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第二章 ノア
33、イザベルの企み
しおりを挟む「あら、ではクラウス王子殿下もノア様もどちらもお互いが初恋ではないのですね。お珍しいこと。」
イザベルとの昼食後にペトロネラ達がやって来て、その面子でお茶を飲んでいたら自然と私の婚約の話になった。
「お互い子供の時だったからな。」
「この国の王族の方々は初恋の相手と結婚することが多いらしいですけど、クラウス王子殿下は違うんですね。もし、初恋の人が現れて殿下がそちらへ靡いたら、ノア様はどうされますか?」
どこからか飛んできたその質問に周囲が固唾を飲んだ。
だが、私には想定内の質問だったから王子妃教育を活かして冷静に受け流す。
「それはその時に考えるよ。」
すると、つまらなさそうな声が返ってきた。
「やーだ、愛されてる自信があるってやつかしら。何も持たない子爵令嬢なんかにクラウス王子の寵愛が続くわけがないわ・・・せいぜい頑張って下さいね。」
ガタン、と席を立つ音がして去ってゆくその後ろ姿に思わずため息が漏れた。
あれは、同じ子爵令嬢だったか。いつの間に混ざっていたのか。実際、彼女のように思う人の方が多いのだろうな。
ふう、とため息が溢れる。
「ノア、気にすることないわ。クラウス王子殿下はそんな人じゃないと思うから。」
イザベルが直ぐに慰めに来てくれ、続いてペトロネラも声を掛けてきた。
「そうですわ。ベティーナ様は同じ子爵令嬢のノア様がご自分より身分が高くなるのが気に入らないだけです。いつも『ノア様はまだ婚約出来ないの?まあ、あの様子では一生未婚よね。お家も貧乏で本当にお気の毒!』というのが口癖でしたもの。」
そのなんとも酷い言われようにさすがの私も顔が引きつった。
クラウスがいなければ確かにそうなっていただろうが、私はそれでいいと思っていたんだ。勝手に見下しておいて、いざ婚約したら妬むとはなんと自分勝手な!
結局、微妙な雰囲気でその場は解散となり、私はいずれ自分で開かねばならないお茶会に既に暗雲が立ち込めている気がして落ち込んだ。
■■
数日後、家の近くをミルヒと散歩中、いかにも裏家業に精を出していそうな男に声を掛けられた。
「おい、お前がロサ子爵令嬢か?」
「いや、人違いだろう。」
「こら、嘘吐くんじゃねえ!ここいらに男装の女なんてお前しかいないじゃねえか!」
喚き散らしながら掴みかかってくる男の前に沈み込み、そのまま後ろに抜けてから振り向いて思いっきり蹴りを入れる。
不意をつかれて前のめりに倒れる男をちらりと見て、私は待っていたミルヒとともに走り出した。
私の体重ではこの男に大したダメージは与えられないのは分かっている。さっさと逃げるが勝ちだ。
クラウスの婚約者だと知られ始めてから、私へ絡む奴らが増えた。今まで全く交流がなかったぽっと出の親戚とやらも雑草のように次々と出てくる。
親戚の方は兄が辛辣に切り捨てているようだが、この突然暴力的に襲ってくる方々の対処は自分でやらねばならない。王子妃の勉強の実践にちょうどいいと思っていたら、想定より多くてしつこいので辟易してきた。
「なんですって?!そんなの危険すぎるでしょ!家族には伝えているの?!」
「いや、絡まれるのは大体、ミルヒの散歩の時だし、兄は新しい親戚を追い散らすのに忙しいし、弟を危険な目に合わせるわけにはいかないし。」
「何言ってるの、シュテファン君はかなり強いのだから代わって貰いなさいよ。でも、ノアは王子の婚約者なのに護衛は付かないの?」
「結婚するまでは王族ではないからダメだ。それまでは生家が責任持って護衛するものらしい。王妃殿下は公爵家、王太子妃殿下は伯爵家出身だからな・・・護衛のいない貴族がいるとは思わないのだろう。これくらい自分でなんとかするから大丈夫だ。」
次の日教室でイザベル相手にうっかり愚痴ってしまい、あっという間に襲われていることがバレてしまった。
「じゃあ、ノアにうちの護衛を付けたらいいんじゃない?」
「いや、ヴェーザー家に私を護衛してもらう理由はない。それは固く辞退申し上げる。君とのデートの時なら喜んで護衛してもらうが。」
彼女に随分と心配されてしまったが、これは私の問題なので、そこまでしてもらう訳にはいかない。
イザベルはムムム、と眉を寄せて納得いかない顔をしたが、しばらくして分かったと軽く頷いた。
■■
「ベネディクト兄様、シュテファンは?」
「さっき用があるって出掛けたよ。夕食までには戻るんじゃないかな。」
「そうですか。ではミルヒの散歩に行ってきます。」
「分かった。気をつけて。」
イザベルにあれだけ言われたことだし、今日は弟を護衛代わりに連れて行こうかと思ったのだが、いないのなら仕方あるまい。
「さーてミルヒ。今日はどんな人が来るだろうか。」
リードを着けて意気揚々と歩き出したミルヒと共に小さな門を出た私は、そこにいた人物に絶句した。
「イ、イザベル?!何故、此処に?」
焦げ茶のフワフワの帽子を被り鼻の頭を赤くして、帽子と揃いの手袋を嵌めた手で口元を覆い寒そうに身を縮めていた彼女は、驚く私と目が合うとパッと笑顔になった。
「あら、ノア、偶然ね。私、この辺りを散歩してたところなの。今からミルヒの散歩ね?一緒に行くわ、デートしましょう。」
イザベル、バレバレだ。君、絶対に此処で私を待ち伏せしてたろう?
嬉しそうに近づいてきた彼女に、私は両手を挙げて心から謝った。
「イザベル、私が悪かった!もう変な意地は張らないで兄と弟に協力を頼む。王太子妃殿下にも護衛を付けてもらえないか相談してみる。だから、此処で私を待つのは止めてくれ!この町は元々そんなに治安が良くないんだ。」
イザベルは左手を腰に当て、胸をちょっと反らすと、右手の人差し指をピッと伸ばして私へ突きつけた。
「どう、分かった?親友が自分自身を大事にしてくれないと心配になるでしょ。反省してくれたなら待ち伏せは今日で終わりにするわ。でも、護衛がいない時はいつでも呼んでね。」
私は凍えているイザベルをギュッと抱きしめながら詫びた。
「思いっきり反省した。これからは自分を大事にする。ありがとう、イザベル。」
「絶対よ?約束ね!」
イザベルがうふふ、と満足そうに笑ったところで低く穏やかな声がした。
「イザベル。帰りが遅いから迎えに来たよ。
久しぶりだね、ノア嬢。」
イザベルの後ろから現れたのはヴェーザー伯爵だった。城の第一騎士団の長をされているくらいだから、もちろん体格も立派で顔も厳しい。だが、一睨みで大の男が震え上がると言われているその眼差しは、家族に対してはいつも穏やかで話し方も優しい。
初めて会った時から、毎日家に帰ってきて家族想いで頼れる私の理想の父親なのだ。
私はイザベルから離れて伯爵に挨拶を返す。
「お久しぶりです。本日は私のせいでイザベル様を危険に晒して申し訳ありません。」
伯爵は娘をちらりと見遣ってから首を振った。
「いや、イザベルには護衛がいるから大丈夫だよ。それより、今はノア嬢の方が危険なんだろう?そのことで子爵殿と話をしたいのだがおられるかな?」
「それは・・・」
うちの父は貴方と違って家に毎日帰って来ないのです、というのは憚られた。
口籠った私の後ろから兄の声が割って入ってきた。家の前で騒いでいたので様子を見に来てくれたのだろう。
「ヴェーザー伯爵様。このようにお話させていただくのは初めてになります。私はロサ家の嫡子、ベネディクトと申します。ノアの兄です。申し訳ありませんが、父は只今不在ですので私が代わりに伺います。」
伯爵は兄へ挨拶を返し、思案げな顔つきになった。
「そうか・・・うーん、子爵殿はいつお戻りかな?」
「数日は戻らないかと・・・」
「うん?そうか・・・話には聞いていたが本当にご不在が多いようだな。分かった。城へは出仕しているのだね?」
頷く兄を見て、顎に手を当て考え込んだ伯爵は私と兄をちらりと見て一度目を閉じ、再び開いた時には強い光を目に宿していた。そして、先程より固い声色で兄へ告げた。
「では明日、朝一番で父上と共に王太子補佐の執務室へ来てくれ。」
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