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最終章 イザベル 後編

45、反応

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 「イザベル、おはよう!」
 「・・・パット?!」
 
 翌朝、我が家の朝食のテーブルに何故かパットがいた。しかも、それを他の家族は全く気にしていない。
 
 驚愕のあまり立ち尽くしている私を見て、妹のクラリッサがポンと手を打った。
 
 「そっか、お姉様は知らなかったのね。もう半年以上前からパットはうちで婿入り修行しているのよ。」
 「は?婿入り修行って何・・・?」
 「いや、婿入り修行という程ではないと思うのだが、パトリック君がうちの習慣に馴染んでおきたいと言うから、朝にうちに来て私と剣術の稽古をしてから一緒に食事を摂ってクラリッサと一緒に登園しているんだ。」
 「そうなのよ。それで学園が終わったら公爵邸に帰る、という生活なの。さすがにうちに住み込むとエミーリアが寂しがっちゃうから。」
 「俺はイザベルが帰ってきたし、ここに住みたいなーと思うのだけど・・・」
 
 サラッととんでもないことを言うパットに私は絶句した。
 
 いやいやいや、一緒に住むとか何言ってるの?結婚前でしょうが!というか、私、周りを固められてる?パットは本当にこのまま私と結婚する気なの?!
 
 
 ■■
 
 
 朝食後、私は部屋で荷解きを開始した。持って帰って来た荷物も多かったが、先に送っておいた物も部屋に積み上がっている。
 
 ありがたいことに長期休暇中で手が空いているからとパットが私の荷物の片付けを手伝うと申し出てくれた。
 ちなみにクラリッサは友人と約束があると言って、朝食後直ぐに屋敷を出ていった。
 
 「本当になんでそんなに大きくなっちゃったの?」
 
 重い物をヒョイヒョイ運び、高い場所への片付けも難なくこなしている彼を眺めていたら、口が勝手に動いてしまった。
 
 私の呟きが聞こえたらしく、書棚の一番上へ本を並べていた彼が振り返った。その表情はなんだか曇っている。
 もしかしたら責めているように聞こえたかもしれない、と気がついた私は急いで付け足した。
 
 「いえ、貴方が大きくなることは悪いことではないのよ。・・・多分、急に背を抜かされて私が落ち着かないだけなのかも。そっか、じゃあ、私が大きくなったパットに慣れればいいだけね。」
 
 そう口に出せば心にストンと落ちてきて、結局そういうことなのかと一人で納得しているといきなり目の前に彼の顔が現れた。
 
 いつの間にここまで来たの?!
 
 「そうだったんだ、よかった!大きくなり過ぎて嫌われたかと思った。俺はイザベルを守るために早く大きくなりたかったんだ。だから、早く慣れて俺を思いっきり頼って!」
 「ええ、大きくなったものね。頼りにさせてもらうわ。」
 
 驚く私へ彼が嬉しそうに言ってきた。見えないしっぽがブンブン揺れているようだ。こういうところは変わらないのね、とホッとする。
 
 ところが、私が反射的にっこり笑って答えた言葉で彼は不満そうな顔になった。
 
 「その言い方、本心では俺に頼る気ないでしょ?」
 「そんなことないわよ。ほら、今だって手伝って貰ってるし・・・」
 
 図星だったため慌てて誤魔化そうとしたものの、彼の表情はますます険しくなっていく。
 
 困った・・・どうすれば、パットの機嫌は治るのかしら。
 
 「まあ、いいけどね。俺を頼らざるを得ない状況に持っていくだけだから。ねえ、イザベル手を出して?」
 
 おろおろする私を見ながら口の端を上げたパットがなんだか不穏なことを言っている。それから、自分の手を広げてそこに重ねろと言うので、私も自分の手を出して彼の手のひらに合わせた。
 
 あれ?私の手より一回り以上大きい?いつの間にこんなに大きくなったの?いや、身体が大きくなってるんだから当たり前か。
 でも、数年前に手を繋いだ時は私の手ですっぽり包み込めていたのに。
 
 まじまじと重ねた手を見つめていたら彼の指が動いてきゅっと絡めてきた。
 
 こ、これは俗に言う恋人繋ぎというものでは?!え、ちょっと待って、確かに彼は私の婚約者だけどこういうことはまだ・・・いや、もう十分成長したからいいの?
 でも、私の中ではまだまだ彼は子供のままで、こんな関係になる心の準備は出来てないのよ!
 
 戸惑う私の頬にパットの空いている方の手が伸びてくる。見つめてくる灰色の瞳が強い光を宿していて一瞬、私の知らない人になった。
 
 「イザベル、俺は後二年で貴方の夫になるんだ。そろそろ、俺を少年じゃなくて男として見て欲しい。俺はずっとこうやって貴方に触れたくてたまらなかった。貴方が俺を子供だと思っていても、俺は貴方を愛する女性としてしか見れない。もう我慢出来ないから、覚悟して。」
 
 真剣な声でそう言った彼はそのまま顔を近付けてきて、それがどういうことか分かっていたけれど私は動けなかった。
 
 どうしよう、ちょっと怖い・・・!
 
 もう少しで唇が触れそう、というところで私の身体がぐにゃっと崩れた。
 
 もう、ダメ。無理。頭がこの展開についていけない。
 
 「イザベル?!え、ちょっと待って、熱っ!ええっ何それ、なんで熱出してるの?!」
 
 慌てて私の身体を支えてくれたパットが叫んでいる。だけどもう私の意識は吹っ飛んでいた。
 
 私の脳はこの状況に耐えきれなくなってしまったらしい・・・ごめんね、パット。
 
 
 ■■
 
 
 「おかえり、パット。落ち込んでるね、イザベルと何かあった?」
 「ただいま。兄上、あのさ・・・」
 「え、それでイザベルは熱を出して寝込んじゃったの?!パット、何やってるんだよ。がっつきすぎるなって忠告したよね?」
 「でも、部屋に二人っきりなんだもの、手を出すなって言う方が無理でしょ?!」
 「いや、それ逆に全く男として見られてないってことじゃないの?」
 「うん、俺もそう思ってなんか悔しくて・・・それでちょっと攻め過ぎちゃったのかなあ。」
 「もう。僕が帝国でどれだけ他の男からイザベルを守ってたと思うんだよ。絶対に逃げられないでよね。」
 「それはない。今度は絶対に逃さない。何がなんでもどんな手を使っても彼女と結婚する。」
 「本当にそうしてよね。イザベルは親しみやすいし穏やかで優しいから帝国の男どもの間では結構人気だったんだよ。本人は全く気づいてなかったけど、僕がどれだけ威嚇して潰してきたか。」
 「ありがとう、兄上。感謝してる。兄上からの手紙で向こうでのイザベルのこといっぱい知れたし。すっごく羨ましかったけど。」
 「君も一緒に留学すればよかったのに。」
 「それも考えたけれど、そうすると兄上みたいにイザベルは先に帰国して俺だけ残ることになりそうだし、先にヴェーザー家に馴染んでおいた方がいいと思ったんだよね。留学は行きたければイザベルと結婚してから夫婦で行くよ。」
 「まあ、その方がいいよね。」
 「でも、熱を出されるとは思わなかった。今頃じわじわダメージがきてて、俺泣きそう。」
 「気の毒に。だけどイザベルの恋愛観は幼い女の子がおとぎ話に憧れるレベルだって言っただろ?いきなり迫っちゃダメだよ。」
 「うん。痛感した。俺、しばらくイザベルに慣れてもらえるよう彼女のために動くよ。」
 「明日の予定は?」
 「城」
 「ふーん、がんばって。」
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