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奇妙な出来事
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俺の名前は、ゆう。
人気声優だ。
だった、じゃない。
現在進行形で、人気声優のはずだ。
まだ、大丈夫なはずだ。
そのはずだ…
以前はよく、
「かっこいい!」
「可愛い!」
と、言われていたが、もちろん、今だって言われてる。
だが、何故だろう、
「それでいいのよ。許してあげる。」
みたいな、ファンの目に、悟った菩薩の微笑みが見て取れるのだ。
いいや、気のせいだ。
穿った見方は、やめておこう。
若い頃は、あんなに素直に、人の心を信じていたじゃないか。
本心なんだ。
ファンの皆は、今だって本気で、俺をかっこいい、可愛いと思っているんだ。
そうだ、年を取って少し疑り深くなってきた。
もっと、人を信じよう。
だがしかし…
腹の肉を摘んでみる。
これは、ヤバいんじゃないか…
最近、ちょっと食べる量が増えて、元々丸かった顔が益々丸く…
しかしこれは、決して俺のせいじゃない。
自堕落な生活を送っているとか、そういうわけじゃないんだ。
妻が、そう、妻だ。
最近結婚したんだが、そりゃあもう騒がれた。
俺と同じ声優なんだが、ビッグカップル誕生なんて、話題になった。
やっぱり俺は人気があるんだ。
まだいける。
その、妻がはりきって、毎日料理を作ってくれるんだが、いかんせん量が多い。
しかも、揚げ物やらの、若い男が好みそうな、こってり系が中心だ。
俺が若い男だからと、喜ばせようとしているに違いない。
妻だって、俺を若い男と思っているんだ。
それで、その、つい、残しては申し訳ないと、いつも食べすぎて…
妻が腕によりをかけて、作ってくれた料理を、残さず食べるのは、結構なことだが、
自分の腹を見下ろす。
これはいただけない。
早急になんとかせねば。
「はい、あなた。これ、お弁当。」
あくる朝、いつも通り、妻が弁当を手渡してくる。
「…」
弁当と言うか、重箱なんだが、中にはこれでもかと言うほど、効率よく脂肪に変わりそうな、惣菜が入っている。
言わねば。
俺は、歩く歩道を敢えて使わず、他の乗客を追い越し、電車の中と、ホームで和気あいあいと、お喋りに花を咲かせるような若者じゃないんだと。
もう、胃が受けつけなくなってもたれるのだと。
「ダイエットしようと思ってるんだ。だからこれは悪いけど…」
「ダイエット!?」
妻が、何か恐ろしいものでも見たかのように、目を見開く。
「あなた、自分の顔を見たことがあるの!?」
「え?ええ?顔?」
妻がもどかしいとばかりに、俺の腕を引いて、鏡の前に連れて行った。
そこに映っていたのは、げっそりとやせ細った俺だった。
「これが俺…?」
「そうよ、あなた働きすぎなのよ。もっとちゃんと食べなきゃダメよ。」
「いや、でも…」
そんなはずは…
動揺する俺を尻目に、今度はクローゼットに連れて行かれた。
「あなたがいつも穿いてるスラックス、穿いてみて。」
「あ、ああ。」
言われるがまま穿いてみると、
「ぶかぶかだ…」
「でしょう?あなた、仕事が忙しくてやつれてるのよ。」
「いや、しかしこれは…」
腹を摘まむ。
「筋肉よ。」
筋肉ってこんなに柔らかいんだろうか。
「声優は、お腹に力を入れるから、筋肉がついたのね。」
そんなバカな、と思う。
いやいや。
疑り深くなるのはやめようと、決意したばかりじゃないか。
人を信じようと。
妻が言うならきっとそうなんだ。
「だって、いつも穿いてるスラックスが、こんなにぶかぶかだし、顔だってやつれてるわ。」
そうか、そうだな。
最近ちょっと疲れてて、神経質になってたのかもしれない。
人の目を気にしすぎてたのかもしれない。
「自分の演じてるキャラクターと、比べて太ったって思ったんじゃないの?アニメと比べたら誰だってみっともなく見えるわよ。」
「確かに…」
「ふふっ、おっちょこちょいね。」
妻の笑顔を見て、俺も笑った。
気にし過ぎ、気にし過ぎだ。
俺は、痩せてる。
「もっと滋養つけないと。はい、お弁当。」
「ああ、ありがとう。」
「いってらっしゃい。」
「いってきます。」
玄関のドアが閉まる。
妻はクローゼットに向かった。
同じデザイン、同じ色の服がずらっと並んでいる。
「ふふっ、少しずつサイズを大きくしてるのよ。」
鏡は、トリックアートやミラーハウスで使われてる、細く見える鏡に張り替えた。
声優同士のビッグカップルなんて言われてるけど、夫のことばかり取り沙汰されてる。
なのに夫は、年を取った、太った、人気がなくなると、焦ってる。
確かに、年もとったし、太った…太らせたけど、まだ人気は高い。
「気にいらない…」
結婚したんだから、私だけでいいのよ。
もっと、ぶくぶく太って、愛想をつかされればいいんだわ。
どうせ、声優なんだから、声が出たら仕事はできるでしょ。
「晩御飯は、何にしようかしら。」
棚を開けると、大量の油と砂糖が並ぶ。
今日も何とか、弁当を持たせられた。
このまま太れば、誰も見向きしなくなるわ。
「ふふふ、計画通り。」
人気声優だ。
だった、じゃない。
現在進行形で、人気声優のはずだ。
まだ、大丈夫なはずだ。
そのはずだ…
以前はよく、
「かっこいい!」
「可愛い!」
と、言われていたが、もちろん、今だって言われてる。
だが、何故だろう、
「それでいいのよ。許してあげる。」
みたいな、ファンの目に、悟った菩薩の微笑みが見て取れるのだ。
いいや、気のせいだ。
穿った見方は、やめておこう。
若い頃は、あんなに素直に、人の心を信じていたじゃないか。
本心なんだ。
ファンの皆は、今だって本気で、俺をかっこいい、可愛いと思っているんだ。
そうだ、年を取って少し疑り深くなってきた。
もっと、人を信じよう。
だがしかし…
腹の肉を摘んでみる。
これは、ヤバいんじゃないか…
最近、ちょっと食べる量が増えて、元々丸かった顔が益々丸く…
しかしこれは、決して俺のせいじゃない。
自堕落な生活を送っているとか、そういうわけじゃないんだ。
妻が、そう、妻だ。
最近結婚したんだが、そりゃあもう騒がれた。
俺と同じ声優なんだが、ビッグカップル誕生なんて、話題になった。
やっぱり俺は人気があるんだ。
まだいける。
その、妻がはりきって、毎日料理を作ってくれるんだが、いかんせん量が多い。
しかも、揚げ物やらの、若い男が好みそうな、こってり系が中心だ。
俺が若い男だからと、喜ばせようとしているに違いない。
妻だって、俺を若い男と思っているんだ。
それで、その、つい、残しては申し訳ないと、いつも食べすぎて…
妻が腕によりをかけて、作ってくれた料理を、残さず食べるのは、結構なことだが、
自分の腹を見下ろす。
これはいただけない。
早急になんとかせねば。
「はい、あなた。これ、お弁当。」
あくる朝、いつも通り、妻が弁当を手渡してくる。
「…」
弁当と言うか、重箱なんだが、中にはこれでもかと言うほど、効率よく脂肪に変わりそうな、惣菜が入っている。
言わねば。
俺は、歩く歩道を敢えて使わず、他の乗客を追い越し、電車の中と、ホームで和気あいあいと、お喋りに花を咲かせるような若者じゃないんだと。
もう、胃が受けつけなくなってもたれるのだと。
「ダイエットしようと思ってるんだ。だからこれは悪いけど…」
「ダイエット!?」
妻が、何か恐ろしいものでも見たかのように、目を見開く。
「あなた、自分の顔を見たことがあるの!?」
「え?ええ?顔?」
妻がもどかしいとばかりに、俺の腕を引いて、鏡の前に連れて行った。
そこに映っていたのは、げっそりとやせ細った俺だった。
「これが俺…?」
「そうよ、あなた働きすぎなのよ。もっとちゃんと食べなきゃダメよ。」
「いや、でも…」
そんなはずは…
動揺する俺を尻目に、今度はクローゼットに連れて行かれた。
「あなたがいつも穿いてるスラックス、穿いてみて。」
「あ、ああ。」
言われるがまま穿いてみると、
「ぶかぶかだ…」
「でしょう?あなた、仕事が忙しくてやつれてるのよ。」
「いや、しかしこれは…」
腹を摘まむ。
「筋肉よ。」
筋肉ってこんなに柔らかいんだろうか。
「声優は、お腹に力を入れるから、筋肉がついたのね。」
そんなバカな、と思う。
いやいや。
疑り深くなるのはやめようと、決意したばかりじゃないか。
人を信じようと。
妻が言うならきっとそうなんだ。
「だって、いつも穿いてるスラックスが、こんなにぶかぶかだし、顔だってやつれてるわ。」
そうか、そうだな。
最近ちょっと疲れてて、神経質になってたのかもしれない。
人の目を気にしすぎてたのかもしれない。
「自分の演じてるキャラクターと、比べて太ったって思ったんじゃないの?アニメと比べたら誰だってみっともなく見えるわよ。」
「確かに…」
「ふふっ、おっちょこちょいね。」
妻の笑顔を見て、俺も笑った。
気にし過ぎ、気にし過ぎだ。
俺は、痩せてる。
「もっと滋養つけないと。はい、お弁当。」
「ああ、ありがとう。」
「いってらっしゃい。」
「いってきます。」
玄関のドアが閉まる。
妻はクローゼットに向かった。
同じデザイン、同じ色の服がずらっと並んでいる。
「ふふっ、少しずつサイズを大きくしてるのよ。」
鏡は、トリックアートやミラーハウスで使われてる、細く見える鏡に張り替えた。
声優同士のビッグカップルなんて言われてるけど、夫のことばかり取り沙汰されてる。
なのに夫は、年を取った、太った、人気がなくなると、焦ってる。
確かに、年もとったし、太った…太らせたけど、まだ人気は高い。
「気にいらない…」
結婚したんだから、私だけでいいのよ。
もっと、ぶくぶく太って、愛想をつかされればいいんだわ。
どうせ、声優なんだから、声が出たら仕事はできるでしょ。
「晩御飯は、何にしようかしら。」
棚を開けると、大量の油と砂糖が並ぶ。
今日も何とか、弁当を持たせられた。
このまま太れば、誰も見向きしなくなるわ。
「ふふふ、計画通り。」
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