、薔薇の間にてお待ち頂いております」
「じゃあ行きますか」
私は気合を入れてグレイが待つ客間へと急いだ。
***
薔薇の間の扉を開けると、窓際に立って外を見ていたグレイが振り向いた。
彼もまたいつも以上におめかししている。深緑に若草の刺繍をあしらわれたジュストコールがその新緑の瞳に相まって良く似合っていた。大人びたその姿にちょっとドキドキする。かっこいいじゃないかちくしょう。
「グレイ、おはよう。今日はよろしくね」
淑女の礼を取ると、「やあ、おはようマリー。今日は一段と綺麗だね」と爽やかな笑みを返された。彼は近づいて来ると騎士の如く膝まづいて私の手を取り、その甲にキスを落とす。
「お迎えに上がりました、薔薇の女神様」
「も、もうグレイったら……!」
心臓が一段と跳ねた。
どぎまぎしていると――ヒクッっと胸が上下した。
「!?」
はっとなって口元を押さえる。
「マリー?」
「あ、あの。ええと――ヒクッ」
どうもしゃっくりが出てしまったらしい。放屁並みにヤバい。
「ちょ、ちょっと待って!」
私は慌てた。グレイにたんまをかけると息を止めて何とか止めようとする。しかしなかなか止まらない。
それどころか、ヒクッの間隔が狭まってきているような。朝、腹が減るだろうと思って食べ過ぎたのが仇になったのか。
だ、誰か助けてええええ!
パニックになっていると、グレイが忍び笑いをした。
酷い、笑うなんて!
若干涙目になって咎めるように睨みつけると、「ちょっと失礼」と言って私の両耳に指を突っ込んできた。
「そのままで。息を落ち着けて」
何をやってるんだろう? と思いながらも言われた通りにしていると、グレイが悪戯っぽい笑みで顔を覗き込んで来た。
「――止まった?」
あれ……そう言えば。
しゃっくりが止まっていた。グレイの指がそっと耳から抜かれる。
「おまじないだって教えて貰ったんだ。こうすれば不思議としゃっくりが止まるって。役に立って良かった」
「あ、ありがとう……」
「可愛いね、マリー」
チュッと音がして、頬に温かく柔らかいものが触れる。グレイが頬にキスをしてきたのだ。
瞬時に顔に火が上る。
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「お嬢様、その辺で。グレイ様も紳士としての節度を。あまりおいたをなさいませぬように」
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