突然決められた婚約者は人気者だそうです。押し付けられたに違いないので断ってもらおうと思います。

橘ハルシ

文字の大きさ
上 下
14 / 22

13.街へおでかけ8

しおりを挟む
「リディ?!」



 刹那、名前を呼ばれると同時に、さっと抱きこまれ、ラデクの暴力から逃れることができました。

 そのままぎゅっと抱きしめられ、顔を上げると、レイが青い顔でこちらを見下ろしています。



「レイ・・・ありがとうございます。」

「ありがとうじゃないよ、ちょっと離れた間にどうして殴られてるの?!」

「いえ、貴方のおかげでまだ殴られてはいません。」

「そういうことじゃなくて。僕がいなかったら殴られてたよね?!何やってんですか!」



 最後はすぐそばに来ていたルカに向かって、レイが怒鳴りました。



「すまん、予想もしない急展開に動きが遅れた。お前は、よくも間に合ったものだな。」



 ルカは申し訳なさそうに頭に手をやり、謝罪しています。



「全力疾走させられましたよ。リディが殴られるところなんて見たくないんですよ。本当に心臓が潰れるかと思った。」

「ごめんなさい。」



 私も謝りました。





「それで、僕には状況がさっぱり分からないんですけど。」



 レイはそう言いながら息をついて私を離すと、ラデクの方へ向き直りました。



「どういうことか説明してもらいましょうかね。ラデク・ローマン殿。」



 レイの出現で場の空気が変わり、私達の組み合わせにローマン兄妹が不可解なものを見るような視線を向けてきています。



 突如、侯爵令嬢が、レイに縋りついてきました。彼はぎょっとして後ずさりますが、あっさり捕まっています。

 侯爵令嬢は彼の腕の中にいる私をすごい勢いで睨みつけ、ついでに腕を抓ってきました。痛い!



「ラインハルト様!お会いできて嬉しいですわ!この娘はたかが伯爵令嬢のくせに、ローマン侯爵家嫡男であるお兄様に逆らったのです。うちに逆らうなんてとんでもない人ですわ。」



 理解できないものを見るような目で、侯爵令嬢を見たレイは、絡められた腕を振り解いて、彼女を冷ややかに見おろしました。



「貴方は、例えば王族になら、自分が理不尽な暴力を振るわれてもいいとでも?僕はどのような身分であろうと、自分より弱い存在に手をあげるなどしてはならないと思いますが。」

「そ、それは・・・。」



 侯爵令嬢が言葉に詰まります。そりゃ、誰だって殴る方はいいけど、殴られるのは嫌ですよね。



「ラインハルト、緑の辺境伯家の次男だったな。お前のような男が、自分より身分の低い、親戚に庶民がいるような娘を庇う理由がどこにある?」



 侯爵令嬢に代わってラデクが出てきました。

 レイは何の話?というように後ろを振り返り、ルカとアイコンタクトをしました。

 それで理解したのかわかりませんが、にこりともせず、二人に向かって、

「彼女は僕の最愛の婚約者ですよ。一番に護るべき存在です。」

と宣った。



「なんですって!嘘よ、ラインハルト様が婚約だなんて、そんな話聞いていないわ!貴方、どんな卑怯な手を使ってラインハルト様を手に入れたの!」



 侯爵令嬢の顔は、青くなって赤くなってと忙しく移り変わり、最後に私へ扇を突きつけて、喚きました。



「勘違いしないで欲しいな。僕が、リーディアを、手に入れたんだよ。」



 間髪入れず、レイによってその扇は除けられ、ついでに冷たい声で、突き放されます。

 侯爵令嬢は悔しそうにこちらを睨んできました。

 そうしたら、妹をかばってラデクがレイの前に出てきました。

 レイの前にいる私を嫌悪感丸出しで睨みつけてきたので、思わずレイの腕を抜けて後ろに隠れます。

 私はあのような視線を向けられるのは怖いのです。

 背中に隠れ、思わず彼の服の裾を握りしめた私を安心させるように、レイは後ろに回した手でぽんぽんと叩いてくれました。



 それだけで、なんだかすごく安心しました。



 その様子を忌々しそうに見ていたラデクが、同じような表情を浮かべている妹の方をちらりと見遣り、不穏な笑顔を浮かべた。



「辺境伯の息子ともあろうものが、そんな一番劣等な赤い瞳の娘と婚約するなんて信じられん。そういえば、お前の一族には金の髪と青い目を持つ者がいないのではないか?幸い、ダニエラはお前に好意を持っているようだし、その娘はやめて、妹と婚約し直してはどうだ?うちと縁ができる方が辺境伯のためにもなるだろう。」

「まあ、お兄様!ラインハルト様、その子よりうちのほうが位が高いし、私のほうが美しいし、とてもいいお話ですわね?」



 ダニエラ嬢の声が嬉しそうです。



 でも、血統云々を言うのであれば、自分達と同じ髪と目の色の方と結婚されたほうがいいのでは?

 この方達は、どこまでも自分達の良いようにしか考えないのですね。





 ですが、そのラデクの言葉はレイの纏う空気を変えました。

 その冷たく鋭い雰囲気に、私は思わず服を掴んでいた手を離し、一歩後ずさりました。



「彼女の瞳のどこが劣等だって?僕には一番綺麗な色に思えるけど。大体、髪や瞳の色で、人を判断するなど愚の骨頂だよ。しかも、自分の色が一番優れていると?馬鹿馬鹿しい。そういう考えが最近王都で流行っているのは知っているが、ローマン侯爵家までもか。」



 レイはそこまで言うと大きくため息をついて、今度は侯爵令嬢の方を見ます。



「ダニエラ嬢、貴方が何をもって顔の美醜を決めているのか知りませんが、僕にとってリーディアが誰よりも美人でかわいいんです。正直に言うと、貴方は顔も好みじゃないし、気位ばかりが高くて僕は嫌いです。」

「ラ、ラインハルト様?!」



 そのあまりにも直球な断り文句に兄妹が絶句しています。

 レイはさらに、肩をすくめると追い打ちをかけました。



「ついでに言うとね、ラデク殿。うちはね、ローマン侯爵家と縁を結んでも何のメリットもないんだ。だって緑の辺境伯家はこの国最大の領地と収入があるし、現王家と縁続きだし。無理矢理にでも縁を結びたいのはそちらだけだろ。」



 侯爵家とプライドを傷つけられたラデクは顔を真っ赤にして、レイにくってかかります。



「そんなはずはない!うちが一番高貴なんだ。お前はこの話を断ったことをいずれ後悔するぞ!大体、私は次期ローマン侯爵だ。お前なんか、継ぐ爵位もないじゃないか。私にそんな口が聞けると思っているのか!」



「確かに僕は次男だし爵位を継がない。だが、いずれ緑の辺境伯代理か家の騎士団を継ぐんだ。お前と同じように人の上に立たねばならない立場だ。だからこそ、自分と違うものを排除しようとするのではなく、違いを認めて受け入れることこそ大事だと思う。いいか、僕の大事な婚約者を傷つけたことは許さない。これ以上、彼女を侮辱するなら、僕の全てを使ってお前が大事にしているものを奪ってやる。覚悟しとけ。」

「そこまでにしとかないか?」



 その時、頭をかきながら、ルカが二人の間に割って入りました。
しおりを挟む
感想 60

あなたにおすすめの小説

わたしにはもうこの子がいるので、いまさら愛してもらわなくても結構です。

ふまさ
恋愛
 伯爵令嬢のリネットは、婚約者のハワードを、盲目的に愛していた。友人に、他の令嬢と親しげに歩いていたと言われても信じず、暴言を吐かれても、彼は子どものように純粋無垢だから仕方ないと自分を納得させていた。  けれど。 「──なんか、こうして改めて見ると猿みたいだし、不細工だなあ。本当に、ぼくときみの子?」  他でもない。二人の子ども──ルシアンへの暴言をきっかけに、ハワードへの絶対的な愛が、リネットの中で確かに崩れていく音がした。

婚約破棄を兄上に報告申し上げます~ここまでお怒りになった兄を見たのは初めてでした~

ルイス
恋愛
カスタム王国の伯爵令嬢ことアリシアは、慕っていた侯爵令息のランドールに婚約破棄を言い渡された 「理由はどういったことなのでしょうか?」 「なに、他に好きな女性ができただけだ。お前は少し固過ぎたようだ、私の隣にはふさわしくない」 悲しみに暮れたアリシアは、兄に婚約が破棄されたことを告げる それを聞いたアリシアの腹違いの兄であり、現国王の息子トランス王子殿下は怒りを露わにした。 腹違いお兄様の復讐……アリシアはそこにイケない感情が芽生えつつあったのだ。

《完結》愛する人と結婚するだけが愛じゃない

ぜらいす黒糖
恋愛
オリビアはジェームズとこのまま結婚するだろうと思っていた。 ある日、可愛がっていた後輩のマリアから「先輩と別れて下さい」とオリビアは言われた。 ジェームズに確かめようと部屋に行くと、そこにはジェームズとマリアがベッドで抱き合っていた。 ショックのあまり部屋を飛び出したオリビアだったが、気がつくと走る馬車の前を歩いていた。

いつか彼女を手に入れる日まで

月山 歩
恋愛
伯爵令嬢の私は、婚約者の邸に馬車で向かっている途中で、馬車が転倒する事故に遭い、治療院に運ばれる。医師に良くなったとしても、足を引きずるようになると言われてしまい、傷物になったからと、格下の私は一方的に婚約破棄される。私はこの先誰かと結婚できるのだろうか?

初耳なのですが…、本当ですか?

あおくん
恋愛
侯爵令嬢の次女として、父親の仕事を手伝ったり、邸の管理をしたりと忙しくしているアニーに公爵家から婚約の申し込みが来た! でも実際に公爵家に訪れると、異世界から来たという少女が婚約者の隣に立っていて…。

婚約者を友人に奪われて~婚約破棄後の公爵令嬢~

tartan321
恋愛
成績優秀な公爵令嬢ソフィアは、婚約相手である王子のカリエスの面倒を見ていた。 ある日、級友であるリリーがソフィアの元を訪れて……。

【完結】巻き戻りを望みましたが、それでもあなたは遠い人

白雨 音
恋愛
14歳のリリアーヌは、淡い恋をしていた。相手は家同士付き合いのある、幼馴染みのレーニエ。 だが、その年、彼はリリアーヌを庇い酷い傷を負ってしまった。その所為で、二人の運命は狂い始める。 罪悪感に苛まれるリリアーヌは、時が戻れば良いと切に願うのだった。 そして、それは現実になったのだが…短編、全6話。 切ないですが、最後はハッピーエンドです☆《完結しました》

真実の愛のお相手様と仲睦まじくお過ごしください

LIN
恋愛
「私には真実に愛する人がいる。私から愛されるなんて事は期待しないでほしい」冷たい声で男は言った。 伯爵家の嫡男ジェラルドと同格の伯爵家の長女マーガレットが、互いの家の共同事業のために結ばれた婚約期間を経て、晴れて行われた結婚式の夜の出来事だった。 真実の愛が尊ばれる国で、マーガレットが周囲の人を巻き込んで起こす色んな出来事。 (他サイトで載せていたものです。今はここでしか載せていません。今まで読んでくれた方で、見つけてくれた方がいましたら…ありがとうございます…) (1月14日完結です。設定変えてなかったらすみません…)

処理中です...