【本編完結】私の婚約者が七つ年下の幼馴染に変わったら、親友が王子様と婚約しました。

橘ハルシ

文字の大きさ
上 下
54 / 57
最終章 イザベル 後編

53 イザベル、悩む

しおりを挟む

 着替えの前に汚れも落とそうと湯浴みすることにした。
 バシャッと湯の中へ飛び込んで頭まで沈む。直ぐにザバッと顔だけ出した私は口をへの字に曲げた。
 
 「・・・怒り過ぎたかしら。」
 「どうでしょう、あまり気にされておられないご様子でしたが。クラリッサお嬢様からお話は伺っておりましたが、想像以上に真っ直ぐな方ですね。」
 「ええまあ、思ったことを言葉にするのって難しいからそれができる所は尊敬するけれど、何でも言えばいいっていうわけではないと思うの。」
 
 特に恋愛に関することは、と呟けば側にいたヴィルマがクスクス笑った。彼女は私より十歳年上で、身の回りのことを手伝ってくれている。
 
 「イザベルお嬢様は、恥ずかしがりやですからね。」
 「『好き』とか『愛してる』なんて、口に出して言えないわよ。大体、まだパットに恋しているかどうか、よく分からないのに。」
 「あら。でも、私からもお嬢様は婚約者の方を好いておられるように見えましたけど。」
 
 「ええ?ヴィルマまで・・・うーん、そりゃ、パットは恐ろしいくらい私の理想の男性になったし、好きか嫌いの二択なら好きよ。でもだからこそ、なんでまだ私に固執するのか不思議でたまらないのよ。だってあれだけ素敵でモテるのだから、もっと彼に相応しい女性がいるはずでしょ。」
 
 お湯から両手を出して眺めながらぼやけば、ヴィルマがニッコリと笑う。
 
 「あれだけ愛されているのですから、お嬢様はそんなことを気にしなくていいのです。グズグズ思い悩まず与えられる愛情を素直に受け入れたらいいだけなのでは?勿体ないですよ。」
 
 真面目な顔で諭されてうっかり頷きそうになり私は大きく首を横に振った。
 
 「だって私は彼よりうんと年上だし。」
 「歳など関係ありません。七つなんて誤差ですよ。」
 「取り立てて可愛くも綺麗でもないし。」
 
 「それも特に問題ではありませんよ。パトリック様はそんな表面的なことよりもっと深い部分でお嬢様のことがお好きなのではないでしょうか。ですが、どうしても気になると仰るなら、私がお嬢様を可愛くでも綺麗にでもして差し上げます。大体、お嬢様は身なりを構わなさすぎるのです。さあ、どんな姿で今からパトリック様にお会いしますか?」
 
 突然そんなことを言われて私は戸惑った。
 
 夜会で着飾ってすら目立てず、その他大勢に埋没する私なんてどうにもしようがないと思うわ。
 
 でも、方向性だけでも決めないとヴィルマは許してくれそうにない。
 
 パットは可愛らしいのと綺麗なの、どちらが好きかしら。それとも素朴なのとか、奇抜なものが好み?いえ、私が好きだというのはもしかしてとんでもなく地味なのがいいとか?!
 
 グルグル考えていたらなんだか頭がぼうっとしてきた。
 
 「出てから考えるわ・・・。」
 
 フラフラしながら湯から上がったところで、動けなくなった。
 
 
 ■■
 
 客間に案内されたものの、持ってきたのはとりあえず必要な最低限の物だけ。他は後で届く。よって直ぐにすることがなくなった俺は館の中を覚えようと廊下へ出た。
 
 俺が今日泊まる部屋は一階で、イザベルの部屋は二階らしい。使用人達が階段を早足で移動している様子を眺めて、突然訪ねて来たことを少し反省する。
 
 だけど、彼女に会いに行ってもいいとなったら朝までしか自制がきかなかったんだよね。
 
 ・・・イザベル、まだかな。やっぱり母や妹みたいに彼女も着替えに時間が掛かるんだなあ。
 
 イザベルならいくらでも待つけど、結婚したらその間、側で彼女を見ながら待ってたらダメかな。一人で待ってるの寂しいのだけど。
 
 そう思いながらも我慢して二階には上がらず、階段を通り過ぎようとしたところで呼び止められた。
 
 「パトリック様、申し訳ありません!お嬢様がのぼせて動けなくなってしまいまして・・・。移動させたいのですが手伝って頂けませんでしょうか。」
 
 見上げれば手すりから叫んでいたのは、イザベルの世話をしているヴィルマだった。
 
 彼女の台詞を半分も聞かないうちに俺は二階へ到達して叫び返していた。
 
 「イザベルはどこ?!」
 

 ヴィルマに案内されて飛び込んだ先にうずくまるイザベルを見つけた。
 
 「イザベル、大丈夫?!」
 
 駆け寄ればふわりと石鹸のいい香りが鼻先をくすぐる。抱きかかえようと背中に当てた手のひらからは少し湿った温かさが伝わってきて下ろされた髪の毛は濡れている。
 
 「あ、のぼせたって入浴中だった・・・?」
 
 ひと目でわかるその状況を口にした途端、腕の中のイザベルからドレスを着ている時とは違う、直接的な感触が伝わってきてドギマギする。
 
 「部屋着はなんとかお着せしたのですが、歩けないご様子で。やむなくパトリック様をお呼びさせていただきました。申し訳ありません。」
 「いや、俺はいつでも呼んでもらって大丈夫。イザベル、移動するよ?」
 
 イザベルは口元を片手で覆ったまま青い顔で微かに頷く。そっと抱き上げて立ち上がれば、彼女がきゅ、と服を掴んできた。
 その小さな行動が俺を頼ってくれているようで心が踊った。
 
 「イザベル、俺がいるから大丈夫だよ。」
 
 ささやけば、フッと彼女の身体から力が抜けて柔らかい重さが腕に加わる。たまらなく愛しくなって頬を寄せたままベッドに運んだ。
 
 
 「パット、せっかく来てくれたのにごめんなさい。これから色々案内する予定だったのに。」
 
 ヴィルマがイザベルの額に冷たいタオルを乗せて部屋を出ると同時に、イザベルが消え入りそうな声で詫びてきた。
 
 彼女はいつも強気でお姉さん風を吹かせて俺やクラリッサを引っ張ってくれている。でもそれは一番年上だからそうしなきゃと思っているだけで、本当は自分に自信がなくて自分の行動を振り返っては、ため息をついているんじゃないかということに最近気がついた。
 
 だから、俺はいつでもそんな彼女を励ましてそのままで大丈夫だよ、大好きだよ、と笑顔になるまで伝えたいと思っている。
 
 
 イザベルは知らないだろうけれど、俺の周囲からの評価は背が伸びだしてから激変した。
 それまでは、あのハーフェルト公爵家の次男は見た目と出自はいいのに長男に比べて凡庸な上に落ち着きがない性格だと陰で言われていた。それが、背が伸びてずっと鍛えてきた剣の腕も認められ始めたと思ったら、婚約の話が五倍に増えてお茶会や夜会の招待状が山のように届き始めた。
 
 既にイザベルと婚約しているといって断れば、年上すぎるだの自分の娘の方が優秀だのと皆同じことを言って暗に破棄をほのめかしてくる。
 
 全員、うちのやり方で丁重にお断りしたけれど、俺はずっと叫びたかった。
 俺のことを表面でしか判断しないお前達にイザベルのことをとやかく言われたくない。彼女は俺が生まれたときからずっと同じ態度で接してくれたんだ。
 いたずらした時もケガして泣いた時もクラリッサとケンカした時でさえ妹を贔屓せずに平等に怒ってくれた。
 婚約してからはそれが少し不満に思える時もあったけれど、その変わらなさは俺を安心もさせた。
 
 そして、今は成長した俺を見て喜んだり急に婚約者面してきたりせず、逆に戸惑うような彼女を愛してよかったと思い、俺が後悔するまでという条件付きで結婚を受け入れてくれたことに喜びを感じた。
 最近、俺を男だと意識している反応をしてくれることがよくあってそれがまた嬉しい。
 
 
 掛け布を鼻先まで被って泣きそうになっている彼女の頭をそっと撫でれば、潤んだ青い瞳がこちらに向いた。
 こういう弱ったところを見せてもらえることにも幸せを感じる。
 
 俺は彼女にしか向けない笑みを浮かべて視線を絡ませた。彼女の頬に赤みが増す。
 
 「イザベル、謝らないで。俺は当分ここにいるからさ、しっかり休んで元気になったらこの土地のこと色々教えてよ。」
 「ええ。ただののぼせだもの、直ぐ治るわ。」
 
 ふわふわっと笑ってくれた彼女に我慢できなくなった。顔を近づけて最大限に彼女の心をくすぐる表情を作ってそっと尋ねる。
 
 「イザベル、口付けていい?」
 
 彼女の瞳が大きくなって動揺し、続いて顔全体が真っ赤になる。その後、一大決心をした表情でどうぞ、と彼女が言ったのを聞き終わらぬうちに俺は唇を重ねて六年ぶりにその柔らかさに触れた。
しおりを挟む
感想 14

あなたにおすすめの小説

〖完結〗幼馴染みの王女様の方が大切な婚約者は要らない。愛してる? もう興味ありません。

藍川みいな
恋愛
婚約者のカイン様は、婚約者の私よりも幼馴染みのクリスティ王女殿下ばかりを優先する。 何度も約束を破られ、彼と過ごせる時間は全くなかった。約束を破る理由はいつだって、「クリスティが……」だ。 同じ学園に通っているのに、私はまるで他人のよう。毎日毎日、二人の仲のいい姿を見せられ、苦しんでいることさえ彼は気付かない。 もうやめる。 カイン様との婚約は解消する。 でもなぜか、別れを告げたのに彼が付きまとってくる。 愛してる? 私はもう、あなたに興味はありません! 設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。 沢山の感想ありがとうございます。返信出来ず、申し訳ありません。

私の容姿は中の下だと、婚約者が話していたのを小耳に挟んでしまいました

山田ランチ
恋愛
想い合う二人のすれ違いラブストーリー。 ※以前掲載しておりましたものを、加筆の為再投稿致しました。お読み下さっていた方は重複しますので、ご注意下さいませ。 コレット・ロシニョール 侯爵家令嬢。ジャンの双子の姉。 ジャン・ロシニョール 侯爵家嫡男。コレットの双子の弟。 トリスタン・デュボワ 公爵家嫡男。コレットの婚約者。 クレマン・ルゥセーブル・ジハァーウ、王太子。 シモン・ノアイユ 辺境伯家嫡男。コレットの従兄。 ルネ ロシニョール家の侍女でコレット付き。 シルヴィー・ペレス 子爵令嬢。 〈あらすじ〉  コレットは愛しの婚約者が自分の容姿について話しているのを聞いてしまう。このまま大好きな婚約者のそばにいれば疎まれてしまうと思ったコレットは、親類の領地へ向かう事に。そこで新しい商売を始めたコレットは、知らない間に国の重要人物になってしまう。そしてトリスタンにも女性の影が見え隠れして……。  ジレジレ、すれ違いラブストーリー

とまどいの花嫁は、夫から逃げられない

椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ 初夜、夫は愛人の家へと行った。 戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。 「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」 と言い置いて。 やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に 彼女は強い違和感を感じる。 夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り 突然彼女を溺愛し始めたからだ ______________________ ✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定) ✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです ✴︎なろうさんにも投稿しています 私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ

【完結済】隣国でひっそりと子育てしている私のことを、執着心むき出しの初恋が追いかけてきます

鳴宮野々花@書籍2冊発売中
恋愛
 一夜の過ちだなんて思いたくない。私にとって彼とのあの夜は、人生で唯一の、最良の思い出なのだから。彼のおかげで、この子に会えた────  私、この子と生きていきますっ!!  シアーズ男爵家の末娘ティナレインは、男爵が隣国出身のメイドに手をつけてできた娘だった。ティナレインは隣国の一部の者が持つ魔力(治癒術)を微力ながら持っており、そのため男爵夫人に一層疎まれ、男爵家後継ぎの兄と、世渡り上手で気の強い姉の下で、影薄く過ごしていた。  幼いティナレインは、優しい侯爵家の子息セシルと親しくなっていくが、息子がティナレインに入れ込みすぎていることを嫌う侯爵夫人は、シアーズ男爵夫人に苦言を呈す。侯爵夫人の機嫌を損ねることが怖い義母から強く叱られ、ティナレインはセシルとの接触を禁止されてしまう。  時を経て、貴族学園で再会する二人。忘れられなかったティナへの想いが燃え上がるセシルは猛アタックするが、ティナは自分の想いを封じ込めるように、セシルを避ける。  やがてティナレインは、とある商会の成金経営者と婚約させられることとなり、学園を中退。想い合いながらも会うことすら叶わなくなった二人だが、ある夜偶然の再会を果たす。  それから数ヶ月。結婚を目前に控えたティナレインは、隣国へと逃げる決意をした。自分のお腹に宿っていることに気付いた、大切な我が子を守るために。  けれど、名を偽り可愛い我が子の子育てをしながら懸命に生きていたティナレインと、彼女を諦めきれないセシルは、ある日運命的な再会を果たし────  生まれ育った屋敷で冷遇され続けた挙げ句、最低な成金ジジイと結婚させられそうになったヒロインが、我が子を守るために全てを捨てて新しい人生を切り拓いていこうと奮闘する物語です。 ※いつもの完全オリジナルファンタジー世界の物語です。全てがファンタジーです。 ※この作品は小説家になろう、カクヨムにも投稿しています。

〖完結〗その愛、お断りします。

藍川みいな
恋愛
愛する人と結婚して一年、幸せな毎日を送っていた。それが、一瞬で消え去った…… 彼は突然愛人と子供を連れて来て、離れに住まわせると言った。愛する人に裏切られていたことを知り、胸が苦しくなる。 邪魔なのは、私だ。 そう思った私は離婚を決意し、邸を出て行こうとしたところを彼に見つかり部屋に閉じ込められてしまう。 「君を愛してる」と、何度も口にする彼。愛していれば、何をしても許されると思っているのだろうか。 冗談じゃない。私は、彼の思い通りになどならない! *設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。

だから言ったでしょう?

わらびもち
恋愛
ロザリンドの夫は職場で若い女性から手製の菓子を貰っている。 その行為がどれだけ妻を傷つけるのか、そしてどれだけ危険なのかを理解しない夫。 ロザリンドはそんな夫に失望したーーー。

忘却令嬢〜そう言われましても記憶にございません〜【完】

雪乃
恋愛
ほんの一瞬、躊躇ってしまった手。 誰よりも愛していた彼女なのに傷付けてしまった。 ずっと傷付けていると理解っていたのに、振り払ってしまった。 彼女は深い碧色に絶望を映しながら微笑んだ。 ※読んでくださりありがとうございます。 ゆるふわ設定です。タグをころころ変えてます。何でも許せる方向け。

私が、良いと言ってくれるので結婚します

あべ鈴峰
恋愛
幼馴染のクリスと比較されて悲しい思いをしていたロアンヌだったが、突然現れたレグール様のプロポーズに 初対面なのに結婚を決意する。 しかし、その事を良く思わないクリスが・・。

処理中です...