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第二章 ノア
31、真実の対価
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ロサ邸を出て随分経つというのに、まだ動悸が止まらない。
僕は胸を押さえつつ迎えに来てくれた側近のケヴィンに指示を出す。
「ケヴィン、このままハーフェルト公爵邸へ行って。叔父上に確認したいことがあるんだ。」
「えっ!こんな時間に訪ねたら公爵閣下に怒られますよ?!」
「それでも行かないと僕は今夜眠れないよ。」
「承知致しました。ですが、短時間で終わらせてくださいよ。閣下はご家族との団欒を邪魔されるのを物凄く嫌がられるのですから。」
「そんなこと知ってるよ。」
ケヴィンが御者に言いつけ、馬車は速度を上げ城の前を通り過ぎた。
想定通り、不機嫌さ全開のハーフェルト公爵に迎えられた。
「やあ、クラウス王子殿下。こんな時間に何の用ですか?」
言外に『よくも僕と妻の時間を邪魔してくれたね。倍で返してもらうよ?』と告げられ、僕は素直に謝った。
「大事な時間を頂いて申し訳ありません。でも、僕にとっても大事なことなのです。リーン叔父上、十二年前にエルベの祭りに僕を連れて行ってくれたでしょう?あの日にロサ子爵もエルベに来ていたか、知りたいんだ。」
公爵は綺麗な顔を不可解そうに歪めて僕を見返した。
「またあの日のことか。婚約者もできたというのに君も飽きないね。で、何でそんなことが知りたいの?」
「ノアが、僕の初恋の人かもしれない。」
僕のその台詞に公爵の目が大きく見開かれた。
あの緑の毛糸の帽子を被ったノアを見た瞬間僕の全部が、あの子を見つけたと叫んだ。
男装令嬢の噂を聞いた時点で何故、初恋の子は男の子の格好をした女の子かもしれないと考えなかったのか。不思議でならない。
僕の探し求めていた男の子は、兄の服を着たノアだったんだ。
エルベの街は防犯に力を入れていて、住民やよく出入りする商人達には鑑札を渡し、それを持っていなければ出入り口で身元を確認して記録している。
それを見れば、ノアがあの日にエルベに来ていたか分かるはずだ。
「なるほど。確かにその可能性を見落としていたね。・・・あの日の通行記録は、君の初恋相手探しに随分使ったからまだ残ってると思うけど・・・ロサ子爵いたかなあ。」
無造作に頭をかきつつ、納得してくれたらしい公爵がニッコリと笑った。
「分かった、調べてあげるよ。一週間程もらうね。ところでクラウス殿下。この対価は来週からの海の向こうの国への表敬訪問を代わってくれるってことでいいよ。一ヶ月以上も妻と離れ離れなんて嫌だったんだよね、助かった!」
叔父上、今なんて言ったの?僕の全身から血の気が引いた。
「僕だって一ヶ月もノアに会えないなんて嫌ですよ!」
「じゃ、調べなくてもいい?」
「そ、それは困ります。でも、叔父上はもう結婚してるじゃないですか!」
「そんなの関係ないでしょ。君より僕のほうが残りの人生少ないんだから妻と一緒にいるべきなんだよ。」
「叔父上は長生きします!それに今まで叔母様とたっぷり一緒にいたでしょ?!」
「え、全然足りてないよ。ということで、来週から国外でお仕事よろしくね!」
こんなの等価交換になってないよ!
僕はその場に蹲って泣きたくなった。後ろのケヴィンがそれ見たことか、という気配を叩きつけてきていたので笑顔で立っていたが、内心では溺れそうなくらい滂沱の涙を流していた。
■■
コンコン
一週間後、明日からの国外任務に備えて最終確認をしているところにノックが響いた。
「やあ、クラウス殿下。ご機嫌いかがかな?ご依頼の件、報告に来たよ。」
「叔父上は楽しそうですね。」
ご機嫌で扉を開けたハーフェルト公爵へ僕はじっとりとした視線を向けた。
当然そんなものは彼には全く効かない。
「うん、とっても楽しいよ。明後日、娘と遠乗りに行く約束をしたんだよね。」
明後日、僕は貴方の代わりに海の上だよ!
爽やかな笑顔で自慢してきた公爵に心の中だけで悪態をつく。
間違いなく、僕の荒んだ気持ちを感じ取っているだろうに笑顔を崩すことなく公爵は背後に控えている自分の側近から書類を受け取り、僕へ見えるように持ち上げた。
「結論から言うと、高確率でロサ子爵令嬢が君の探し人だ。同時刻に街にいるし、君から聞いていた容貌が一致する。なんのことはない、君が好きになったのは女の子だったんだね。子爵令嬢としか記されてないから、まさか男の子の格好をしていただなんて思いもしなかったよ。」
その説明に僕はソファに沈み込んだ。
僕はなんで、こんなに長い間彼女を見てきて気がつかなかったのだろう。ノアの言うとおり、初恋の記憶なんて信用できないのか。
それでも、僕は再び彼女に恋をした。僕の細胞の彼女への執着に自分でも狂気を感じる。
そのまま目を閉じて両手で顔を覆う。大きなため息がこぼれた。このことをノアに告げるべきかどうか。
彼女も初恋の相手を探していたのに、僕だけが成就するのは、ずるいと思われないだろうか?僕の彼女への恋情の重さに引かれやしないだろうか。
「しかし、君の父も僕もパトリックも、うちの一族の男達はどうしてこんなに初恋の女の子にこだわるのかなあ。」
間延びした声で面白そうに一人ごちた公爵が実は一番、初恋の女性に執着している。
僕の前のテーブルに調査結果の紙を置きながら向かいに腰掛けた彼は、出されたお茶を手に話を続けた。
「それにしても、あのクレープを落として泣きじゃくっていた男の子がロサ子爵令嬢だったとは。噂に聞く今の彼女からは想像出来ないよね。」
その内容に心臓が跳ねた。
「叔父上、それ、本当ですか?迷子だったのではなく?」
菓子を口に入れてもぐもぐしていた公爵がのんびりお茶を飲んで口を開く。
「うん?確か、君が落としたクレープの代わりに自分の分をあげたから僕が君の分を買い直して二人で仲良く食べて、その後に彼女が家族とはぐれているってことに気がついてまた泣き出したんだよね。」
「それから、家族を見つけたの?ロサ子爵には会わなかったの?」
震える声で質問を浴びせれば、公爵が首を振った。
「彼女が見つけたと走って行った相手は子爵本人じゃなかったんだ。その時は彼が父親なんだろうと思ったんだけど、今思えば彼女を探していたのは子爵家の使用人だったんじゃないかな。」
なるほど、それであの子の身元はずっと分からなかったんだ。
そして、ノアの初恋相手も僕だった!
これはとんでもない奇跡だ。僕達はお互い初恋相手を諦めたつもりで、それぞれもう一度同じ相手に恋をしたんだ。
この今の僕の気持ちをどう言い表したらいいのか。
ノアがノアであるだけでたまらなく愛しいのに、更に探し求めていた初恋の人だったなんて。もう彼女への愛情が何処まで暴走するか、何処まで自制が効くか全く分からない。
「だけど、彼女に当分会えないんだよね。」
がっくりと肩を落として頭を抱えた僕にその原因を作った張本人の公爵が首を傾げる。
「そういえば今日は彼女は来ないの?僕はまだ会ったことがないのだけど。」
「ノアは今試験中で、王子妃の勉強もお休みなんですよ!おかげでもう三日前から会ってません!」
僕は半泣きで公爵に訴えた。
「しかも、明日から一ヶ月も他国へ行くと伝えたら、『そうかお互い頑張ろう。大丈夫だ、留守中クーヘンの様子は毎日見に来るから。』って言って寂しさの欠片も見せてくれなかったんですよ!」
公爵がそっと最後の一枚になった菓子皿を僕の前に押しやりながら優しく言った。
「それはきっと寂しさを隠して我慢してくれているんだと思うよ。エミーリアもいつもそうだもの。だから帰ったらうんと甘えてもらうんだ。君もお土産を買って帰って、たくさん甘えさせてあげなよ。」
ノアに寂しかったと甘えてもらう自分を想像しただけで顔がニヤけた。
「元気が出たみたいで何より。じゃあ、明日からの任務をきっちり果たしてきてね。」
最後にそう言いおいて退出した公爵の背中を見送って僕は最後の菓子を口に入れる。
来ないと分かっていても毎日ノアの好きな物を用意して待ってるなんて、我ながらどうかと思う。でも、いつの間にか僕もこのお菓子を好きになっちゃったんだよねえ。
ノアは僕をどんどん変えていく。翻って僕は彼女に何か影響を与えているのだろうか。
一ヶ月後、僕達はどんな顔で再会するのだろう。
僕は胸を押さえつつ迎えに来てくれた側近のケヴィンに指示を出す。
「ケヴィン、このままハーフェルト公爵邸へ行って。叔父上に確認したいことがあるんだ。」
「えっ!こんな時間に訪ねたら公爵閣下に怒られますよ?!」
「それでも行かないと僕は今夜眠れないよ。」
「承知致しました。ですが、短時間で終わらせてくださいよ。閣下はご家族との団欒を邪魔されるのを物凄く嫌がられるのですから。」
「そんなこと知ってるよ。」
ケヴィンが御者に言いつけ、馬車は速度を上げ城の前を通り過ぎた。
想定通り、不機嫌さ全開のハーフェルト公爵に迎えられた。
「やあ、クラウス王子殿下。こんな時間に何の用ですか?」
言外に『よくも僕と妻の時間を邪魔してくれたね。倍で返してもらうよ?』と告げられ、僕は素直に謝った。
「大事な時間を頂いて申し訳ありません。でも、僕にとっても大事なことなのです。リーン叔父上、十二年前にエルベの祭りに僕を連れて行ってくれたでしょう?あの日にロサ子爵もエルベに来ていたか、知りたいんだ。」
公爵は綺麗な顔を不可解そうに歪めて僕を見返した。
「またあの日のことか。婚約者もできたというのに君も飽きないね。で、何でそんなことが知りたいの?」
「ノアが、僕の初恋の人かもしれない。」
僕のその台詞に公爵の目が大きく見開かれた。
あの緑の毛糸の帽子を被ったノアを見た瞬間僕の全部が、あの子を見つけたと叫んだ。
男装令嬢の噂を聞いた時点で何故、初恋の子は男の子の格好をした女の子かもしれないと考えなかったのか。不思議でならない。
僕の探し求めていた男の子は、兄の服を着たノアだったんだ。
エルベの街は防犯に力を入れていて、住民やよく出入りする商人達には鑑札を渡し、それを持っていなければ出入り口で身元を確認して記録している。
それを見れば、ノアがあの日にエルベに来ていたか分かるはずだ。
「なるほど。確かにその可能性を見落としていたね。・・・あの日の通行記録は、君の初恋相手探しに随分使ったからまだ残ってると思うけど・・・ロサ子爵いたかなあ。」
無造作に頭をかきつつ、納得してくれたらしい公爵がニッコリと笑った。
「分かった、調べてあげるよ。一週間程もらうね。ところでクラウス殿下。この対価は来週からの海の向こうの国への表敬訪問を代わってくれるってことでいいよ。一ヶ月以上も妻と離れ離れなんて嫌だったんだよね、助かった!」
叔父上、今なんて言ったの?僕の全身から血の気が引いた。
「僕だって一ヶ月もノアに会えないなんて嫌ですよ!」
「じゃ、調べなくてもいい?」
「そ、それは困ります。でも、叔父上はもう結婚してるじゃないですか!」
「そんなの関係ないでしょ。君より僕のほうが残りの人生少ないんだから妻と一緒にいるべきなんだよ。」
「叔父上は長生きします!それに今まで叔母様とたっぷり一緒にいたでしょ?!」
「え、全然足りてないよ。ということで、来週から国外でお仕事よろしくね!」
こんなの等価交換になってないよ!
僕はその場に蹲って泣きたくなった。後ろのケヴィンがそれ見たことか、という気配を叩きつけてきていたので笑顔で立っていたが、内心では溺れそうなくらい滂沱の涙を流していた。
■■
コンコン
一週間後、明日からの国外任務に備えて最終確認をしているところにノックが響いた。
「やあ、クラウス殿下。ご機嫌いかがかな?ご依頼の件、報告に来たよ。」
「叔父上は楽しそうですね。」
ご機嫌で扉を開けたハーフェルト公爵へ僕はじっとりとした視線を向けた。
当然そんなものは彼には全く効かない。
「うん、とっても楽しいよ。明後日、娘と遠乗りに行く約束をしたんだよね。」
明後日、僕は貴方の代わりに海の上だよ!
爽やかな笑顔で自慢してきた公爵に心の中だけで悪態をつく。
間違いなく、僕の荒んだ気持ちを感じ取っているだろうに笑顔を崩すことなく公爵は背後に控えている自分の側近から書類を受け取り、僕へ見えるように持ち上げた。
「結論から言うと、高確率でロサ子爵令嬢が君の探し人だ。同時刻に街にいるし、君から聞いていた容貌が一致する。なんのことはない、君が好きになったのは女の子だったんだね。子爵令嬢としか記されてないから、まさか男の子の格好をしていただなんて思いもしなかったよ。」
その説明に僕はソファに沈み込んだ。
僕はなんで、こんなに長い間彼女を見てきて気がつかなかったのだろう。ノアの言うとおり、初恋の記憶なんて信用できないのか。
それでも、僕は再び彼女に恋をした。僕の細胞の彼女への執着に自分でも狂気を感じる。
そのまま目を閉じて両手で顔を覆う。大きなため息がこぼれた。このことをノアに告げるべきかどうか。
彼女も初恋の相手を探していたのに、僕だけが成就するのは、ずるいと思われないだろうか?僕の彼女への恋情の重さに引かれやしないだろうか。
「しかし、君の父も僕もパトリックも、うちの一族の男達はどうしてこんなに初恋の女の子にこだわるのかなあ。」
間延びした声で面白そうに一人ごちた公爵が実は一番、初恋の女性に執着している。
僕の前のテーブルに調査結果の紙を置きながら向かいに腰掛けた彼は、出されたお茶を手に話を続けた。
「それにしても、あのクレープを落として泣きじゃくっていた男の子がロサ子爵令嬢だったとは。噂に聞く今の彼女からは想像出来ないよね。」
その内容に心臓が跳ねた。
「叔父上、それ、本当ですか?迷子だったのではなく?」
菓子を口に入れてもぐもぐしていた公爵がのんびりお茶を飲んで口を開く。
「うん?確か、君が落としたクレープの代わりに自分の分をあげたから僕が君の分を買い直して二人で仲良く食べて、その後に彼女が家族とはぐれているってことに気がついてまた泣き出したんだよね。」
「それから、家族を見つけたの?ロサ子爵には会わなかったの?」
震える声で質問を浴びせれば、公爵が首を振った。
「彼女が見つけたと走って行った相手は子爵本人じゃなかったんだ。その時は彼が父親なんだろうと思ったんだけど、今思えば彼女を探していたのは子爵家の使用人だったんじゃないかな。」
なるほど、それであの子の身元はずっと分からなかったんだ。
そして、ノアの初恋相手も僕だった!
これはとんでもない奇跡だ。僕達はお互い初恋相手を諦めたつもりで、それぞれもう一度同じ相手に恋をしたんだ。
この今の僕の気持ちをどう言い表したらいいのか。
ノアがノアであるだけでたまらなく愛しいのに、更に探し求めていた初恋の人だったなんて。もう彼女への愛情が何処まで暴走するか、何処まで自制が効くか全く分からない。
「だけど、彼女に当分会えないんだよね。」
がっくりと肩を落として頭を抱えた僕にその原因を作った張本人の公爵が首を傾げる。
「そういえば今日は彼女は来ないの?僕はまだ会ったことがないのだけど。」
「ノアは今試験中で、王子妃の勉強もお休みなんですよ!おかげでもう三日前から会ってません!」
僕は半泣きで公爵に訴えた。
「しかも、明日から一ヶ月も他国へ行くと伝えたら、『そうかお互い頑張ろう。大丈夫だ、留守中クーヘンの様子は毎日見に来るから。』って言って寂しさの欠片も見せてくれなかったんですよ!」
公爵がそっと最後の一枚になった菓子皿を僕の前に押しやりながら優しく言った。
「それはきっと寂しさを隠して我慢してくれているんだと思うよ。エミーリアもいつもそうだもの。だから帰ったらうんと甘えてもらうんだ。君もお土産を買って帰って、たくさん甘えさせてあげなよ。」
ノアに寂しかったと甘えてもらう自分を想像しただけで顔がニヤけた。
「元気が出たみたいで何より。じゃあ、明日からの任務をきっちり果たしてきてね。」
最後にそう言いおいて退出した公爵の背中を見送って僕は最後の菓子を口に入れる。
来ないと分かっていても毎日ノアの好きな物を用意して待ってるなんて、我ながらどうかと思う。でも、いつの間にか僕もこのお菓子を好きになっちゃったんだよねえ。
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