突然決められた婚約者は人気者だそうです。押し付けられたに違いないので断ってもらおうと思います。

橘ハルシ

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番外編:僕が恋に落ちるまで

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先日、ようやく念願の婚約が調った。



七年間、想い続けた相手に、こちらから婚約を申し込んだはずなのに、相手は何をどう勘違いしたのか、職場まで乗り込んできて、上司に無理強いされているのですね、遠慮なく断ってください!と宣った。

実際は、本人だと知ってて言われたわけではないけども。



あの時の衝撃は、一生忘れられない。



さらに彼女は、あろうことか、僕の名前以外、知らなかった。



本人を目の前にして全く気が付かず、僕を探していると、無邪気に言う彼女の頬を、つねってやろうかと思った僕は、悪くないはずだ。



いたずら心もあったけれど、一緒に探すという名目で、彼女に好きになって貰おうとした。



それは成功したけれども、相手は婚約者候補の僕ラインハルトではなく、案内している僕レイであったので、僕は僕に嫉妬しかけて気持ちがややこしくなった。



最後、ちょっと無理やりだった気もするけど、なんとかラインハルトとレイが同一人物だと思い出してもらえて、婚約の承諾を得られた時は、心から安堵した。



思い出して貰えないまま、他の男に持っていかれようものなら、大暴れしてしまいそうだったし?





彼女、リディと初めて出会ったのは、僕が、十二歳、彼女が八歳の時だった。



お互いの父親が元主従、母親が友人、という関係で、うちの領地に遊びに来てくれたのだ。



その頃の僕は、はっきり言って、いじけていた。

三人兄弟の中で一人だけ、目の色が父譲りの藍色だったからだ。



僕が育ったのは、うちの領地である緑の辺境という所で、王都から一番遠い。隣国と交易はあるものの、ある意味、閉鎖的な土地柄だった。



それに加えて、ここは特別な土地で、精霊の国と重なっていることで、住民に加護を持つ者が産まれる。

そして、住民は総じて茶系の髪と緑の瞳を持って産まれてくるのだった。



前辺境伯の娘である母は当然、茶色の髪に加護を持つ者に特有の、銀混じりの緑の瞳を持ち、兄も弟も、茶の髪と緑銀の瞳と加護を、持っていた。

真ん中の僕だけが、その特徴を持たなかった。



しかも、緑銀の瞳を持つ者は、精霊を見ることができ、加護をくれた精霊と話せるのだ。



精霊の姿すら見えない、僕の疎外感は半端なかった。



父はそんな僕を気遣って、精霊と話せる人のほうが少ないとか、目の色は様々だから気にするなとか、あれこれ言ってくれたが、所詮、この土地生まれではないので、根本的に理解してくれていると思えなかった。



今思えば、僕の世界は狭すぎたのだ。



小さな頃に、様々な人の集まる王都などに行っていれば、まだ違っていたかもしれない。



だが、残念なことに領主である母と、その補佐をする父は忙しかったし、緑銀の瞳を持つ兄弟達は子どものうちは、領地から出られないので、僕一人が王都に行くことなど、あるはずがなかった。



そのまま僕は、茶の髪と緑の瞳を持つ人達に囲まれて成長した。



十代になってさらに拗らせ、遊び仲間にすら会うのが億劫になって、館から出ず、部屋に籠りがちになっていた僕を心配してか、両親が親しくしている一家を呼んだ。



それがリーディア達、エーデル伯爵家だった。



さすがに、大事なお客さまに挨拶しない訳にはいかない。僕も渋々、出迎えに参加した。



馬車から降りてきた一家は、全員、金の髪だった。



淡い金の髪と明るい青の瞳を持つ母親と長男、母親譲りの髪と紅い瞳をした次男、赤味がかった金の髪と紅い瞳の父親と娘。



父親とそっくりな娘を見て、僕は気がついた。うちの家族で父の色を受け継いだのは僕の瞳だけなのだと。



それは一つの発見だった。



子どもは全部で六人だったが、エーデル家長男は十八歳、僕の兄は十六歳でほぼ大人だったから、滞在中、遊ぶのはいつも四人だった。

幸いなことに、僕より一つ上のエーデル家次男のカレルとは気が合った。



この土地と何も関係ない彼と話すのは、新鮮で、王都や、彼の通う学院の話には特に心惹かれた。



一番下の二人は同い年だったが、男女で、一緒に遊ぶといっても、空間を共有しているだけになっていることが多かった。





その日は、晴れていたから庭で遊んでいた。



僕とカレルは最近、ハマっている本について熱心に語り合っていた。



庭のテーブルセットに座って、二人で楽しく語っていた所に、急に袖を引っ張られた。



当然のように、弟のルドルフだと思った僕は、やめろよ、と言いながら邪険に振り払う。

向かいのカレルが止めようと手を伸ばしたが、僕の動きのほうが早くて、相手は尻もちをついた。



その拍子に、僕の視界に赤味がかった金が通り過ぎる。



しまった!と慌てて、リーディアを抱き起こしたが、弟と違って小さくて軽いことに驚いた。しかも、骨張って硬いルドルフと違って、リーディアは柔らかかった。



狼狽して、謝り倒す僕の肩に手を掛け、カレルがリーディアにぶっきらぼうに言い放った。



「今のはリディが悪いんだぞ。俺らが話してる所に、声も掛けずに割り込んだんだからな!」



「いや、カレル、悪いのは僕だよ。本当にごめんね、リーディア嬢。怪我はない?」



正直、女の子は泣き虫だと思っていたから、泣き出す前に、なんとかして機嫌をとろうとリーディアの方を見た。



彼女は、泣く気配もなく、真っ直ぐな紅い瞳でじっと見つめ返してきた。



「本当は、声をかけたのですが、二人ともお話に夢中でしたので、つい、袖を引っ張ってしまいました。申し訳ありません。」



リーディアは外見だけではなく、話し方まで父親似だ。



「で、何の用だったわけ?」



カレルが一応、妹を気遣って聞いた。言い方は乱暴だけど。



リーディアは、それそれ、とでも言うようにぱっと顔を輝かせ、花壇の方を指差した。



「さっきからルドルフが一人で、お花と話しているのです。ルドルフはお花と話せるのですか?」



弾んだ声でそう尋ねて、ついでに勢いで僕の袖をまた掴もうとして、止まる。



さっき僕が振り払っちゃったからなあ。



詫びのつもりで、宙に彷徨っていたリーディアの手を、どこにも行かないようにぎゅっと握ってやった。



ひと呼吸おいた後に、ぱあっと喜んで咲かせたその笑顔は絶品だった。



リーディアの笑顔とは裏腹に、僕の心は荒れていた。



これからカレルとリーディアに、僕が、僕だけが、兄弟の中で精霊と話せないことがバレるんだ。



その時、二人はどう思うんだろうか?



たとえ今、黙っていても、いずれ分かることだ。

僕は、ひゅっと息を吸ってひと息に言った。



「ルドルフはカンナの精霊の加護があるからその精霊が見えるし、話せるんだ。」



カレルは、へー、と言ってルドルフをまじまじと見、リーディアは僕の方を見て、ラインハルト様も?と聞いてきた。



ほらきた。



「僕には加護は全くない。兄上には、モミの木の精霊の加護があるけどね。」



僕としては重大なことを言ったつもりだったが、それを聞いた二人の反応は、予想していたものと違っていた。



カレルは僕の顔を覗き込んで、ほー、と頷き、



「ぱっと見て、三人で違うのは目の色くらいだよなあ。瞳の色が加護を受けるのに重要な条件なのか?それはなんとも、興味深い。」



上から下までじろじろ見られて、急に実験体にでもなった気分を味わった。

え、僕、解剖とかされるわけ?



リーディアに至っては、僕一人だけ加護がない、ということについて気にしないどころか、仲間扱いしてきた。



「じゃあ、私と同じですね!精霊様と話したことはありますか?え、ないんですか?!じゃあ、一緒に行きましょう!」



元気いっぱいにそう言いながら、僕と繋いだままの手を引っ張って、一目散にルドルフの所へ走って行った。



あのくそ短い距離で息を切らせたリーディアが、ぜーぜー言いながら、ルドルフに話しかける。



「お邪魔致します!ルドルフ、私もカンナの精霊様とお話したいです!通訳してくださいませんか?!」



「え、話したい!?で、通訳~?!」



僕は思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。

だって、そんな発想、したことがなかったんだ。



僕はいつも、兄弟達が精霊と話しているのを見ると、嫉妬に駆られて逃げていた。



リーディアはわくわくとした顔で、全身でルドルフにお願いをしていた。



なんだろう、すごくかわいい。その笑顔も、お願いも、僕に向いていないことが、酷く残念に思えた。



精霊との語らいを邪魔されたルドルフは、怒るか無視するか、精霊と話せない僕達を見下すか、どれかだろうと思った僕は、いつでもリーディアを守れるように構えていた。



でも、僕の予想はどれも当たらなかった。



ルドルフはリーディアに、にこっと笑い返すと



「もちろん、いいよ。精霊にはリーディアの声が聞こえているから、挨拶からどうぞ。」



「うわぁ、本当ですか?!初めまして!私、リーディア・エーデルと申します!本日はお話できて嬉しいです。」



「リーディア、精霊、こっち…。めっちゃ爆笑されてる。」



「えええ、ルドルフ、ちゃんと教えてくださいよ…。」



いつの間にか、ルドルフとリーディアはお互い呼び捨てで呼びあっている。ばらばらに遊んでいるように見えたのに、しっかり仲良くなっていたらしい。



兄として安堵したけれど、なんだか胃のあたりが重苦しい気がするのは何故だろう。

昼ごはん、食べ過ぎたか?



リーディアはルドルフを介して、精霊を質問攻めにしている。いつの間にか、カレルも混ざっている。三人、精霊も入れたら四人か?皆、楽しそうだなあ。



ぼうっとその様子を眺めていると、ルドルフと目があった。



嘲笑される、と思ったが、そうじゃなかった。

ルドルフは嬉しそうに笑って、



「レイ兄上、カンナの精霊が兄上とやっと話せるって喜んでるよ。」



「やっと?」



「うん、だって精霊は兄上とも話したいって、ずっと言ってたんだ。でも、兄上すぐいなくなっちゃうし。」



「ずっと?」



その言葉で、僕はずっと思い違いをしていたことに気が付いた。



兄弟達は、銀緑の瞳を持たない僕を疎んじてはいなかった。



僕が、一人で勝手に僻んで自ら孤立させていただけなんだ。



「ずっと避けてて、ごめん。」



なんでか、素直に口からその言葉がでた。ついでに目から水もでた。

誰がなんと言おうと、水だ。



結局、目から鼻からあふれ出た水のせいで、カンナの精霊とは挨拶くらいしかできなかったけれど、これからルドルフを介せば、いつでも話せるのだから、僕の気持ちは晴れ晴れとしていた。





エーデル一家の帰都が明日に迫った日、二家族全員で、近くの丘にピクニックに来ていた。



ルドルフとリーディアは時折ケンカをしつつ、斜面をじゃれながら転がって行く。

エーデル伯爵がおろおろしながらそれを追いかけ、うちの父が、あいつも変わらんな、と言いながら、手元の白い花を摘み、母に差し出す。



母はにっこり笑ってそれを受け取ると、大事そうにハンカチに挟んだ。



あの日以来、僕は気が付くとリーディアを目で追うようになっていた。



元気いっぱいで、表情がくるくる変わって、好奇心も旺盛で物怖じしない。



恋だの愛だのは、まだまだわからないけれど、ここに咲いている白い花を贈れば、母が父に向けたような、幸せそうな笑顔を、僕に向けてくれるだろうか。



そうふと思っただけで、女の子に花を贈るなんて照れくさいことを、実行する気は全くなかった僕だったが、直後に斜面の下からルドルフと手を繋いで、父親を従え、楽しそうに歩いて来たリーディアを見た途端、身体が勝手に動いて白い花をちぎり取り、走って行って、彼女の前に差し出していた。



「これ、あげる。」



「あ、ナズナだ。ありがとう、ラインハルト様。」



予想は半分外れた。花を受け取ったリーディアは、幸せそうな笑顔ではなく、太陽のような笑顔を、僕に返してくれたのだった。



リーディアの紅い瞳に映った僕は、その色と同じくらい赤い顔をしていただろう。



後ろで母親同士が、きゃーっと言いながら両手を握り合ったり、兄達が目を丸くしたり、父が前のめりになったり、伯爵が呆然としていたりしたこととか、ちっとも気にする余裕がなかった。





その後散々からかわれて、また引きこもった僕は、部屋を出ることと引き替えに、王都の学院に通うことを親に了承させたのだった。



7年後、すっかり忘れ去られている未来が待ってるなどと思わずに、僕は王都での生活への期待で胸を膨らませていた。



今から思えば、この時からずっと僕はリーディアに恋してたんだ。
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