30 / 57
第二章 ノア
30、王子がついてきた
しおりを挟む今日も言えなかった・・・。
あれから一ヶ月。毎日クラウスと会うのだが、時間が短すぎる上に誰か一緒にいることが多くて『好きだ』と言う機会がない。
今更後悔しても遅いのだが、こんなことなら恥ずかしがらずにあの時に伝えておけばよかったと思う今日この頃。
キューン
すっかり城暮らしに馴染んだ子犬のクーヘンが、キラッキラの黒目で私の足元に咥えてきた玩具を置いて遊べと強請ってきた。
「ああ、クーヘン。すまないが、今日はもう帰らねばならないんだ。」
「えっ?なんで?!いつもなら後一時間はいるよね?あと少しでこれ終わるから帰らないでよ。」
もちろん叫んだのは、クーヘンではなく、急ぎの仕事を片付けていたクラウスである。
私はクーヘンに玩具を投げてやり、この1ヶ月で随分と着慣れたドレスの裾を捌いて彼の方を向いた。
私を見つめるクラウスは罪悪感を覚えるほどに悲しげな表情をしている。そういうのに弱い私はうっかり絆されそうになった。
ダメだ、引きずられてはいけない。私は心を鬼にして彼へ宣言した。
「悪いが今日は私が夕食を作る番なんだ。買い物もして帰らないといけないし、着替える時間も考えたらもう出ないと。」
先日、私にドレスを着せたことが余程楽しかったのか王太子妃殿下は私が城に来るとまずドレスに着替えさせるようになった。
おかげで女装にも慣れ、誰に縋らずとも動けるようになった。その上、私が女装していると誰か分からないらしく、クラウス王子殿下に恋人が出来たと大いに噂になっているが未だにその素性はバレていない。
「え?ノアが夕食を作るの?」
「そうだ。うちの家事全般をやってくれているコリンナが今病気で誰も家事をする人がいないから、兄弟の当番制にしているんだ。それで今日は私が夕食の担当。ということで、急ぐのでまた明日。」
ポカンとした顔で突っ立っているクラウスへ、では、と片手を挙げて挨拶をし扉へ向かう。ところが直ぐに私のドレスの裾が引っ張られた。
クーン
無邪気な子犬にも引き止められて私は困り果てた。
「クーヘン・・・兄様が仕事を終えるまでに買い物に行かないと本当に不味いんだ。」
しゃがみこんで彼の前足を握って詫びていたら背後からクラウスに伸し掛かられた。最近、こんな接触が多くて、私の気持ちはもうバレているのではないかと気になって仕方がない。
・・・敏いクラウスのことだ、間違いなくバレているのだろうな。そうでないとここまで遠慮なく触れてこないはず。そうだとすると私はどうすればいいのだろう。
「よくやった、クーヘン!お前は僕の気持ちを汲んでくれるいい子だね。ノア、僕も一緒に行くよ。」
背後から聞こえたそのワクワクした台詞に私の思考はかっ飛んだ。
一緒に行くって何処へ?!
■■
「それで、アッサリ連れてきたのかよ?!ノア、王子に甘すぎだろ!」
「煩い、シュテファン。じゃあ馬車に乗る前にお前が追い返せばよかっただろう!」
「俺にそんな権限はない。」
「私にもない。」
そこで二人でため息をついて後ろのテーブルで兄と喋っているクラウスを眺めた。
「え、じゃあ夜はいつも三人なの?」
「ええ、雇い人は二人とも通いですし、両親は滅多に帰って来ませんからね。」
「ふーん。それならもうここを引き払って城の近くに住んでは?そうすれば僕がノアといられる時間が増えるから。」
「この土地屋敷は昔にご先祖が国から拝領したものなので勝手に売れませんし、売れたとしても城下は家賃が高くて住めませんよ。」
貧乏子爵家の台所が大変珍しいらしく、王子様はキョロキョロしながら我が家の事情を兄から聞き出している。
・・・ベネディクト兄様、ホイホイとうちの内情を喋らないでください。
「うちの台所に王子がいるって変な感じ。」
「同意する。」
「いやー、帰りの馬車の待ち合わせ場所で、ノアの横にじゃがいもやパンのぎっしり入った紙袋を抱えて王子殿下が立ってるのを見た時は心臓が止まるかと思ったぜ。兄上なんて実際に止まりかけてたもんな・・・」
「私は自分で持つと言ったのだが、クラウスが持つと言って聞かなかったんだ。」
「そこじゃないと思う。」
「ほら、シュテファン、サボらずかき混ぜてろ。喋っているだけならテーブルへ戻れ。」
クラウスの相手は緊張するからと、私を手伝うという名目で逃げてきている弟へ指示をだす。
「ハイハイ。でもさー、結局いつもと同じメニューなんだな。せっかくなんだからもっとご馳走にすりゃよかったのに。」
鍋のスープをグルグルかきまわしながら不満を言う弟へ低い声で返す。
「私はコリンナと違ってご馳走は作れない。それに我々が普段食べている物を一緒に食べたいというのが殿下のご希望だ。」
「・・・絶対に王子はノアが作ったものならどんなものでも食うと思う。」
「失礼な。私はそんな酷い物は作ったことないだろう?しかも今日は失敗しないメニューにしたんだ。そこそこ美味いはずだ。」
「王子は城で毎日ご馳走食べてんだろ。」
「これが私が一番作り慣れたご馳走だ。・・・文句を言わず出来たものから運べ。」
軽く焼いたパンを乗せた籠をドンとテーブル中央に置き、野菜と豆のスープにじゃがいもとベーコンの炒めものを並べる。
「わあ、美味しそうだね。ありがとう、ノア、シュテファン。」
目を輝かせたクラウスに礼を言われて、私は心が温かくなった。こうやって手放しで喜んでくれると嬉しくなる。
「本当にいつもの献立だが、どうぞ召し上がれ。」
「それがいいんだよ。しかもノアが作ってくれて一緒に食べるんだもの、最高だよ。いただきます!うん、とっても美味しい!僕が今まで食べた中で一番美味しい!」
スープを一口飲んで幸せそうな笑顔を浮かべたクラウスを見て、私も自然と口元が綻んだ。
「なあ兄上、コレいつもの味だよな。俺は城の料理の方が絶対に美味いと思う。」
「殿下はノアの手料理の方がいいんだよ。愛がある夫婦っていいものだな。」
「あの二人はまだ夫婦じゃないけど。しかしノアってば、あっという間に王子に落ちて恋する乙女になってるんだぜ、笑っちゃうよな。」
「それだけ殿下が良い人だってことだと思うが。二人とも僕達の存在を忘れて幸せそうだなあ。」
「最近、俺の服着ててもノアが女の子にしか見えないんだよな。・・・あの二人見てたら胸焼けしそう。おかわりしてこよっと。」
ウォンッ
食後、後片付けをしている兄とクラウスの背を眺めながらテーブルで白湯を飲んでいると、先に食事を終えて何処かへ消えていた犬のミルヒがやって来た。
「やあ、ミルヒ。何を持ってきたんだ?」
ミルヒが咥えてきた物を手にとって見れば、緑色の毛糸の帽子だった。
「あ、それ昨日俺のクローゼットの奥から見つかったんだけど、ノアのだろ。ミルヒは飼い主の匂いがするから持ってきてくれたんじゃね?」
隣にいた弟が残ったパンを齧りながら言ったが、私には見覚えがない。
「これ、私のか?随分と小さいが、子供の時使っていたものだろうか。」
試しに被ってみれば大変キツイ。そのまま首を傾げていたら、振り返った兄がふっと笑みをこぼした。
「ああ、それ。懐かしいね。僕のだったけどノアが気に入って欲しいというからあげたんだ。覚えてない?幼い頃は何処へ行くにも被っていたよ。」
「そういえば思い出してきました。暖かくて冬の必需品でした。」
「ベネディクトいいなあ。僕もノアにおねだりされたい。」
伸びないかなとギューッと引っ張って、なんとか頭を押し込んだところで手を拭きつつ振り返ったクラウスと目があった。その瞬間。
ガタンッ
という大きな音とともに彼は腰が抜けたようにその場に座り込んだ。
「大丈夫ですか、クラウス殿下!」
「いきなりどうしたんだ?」
「油で滑ったんですか?」
兄と弟とともに助けに行けば、限界まで目を見開いたクラウスが呆然と私を見つめていた。
「どうした?大丈夫か?」
目の前でヒラヒラと手を振れば、目を瞬いた彼は兄と弟と私の顔を順番に見て呟いた。
「瞳が黒いのはノアだけ・・・?」
「そうだ。私だけ髪も目も母似なんだ。それがどうかしたか?」
クラウスは顔を真っ赤にして口の中でモゴモゴと何事か言っているがサッパリ分からない。
そうこうしているうちに城から迎えが来てクラウスは帰っていった。
「何だったんだろう?」
「さあ?変な物は食べさせてないよな。」
「当たり前だ。」
送り出した後で三人で顔を見合わせる。
・・・とりあえず明日元気だったらいいか。
7
お気に入りに追加
594
あなたにおすすめの小説
命を狙われたお飾り妃の最後の願い
幌あきら
恋愛
【異世界恋愛・ざまぁ系・ハピエン】
重要な式典の真っ最中、いきなりシャンデリアが落ちた――。狙われたのは王妃イベリナ。
イベリナ妃の命を狙ったのは、国王の愛人ジャスミンだった。
短め連載・完結まで予約済みです。設定ゆるいです。
『ベビ待ち』の女性の心情がでてきます。『逆マタハラ』などの表現もあります。苦手な方はお控えください、すみません。
私のドレスを奪った異母妹に、もう大事なものは奪わせない
文野多咲
恋愛
優月(ゆづき)が自宅屋敷に帰ると、異母妹が優月のウェディングドレスを試着していた。その日縫い上がったばかりで、優月もまだ袖を通していなかった。
使用人たちが「まるで、異母妹のためにあつらえたドレスのよう」と褒め称えており、優月の婚約者まで「異母妹の方が似合う」と褒めている。
優月が異母妹に「どうして勝手に着たの?」と訊けば「ちょっと着てみただけよ」と言う。
婚約者は「異母妹なんだから、ちょっとくらいいじゃないか」と言う。
「ちょっとじゃないわ。私はドレスを盗られたも同じよ!」と言えば、父の後妻は「悪気があったわけじゃないのに、心が狭い」と優月の頬をぶった。
優月は父親に婚約解消を願い出た。婚約者は父親が決めた相手で、優月にはもう彼を信頼できない。
父親に事情を説明すると、「大げさだなあ」と取り合わず、「優月は異母妹に嫉妬しているだけだ、婚約者には異母妹を褒めないように言っておく」と言われる。
嫉妬じゃないのに、どうしてわかってくれないの?
優月は父親をも信頼できなくなる。
婚約者は優月を手に入れるために、優月を襲おうとした。絶体絶命の優月の前に現れたのは、叔父だった。
【完結】私たち白い結婚だったので、離婚してください
楠結衣
恋愛
田舎の薬屋に生まれたエリサは、薬草が大好き。薬草を摘みに出掛けると、怪我をした一匹の子犬を助ける。子犬だと思っていたら、領主の息子の狼獣人ヒューゴだった。
ヒューゴとエリサは、一緒に薬草採取に出掛ける日々を送る。そんなある日、魔王復活の知らせが世界を駆け抜け、神託によりヒューゴが勇者に選ばれることに。
ヒューゴが出立の日、エリサは自身の恋心に気づいてヒューゴに告白したところ二人は即結婚することに……!
「エリサを泣かせるなんて、絶対許さない」
「エリサ、愛してる!」
ちょっぴり鈍感で薬草を愛するヒロインが、一途で愛が重たい変態風味な勇者に溺愛されるお話です。
愛すべきマリア
志波 連
恋愛
幼い頃に婚約し、定期的な交流は続けていたものの、互いにこの結婚の意味をよく理解していたため、つかず離れずの穏やかな関係を築いていた。
学園を卒業し、第一王子妃教育も終えたマリアが留学から戻った兄と一緒に参加した夜会で、令嬢たちに囲まれた。
家柄も美貌も優秀さも全て揃っているマリアに嫉妬したレイラに指示された女たちは、彼女に嫌味の礫を投げつける。
早めに帰ろうという兄が呼んでいると知らせを受けたマリアが発見されたのは、王族の居住区に近い階段の下だった。
頭から血を流し、意識を失っている状態のマリアはすぐさま医務室に運ばれるが、意識が戻ることは無かった。
その日から十日、やっと目を覚ましたマリアは精神年齢が大幅に退行し、言葉遣いも仕草も全て三歳児と同レベルになっていたのだ。
体は16歳で心は3歳となってしまったマリアのためにと、兄が婚約の辞退を申し出た。
しかし、初めから結婚に重きを置いていなかった皇太子が「面倒だからこのまま結婚する」と言いだし、予定通りマリアは婚姻式に臨むことになった。
他サイトでも掲載しています。
表紙は写真ACより転載しました。

当て馬を選択した私はトゥルー・エンドを望まない
あや乃
恋愛
伯爵令嬢ローズマリー・レイモンドは当て馬だった。
自ら望んで当て馬になった彼女は、日々ヒロインポジの令嬢たちの縁結びに奔走していた。
ある日、ローズマリーはヒロイン属性の男爵令嬢リリアンナ・メンフィスからとある令息との縁結びを頼まれる。
その相手はローズマリーが幼い頃一目ぼれした公爵令息、クリスト・シェルブレードだった。
ヒーローと当て馬は結ばれない……分をわきまえているローズマリーは2人の縁を取り持つために動き出す。
※「小説家になろう」さまにも掲載中
私達、政略結婚ですから。
黎
恋愛
オルヒデーエは、来月ザイデルバスト王子との結婚を控えていた。しかし2年前に王宮に来て以来、王子とはろくに会わず話もしない。一方で1年前現れたレディ・トゥルペは、王子に指輪を贈られ、二人きりで会ってもいる。王子に自分達の関係性を問いただすも「政略結婚だが」と知らん顔、レディ・トゥルペも、オルヒデーエに向かって「政略結婚ですから」としたり顔。半年前からは、レディ・トゥルペに数々の嫌がらせをしたという噂まで流れていた。
それが罪状として読み上げられる中、オルヒデーエは王子との数少ない思い出を振り返り、その処断を待つ。
どうも、死んだはずの悪役令嬢です。
西藤島 みや
ファンタジー
ある夏の夜。公爵令嬢のアシュレイは王宮殿の舞踏会で、婚約者のルディ皇子にいつも通り罵声を浴びせられていた。
皇子の罵声のせいで、男にだらしなく浪費家と思われて王宮殿の使用人どころか通っている学園でも遠巻きにされているアシュレイ。
アシュレイの誕生日だというのに、エスコートすら放棄して、皇子づきのメイドのミュシャに気を遣うよう求めてくる皇子と取り巻き達に、呆れるばかり。
「幼馴染みだかなんだかしらないけれど、もう限界だわ。あの人達に罰があたればいいのに」
こっそり呟いた瞬間、
《願いを聞き届けてあげるよ!》
何故か全くの別人になってしまっていたアシュレイ。目の前で、アシュレイが倒れて意識不明になるのを見ることになる。
「よくも、義妹にこんなことを!皇子、婚約はなかったことにしてもらいます!」
義父と義兄はアシュレイが状況を理解する前に、アシュレイの体を持ち去ってしまう。
今までミュシャを崇めてアシュレイを冷遇してきた取り巻き達は、次々と不幸に巻き込まれてゆき…ついには、ミュシャや皇子まで…
ひたすら一人づつざまあされていくのを、呆然と見守ることになってしまった公爵令嬢と、怒り心頭の義父と義兄の物語。
はたしてアシュレイは元に戻れるのか?
剣と魔法と妖精の住む世界の、まあまあよくあるざまあメインの物語です。
ざまあが書きたかった。それだけです。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる