貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。

譚音アルン

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貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。

太公望「釣ってたのはあんただよ」文王「」

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 次の日の午前中、私は敷地内の池で釣りをしていた。ここでは小規模ながら養殖もしているので釣り堀と同じなのだ。餌やりは朝なので、午前中は鳥達愚民共は少なくなるのである。釣った魚は昼食にするつもりだ。魚の餌はミミズで、馬の脚共に取って来させている。
 普段食卓に並ぶのは、池や川で採れる淡水魚、たまに海の魚である。海の魚は輸送の関係でお高めであり、長期保存の為に燻製や塩漬け、干し魚が主である。

 しかしこうしてのんびりと釣りをしているのはかの周の太公望を思わせるな。もっとも、太公望は真っ直ぐな釣り針で釣り餌すら付けてなかったんだけれども。そこを文王が通りかかって会話して採用。結局太公望が釣ってたのは魚じゃなくて文王という就職先だったわけである。言葉での釣りもきっと上手かったに違いない。

 「マリー、引いてるぞ」

 何故かカレル兄がやってきた。手に弓を持ってる。練習してたんだな。文王役はどうやらカレル兄らしい。
 私は釣り竿を上へ動かした。確かに引いてる。結構重い。ふんぬっと踏ん張って引き上げてみると、鯉がかかっていた。ピチピチである。落としそう。

 「わわわっ、前脚ィ!」

 「はっ」

 前脚ヨハンがさっと動いて鯉を掴み、釣り針から外してバケツに入れた。後ろ脚シュテファンがミミズを摘まんで針に装着する。

 「おい……」

 私は無言で再び竿を振り、釣りを再開した。後数匹ぐらい釣れば良いかな。

 「お前なぁ。釣り餌位自分でつけろよ…」

 呆れたようなカレル兄。全く分かってないな。

 「あら、カレル兄様は何を言ってるのかしら。マリーはね、か弱いご令嬢だから気持ち悪い釣り餌も釣ったお魚も触らないの。つまり、『接待釣り』しかしないものなの」

 そう、私は伯爵令嬢という名の高貴なニートである。高貴だから自分の手を直接汚さないのだ!
 だから釣りは一人ではやらない。馬の脚共同伴は必須である。
 胸を張っていると、カレル兄は目を眇めた。

 「というか、『接待釣り』って……釣りの意味あんのか、それ。その内庭師を水中に潜らせて魚を釣り針にかけさせたりしそうだな」

 「そこまではしないわよ。だってここ豊富にいるから幾らでも魚掛かるし。あー、いつか海に行って釣りしてみたいな~。浜辺の焚火で塩焼きにしてお魚食べたりしたい。海岸で貝殻拾いとかしてみたい~」

 現代日本では当たり前のレジャーでも、こちらではハードルが高すぎる。鯛やマグロ、カレイ、ウニ、タコ、アサリ……ああ、食べたい。塩漬けや干物では飽きる。新鮮なお魚が食べたい。私は溜息を吐いた。
 砂浜もゴミとか少なくて、さぞかし豊かで綺麗な海なんだろうな。釣りだってきっと入れ食いだ。川や池だって透明度高くて綺麗なんだから。
 カレル兄もそうだなと頷いた。

 「海は俺もいつか行ってみたい。というか、お前も海に行った事なんてないだろう?」

 ちらりとこちらを窺ってくる。私は「そうだけど、本で読んだの!」と言い張った。
 呆れたような溜息を返される。

 「まったく……またそれか」

 「それよりも聞いて聞いて、カレル兄! 私昨日小説書いてたんだよ!」

 「小説って……お前そういうの書けたのか? 一体どんな話なんだ?」

 「うん、あのね――」

 私は語り始めた。面白いと思ってもらえれば良いけど。


***


 【赤髪の悪魔貴族は麗しき薔薇の姫とワルツを踊る】

 見事な赤銅のような髪色、新緑の瞳――オール・ヴェゲナー伯爵は冴え冴えとした美貌の貴族の男である。大商人の一人娘を母に持ち、その財力と権力、権謀術数を駆使した狡猾なやり口で他の貴族を陥れていた。そしてその度に何故か出世していく――王すらも彼を恐れると皆人は噂し、その容貌から悪魔貴族よと敬遠していた。

 子爵令嬢のイザベラは薔薇の如き華やかな美貌を持つ子爵令嬢である。美しさのみならず賢く、理知の宿る瞳は社交界の男達の視線を集めて魅了しているが、反面そのせいで執着を受ける事もあり、要らぬ苦労を背負っていた。
 その日も、さる伯爵子息にワインに薬を盛られて一室に連れ込まれ、婚約を断った男に無理やり辱められそうになっていた。しかしすんでのところをオールに救われる。

 無残に破られたドレス、イザベラに掛けられたジュストコールからは煙草とムスクが微かに匂う。何も言わずに使用人を呼んでその場を早々に立ち去ったオール。危険な香りを感じながらもイザベラはどこまでも紳士的な彼に惹かれてしまっていた。

 イザベラは残されたジュストコールを撫でた。あの時、かの悪名高い悪魔貴族の男に見捨てられるかと思った。けれど、彼は顔を顰めて伯爵子息を殴り飛ばし、私を救ってくれた……。
 胸をときめかせるイザベラ。ジュストコールを返す口実で再びあの方にお会い出来る。悪魔伯爵が出席する夜会に清めたそれを持って行った彼女は、悪魔貴族をワインで毒殺しようとの不穏な話を聞いてしまう。
 彼に知らせなければ――イザベラは悪魔貴族の元に急いだ。オールは今にもワインの杯を呷ろうとしていた。

 「それを飲んでは駄目!」

 その杯をギリギリのところで奪い取るイザベラ。

 「君は――!」

 悪魔伯爵は見覚えのあるイザベラに目を瞠る。すぐに険しい顔をするとイザベラを引っ張って会場を後にした。

 「ちょ、ちょっと、あの――」

 「毒が入っていたのは分かっていた――バカな事をしたな。これで君も奴らに目を付けられてしまった」

 「えっ、どういう事ですの?」

 ここから悪魔伯爵と子爵令嬢のスリルとサスペンスの恋物語が始まる――。


***


 「ま、そんな感じかな。オールは実は良い人。王の密命で貴族達の不正や犯罪を取り締まる仕事をしてて、イザベラがそれを美貌と話術で手伝う」

 純愛ものと違って、こちらはサスペンスだ。推理とかそういう要素も入れて、読者をハラハラさせる。勿論本の最後のシーンはオールとイザベラが結ばれるという筋書きだ。
 そう締めくくると、カレル兄は何とも言えない複雑な表情をした。

 「なんか……どこかで聞いたような気がする」

 「そりゃモデルはアールお義兄様とアナベラ姉だもん。赤毛のカッコよさを知ってほしくて書いたんだし」

 「いや、そこは分かってる。俺が言うのは話の内容だ」

 「えっ、本当? 既存の小説で同じような話があるの?」

 類似した小説があった場合、盗作だとか後ろ指差されちゃうじゃないか。私が焦って身を乗り出すと、カレル兄は首を振った。

 「いや、何でもない。小説自体そこまで多くないからな。ただ、聞いた事がある話に似てると思っただけだ」

 私はピンときた。きっと、毒殺とか平気であるんだ。

 「……そういう事やっぱりあったりするんだ、怖っ」

 絶対に社交界には近づかない。おんもは危険だらけだ。貴族達の渦巻く悪意に怯えていると、タイミング良く魚が掛かって釣り竿がぶるぶると震え、私はうひゃあと声を上げた。
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