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廿壱

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 一応、言葉の齟齬そごを埋める為にも、巣守隆康との講義で使った紙と筆記用具を持っていく事にした。
 推測だけど、きっとお父さんは巣守隆康から話を聞いて、私が敵ではないか検分する気なんだろうなぁ。

 ……ちょっと気が重い。

 いつもと違う離れに案内され、蝋燭が明るく照らすその部屋へ入る。
 10畳ぐらいの畳の部屋。

 囲炉裏いろりがあってそこに鍋がくべられており、お膳はそれを囲むように3つある。
 巣守隆康とお父さんは既にその前に座っていた。

 少し緊張しながらご挨拶をする。
 顔を上げると、スッピンの巣守隆康の面影のあるおじさんの目が柔らかい光を宿したように見えたのでホッとする。

 「ここなねんごろなる御挨拶ごあいさつかたじけなし。我は巣守隆康が父、巣守宗康すもりむねやすと申しさうらふ。姫にまみえて嬉しく存じさうらふ」

 「今日けふ家内けないのみにて」

 空いているお膳の前に座ると、巣守隆康がお萬含む侍女達全員を下がらせて紋術を使った。
 青白い膜が三人を覆う程の大きさで広がる。
 あの、トイレで付き合ってもらった時の『巣籠すごもり』ってやつだ。

 「斯様にせば声の洩る事無しにさうらふ。内儀ないぎさうらへば」

 と言う。
 雰囲気的に何やら秘密の話があるらしいと感じる。


***


 お膳に小さな木のお玉もついていたので、めいめいが鍋をつついて食べる。
 一応、ジェスチャーでおつぎしましょうかとやったけど、無礼講みたいでやんわりと断られてしまった。

 「これは鹿汁しかじるさうらふ」

 「鹿は、初めて食べた。美味うまし」

 ちょっと癖があるけど、薬味が効いてて臭みも取れてる。
 鹿鍋、美味しい。

 「ありつる姫の料理れうり美味うまかりけり。あれはなにに候さうらふや」

 「あれは、『竜田揚たつたあげ』。」

 レシピを取り出して、『竜田揚たつたあげ』と書いた部分を見せる。

 「『げ』?」

 揚げ、という言葉が聞きなれないらしい。

 「油で煮る、それが『げる』」

 それまで黙っていた巣守父が「まことや、」と口を開く。

 「漢文からぶみに見たる事あり。漢土からこしに油を使ひたるとぞ。我らはともしびに使ひたれども、料理れうりに使ふ事有り難し。桐や藤が一族も同じ。りとては、姫の海の彼方よりおはしたるとは思ひがたし」

 言って、こちらをじっと見る。
 ごくりと唾を飲み込んだ。
 蝋燭の明かりに照らされて炯々とした眼差しは、嘘は許さないと物語っていた。

 「さて、姫の異なる世よりおはしたりけりとや」

 きた。
 ちゃんと信じてもらえますように。

 「――はい、日本国。他の名、秋津島あきつしま蜻蛉とんぼの島。この世はひひる島、蝶の島。日本国はこの世にあらず」

 私は、巣守隆康の講義で描いた日本地図を取り出して広げた。
 北海道、本州、四国、九州、沖縄…書き込みながら説明していく。
 巣守父は視線を落としてしばらくじっとそれを眺めていたが、

 「げに、秋津島、とや。おのれはこれがりゅうとも見得みうる。こなたは鳳国なれば、さながらついの如しにやあらん」

 と言った。

 「父御前、我もに思ひたりけり。」

 「隆康の申したるに、姫は幾らの紋術を使ひ給うと。桐が一族の御祖母おんおほばのおはしたるなり。御祖父おんおほぢが紋は藤にさうらふや」

 やっぱり、お父さんの関心は紋術についての事なんだろうと思う。
 自分なりの推測を話してみようか。

 「……あの、日本国は紋術は無し。紋の力は無し。紋はあり。家紋と言う。家の紋。違う家紋同士、結婚可能。複数の紋術は恐らくそれが理由。」

 筆談を交えながらたどたどしく話すと、予想外の返答だったようで、巣守父はポカンとした表情になった。

 「や、紋術の無き世とや?」

 「何ぼう……」

 私は頷いた。

 「異紋いもんどちの祝言しうげんつねなる世とは……。我らは同紋どち、しは紋無もんなしとの祝言こそ多かりき。れど、紋術の無き世なればさはり無しもや」

 「この世たれば、幾らの紋術を使ふ者のあるべくもあらずにさうらふ。れどる事の常なる世なれば」

 巣守父はしばらく白昼夢でも見ているかのように呆けていたが、やがて酒を盃に注いで一気に飲み干し息を吐いた。
 目が覚めたようにこちらを見るお父さんに、巣守隆康が話しかける。

 「……姫が願ひは、さきに父御前ててごぜまおしたる如くにさうらふ」

 「げに……いでからん。姫に木瓜の紋術を教へつかまつる事許さん」

 「かたじけなことさうらふ」

 「かっ、かたじけのうございます!」

 巣守隆康が頭を下げるのに慌てて私も倣う。
 よかった、面接は合格したみたいだ。

 だけど、ホッとしたのも束の間。

 「まことや、姫。昨夜ようべ、藤が一族より和睦の使ひ参りたる。そをうべなはば隆康の\誘拐《かどは》かしたる藤が姫の身を返し給はらんと申したりけり。らずは桐が一族にうったへ申すと」

 「……」

 えーっと、藤の一族から和睦の使いが来て。
 隆康が誘拐かどわかした藤の姫の身を返せ?
 でなきゃ桐の一族に訴える!?

 な ん で す と !?


 「はあああああっっ!!!???」


 今度は私が目を丸くする番だった。


【後書き】
「ここなねんごろなる御挨拶ごあいさつかたじけなし。我は巣守隆康が父、巣守宗康すもりむねやすと申しさうらふ。姫にまみえて嬉しく存じさうらふ」
→「これはご丁寧な挨拶痛み入る。私は巣守隆康が父、巣守宗康むねやすと申す。姫にお会いして嬉しく思います」

今日けふ家内けないのみにて」
→「今日は家族のみで(食事をします)」

「斯様にせば声の洩る事無しにさうらふ。内儀ないぎさうらへば」
→「こうしておけば声が漏れる事はありません。内々に話す事がありますゆえ」

「これは鹿汁しかじるさうらふ」
→「これは鹿汁です」

「ありつる姫の料理れうり美味うまかりけり。あれはなにさうらふや」
→「先程の姫の料理もおいしかった。あれは何でしょうか」

まことや、」
→「そういえば、」

漢文からぶみに見たる事あり。漢土からこしに油を使ひたるとぞ。我らはともしびに使ひたれども、料理れうりに使ふ事有り難し。桐や藤が一族も同じ。りとては、姫の海の彼方よりおはしたるとは思ひがたし」
→「書物で読んだ事がある。大陸の方ではそのように油を使っているのだと。我らは灯りに使うけれども、料理に用いる事は滅多にない。勿論、桐や藤の一族も。かといって、姫が海を越えてやってきたとは考えにくい」

「さて、姫の異なる世よりおはしたりけりとや」
→「さて、姫は別の世界からいらっしゃったとか」

「げに、秋津島、とや。おのれはこれがりゅうとも見得みうる。こなたは鳳国なれば、さながらついの如しにやあらん」
→「なるほど、秋津島、か。わしにはこれが龍にも見える。こちらは鳳国、ちょうどついのようではないか」

「父御前、我もに思ひたりけり」
→「父上、私もそのように思いました」

「隆康の申したるに、姫は幾らの紋術を使ひ給うと。桐が一族の御祖母おんおほばのおはしたるなり。御祖父おんおほぢが紋は藤にさうらふや」
→「隆康が申していたが、姫は複数の紋術を使うとか。桐の一族の祖母君がいらっしゃったようですな。祖父君の紋は藤ですかな」

「や、紋術の無き世とや?」
→「は、紋術が無い世界だと?」

「何ぼう……」
→「何と……」

異紋いもんどちの祝言しうげんつねなる世とは……。我らは同紋どち、しは紋無もんなしとの祝言こそ多かりき。れど、紋術の無き世なればさはり無しもや」
→「異なる紋同士の婚姻が当たり前とは……。我らは同紋同士、または紋無しとの婚姻を結ぶことが多い。だが、紋術の無き世であれば問題ないのかもしれぬ」

「この世たれば、幾らの紋術を使ふ者のあるべくもあらずにさうらふ。れどる事の常なる世なれば」
→「この世であれば、複数の紋術を使うものなどいるはずがございません。しかしそのような事が当たり前の世であれば」

「……姫が願ひは、さきに父御前ててごぜまおしたる如くにさうらふ」
→「……姫の願いは、先程父上にお話しした通りです」

「げに……いでからん。姫に木瓜の紋術を教へつかまつる事許さん」
→「なるほどな……まあよかろう。姫に木瓜の紋術をお教えする事を許可しよう」

かたじけなことさうらふ」
→「ありがとうございます」

まことや、姫。昨夜ようべ、藤が一族より和睦の使ひ参りたる。そをうべなはば隆康の\誘拐《かどは》かしたる藤が姫の身を返し給はらんと申したりけり。らずは桐が一族にうったへ申すと」
→「そういえば、姫。昨晩、藤の一族より和睦の使者が参りましてな。それに応じるならば隆康が連れ去った藤の姫の身を返してもらおうと言っております。さもなくば桐の一族に訴えると」
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