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2,初恋は3分で終わる
しおりを挟む王太子殿下、3度目の婚約解消!というニュースは、あっという間に世間に知れ渡った。
だが、今回は先手を打っておいたのが功を奏し、前回の婚約解消時のように、令嬢を連れた貴族達が列を成すということはなかった。
「あーよかったよかった。前みたいにわざわざ婚約破棄した令嬢達が押しかけてきたんじゃ堪らないからな。」
「今回は先に『現在婚約していない令嬢から選ぶ』って同時発表したものね。私の友人達が残念がっていたわ。」
2つ下の妹のメラニーが、向かいの席で優雅にお菓子を摘みながら同意してくれた。
彼女も1度婚約を解消している。
その後、傷心を癒やしてくると隣国に留学してそこで相手を捕まえ、ただ今楽しい結婚準備期間中の人だ。
我が国は基本的に結婚外交をしないので、たった一人の娘がまさか隣国に嫁ぐとは思っていなかった両親は、喜びつつも寂しそうだ。
「兄上、お客様ですよ。」
ノックと同時に扉を開けて顔を覗かせたのは、末っ子のリーンハルトだった。
彼は、母に生き写しの優しい面立ちと、淡い金の髪、薄い青の目で非常に見た目が良いため、そりゃもう令嬢達から人気がある。
父似の茶色の髪と濃い緑の目の俺は、顔も体格も厳ついからか彼ほどの人気はない。
別にそんなことでお互い張り合わないが、夜会などでは落差が激しすぎて少し凹む。
リーンハルト自身は、取り囲まれることが至極迷惑そうで、どんなに綺麗な令嬢に誘われても、作り笑顔で断っている。
もったいないと思わないでもないが、そこが彼の良いところでもあるのだろう。どれだけつれなくしても、令嬢達からの人気は一向に衰えない。
正直、羨ましい。
先日メラニーにそうこぼしたら、本当に好きな人に振り向いてもらえないなら、何の意味もないのよ、と真剣に諭されてしまったが。
「兄上にお客様です!」
今度は耳元で怒鳴られて、座っていたソファから飛び上がる。
最近、王太子補佐として俺の手伝いをするようになってから、リーンハルトの俺に対する扱いがぞんざいになってきている気がする。
被害妄想だろうか・・・?
とりあえず、客に会わねば。
午前中も何組か来ていた、婚約者がいない令嬢親子だろうなと思うと気が滅入る。
婚約者に浮気されて傷心の俺を、どうして誰も放っておいてくれないのか。
「どうせ、新たな婚約者候補だろう。俺はまだそんな気にならないのになあ。」
弟にボヤくと、彼は何か考える素振りを見せてから、頷いた。
「ええ、まあ、婚約者候補の条件は満たしてますけど、用件は違うみたいですよ。」
その含みのある言い方に、イラッときて、弟の首根っこを掴む。
「もったいぶらずに、その用件を言え!」
「兄上、短気すぎ!ヴィーゼント伯爵父娘ですよ!今回の件で謝罪にきたんですって。」
それを聞いて、パッと手を離す。哀れな弟は咳き込んでいる。
「アルベルタ嬢が?ヴィーゼント伯爵から謝罪を受けるようなことはされてないはずだが?」
「ゲホッ、その辺は僕もわからないので、会って直に聞いてくださいよ。」
それもそうかと謝罪代わりに弟の頭をクシャッとなでて部屋を出た。
「兄様、アルベルタ様に気があるのではないかしら?」
「姉上もそう思いますか?」
「ええ。だって浮足立ってたわよ。」
「多分、本人は気がついてないですよね。」
「そこが問題よね。」
今回のことはヴィーゼント伯爵も被害者側であるはず。
何の謝罪だろうか。
ノックして扉を開けたところ、室内にはアルベルタ嬢とその父親のヴィーゼント伯爵に加えて、俺の両親がいた。
一体何の話なんだ。
「遅くなって申し訳ありません。」
挨拶を交わし、空いている席に腰を下ろそうとした時、母がどかんとかました。
「フェリクス、ヴィーゼント伯爵はね、ご令嬢を貴方の婚約者候補から外して欲しいのですって。私はね、もう本当に数少ない候補者の中でアルベルタはいいお嬢さんだと思うから、勿体ないと思うのだけど。貴方はどう思う?」
アルベルタ嬢を候補から外す?
俺は王太子教育の成果も虚しく、動揺して中腰のまま固まった。
「その、理由はなんですか?」
その一言だけを絞り出して、一人掛けの椅子になんとか腰をのせた。
俺のことが嫌いだということであれば、受け入れねばなるまい。
それ以外なら、なんとか引き留めたい。
そう考えて、はたと気付く。それはまるで俺が彼女を、候補から外したくないみたいじゃないか。
落ち着け俺、動揺するんじゃない。
訓練しまくった王太子用の笑顔で彼女の方を見る。
彼女は俺を真っ直ぐ見ていた。大きな緑色の目が俺を射抜く。
あの夜の、見事な蹴りを決めた彼女の足が思い出された。
ヤバイ、よくわからない感情が押し寄せてくる。
俺は片手で口を覆ってうつむいた。顔が熱くなっている。
リーンハルトが婚約者に会うたびに熱を出したり、鼻血を吹く気持ちがちょびっとだけわかった気がする。
まさかに王太子である俺が同じことをするわけにはいかないが。
「私、当分の間、婚約とか結婚とか考えたくないんです。それに、私の婚約者が王太子殿下の婚約者を誘惑して寝取ったと世間は噂しております。」
アルベルタ嬢は挙動不審な俺に構わず、平坦な声で衝撃的なことを話しだした。
え、俺は婚約者を寝取られてたのか?しかも、皆それを知ってるってどういうことだ?
「私が王太子殿下の婚約者になりたいがために、婚約者を唆したとも噂されております。ですので、私が婚約者候補にいるのは良くないと思うのです。」
なんてことだ。そんな噂が。それは、俺よりアルベルタ嬢への風当たりが強いだろうな。
俺は覚悟を決めた。
感情のスイッチを切り、ヴィーゼント伯爵の方を向いて、穏やかに告げた。
「確かにそのような状況であれば、アルベルタ嬢は俺の婚約者候補から外れたほうがいいでしょうね。」
それで少しでも彼女への負の感情が減らせるのであれば。
俺が恋心を自覚して3分で失恋することくらい、どうってことはない。
それを聞いた両親や伯爵は驚いている。
さっきの様子で俺の気持ちはバレたのだろうが、俺はもう決めた。
彼女を守れるならそれでいい。
「とか、カッコつけた挙げ句、引きこもらないでくださいよ。」
3日後、俺の寝室の扉を蹴破ってきた弟妹達が重いカーテンを開けて部屋を明るくしていく。
「兄上、流石にもう僕もこれ以上は兄上の仕事を代われませんよ。早く執務に戻って下さい。」
ベッドで丸くなって黙っている俺にリーンハルトが声をかけてくる。
「いいよな、初恋が実って幸せなやつは。」
ぼそっと呟けば、それが聞こえたのかリーンハルトが呆れた声を出す。
「兄上ー、それは八つ当たりですよ。僕はたくさん努力して、熱が出るまで悩んで考えてなんとか彼女を手に入れたのに。兄上は、足搔かずにあっさり諦めただけじゃないですか。」
ぐうの音もでない。
確かに彼は必死だった。横で見ていて呆れるほどに好きな人を婚約者にするために頑張っていた。
でも、自分に素直な4歳児と、世間体とか相手の状況とか理解できちゃう20歳の男を比べちゃいけないと思うんだよな。
虚しくなった俺は、ベッドの上でますます縮こまった。
「そんな情けない兄様に私から援護射撃よ。しばらくアルベルタ様に私の侍女として来てもらうことにしたわ。」
俺はかぶっていた布団をはねのけ、ベッドから飛び降りた。
「アルベルタ嬢はどこだ?!」
そう叫んであたりを見回す俺を、弟妹が冷たい目で見ている。
「兄様、そんなみっともないところを彼女に見せる気?」
「せめてきれいな格好をして、きちんと仕事をしているところを見せたほうが好感度は上がるんじゃないですかね。」
そうして、彼女が来るのは明日から。と言い残して2人は去っていった。
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