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鶏蛇竜のカール。

鶏蛇竜は暁を待つ。【56】

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 ある程度走ったところで、金属がぶつかり合う音が耳に飛び込んで来た。カールはそこで足を緩め気配を消す。
 息を整えながら戦っている者達に気付かれないようこっそりと忍んでいった。

 「恐ろしいな、先程の男達といいこの屋敷は化け物揃いか!」

 「淑女に対して随分ですが、お褒めの言葉と受け取っておきますわ!」

 ――キン!
 ――ギャリンッ!

 月明かりの中、火花を散らしながら池の畔で戦っていたのは果たしてサリーナだった。
 相手は後ろ脚シュテファンと戦っていた筈の双剣使い――マルスパル・アンダイエを名乗る男の内の一人。

 大方、あのまま戦っていればやられると、混戦を利用しまんまと逃げおおせたのだろう。
 しかしそんな男でも、矜持はあるのか女を相手に逃げるという選択肢は無いようだ。
 サリーナには悪いが、何時手を下そうかと思案しながらカールは戦いを窺う。

 「あんた、女にしておくのは惜しいな」

 「男である事がどれほどの価値があるのかしら?」

 言葉の応酬。獣が戦う時さながら、両者はじりじりと円を描くように移動しながら睨み合っていた。
 池の水面を撫でるように風が吹いた、その瞬間。サリーナの影が素早く動いた。踵を打ち付けるや否や、蛇ノ庄の体術で相手に肉薄し右の手甲剣を振るう。しかし男もさるもので、その剣を力任せに弾いている。
 間髪入れずサリーナが左の手甲爪を突き出すが、その手をマルスパルは剣を手放した右手で掴んで引き倒した。両者は睨み合う。
 やがて男は何かを呟くと、残された剣を両手で持ち彼女に突き立てようと振りかぶった。

 ――サリーナ!

 反射的にカールの体は動いていた。
 蛇ノ庄の体術で男の背から肉薄し、首を狙って手甲武器を力強く振るう。
 カールの爪は深々と突き刺さり、その肉を抉った。

 どさり。

 双剣の男、マルスパルは力なく崩れ落ちる。同時にサリーナが横に転がってそれを避けた。
 よく見ると、サリーナの右足先から刃が出ている。どうやら同時に止めを差したようだ。

 ぎょっとしたように強張った血塗れの顔でこちらを見上げるサリーナ。呼吸があるのを認めたカールは安堵の息を漏らしてしゃがみ込んだ。右手の手甲武器を外して脇に挟む。

 「サリーナ、大丈夫ー? 危なかったから思わず手を出したけど、余計な事だったかなー?」

 手を差し伸べたカールの声に、サリーナは今呼吸を思い出したかのように息を大きく吐いた。「誰かと思ったわ、吃驚した」と呟いているので、この瞬間までカールだと気付かなかったのだろう。
 彼女は首を横に振ると、右の手甲剣を外した。

 「いいえ、助かったわ」

 ありがとうカール、と乗せられた山猫サリーナの手の温もり。
 カールは何となく気恥ずかしさを感じつつ、「どういたしましてー」と返事をする。

 そんな二人を月が優しく照らしていた。


***


 その後。

 戦闘が終わった馬兄弟がやってきて、共にマリアージュ姫達の安否を確認。
 サリーナが確認したい事があるというので、カール達は再び戦いの現場へと向かった。

 「ひー、おっかねぇな」

 圧倒的勝利で戦いは終結していた。
 目の前では、『不死鳥の光』の男達が検分の終わった死体を次々と運んでいく。
 『不死鳥の光』の役目は屋敷を取り囲んで『死神の三日月』を逃がさないようにすること、そして事後処理が主であった。
 サリーナが灯りを掲げて運ばれていく遺体の顔を一つ一つ覗き込んでいる。
 見る限り、隠密騎士側に死人はいない。相手が碌に戦闘訓練を積んだ事のない烏合の衆であったことが幸いした、とカールは思う。

 「居たか?」

 「いいえ、逃がしたみたいです」

 ジルベリクの問いにサリーナは悔しそうに首を横に振る。隠密騎士達の視線を受けて、ジルベリクが口を開いた。

 「サリーナが追っていたのは偽のネアン商会の番頭だったそうだ」

 彼女が撃退して、その男はこちらへ向かって逃げたのだという。混戦の最中、彼女が姿を現したのはその男を探していたのだと。
 双剣使いは殺したが、その男は逃げおおせた。
 後で合流すると言った、ジャン・デュポン。奴はどこぞの商会へ勤めていると言わなかったか?

 「サリーナ、その男ってさー」

 カールが特徴を伝えると、サリーナは驚いたようにそうよと肯定する。ならばジャン・デュポンである可能性が高い。

 「その男、恐らくジャン・デュポンですねー。マルスパル・アンダイエの一人、ではないでしょうかー」

 どういうことかと問うジルベリクにカールはマルスパル・アンダイエが複数居たのだと説明する。
 その時――『不死鳥の光』の頭目サンドル・キンブリーの傍に控えた、サンドルと顔立ちの似た男が何かをサンドルに耳打ちしているのにカールは気付いた。
 サンドルやその周囲の荒くれ者達とは違い、きちんとした身なりをしているのが場違いにさえ思える。

 「えっと、三人じゃねぇかって……」

 観察していると、サンドルが頬を掻きながらおずおずと切り出した。ジルベリクの視線がそちらへ向けられる。

 「どういうことだ?」

 「お、俺達みたいな裏社会の人間は、こそこそ闇に隠れて生きながらもどこかで自分達を誇示したがるものなんでさぁ。
 『死神の三日月』――三日月は新月から数えて三日目の月、三という数字を使ってる。なら、マルスパル・アンダイエは三人かも知れねぇです、はい」

 「ほう……新月、繊月二日月、三日月という訳か。確かに道理だ」

 ジルベリクは感心したように頷く。サンドルの喉が上下した。

 「『死神の三日月』に意味を込めてあったなら、ですがね? 今の時点では妄想の域をでねぇです。
 ただ、その偽番頭の男の特徴が弟が集めた噂の一つに合致してるんでさぁ。マルスパル・アンダイエには違いないかと思いますです、はい」

 「もしその妄想が真実であれば、『死神の三日月』は二人欠け、手下も大部分を失ったという訳だな。大したことは出来ぬだろうが……」

 サンドルはまごついたように自分に耳打ちをした男を見た。男は小さく息を吐いてサンドルの脇腹を抓る。
 飛び上がるサンドル。ジルベリクがおや、とでも言うように片眉を上げた。サンドルに似た顔立ちのその男は小さく息を吐くと、ジルベリクに向かって丁寧に一礼する。

 「お初にお目にかかります、隼のジルベリク様。私はこのサンドルの弟、マーチスと申します。その偽番頭の男の行方につきましては引き続き『不死鳥の光』にお任せを。何かあればジルベリク様にご連絡を致しますので」

 「ああ、頼んだぞ。今日はよく働いてくれた。殿にもそう申し上げておこう」

 「はい、今後とも兄共々お引き立てを……」

 マーチスは兄サンドルの背中に手を回して深々と一礼する。彼らが仕事を終えて去ると、ジルベリクは「有能な弟だな」と感嘆の溜息を吐いた。

 死体が運ばれた後は、庭師でもあるカール達の番だ。こぞって土を撒き、大地に流れた血を覆い隠して行く。
 全てが終わり、大浴場で汚れを落とした頃には全員疲労困憊、へとへとになっていた。
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