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鶏蛇竜のカール。

鶏蛇竜は暁を待つ。【4】

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 スヴェンが去った後、しんと静まり返る室内。
 父イーヴォは俯き、喉から絞り出すように言葉を紡ぐ。

 「カール。済まない」

 「父様、何故謝るのですか?」

 「……ヘルム亡き今、お前達を鳥ノ庄へやることは出来なくなった」

 蛇ノ庄の後継者がどうなるか分からないが、イーヴォもカールもこれまでのように暮らせなくなったのは確かだ。
そう父は理由を告げる。
 もし、イーヴォがスヴェンに代わり当主となれば、その次に当主になるのは順当にいけばカールである。その他一族傍系の男子は実力が足りなかったり幼かったりした。
 気絶した母ロザリーに目を落とす父イーヴォ。
 昔父が母に送ったという、蝶を象った金細工のネックレスがシャラリと音を立てる。

 「ロザリーも……離縁し郷里へ戻した方が良いのだろう。兄上が戻られるまでに、心を殺し情を捨てる覚悟を決めておくがいい」

 そう言って父イーヴォは母を抱いて寝室へとゆっくり歩き出す。
 その背中は、悲壮な覚悟が背負われているように見えた。


***


 それから幾日か――知らせがあった後、蛇ノ庄当主スヴェンはヘルムの亡骸と共に王都より帰還。ヘルムの葬儀がひっそりと執り行われることとなった。
 家族だけの密葬。蛇ノ庄の他の者達には葬儀をした事実だけを知らせることになっていた。

 「ヘルム、ヘルム。辛かったわね、私の愛する息子……」

 てっきり悲嘆にくれて号泣するとばかり思っていたカールの予想に反して、静かに涙を流しながらただひたすら棺の中のヘルムの頬を愛し気に撫でるデボラ。
 スヴェンが帰還するまでの間、一人で心細いことだろうとカール達は一時的に当主の館で寝泊まりしようとしたのだが――デボラは情緒不安定で一層攻撃的になっており、カール達を怒鳴り喚いて罵倒した。
 出て行けと言われたので、母ロザリーとカールは戦線離脱して帰宅。イーヴォも通いに切り替えて蛇ノ庄の政務をやっていたのだが、スヴェンが帰って来た頃にはげっそりと憔悴していた。

 侍女の話ではデボラは碌に眠れていなかったという。
 頬はこけ、目の下に隈を作って髪を振り乱したその窶れ具合はさながら御伽噺に聞く人の死を告げる妖精を思わせた。

 「可哀想に、痛かったでしょう」

 既に黒く変色している、胸に空いた傷口。当主スヴェンの話では、背後から一突きだったらしい。
 祈りが捧げられた後、亡骸は埋葬場所に運ばれる。
 ヘルムは森の奥の、人目に付かない場所に葬られることとなった。

 「こんな寂しい所に……」

 棺が墓穴に降ろされると、土が被せられて行く。
 上に何の変哲も無い石が墓標の代わりに置かれただけであり、一般的な墓としての体を成していなかった。

 「殿は表向き殉職という扱いにして下さっており、罪は飽くまでもヘルム一人のもので蛇ノ庄には罪はないと仰って下さった。本来ならば死を賜り、取り潰しになってもおかしくなかったが――今後の働きで此度の贖罪をし、信頼を取り戻すようにと。
 だからと言って裏切りは裏切り。ヘルムは一族の墓に入ることは許されぬ」

 本来は亡骸を野ざらしにして獣の餌とされてもおかしくなかった。墓標を立ててやりたいとデボラに埋葬されるだけマシだと思えとスヴェンは首を横に振る。
 裏切り者は名を遺す事は許されない。許されたのは、石の周りに花を植えることだけだった。

 「けじめとして私は当主を退くことにするが、イーヴォが当主としてある程度勤めを果たせるようになるまで補佐を務めよう。この汚名は命を以って償わねばならぬ。二度とこのような事が無きよう、あれの代わりとしてカールを厳しく鍛え上げることにする」

 スヴェンがそう宣言すると、デボラは目を剥いた。

 「ヘルムが、あの子が死んでさぞかし嬉しいことでしょうね! これから蛇ノ庄は貴方達のものになるのだから!」

 「そんなことは思ってなどいません。義姉上は眠れていないと聞いています。少し休まれた方が」

 「心にも無いことを!」

 次の瞬間、乾いた音が響く。
 父イーヴォに飛び掛からんばかりのデボラの頬を、スヴェンが打ったのだ。

 「デボラ! 今日を限りにお前は蛇ノ庄に関わりの無い人間。狼藉は許さぬ。あれのことは忘れ、郷里で達者に暮らすのだ」

 「裏切り者であろうと私達の息子です。名前さえ呼ばないなんて、なんて酷い……貴方には血も涙もないの!?」

 「血も涙も許されておらぬのが蛇よ」

 静かに告げられたスヴェンの言葉。頬を抑え涙を流しながら訴えたデボラはぐっと押し黙ると顔を歪める。暫くの沈黙の後、「分かりました、」と言って踵を返した。
 デボラを見ていたカールと視線が合うと、「お前に私の可愛いヘルムの代わりなど務まるものか」と憎々し気に呟いて小走りに立ち去る。

 「デボラ様!」

 母ロザリーの声が追いかけるが、デボラは振り向きもしなかった。
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