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第二章 ノア

41、それから

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 「五年後?!」
 
 そう叫んだっきり、隣に並んで立っているクラウスが動かなくなった。
 
 彼の帰国後三日経った今日、私が城へ行くと直ぐに王太子殿下の執務室へ二人揃って呼ばれた。
 
 大きな執務机を挟んだ向かいで、彼とよく似た目をした大柄な男の人がすまなさそうに眉を下げている。
 
 「二人には大変申し訳ないと思っているのだが、国王陛下が譲位を決断されてね。来賓や国民のことを考えれば私の即位式とクラウスの立太子、結婚式を同時にやれば一度で済むということになったんだ。だが、準備に相応の時間がかかるため、先程言ったように君達の結婚式は五年後になる。」
 
 クラウスの父である王太子殿下は茶色の髪にやや明るめの緑の瞳で、目元がクラウスによく似ている。
 世間一般にクラウスは母の王太子妃殿下に似ているといわれている。確かに赤い髪色と濃い緑の瞳は母似だが、目元と背が高く均整のとれた丈夫そうな身体つきは父の方から受け継いでいるのだと思った。
 
 「父上、それはもう決定事項なのですよね?」
 
 脳の回路がようやく繋がったのか、固まっていたクラウスから絶望に満ちた声が発された。
 チラリと横目で見遣れば、未だに納得できかねる顔をしている。父の王太子殿下もそれがわかるのだろう苦笑いしている。
 
 「まあ、そう落ち込むな。クラウス、これから忙しくなるぞ。」
 「分かりましたよ!受け入れますよ。ただし、僕がノアに会う時間もとってくださいよ?」
 「二人とも忙しくなるからなあ・・・」
 「そんな!では、父上みたいに先に結婚して、式だけ五年後というのは?」
 「俺はもう後がなかったからでアレは例外だ。大体、お前はまだ二十歳になったところだろ?そうだ、ロサ子爵令嬢はどう思う?」
 
 父子の会話を物珍しげに眺めていたら、いきなり話を振られて戸惑う。
 
 「・・・私は結婚について元々二年くらい先だと伺っていましたし、結婚後直ぐに王太子妃になるのであればさらなる勉強が必要だと思いますので、五年で足りるのかと思っています。」
 
 正直に王太子殿下に向かってそう述べれば、隣のクラウスが傷付いた表情になった。
 
 「ノアは僕と一日中ずっと一緒にいたいと思わないの?!僕は今日からでもそうしたいくらいなのに。」
 
 さすがに結婚しても一日中ずっと一緒はあり得ないし嫌なのだが・・・などということは、彼が泣きそうで言えず私は他の言葉を探し口にした。
 
 「クラウスは生まれた時から王子様でいずれ王になるとわかっていて、ずっとそうなるべく勉強してきただろう?私はそうじゃない。貴方の隣にいる為に、まだまだ学ばねばならないことがたくさんあるんだ。それに未だにドレスで一日過ごせないしな。」
 
 最後に私は一番の心配事を笑いに紛らわせて付け加えた。
 情けないことに、まだドレスを着て自由自在に軽やかに動けないし、半日もすれば疲れ果てて動けなくなってしまうのだ。
 
 するとそれを聞いた父子がキョトンと顔を見合わせ、スパッと返してきた。
 
 「夜会以外はその格好で問題ないよ?僕はその姿の君を好きになったのだし。」
 「うむ、普段はそれで構わない。我々は無理に君を変えようとは思っていない。ドレスを着る場面は王太子妃と相談するといい。」
 
 え、いいのか?!
 
 驚き過ぎて声が出ない私の手をとったクラウスが、顔だけ父親の方へ向けて難しい顔を作って見せた。
 
 「父上。ご覧の通り、僕と彼女はもっと二人でこれからについて話す時間が必要だと思うのです。」
 「確かに結婚前にお互いの意見や要望をすり合わせることはとても大事だ。」
 
 渋面を作った王太子殿下は私とクラウスを交互に見た後、ポンと手を打った。
 
 「では月に数回、二人きりで夕食を摂るというのはどうだ?」
 「それ、いいですね!僕はそのうち一回はノアの家で食べたい!」
 「いや・・・うちだと二人きりというわけにはいかないのだが。」
 
 王太子殿下がいきなり思いついた謎の提案に勢いづいたクラウスが、私へとんでもない要望を投げてきた。
 
 私としてはうちで食事をすること自体は構わないのだが、王子が月に一回も家に来るとなると兄と弟の反応が気になる。
 
 「大丈夫、ノアの家は城から徒歩圏内になったのでしょ?クーヘンの散歩がてら二人で歩いていけばいいよ。その間に話して、夕食はロサ家の皆で摂るのがいいな。」
 「うーん、とりあえず兄と弟に相談してみる。」
 
 彼等が王子の頼みを断れるとは思わなかったが、一応そう言ってお茶を濁しておいた。
 
 
 ・・・後日、予想通り我々ロサ家は断る理由を思いつけず、クラウスは月一で我が家に来ることになったのだった。
 
 
 ■■
 
 
 半月後の放課後、私とイザベル、ユリアン王子が廊下で話している所へ、息を切らせたベティーナ嬢が駆け込んできた。
 
 「ノア様、大変!ペトロネラ様の暴走を止めて!」
 「ペトロネラ嬢の暴走、とは?」
 「ああ、もう!私達はノア様を襲おうとした人を見つけちゃったのよ。それがなんとビックリ、ペトロネラ様の婚約者だったわけ。私、あんなに怒り狂った彼女を初めて見たわ。」
 
 「へえ、オーデル公爵令嬢の婚約者ってスヴィーネ侯爵令息だよね。ふーん、父親よりかはマシだと思ってたのにとんでもないとこに手を出しちゃったんだね。」
 「ええっ、ベティーナ様達凄いわね!騎士団より早く見つけちゃったの?!」
 
 鼻で笑い飛ばすユリアン王子に、ちょっと悔しそうにしつつ賞賛するイザベル。
 私は呼ばれたからには行かねばなるまいとベティーナの誘導する方へ身体の向きを変えた。
 
 「ああ、遅かった・・・!」
 
 ベティーナの嘆息と同時にズルズルという音が聞こえてきた。
 
 「ノア様、ちょうどいいところに!犯人を見つけましたわ!ほら、謝罪なさい!」
 
 ペトロネラによって、ボッコボコにされた侯爵令息らしき人物が私の前に引きずってこられた。多分、整っていたであろう顔が無残なことになっている。
 
 ペトロネラ嬢、彼は謝罪しようにも口がきけない程ボロボロに見えるが・・・?
 
 「何故、私は彼に狙われたのだろう?」
 
 気になって尋ねればペトロネラが顔をしかめた。
 
 「私、本当になんと言ってノア様に詫びればいいのでしょう・・・、彼は私が貴方を好きになって自分が捨てられると思ったらしいのです。それで超短絡的に貴方に暴力で私に近づかないよう脅そうと考えたらしいですわ。信じられない大馬鹿者です。」
 
 「大馬鹿者同士だったわけか。お似合いだね。それにしてもコレ、誰がやったわけ?」
 
 近くで様子を眺めていたユリアン王子が呆れた声を出した。
 
 「私ですわ。令嬢たるものこれくらいの武術はできて当然ですから。」
 
 キッとユリアン王子を睨みつけて胸を張ったペトロネラの言葉に皆無言になった。
 
 令嬢とは大人の男相手にここまでやれる程の武が必要なのか?!
 
 そっとユリアン王子を見れば、引きつった笑いを浮かべている。
 
 どうやら彼女の武技は令嬢として過度のようだ。さすがに私は大の男をボッコボコにする自信がないので少し安心した。
 
 「なるほど。ちょうど良い組み合わせじゃないか。オーデル公爵令嬢はスヴィーネ侯爵令息と予定通り結婚して、彼がもう二度とノアにちょっかいを出さないように見張っておいてよ。」
 
 そこに割り込んできた聞き慣れた声に振り返れば、予想通りクラウスがいた。
 
 「僕もスヴィーネ侯爵令息に話があって探していたのだけど、既に叩きのめされ過ぎて出来そうにないね。」
 
 爽やかな笑顔で当然のように私の隣に立った彼は、そのままペトロネラに畳み掛けた。
 
 「彼はいつまたノアを狙うか分からないから、ノアを大事に思ってくれて武を極めた君にしか頼めないんだ。」
 「でも私はノア様のお側に・・・」
 「うん、その気持ちは分かるけどノアの側には君と同じくらい彼女を想っている僕がいるから大丈夫だよ。それよりその男を抑えることはオーデル公爵令嬢、君にしか頼めないことなんだ。」
 「分かりましたわ!私、ノア様の為にやり遂げてみせます!」
 
 クラウスにまんまと煽られたペトロネラは侍女になるのを止め、卒業後直ぐに結婚することにしたようだ。
 
 私はホッと息をついた。夜会等で年に数回は会うのだろうが、彼女に侍女として側にいられるよりはずっといい。
 
 
 ■■
 
 
 「兄上、ノア嬢の命を狙ったのに本当にあんな措置でいいの?あの女もスヴィーネ侯爵夫人になって城に入り浸たられたら厄介じゃない?」
 「ああ、彼はね、未遂。オーデル公爵令嬢に近づかないようノアを脅すつもりだったらしいけれど、気が弱くて結局出来なかったらしい。」
 「え、じゃあなんであそこまでやられてるの?!」
 「公爵令嬢の逆鱗に触れたからじゃない?僕は彼に二度とノアに手を出そうと思うな、と釘を刺しにきたのだけど、あの二人が結婚すれば侍女にもならず、ノアに手出しもしてこないでしょ。」
 「うわあ・・・」
 「オーデル公爵家はペトロネラ嬢に甘いから、彼女がノアの味方でいてくれると色々ありがたいんだ。そして本当に命を狙った犯人達はもう処分済。うちの騎士達がご令嬢達に負けるわけがないでしょ。」






◆◆◆◆◆

これでノアの章本編は終了です。ここまでお読み下さり、ありがとうございました。

 先日の恋愛小説大賞へ投票頂きました御礼の小話を挟み、あと二話、小話という名の番外編が続きます。

 その後、イザベルの章後編が内容的に切りがいいところまで書けましたので、そこまで続けて投稿させていただきます。引き続きよろしくお願い致します。
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