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鶏蛇竜のカール。
鶏蛇竜は暁を待つ。【38】
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「あの、マリー様。先日の話の続き、みたいなものなんですけどー……他者からも自身からも愛を得られない化け物は、一体どうすればいいんでしょうかー?」
マリアージュ姫はじっとカールを見つめる。
暫くの沈黙の後。
「……一体誰の事を話している、カール?」
問い返された瞬間、カールの心臓がどきりと鼓動を打った。
「僕……の、古い友人の事ですー」
黙ったまま目線で話を促すマリアージュ姫。咄嗟に『古い友人』としたが、一度話し始めると止まらなくなった。
水が滴るようにぽつりぽつりと語っていく。
「彼はある時を境に毎日のように辛いことをさせられて、沢山苦しい悲しい思いをして……やがて、感情が麻痺してしまって、人の心を無くした化け物になってしまったんですー」
「……それで」
「彼に愛情を注いでいた母親も、命の危機に瀕した父親を庇って儚くなってしまいましたー。
生き残った父親は彼を裏切り見捨て、周囲には彼の事を嫌う者も多く、彼自身も彼を嫌っていますー。
彼の心は孤独に暗闇の地を這いずり回り、死による解放を望んでいるのですー」
故に彼は他者からも自身からも愛は期待できない。
化け物から人へは戻れないままなのか。
そう問いかけると、マリアージュ姫は目を瞬かせた。
「それは何ともヘビーな話だな。だが、少なくともカールのように身を案じてくれる友人がいるではないか? 愛を与えるのは友でも構わないと思うが、カールでは駄目なのか?」
「最近、僕以外に案じてくれる人が出来たみたいですけどー……問題は、彼が他者の愛を信じられなくなっていることなんですよねー。
父親にさえ裏切られたという事実は根深くて、誰も彼も信じられなくなっているんですー。仲間とか味方とか下らないものだ、いっそ死にたいとー」
『古い友人』という他者に仮託したからか、するりと出る本音。
マリアージュ姫は考え込むように腕を組んだ。
「成程、人間不信に陥り他者を拒絶して閉じこもっているのか。自ら積極的に死を選ぶのはあまり良いこととは言えないのだが」
「……何故ですかー?」
今のカールのように、人によって死は救いとなる。
罪人として地獄で責め苦を受けるだの、悲しむ者がいるだのありきたりの理由でも言うのだろうか?
しかしカールの予想とは裏腹に、マリアージュ姫は「生き物として不自然なのだ、」と口にした。
日光の照り返しを受け、黄金にも見える太陽神のような双眼がこちらを見据える。
「全ての生き物は子孫繁栄を目的として生きている。人が身分や財や力、美を求めるのは理性というよりも本能に近い。より優れた異性と伴侶になり、自分の持つ特性や生きた証をより遠い未来に伝える為なのだから」
「生きた、証?」
「そうだ。それは自分の特性を半分受け継いだ子供や、自分が探求して来た知識や技術を受け継いだ弟子だったりもする。生きた証とは血の繋がりとは限らない。
話を元に戻すが、もしその男が何も残さず自死を選ぶのならば、男は愛してくれた母親から託された生きた証を意図的に途絶えさせることになる」
それだけではなく、とマリアージュ姫の唇は動き続ける。
それは母親――ひいては、祖父母、何百、何千何万、数えきれない程大勢の先祖達が――必死に生きて未来に繋いで託してきた命を無に帰すことでもあるのだ、と。
「それは、母親への最大の侮辱であり冒涜であると私は思う」
大量の氷水を突然ぶっかけられたような衝撃に、カールの体がぶるりと震えた。
――『カールも、生きのびて……。そして、皆、笑って……幸せに、』
母の最期の言葉が皆底から浮上する大きな泡の如く迫りくる。
見ないようにしていたものを突き付けられた。
マリアージュ姫の言葉を借りるならば、それは正しくカールに託した母の願い。
カールに兄弟はいない。
死を選べば母の生きた証もこの世から消えてしまうだろう。
指摘にショックを受けて呆然とするカール。
「その男が本当に母を想うならば、生きて未来に命を繋ぐべきだろう。理想は『可愛い女性の愛の力で呪いが解けて化け物から人間に戻った男は、その女性と結婚して子供を儲け、いつまでも幸せに暮らしましたとさ。めでたしめでたし』だな」
物語の結びの言葉で締めくくったマリアージュ姫は、テーブルの上で頬杖をついた。
「複雑に見える問題程、答えは案外シンプルだったりする。
先程の話を聞くに、その男が化け物になってしまったのは外的要因によるものが大きい。つまり人間に戻るのも外的要因が必要となるのは道理。
それに本人が気付いて一歩踏み出すまでの時間が短いか長いかだけの話だ」
ドアはノックしなければ開かれない。誰かに助けて欲しければ、助けを求める。
当たり前の事だ、と言うマリアージュ姫。
「人間関係含む悪い環境がその男を化け物にしたというのなら、引っ越しなどして環境をがらりと変えるのも良い。
元の環境を離れ全てを白紙に戻し、一から良い環境を作り上げるのも一つの手かな」
どうだ、シンプルだろう? とマリアージュ姫はこちらを見て微笑んだ。
立ち込めていた濃霧が大風に吹き流されたような思いがして、カールは「あ……」と声を漏らす。
思えばカールが化け物になってしまった蛇ノ庄とは縁が切れているし、王都に来た時点で環境は変わっている。
エリアスやサリーナ、馬兄弟といったカールの味方になってくれる人も出来た。
後はカールが勇気を出して一歩踏み出すだけということか。
「カールの友人に伝えて欲しい。人は、孤独であればどんなに頑張っても自分自身の限界という壁にぶつかる。自分が化け物であれば、その壁を超えて人間に戻るのは極めて難しいだろう。
だが、そこに他者の助けがあることで案外簡単にその壁を超えて行く事が出来る。それこそ、化け物から人に戻ることだって可能――っと、カール!?」
ぎょっとしたようにこちらを見るマリアージュ姫。
そこで初めて、カールは自分の頬に熱いものが流れていることに気付いた。
マリアージュ姫はじっとカールを見つめる。
暫くの沈黙の後。
「……一体誰の事を話している、カール?」
問い返された瞬間、カールの心臓がどきりと鼓動を打った。
「僕……の、古い友人の事ですー」
黙ったまま目線で話を促すマリアージュ姫。咄嗟に『古い友人』としたが、一度話し始めると止まらなくなった。
水が滴るようにぽつりぽつりと語っていく。
「彼はある時を境に毎日のように辛いことをさせられて、沢山苦しい悲しい思いをして……やがて、感情が麻痺してしまって、人の心を無くした化け物になってしまったんですー」
「……それで」
「彼に愛情を注いでいた母親も、命の危機に瀕した父親を庇って儚くなってしまいましたー。
生き残った父親は彼を裏切り見捨て、周囲には彼の事を嫌う者も多く、彼自身も彼を嫌っていますー。
彼の心は孤独に暗闇の地を這いずり回り、死による解放を望んでいるのですー」
故に彼は他者からも自身からも愛は期待できない。
化け物から人へは戻れないままなのか。
そう問いかけると、マリアージュ姫は目を瞬かせた。
「それは何ともヘビーな話だな。だが、少なくともカールのように身を案じてくれる友人がいるではないか? 愛を与えるのは友でも構わないと思うが、カールでは駄目なのか?」
「最近、僕以外に案じてくれる人が出来たみたいですけどー……問題は、彼が他者の愛を信じられなくなっていることなんですよねー。
父親にさえ裏切られたという事実は根深くて、誰も彼も信じられなくなっているんですー。仲間とか味方とか下らないものだ、いっそ死にたいとー」
『古い友人』という他者に仮託したからか、するりと出る本音。
マリアージュ姫は考え込むように腕を組んだ。
「成程、人間不信に陥り他者を拒絶して閉じこもっているのか。自ら積極的に死を選ぶのはあまり良いこととは言えないのだが」
「……何故ですかー?」
今のカールのように、人によって死は救いとなる。
罪人として地獄で責め苦を受けるだの、悲しむ者がいるだのありきたりの理由でも言うのだろうか?
しかしカールの予想とは裏腹に、マリアージュ姫は「生き物として不自然なのだ、」と口にした。
日光の照り返しを受け、黄金にも見える太陽神のような双眼がこちらを見据える。
「全ての生き物は子孫繁栄を目的として生きている。人が身分や財や力、美を求めるのは理性というよりも本能に近い。より優れた異性と伴侶になり、自分の持つ特性や生きた証をより遠い未来に伝える為なのだから」
「生きた、証?」
「そうだ。それは自分の特性を半分受け継いだ子供や、自分が探求して来た知識や技術を受け継いだ弟子だったりもする。生きた証とは血の繋がりとは限らない。
話を元に戻すが、もしその男が何も残さず自死を選ぶのならば、男は愛してくれた母親から託された生きた証を意図的に途絶えさせることになる」
それだけではなく、とマリアージュ姫の唇は動き続ける。
それは母親――ひいては、祖父母、何百、何千何万、数えきれない程大勢の先祖達が――必死に生きて未来に繋いで託してきた命を無に帰すことでもあるのだ、と。
「それは、母親への最大の侮辱であり冒涜であると私は思う」
大量の氷水を突然ぶっかけられたような衝撃に、カールの体がぶるりと震えた。
――『カールも、生きのびて……。そして、皆、笑って……幸せに、』
母の最期の言葉が皆底から浮上する大きな泡の如く迫りくる。
見ないようにしていたものを突き付けられた。
マリアージュ姫の言葉を借りるならば、それは正しくカールに託した母の願い。
カールに兄弟はいない。
死を選べば母の生きた証もこの世から消えてしまうだろう。
指摘にショックを受けて呆然とするカール。
「その男が本当に母を想うならば、生きて未来に命を繋ぐべきだろう。理想は『可愛い女性の愛の力で呪いが解けて化け物から人間に戻った男は、その女性と結婚して子供を儲け、いつまでも幸せに暮らしましたとさ。めでたしめでたし』だな」
物語の結びの言葉で締めくくったマリアージュ姫は、テーブルの上で頬杖をついた。
「複雑に見える問題程、答えは案外シンプルだったりする。
先程の話を聞くに、その男が化け物になってしまったのは外的要因によるものが大きい。つまり人間に戻るのも外的要因が必要となるのは道理。
それに本人が気付いて一歩踏み出すまでの時間が短いか長いかだけの話だ」
ドアはノックしなければ開かれない。誰かに助けて欲しければ、助けを求める。
当たり前の事だ、と言うマリアージュ姫。
「人間関係含む悪い環境がその男を化け物にしたというのなら、引っ越しなどして環境をがらりと変えるのも良い。
元の環境を離れ全てを白紙に戻し、一から良い環境を作り上げるのも一つの手かな」
どうだ、シンプルだろう? とマリアージュ姫はこちらを見て微笑んだ。
立ち込めていた濃霧が大風に吹き流されたような思いがして、カールは「あ……」と声を漏らす。
思えばカールが化け物になってしまった蛇ノ庄とは縁が切れているし、王都に来た時点で環境は変わっている。
エリアスやサリーナ、馬兄弟といったカールの味方になってくれる人も出来た。
後はカールが勇気を出して一歩踏み出すだけということか。
「カールの友人に伝えて欲しい。人は、孤独であればどんなに頑張っても自分自身の限界という壁にぶつかる。自分が化け物であれば、その壁を超えて人間に戻るのは極めて難しいだろう。
だが、そこに他者の助けがあることで案外簡単にその壁を超えて行く事が出来る。それこそ、化け物から人に戻ることだって可能――っと、カール!?」
ぎょっとしたようにこちらを見るマリアージュ姫。
そこで初めて、カールは自分の頬に熱いものが流れていることに気付いた。
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