突然決められた婚約者は人気者だそうです。押し付けられたに違いないので断ってもらおうと思います。

橘ハルシ

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19.婚約破棄騒動5

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 六日間、朝から晩まで馬と過ごしたのは人生初のことでした。ドミニカ様につきっきりで教えて頂いて、なんとか一人で馬に乗って歩くことが出来るようにまでなりました。

 もちろん、馬の世話も覚えましたよ。こんな私を乗せてくださるのですから、お世話をして気持ちよくなってもらわねば申し訳ないのです。

 乗るよりお世話の方が上手だとドミニカ様が褒めて?くださいました。

 帰ったらうちの馬のお世話もしてみましょう。



 練習しながらつくづく思ったのですが、今の私ではどうやっても馬では王女殿下には敵いません。

 内容を確認せずに勝負を受けた私が悪いのですが、負けて婚約破棄になったらレイがどう思うのかと考えただけで申し訳なくなります。

 しかし、受けた勝負は最後までやらねばなりませんし、負けたら婚約破棄も守らねばいけません。

 ですが、再度、王女と勝負してそれを取り消してもらうという方法があると思いついたのです。

 なので、負けたら次は私の得意なもので王女殿下と勝負しようかと思っています。

 私が負けても王女殿下がレイと婚約するという条件はありませんでしたので、彼にはそれまで他の方と婚約しないようにお願いしなければなりませんね。





 そして、勝負当日がやってきました。

 西の野原は広々とした草原が広がっていて、王都からピクニックに来ている人が多い場所です。

 今日は、奥の方のあまり人がいない場所を区切ってコースを作っているようです。

 王女殿下、乗馬服も最新デザインのものですね。気合が入ってます。

 私はいつもの練習の時と同じ、お下がりの乗馬服です。着心地が良くてお気に入りなのです。



 王女殿下から指示があったので、この勝負の見届け人として、ステラ、アリツェ、カロリーナの三人に一緒に来てもらいました。

 ハース家の馬車で一緒にきて、そのまま話していると、王女殿下が手袋をはめながら近づいてきて、

「私の側の見届け人はまだ来てないけれど、ゴールの時にいてくれたらそれでいいでしょう?もう、スタートしましょ。貴方がた、文句は無いわよね?」

と有無を言わさぬ調子でおっしゃいました。

 王女殿下に逆らえるはずもなく、私達は揃って頷きました。





「よーい、スタート!」

という王女殿下の護衛の掛け声により、競争が始まりました。

 横にいた王女殿下は颯爽と走って行かれましたが、馬に乗ってとことこ歩くことしか出来ない私は、落ちないように慎重に馬を進めていきました。



 正直、小さくなっていく王女殿下の後ろ姿に焦らなかったわけではありませんが、今の自分の実力では到底及ばないのはわかっていましたし、目標は落ちずにゴールすることでしたので、正しい姿勢を維持してひたすらゴールを目指すことに集中しました。

 ドミニカ様に教えてもらったことを思い出しながら、少しでも早くと必死で馬と進みます。





「おかえり、リディ。無事で良かった。」

「え、レイ?何故ここに?」



 驚いたことに、ゴールにはレイがいました。

 お仕事は?と周りを見ると、私の見届け人として来ている三人の横に、いつの間にかルカーシュ殿下と他の護衛騎士達がいます。



「昨日、いきなりヘルミーナ王女がルカーシュ殿下の所に来て、明日僕の婚約破棄をかけた勝負をするので、見届け人として来てほしいと言うから、殿下が面白がっちゃって。スケジュールを無理やり調整させてここに居るって訳。」



 王女殿下側の見届け人がルカーシュ殿下だったとは、思いもしませんでした。私が負けることを見越しての嫌がらせですね。

 私は王女殿下の意地の悪さに呆れながら、馬から慎重に降りて、待っていてくれた馬丁に手綱を渡します。

 レイが待ちかねたようにぎゅっと抱きしめてきて、大きなため息をつきました。



「一月ぶりのリディだ。ところで、自分の知らない所で、婚約破棄などという重大事項が、賭けの対象になってるのを知った時の僕の気持ち、わかるかい?」



 私はぐっと言葉に詰まり、そろそろと彼の顔を見上げました。

 藍色の瞳に怒りと悲しみの両方が浮かんでいて、今にも泣き出しそうなその表情に私は焦って謝罪しました。



「ごめんなさい。あの、内容も確認せずにかっとなって、勝負を受けてしまって。反省してます。」

「本当だよ。僕の心臓を止めたくなければ、全く勝ち目のない戦は二度としないでね?」

「本当にごめんなさい。もう絶対にしません。」



彼をこんなに悲しませるようなことは二度とやらない、と心の中で再度誓いました。



「でもさ、ラインハルトも悪いよね?お前、リーディア嬢に面会のこと教えてなかったじゃん。彼女、それを知った時、ものすごく悲しそうな顔をしていたぞ。」



 ヴィートさんの声が聞こえて、私は飛び上がりました。貴方も今日はルカーシュ殿下の護衛でしたか。



「え、ああ・・・知ってたのか。」



 レイが気まずそうな顔をします。私に知られたくなかったのは、

「婚約者が私だということを皆に知られるのが嫌だったからですか・・・?」

おずおずと確認したところ、レイは驚いたように首を振りました。



「そうじゃない!面会時間は長くて一時間だし、わざわざそれに合わせてきてもらうなんて、我儘は言えなかったんだ。それに、面会した後、リディなら必ず団長のところへも行くだろう?多分、そこで他のやつにも会うし、下手すれば僕と会っていた時間より長く過ごすかもしれないと思ったら、一ヶ月会わないでいる方がマシな気がして・・・。」



 最後の方はどんどん声が小さくなってレイは俯いてしまいました。耳まで赤くなっています。



「あっはっは!ほら、リーディア嬢、聞いた?ただの嫉妬からじゃないか。気にすることなかったね。もう、あれだけ言ったのに、お嬢さんたら手紙の一つも送らないんだから。」 

「書こうとは思ってたんです。ですが、毎日乗馬の練習で疲れ果てて、できませんでした。せっかくのご忠告を無視する形になり大変申し訳ないと思っています。」

「それじゃあ、仕方ないよね。こちらもお嬢さんが乗馬訓練をするとは思ってなかったし。いやー、団長にあそこまで反対されたのに頑張ったお嬢さんはすごいよ。」

「僕をおいて二人で話さないでくれる?」



 レイが悔しそうに割り込んできました。

 それと同時に、

「もう、いつまで、そうやっているのよ!いい加減、離れなさい!」

王女殿下の声とともに腕が伸びてきて、私達を引き剥がそうとしてきました。

 レイは私をひょいと抱き上げてその手を避けます。



「ちょっと何しているのよ!もうあなた達は婚約者じゃないんだから、とっとと離れてよ!」



 怒った王女殿下が叫んでいますが、レイは知らんふりで私をお姫様抱っこしたまま、彼女の方を向きました。



「ヘルミーナ王女殿下、僕はまだ婚約破棄してませんし、したくもないです。大体、貴方にそんな権限はないと思いますが?」

「え、どうして破棄したくないの?騎士団長から嫌々押し付けられた政略結婚でしょ?」



 王女殿下が心底不思議そうに聞き返しました。

 今度はレイが同じように聞き返します。



「王女こそ何を言っているのですか?僕達のこの様子を見て、本当にそう思いますか?この婚約は、僕から申し込んだのですよ。ヘルミーナ王女、その思い込みの激しい所を直してくださいと何度も申し上げているではありませんか。」



 それを聞いた王女殿下の顔が悔しそうに歪んで、私を睨みつけてきました。



「そんなの聞いてないわ!でも、勝負は勝負よ!私が勝ったのだから、婚約破棄して頂戴!」



 何を聞いても引く気がない王女殿下を、ルカーシュ殿下が窘めようと口を開きましたが、それをレイが首を振って止めました。

 それから、見たことがないくらい冷たい目で王女殿下を見下ろして言いました。



「いいですよ。今、此処でリーディア・エーデル嬢との婚約を破棄します。」



場の空気が凍りました。



 ルカーシュ殿下やステラ達も何が起こったのか、直ぐには飲み込めない様子でこちらを見つめています。

 私も覚悟はしていたものの、先程までの様子だと、破棄されないかなと思っていたので、実際に目の前で言われると心臓が止まりそうでした。

 まあ、お姫様抱っこのまま、婚約破棄されているというこの状況は珍しい光景だと思いますが。

 しかも、降ろされる気配がない。

 ただ一人、王女殿下の顔が喜びに輝いています。



「それでは、ラインハルト、私と婚約して頂戴。」

「嫌です。」



 得意気に顎をそらして彼女が手を差し出すも、レイは氷のような視線とともにただ一言で切り捨てました。

 何を言われたか聞こえなかったのか、聞きたくなかったのか、王女殿下が再び、

「勝負に勝ったのだから、ラインハルトは私と結婚するのよ。だから早く、その婚約者じゃなくなった女を降ろしなさい!」

と命令します。

 レイはもう氷点下の冷気を漂わせて、彼女に言い聞かせました。



「王女、何度も言いますが、僕は何があっても貴方とは結婚しません。勝負の条件に勝った方と僕の結婚は入ってなかったでしょう。彼女が負けたら婚約破棄、それだけだったはずです。それに、彼女が婚約者ではなくなっても、僕の愛する女性であるのは変わりませんからね。」

と、一旦言葉を切ったレイが、冷気に当てられて固まった私をそっと地面に降ろして、その前に跪きます。

 そして私にいつもの柔らかい笑みを向けた彼は、そのまま私の手をとって口付けて言いました。



「リーディア・エーデル嬢。どうか僕ともう一度婚約してください。」
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