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プロローグ
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──人は笑い方でわかる。知らない人に初めて会って、その笑顔が気持ちよかったら、それはいい人間と思ってさしつかえない。
──フョードル・ドストエフスキー
◆
「君、大丈夫?」
雨の中、その少女は何かに向けてそう言っていた。
土砂降りの雨だというのに、少女は傘を差していない。体の上から下まで、びしょ濡れだ。
少女は手を差し伸べた。その手の先にあるのは──箱。
どこにでもありそうな、段ボール箱。雨に濡れて、少しふやけている。
すると、箱の中から何かが飛び出してきて、少女の手に飛び乗った。
──雀だ。
雀も全身ずぶ濡れで、寒そうに体を震わせている。
「あはは、びしょびしょじゃん」
少女は弱々しい笑い声を上げた。雀よりも何倍か濡れている少女が言うと、何だか変な場面だ。
「──私よりもびしょ濡れのあなたが言うと、変だよ」
どこからか、誰かからか声がした。その声は、少女の手元──雀から発せられていた。
少女は流石に驚いた表情を見せた。
「──え?」
「とにかく、濡れない所に移動しよう」
少女はこくりと頷き、場所を変えた。
◆
「私は雀のピヨ!ゆえあって、人間の言葉を話すことが出来るの!私を助けてくれた君、礼を言う!」
「ピ、ピヨ?って言うの?」
近くの公園の東屋。雨のせいか人はおらず、二人──一人と一羽だけだった
少女は困惑した様子で雀──ピヨを見る。だが、少女はすぐに元の無表情に戻った。
「そうなんだ。じゃあ、お大事に。私、帰るよ」
「待って!」
無関心に去っていく少女を、再び箱に戻されたピヨは呼び止めた。
「不思議な生物と出会ったのに、随分落ち着いているね。それに……」
ポタポタと雫が滴れる羽を、雨の中の少女に向けた。
「その顔……」
少女の顔から一滴、雨粒が落ちた。
赤かった。
霧と長い前髪でよく見えなかったが、少女の顔は傷だらけだった。
鼻血に吐血、さらに泥と砂、そして血まみれ。あまりにも痛々しそうだった。
「どうかしたの?傷だらけだけど……」
少女はしばらく、何も話さなかった。たっぷりニ、三分は経っただろうか。やっと少女は話し始めた。
「学校の人たちに……お昼のパン、買ってくるの忘れたから……」
少女はゆっくりと、消え入りそうなほど小さな声で言った。
「く、詳しく聞かせて!」
◆
少女は「日和」と名乗った。髪は黒く、瞳はさらにどす黒かった。一片の光もない、どこか遠くを見つめているような眼差し。十一歳で、父と一緒に暮らしているそうだ。母の事を訊いたら、とんでもなく顔を曇らせたので、無理やり話を打ち切った。
「──へえ、日和の家はここから遠いんだ」
ピヨが必死で話に花を咲かせようとするが、少女──日和の顔に笑みは表れない。
今思えば、ピヨがびしょ濡れだと笑った時も、口先だけの作り笑いのようだった。
「うん。一キロは離れてるかな」
無機質な声が響く。ピヨは関心を示さない日和に惑わされたが、決心したように言った。
「……よしっ!」
ピヨは飛び上がって、日和の肩に止まった。
「私を助けてくれたお礼に、一つ願いを叶えてあげるよ!」
「願、い……?」
突然の告白に、日和は──全く表情を変えなかった。むしろ、無関心のような。そして沈黙。
「──そうだなぁ」
日和は天を仰ぎ、少し考えた。
「──私を、殺してほしいな」
今度は、ピヨが驚く番だ。
ピヨは迷った。困惑した。雀たるもの、一度約束してしまった事は絶対に守ると決めている。だが、この願いを叶えるか否か──。
いくらなんでも、殺人は拙い。だが──。
「……わ、分かった!」
苦し紛れの笑顔で、ピヨは言った。
「いつか絶対、日和を殺す!」
してしまった。死の約束。
守らねばならない、死の約束。
だが、ピヨに後悔はなかった。何故なら──。
「──あ、ありがとう!」
今までにない、満面の笑みを浮かべた日和は、ピヨを抱きしめた。
──この子は、私がいないとダメだ。生きていけない。
そう思ったピヨは、日和と生きていくことを決めた──。
──フョードル・ドストエフスキー
◆
「君、大丈夫?」
雨の中、その少女は何かに向けてそう言っていた。
土砂降りの雨だというのに、少女は傘を差していない。体の上から下まで、びしょ濡れだ。
少女は手を差し伸べた。その手の先にあるのは──箱。
どこにでもありそうな、段ボール箱。雨に濡れて、少しふやけている。
すると、箱の中から何かが飛び出してきて、少女の手に飛び乗った。
──雀だ。
雀も全身ずぶ濡れで、寒そうに体を震わせている。
「あはは、びしょびしょじゃん」
少女は弱々しい笑い声を上げた。雀よりも何倍か濡れている少女が言うと、何だか変な場面だ。
「──私よりもびしょ濡れのあなたが言うと、変だよ」
どこからか、誰かからか声がした。その声は、少女の手元──雀から発せられていた。
少女は流石に驚いた表情を見せた。
「──え?」
「とにかく、濡れない所に移動しよう」
少女はこくりと頷き、場所を変えた。
◆
「私は雀のピヨ!ゆえあって、人間の言葉を話すことが出来るの!私を助けてくれた君、礼を言う!」
「ピ、ピヨ?って言うの?」
近くの公園の東屋。雨のせいか人はおらず、二人──一人と一羽だけだった
少女は困惑した様子で雀──ピヨを見る。だが、少女はすぐに元の無表情に戻った。
「そうなんだ。じゃあ、お大事に。私、帰るよ」
「待って!」
無関心に去っていく少女を、再び箱に戻されたピヨは呼び止めた。
「不思議な生物と出会ったのに、随分落ち着いているね。それに……」
ポタポタと雫が滴れる羽を、雨の中の少女に向けた。
「その顔……」
少女の顔から一滴、雨粒が落ちた。
赤かった。
霧と長い前髪でよく見えなかったが、少女の顔は傷だらけだった。
鼻血に吐血、さらに泥と砂、そして血まみれ。あまりにも痛々しそうだった。
「どうかしたの?傷だらけだけど……」
少女はしばらく、何も話さなかった。たっぷりニ、三分は経っただろうか。やっと少女は話し始めた。
「学校の人たちに……お昼のパン、買ってくるの忘れたから……」
少女はゆっくりと、消え入りそうなほど小さな声で言った。
「く、詳しく聞かせて!」
◆
少女は「日和」と名乗った。髪は黒く、瞳はさらにどす黒かった。一片の光もない、どこか遠くを見つめているような眼差し。十一歳で、父と一緒に暮らしているそうだ。母の事を訊いたら、とんでもなく顔を曇らせたので、無理やり話を打ち切った。
「──へえ、日和の家はここから遠いんだ」
ピヨが必死で話に花を咲かせようとするが、少女──日和の顔に笑みは表れない。
今思えば、ピヨがびしょ濡れだと笑った時も、口先だけの作り笑いのようだった。
「うん。一キロは離れてるかな」
無機質な声が響く。ピヨは関心を示さない日和に惑わされたが、決心したように言った。
「……よしっ!」
ピヨは飛び上がって、日和の肩に止まった。
「私を助けてくれたお礼に、一つ願いを叶えてあげるよ!」
「願、い……?」
突然の告白に、日和は──全く表情を変えなかった。むしろ、無関心のような。そして沈黙。
「──そうだなぁ」
日和は天を仰ぎ、少し考えた。
「──私を、殺してほしいな」
今度は、ピヨが驚く番だ。
ピヨは迷った。困惑した。雀たるもの、一度約束してしまった事は絶対に守ると決めている。だが、この願いを叶えるか否か──。
いくらなんでも、殺人は拙い。だが──。
「……わ、分かった!」
苦し紛れの笑顔で、ピヨは言った。
「いつか絶対、日和を殺す!」
してしまった。死の約束。
守らねばならない、死の約束。
だが、ピヨに後悔はなかった。何故なら──。
「──あ、ありがとう!」
今までにない、満面の笑みを浮かべた日和は、ピヨを抱きしめた。
──この子は、私がいないとダメだ。生きていけない。
そう思ったピヨは、日和と生きていくことを決めた──。
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