上 下
3 / 54

しおりを挟む
 「桐は霧に通ず。桐の一族は霧を変幻自在に操るる」

 何故私が霧の原因だと思ったのかと聞くと、巣守隆康はそう答えた。
 桐の一族とやらは霧を自由自在に操る能力がある、と。
 でも、それはもはや魔法や超能力ではないだろうか。
 疑問を抱きつつも情報収集に努める。

 苦労しながらなんとかかんとか聞き出して理解出来たのは、馬鹿殿が戦の真最中で戦っていたところ突如濃霧が発生して敵味方大混乱になってしまったという事だった。

 敵味方の判別がつかなければ戦にならないのでいったん引く事になったものの、味方とはぐれ、道に迷って山道に入ってしまったとのこと。そこで私と出くわしてしまったということだ。
 ちなみに化粧は戦でもし敵に討たれた時に顔が見苦しくないようにするためだそうで、武将の嗜みだとか…。

 化粧している方がむしろ見苦しいと思うのは私だけだろうか?

 そう言うと、巣守隆康は「みやびを知らぬは御許、何処のひなの出にや」と渋面を作った。

 ああん、田舎者だってぇ?やかましいわ馬鹿殿の癖に。

 などと、内心悪態を突きながら後を追う。
 フル装備の甲冑を着ている割に巣守隆康の歩みは早かった。
 あれって確か総重量何十キロとかあるんじゃ…それとも実は軽いのか?
 ポニーも小柄の割に持久力と機動力は確かなようで、山道をポコポコ進んでいく。

 「ちょ、ちょっと!」

 進むのが速い。こちとら草履である。
 木の根に躓いてこけそうになり、膝をついてしまった。

 あーあ、喪服が…。

 よろよろと立ち上がりながらしっかりついた土汚れを泣きそうになりながら払っていると、浮遊感を感じて悲鳴を上げた。

 「静まられッ」

 シッと言うように鋭く囁かれ、気が付くと馬の背に横座りに乗せられていた。

 「馬より落ちぬやう」

 何、と聞く暇もなく、馬が動き出したので、私は慌てて鞍を掴んだ。
 巣守隆康の様子がなんだかおかしい。
 じっと黙って黙々と歩き続けている。そして、周囲を気にしているようだ。

 「あの、ありが――」

 「あなや、こなたにおわすは巣守三郎隆康殿ではござらぬや。我が寿藤家の勧進せし藤川天神様が御導きにや。その首級この寿藤惟成すどうただなりが貰ひ受けむぞ!」

 その声を皮切りに、山道の斜面の上から数人の人影がバラバラと姿を見せる。
 その内の一人が、私達の行く道を塞ぐように飛び降りて刀を抜いた。

 「馬鹿殿2号キター」

 思わず呟いた私は悪くない。
 緊迫している状況なんだろうけど、全てはその化粧のせいなんだ。


***


 寿藤惟成すどうただなりと名乗ったそいつは巣守隆康とは違い、体型はすらりとしていた。

 「何処からかどわかして来たかは知らねど、桐の女性にょしょうも具しておるとは」

 馬鹿殿2号は、こちらをジロジロと眺めて、蛇を彷彿とさせるイヤらしい笑みを浮かべた。
 巣守隆康は警戒しながらじっとしている。
 この包囲を逃れる方法を考えているのだろうが、私が足手まといなのは明らかである。
 2号の言葉から察するに――私は辱められるかも知れないが、殺されはしないだろう。
 けれど、彼は違う。
 変な奴で会ったばかりだけれど、巣守隆康が目の前で殺されるのは見たくなかった。
 二人とも生き残るにはどうすればいいか――私は覚悟を決めた。

 「一人で逃げられるなら、逃げて」


【後書き】
「桐は霧に通ず。桐の一族は霧を変幻自在に操るる」
→「『桐』は(音的に)『霧』に通じる。(だから)桐の一族は霧を変幻自在に操れる」

みやびを知らぬは御許、何処のひなの出にや」
→「(この)風雅な事が分からないとはご婦人、(あなたは)どこの田舎の出身なのか」

「静まられッ」
→「静かにッ!」

「馬より落ちぬやう」
→「馬から落ちないように」

「あなや、こなたにおわすは巣守三郎隆康殿ではござらぬや。我が寿藤家の勧進せし藤川天神様が御導きにや。その首級この寿藤惟成すどうただなりが貰ひ受けむぞ!」
→「おや、こちらにいらっしゃるのは巣守三郎隆康殿ではございませんか。(これも)我が寿藤家の信心する藤川天神様のお導きだろうか。その首をこの寿藤惟成すどうただなりが貰い受けてやるぞ!」

「何処からかどわかして来たかは知らねど、桐の女性にょしょうも具しておるとは」
→「どこから誘拐して来たのか知らないが、桐の(一族)の女も連れているなんて」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

愚かな父にサヨナラと《完結》

アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」 父の言葉は最後の一線を越えてしまった。 その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・ 悲劇の本当の始まりはもっと昔から。 言えることはただひとつ 私の幸せに貴方はいりません ✈他社にも同時公開

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

旦那様、愛人を作ってもいいですか?

ひろか
恋愛
私には前世の記憶があります。ニホンでの四六年という。 「君の役目は魔力を多く持つ子供を産むこと。その後で君も自由にすればいい」 これ、旦那様から、初夜での言葉です。 んん?美筋肉イケオジな愛人を持っても良いと? ’18/10/21…おまけ小話追加

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

ヒューストン家の惨劇とその後の顛末

よもぎ
恋愛
照れ隠しで婚約者を罵倒しまくるクソ野郎が実際結婚までいった、その後のお話。

余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました

結城芙由奈 
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】 私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。 2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます *「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています ※2023年8月 書籍化

処理中です...