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山猫のサリーナ。

山猫娘の見る夢は。【30】

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 あれから。

 結果的に、カールが手引きした男達は悉く命を落とす事になった。
 蛇の道は蛇――その遺体の片付けは『不死鳥の光』が担うそうだ。カールが男達を手引きした後、彼らに屋敷をぐるりと囲ませていたらしい。

 片付けをして初めて分かった事だが、くだんのネアン商会の偽番頭は上手く逃げおおせたのだろう、それらしき遺体は無かった。
 取り逃がした事を悔しく思うも、『不死鳥の光』の頭目であるサンドル・キンブリーによれば、恐らくその偽番頭こそが『死神の三日月』の頭目マルスパル・アンダイエだったのだろうという事だった。
 マルスパルは変装術に長けているそうで、それで辛うじて逃げ延びたのだろう、と。

 もっとも、マルスパルが無事に逃げおおせたとしても『死神の三日月』は構成員の大部分が冥府に送られたので、今更数人ばかり生き延びた所でどうしようもない。
 趨勢は決したと言えるだろう。

 体力が回復したネアン商会長をサイモン様が見舞い、苦情という名の脅しをした所――会長は青褪めて床に頭を擦り付けて詫びたそうだ。
 ムーランス伯爵にこの男を番頭としてキャンディ伯爵家に連れて行けば王家御用達証人として奏上し、引き立ててやると言ったそうだが、ムーランス伯爵に問い詰めてもそのような者は知らぬとしらを切られるだけだろう。
 切り捨てられたと悟ったネアン商会長は命が狙われる事を恐れ王都を引き払おうとしたが、サイモン様がそれを止めた。
 サイモン様は幾つかの条件を付けてネアン商会を実質庇護下に置き、商会長には護衛を付けて帰したのである。

 ヨハンによれば、そうする事でムーランス伯爵を牽制し、また恩を売る事で当家にとって便利な手駒を得たという。『不死鳥の光』の構成員を雇わせる事も条件に入っているそうだ。
 詳細は伏せられ分からないが、確かに硝石等を扱うにあたり商会があれば便利かも知れない。

 明くる日の夜。

 篝火が焚かれる中――隠密騎士の訓練場でこの度の計画における論功行賞が行われた。
 サイモン様は上機嫌に皆を労う。一番最初に声を掛けられたのはカールだった。
 任務を立派に果たし忠誠と実力を示した事で第一の功績とされた。そして異例の早さで正式に隠密騎士として認められたのである。

 ここに蛇ノ庄の信頼と名誉は名実共に回復されたのだ。

 次に、何とサリーナが呼ばれた。慌てて前へ進み出て礼を取り、お言葉を賜る。

 「サリーナ・コジー。一早く曲者を会場から見つけ出し危険を排除したその働き、見事であった」

 「有難きお言葉。しかしこれは私一人の力では無く、協力してくれた皆のお蔭で成し遂げられたのでございます。
それに――ネアン商会の番頭の偽者に一早く気付けたのは、ルフナー子爵の御子息が教えて下さったからなのです」

 「ほう?」

 サリーナがグレイ・ルフナーの事を伝えると、サイモン様は興味を引かれたようだった。

 「いずれ礼をせねばなるまい。グレイ・ルフナーか……覚えておこう。ところでお前に対する褒美なのだが。
ヨハン達より話は聞いている――『隠密騎士侍女』だったか?」

 「はい」

 「確かに戦闘もこなせる侍女は居てくれた方が何かと便利だろう。今すぐとは言わぬが、いずれ条件を整えてその身分を新たに設ける事を約束しよう」

 「恐れ入ります。ただ叶う事ならば、既存の侍女でも変装術や毒の扱いなど得意分野がそれぞれございます。
一定以上の技能を持つ者達に対し、『隠密騎士侍女』のような形で名誉を賜れればこれ以上の事はございません」

 認められたいのはきっとサリーナだけではない。侍女の皆だってきっとそうだろう。
 ちらりと侍女仲間に視線を向けると、視線が合った皆から微笑みや親指を立てたハンドサインやウインクが返って来た。

 それに――と思う。
 今のサリーナはマリー様という主が居る。

 以前だったらサイモン様の言葉に無邪気に喜んだだろうが、今では違う。
 皆の協力あって敵を追い詰め打ち倒せたのだ。だから皆の為になる事をサリーナは望んだ。

 サイモン様はサリーナの回答に満足そうに頷く。

 「ふむ……成る程。確かにその方が各々の励みになるかも知れぬ。良かろう。それも含めて検討する事としよう」

 「ありがたき幸せ」

 「マリーの事、これからも宜しく頼む」

 「はっ」

 サリーナは一礼して下がる。
 その後、隠密騎士達や侍女の皆もそれぞれお言葉をと褒美を賜って行ったのだった。


***


 「おめでとう、カール! 良かったわね!」

 論功行賞が終わって皆自室へ帰る中。

 侍女仲間に断りを入れたサリーナはカールの下へ駆け寄り、その出世を祝った。

 カールは照れ臭そうに「ありがとうー、サリーナも隠密騎士侍女になれそうで良かったねー」と頭を掻く。
 ヨハンとシュテファンはそんなサリーナ達を優しい眼差しで見詰めていた。

 他の隠密騎士達も称賛の口笛を吹いたり、すれ違いざま軽く肩を叩いたりして「頼りにしているぞ」「これからよろしく頼む」等の言葉をかけている。

 そこへ、

 「サリーナ、カール……悪かった。俺は狭量で、目が曇っていた」

 「カールの事を蛇ノ庄だからと偏見で見ていた。そしてサリーナの事は、女だと侮っていた。申し訳なかった」

 頭を下げて来たのは魔猿のジークラスと猛牛のウルリアンの二人だった。
 どういう風の吹き回しなのだろう。
 サリーナがその真意を問いかける前に、誰かが腕を絡める感触。

 「どう? 女だってなかなかやる事が分かったでしょう」

 「ヴェローナ!? 皆も……えっと、この二人に何かしたの?」

 サリーナの腕を組んで得意気に答えたのはヴェローナだった。周囲を見渡すと、侍女の皆がやって来ていた。

 「んー、ちょーっとばかりシメただけよ?」とナーテが肩を竦めれば「そうそう、色々と……ね」とエロイーズが色っぽく人差し指を唇に当てる。
 「女を敵に回すと怖いんだから!」とコジマが元気に言い、リュシールが「うふふ、お蔭様でお薬の扱いが随分上手になったわ」とほくそ笑んでいる。

 「ああ……女の恐ろしさは骨身に染みて分かったよ」

 「もう侮る事はしない。女性がこんなに怖いとは思っていなかった」

 相当な目に遭わされたのだろう。
 げっそりしたように言う二人に、隠密騎士達は気まずそうに顔を逸らし、侍女達は華やかな笑い声を上げた。
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