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第二章 ノア

27、ライバル登場?!

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 いつものように人の疎らな早朝の学園内。私は自分の机に座り、周囲に誰もいないことを確認して、鞄からぬいぐるみを取り出した。
 
 クラウスのことが好きだと自認してしまえば、釣り合っていないという悩みはそのままでも、気は楽になった。

 私は机の上にクラウス色のクマを座らせ、その小さな布の手を摘む。
 
 「握手っと。」
 「そこはキスするとこじゃないの?兄上といい、貴方がたはやることが幼すぎない?」
 
 突然後ろから降ってきた声に、私は椅子から飛び上がった。同時にクマを掴んで制服のポケットにねじ込む。
 
 そうして振り返れば、そこにはパトリック殿と同じ淡い金の髪を一つに結びクラウスとお揃いの深い緑の目の青年が、呆れた顔で私を見下ろしていた。
 
 三学年下のユリアン王子殿下?・・・なんでこんな所に?
 
 「・・・ユリアン王子殿下。私に何かご用でしょうか?」
 
 椅子から立ち上がって礼をした私が恐る恐る尋ねると、ユリアン王子は腕を組んで私を頭の天辺から爪先まで眺めた。
 
 「貴方が、義姉になるとは。」
 
 そう呟いて、はあああぁっと大きなため息をつく。それからキッとこちらを睨みつけて叫んだ。
 
 「兄上が初恋の人と幸せになれるように、僕が女性と結婚して子供をたくさん育てて、兄上の養子に出すつもりだったのに。そのために健康そうな女の子と婚約したのに、今になって女性を好きになったとか、どういうこと?!」
 
 ・・・何だと?そんなことを私に言われても困るのだが。
 
 下手な返しでこれ以上神経を逆なでしたくないと無言で様子見をしていたら、ユリアン王子が続けざまにまくし立てた。
 
 「ノア嬢は噂では男装令嬢だって言われてるけど、ここのとこ観察してたら貴方、男の服着てるだけで全く女性じゃないか。」
 
 私はその言い方にカチンときた。そこで私もユリアン王子の前にドンと足を開いて立ち、腕を組んで目線を合わせる。
 彼はまだまだ成長途中のようで、身長は私と大差ない。まあ、こちらの成長は終わっているが。
 
 「それはそうですよ、私は産まれた時から女ですからね。ユリアン王子殿下は私に一体何を期待していたのですか?」
 
 頭を斜めに傾け下から睨むようにして言い返せば、ユリアン王子が王族特有の感情のない笑顔で私の全身をもう一度さっと見た。
 
 「だって、あれだけ初恋の男の子のことで騒いでた兄上が急に女性と結婚するって言いだしたでしょ?しかも相手は男装令嬢。誰だって兄上は初恋の男の子の代わりに男装の令嬢で手を打ったって思うじゃない?なのに相手は男っぽいわけじゃないなんてさ。」
 
 ユリアン王子のその言葉は私の心を抉った。
 
 「私は身代わりだといいたいのですか?私は望まぬ娘にわざわざ服を買うことがもったいないという親の方針で兄や弟のお下がりを着ているだけで、男になりたいわけではないんです。それだとクラウス殿下のご希望に合ってない、というのですか?」
 
 急に足元の床が抜け、暗闇に叩き落されたような不安が押し寄せてきた。
 
 私は彼に恋をした途端、『思ってたのと違ってた』と婚約破棄されるのか?クラウスはあんな態度をとって私を好きにさせておいてから捨てるのか?!
 
 動揺する私へユリアン王子が冷笑と共に追い打ちをかけてきた。
 
 「兄上が何を考えてロサ子爵令嬢を選んだのかわからないけれど、貴方ってその格好以外特筆すべきところがないよね?僕は貴方が他のご令嬢達と同じ姿であれば、兄上に選ばれなかったと思うんだよ。」
 
 それを聞いた瞬間、私の中で引っかかっていたことがストンと落ちてきた。
 私は腕を組んだまま大きく頷いた。
 
 「確かにそうですね。ええ、その通りです。私が女装した途端、クラウス殿下は私への興味を無くすかもしれません。」
 
 興味を無くすと言い切らず『かもしれない』と言ったのは、クラウスが私とデートしている間も嫌そうにしなかったし、最後まで優しく大事に扱ってくれたからだ。
 
 彼は私本人をきちんと見て、好きになってくれたのではないかという希望を抱いて、私はユリアン王子へ笑顔を返す。
 
 「ユリアン王子殿下。では、勝負を致しましょう。私が女装してクラウス殿下にお会いします。それで婚約が無しになれば貴方の勝ち。クラウス殿下の意思が変わらなければ、私の勝ちです。」
 
 「いいよ。その勝負、乗った!僕が勝ったら、貴方は僕の元で働いてよね。」
 「おや、そんなことでいいのですか?お給料が出るなら喜んでやりますよ。」
 
 ユリアン王子はかなりの負けず嫌い、と噂があったのでついでに検証してしまおうと持ちかけてみれば、アッサリと食いついた。
 
 婚約破棄されても城での職にありつけるとはなんていい条件!
 
 ユリアン王子は、心底喜んでその条件を受け入れた私を不気味そうに見ている。
 
 「え、普通は捨てられた男の近くにいるのって嫌がるもんじゃない?」
 「別にお給料貰えるならありがたいし、仕事と割り切ればいいだけでしょう。」
 
 淡々と返せば『うわ、情がない人だ』と嫌がられた。
 
 何を言うか、と私は心の中で一人ごちる。
 
 別れても好きな人の近くに居られるんだ、最高にいい条件だとも。
 例え、彼が他の女性と結婚して、あの優しい笑顔をその人に向けるところを見なくてはいけないとしても、それは彼の幸せを間近で見られるということじゃないか。
 
 クラウスと別れたら、私はもう二度と誰にも恋することはないと断言できるんだ。近くで彼の幸せを見守って過ごせるなら最高じゃないか。
 
 この勝負、どっちに転んでも得だ。
 
 私は満面の笑みを浮かべてユリアン王子に私側の条件を提示した。
 
 「では、ユリアン王子殿下。私が勝ったら、貴方は全力で私の味方になってください。」
 
 彼は目を見開いて固まった。
 
 「え、それ本気で言ってる?僕、貴方にとって相当嫌な奴だよね?」
 「いいえ、私にとって殿下は大事なことを気づかせてくれたとても良い方です。さすがクラウス殿下の大事な弟君。ですから、是非ともこれから困難の多い宮廷生活で味方になって頂きたいのです。」
 
 ユリアン王子の噂そのニ。『兄王子を尊敬し過ぎてちょっと拗らせている』
 今までの会話で充分それは思い知ったが、この人を味方につければ随分助かるはずだ。
 
 しかし、私が提示した条件はユリアン王子にとって余程受け入れ難いものだったのか、かなり悩んでいる。
 ウンウン唸った挙げ句、私にキッと指を突きつけて宣言した。
 
 「分かったよ。でも兄上が本気で貴方を愛してると証明されたら、だからね!」
 
 ・・・そこまで証明出来るかは不明だな。どうやればいいのだ?
 
 考えている内にユリアン王子は次々と進めていく。
 
 「そうそう、今日から王子妃教育が始まるでしょ。その時に女装させて貰うよう母上に頼んどくね。」
 
 え、王太子妃殿下に?!
 
 「それと実は兄上から貴方を一緒に連れて帰るように頼まれてるんだよね。だから授業が終わり次第、裏庭に来て。学園から城に行く王族専用のルートがあるから案内するよ。」
 
 ええっ、クラウスはこの弟に何を頼んでいるんだ!おかげでとんだ迷惑だ。
 
 私は直ぐさま断ろうとした。
 
 「いえ、すぐ隣ですし正門から一人で行きますが・・・」
 
 この人と一緒に行動してずっと嫌味を言われ続けるのは嫌だと穏便に辞退しようとしたら、目をカッと見開いたユリアン王子に詰め寄られた。
 
 「何言ってるの!そんな所から来てたら時間のムダでしょう。つべこべ言わずに僕の指示に従って。兄上に役立たずだと思われちゃうじゃないか。」
 
 その迫力に私は細かく縦に首を振らざるを得なかった。
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