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前脚のヨハンと後ろ脚のシュテファン。
角馬達が翼を得るまで。【13】
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御所望の『馬』が出来上がりました、との報告を受けて喜び勇んでやってきたマリー様。
ででーんと鎮座する『馬』に少し怯んだものの、「いや、目付きはこの際置いておこう。重要なのは父にやり返す事だ」と気を取り直したようだった。
「ありがとう。ヨハン、シュテファン。これよりお前達は私の馬――馬の前脚と後ろ脚だ。早速乗りたい!」
「ははっ!」
「少々お待ちを」
兄弟二人はめいめい馬の胴体の中に入り、しゃがみ込んだ。やがて、姫の重みがずしりと肩に掛かる。
「では、立ち上がります――しっかりと掴まっていて下さい」
ヨハンはよいしょ、とシュテファンと呼吸を合わせて立ち上がる。馬上の姫からは歓声が上がった。
「おおっ、思った以上の出来だ! 褒めて遣わす。次は、歩いてみせよ!」
上機嫌のマリー様の言葉を受けて兄弟はそっと歩き出す。慣れて来た頃には速度を上げるように命じられた。
「もう良い、止まれ。どうどう!」
号令に速度を少しずつ緩めて停止する。
姫は満足そうに「うむ、」と言い、「作り物だからこのまま屋敷に入っても問題無かろう。このまま父に見せに行くぞ!」と言い出した。
――屋敷内を、このままで?
「しかし、それは流石に」
「本物の馬じゃないから大丈夫だ。全ての責は私が取るから安心するが良い!」
「はっ、かしこまりました!」
「ははっ!」
そこまで言われたのなら、とヨハンとシュテファンは命ぜられるままに階段を上って屋敷へと入った。そしてキャンディ伯爵の執務室を目指して歩き出す。
案の定、幾らも歩かない内に絹を引き裂くような悲鳴が上がった。
馬の胴体にある視界確保の為の穴からは、イサーク様とメルローズ様を連れたコジー夫人の姿が見えている。
コジー夫人の顔がみるみる内に真っ赤になり、わなわなと震えながらこちらを指さしていた。
「げえっ、ばあや!」
「マリー様! そんな妙なものに跨って、何をしているのです!?」
「うわあ、マリーお姉ちゃま。それお馬さんー? 僕も乗りたいな!」
「凄ーい! メリーも、メリーも!」
コジー夫人の叱責とは裏腹に、イサーク様とメルローズ様の無邪気な声。頭上の姫は身じろぎをしたようだ。馬の胴体がぺしぺしと叩かれる。
「お前達っ、ばあやには捕まってはならぬ! 今すぐ回れ右! ハイヨー! イサークとメリーは後でねー!」
「ぶひひーん!」
今の自分達はマリー様の馬――ヨハンは嘶いた。
他ならぬ姫様の命令である。
ヨハンとシュテファンはコジー夫人に申し訳ないと思いつつも、くるりと方向転換して一目散に駆けだしたのであった。
「こらっ、何処へ行くのです!? お待ちなさい!!!」
「ぎゃー、追いかけて来ないでばあやー!」
怒りに満ちたコジー夫人の声。
広大なキャンディ伯爵家の屋敷の中で賑やか過ぎる追いかけっこが始まった。
***
長いキャンディ伯爵邸の廊下を、馬は駆け足で進んでいた。
「どいてどいて――!」
声を張り上げて注意を促すマリー様。
「きゃっ!」
「うわっ、何だ!?」
廊下を歩いていた使用人達はこちら気付くなりぎょっとした表情になり慌てて脇へ避けて行く。
――何という愉快、何という爽快感。
秩序が一瞬で混沌に飲まれ、蹂躙されていく。
胴体の穴から見るそんな風景に、ヨハンは年甲斐も無く少しずつ気分が高揚し、すっかり楽しくなっていた。
「何か楽しいな、兄者!」
後ろのシュテファンの笑い声も聞こえる。子供の頃の悪戯心がむくむくと蘇って来ていた。
「あっ、アン姉にアナベラ姉! おーい!」
マリー様が声を掛ける。前方の廊下をこちらへ歩いて来ていたアン様とアナベラ様は、余程衝撃を受けたのか、こちらを見るなり持っていた扇をぽとりと取り落としていた。
どうどう、と言われたので一旦停止。姉姫達は恐る恐る近付いて来る。
「マ、マリー……貴女何やってるの? 今日も元気が良い事は何よりだけど、お屋敷の中でお馬遊びはどうかと思うわ?」
アン様は困ったように微笑んで首を傾げた。しかしそんな言葉が出て来る辺り、相当動揺しているのだろう。
アナベラ様は興味を引かれたのか、「良く出来てるわね、これ。特に表情が……面白いわ、ふふっ」等とペチペチと胴体を叩いている。
マリー様が「私の馬よ! 『人の言葉が分かる絶対に大人しい馬』だから家の中で乗っても良いの!」と得意気に言うと、二人共噴き出した。
アン様は上品に手を口に当てて笑いを堪え、アナベラ様も「ちょっと、本気なのマリー?」と言いながら小刻みに震えている。
「マリー様ああああああ! 待つのです、待ちなさああああああ――い!」
遠くから追いかけて来るコジー夫人の声。姉姫達の笑いが止まらなくなった。
マリー様が慌てて「じゃあ私行くから!」と拍車をかけたので、ヨハン達は再び走り出す。
回り道になってしまったが、ヨハンとシュテファンは最初に命ぜられた通りに一直線にサイモン様の執務室を目指したのだった。
ででーんと鎮座する『馬』に少し怯んだものの、「いや、目付きはこの際置いておこう。重要なのは父にやり返す事だ」と気を取り直したようだった。
「ありがとう。ヨハン、シュテファン。これよりお前達は私の馬――馬の前脚と後ろ脚だ。早速乗りたい!」
「ははっ!」
「少々お待ちを」
兄弟二人はめいめい馬の胴体の中に入り、しゃがみ込んだ。やがて、姫の重みがずしりと肩に掛かる。
「では、立ち上がります――しっかりと掴まっていて下さい」
ヨハンはよいしょ、とシュテファンと呼吸を合わせて立ち上がる。馬上の姫からは歓声が上がった。
「おおっ、思った以上の出来だ! 褒めて遣わす。次は、歩いてみせよ!」
上機嫌のマリー様の言葉を受けて兄弟はそっと歩き出す。慣れて来た頃には速度を上げるように命じられた。
「もう良い、止まれ。どうどう!」
号令に速度を少しずつ緩めて停止する。
姫は満足そうに「うむ、」と言い、「作り物だからこのまま屋敷に入っても問題無かろう。このまま父に見せに行くぞ!」と言い出した。
――屋敷内を、このままで?
「しかし、それは流石に」
「本物の馬じゃないから大丈夫だ。全ての責は私が取るから安心するが良い!」
「はっ、かしこまりました!」
「ははっ!」
そこまで言われたのなら、とヨハンとシュテファンは命ぜられるままに階段を上って屋敷へと入った。そしてキャンディ伯爵の執務室を目指して歩き出す。
案の定、幾らも歩かない内に絹を引き裂くような悲鳴が上がった。
馬の胴体にある視界確保の為の穴からは、イサーク様とメルローズ様を連れたコジー夫人の姿が見えている。
コジー夫人の顔がみるみる内に真っ赤になり、わなわなと震えながらこちらを指さしていた。
「げえっ、ばあや!」
「マリー様! そんな妙なものに跨って、何をしているのです!?」
「うわあ、マリーお姉ちゃま。それお馬さんー? 僕も乗りたいな!」
「凄ーい! メリーも、メリーも!」
コジー夫人の叱責とは裏腹に、イサーク様とメルローズ様の無邪気な声。頭上の姫は身じろぎをしたようだ。馬の胴体がぺしぺしと叩かれる。
「お前達っ、ばあやには捕まってはならぬ! 今すぐ回れ右! ハイヨー! イサークとメリーは後でねー!」
「ぶひひーん!」
今の自分達はマリー様の馬――ヨハンは嘶いた。
他ならぬ姫様の命令である。
ヨハンとシュテファンはコジー夫人に申し訳ないと思いつつも、くるりと方向転換して一目散に駆けだしたのであった。
「こらっ、何処へ行くのです!? お待ちなさい!!!」
「ぎゃー、追いかけて来ないでばあやー!」
怒りに満ちたコジー夫人の声。
広大なキャンディ伯爵家の屋敷の中で賑やか過ぎる追いかけっこが始まった。
***
長いキャンディ伯爵邸の廊下を、馬は駆け足で進んでいた。
「どいてどいて――!」
声を張り上げて注意を促すマリー様。
「きゃっ!」
「うわっ、何だ!?」
廊下を歩いていた使用人達はこちら気付くなりぎょっとした表情になり慌てて脇へ避けて行く。
――何という愉快、何という爽快感。
秩序が一瞬で混沌に飲まれ、蹂躙されていく。
胴体の穴から見るそんな風景に、ヨハンは年甲斐も無く少しずつ気分が高揚し、すっかり楽しくなっていた。
「何か楽しいな、兄者!」
後ろのシュテファンの笑い声も聞こえる。子供の頃の悪戯心がむくむくと蘇って来ていた。
「あっ、アン姉にアナベラ姉! おーい!」
マリー様が声を掛ける。前方の廊下をこちらへ歩いて来ていたアン様とアナベラ様は、余程衝撃を受けたのか、こちらを見るなり持っていた扇をぽとりと取り落としていた。
どうどう、と言われたので一旦停止。姉姫達は恐る恐る近付いて来る。
「マ、マリー……貴女何やってるの? 今日も元気が良い事は何よりだけど、お屋敷の中でお馬遊びはどうかと思うわ?」
アン様は困ったように微笑んで首を傾げた。しかしそんな言葉が出て来る辺り、相当動揺しているのだろう。
アナベラ様は興味を引かれたのか、「良く出来てるわね、これ。特に表情が……面白いわ、ふふっ」等とペチペチと胴体を叩いている。
マリー様が「私の馬よ! 『人の言葉が分かる絶対に大人しい馬』だから家の中で乗っても良いの!」と得意気に言うと、二人共噴き出した。
アン様は上品に手を口に当てて笑いを堪え、アナベラ様も「ちょっと、本気なのマリー?」と言いながら小刻みに震えている。
「マリー様ああああああ! 待つのです、待ちなさああああああ――い!」
遠くから追いかけて来るコジー夫人の声。姉姫達の笑いが止まらなくなった。
マリー様が慌てて「じゃあ私行くから!」と拍車をかけたので、ヨハン達は再び走り出す。
回り道になってしまったが、ヨハンとシュテファンは最初に命ぜられた通りに一直線にサイモン様の執務室を目指したのだった。
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