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第二章 ノア

23、おやつタイム

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 「あ、君の婚約者に僕のノアがくっついてる!羨ましい!」
 「クラウス兄さん、ノア姉さんに好きになってもらえた?」
 「パット、そんなに直ぐに人の気持ちが変えられたら苦労はしないよ。ちょっとは進展したと思いたいのだけどね・・・。」
 「そっか。でも、お揃いのぬいぐるみ持てて良かったね。」
 
 「ああ。嫌がられたらどうしようと思っていたから本当にホッとした。しかも手まで繋げたし!なんで彼女の手はあんなにちっちゃくて柔らかくてずっと握っていたくなるんだろうな。」
 
 「クラウス兄さん、落ち着いて。そういえばどうしてあの人なの?」
 「どうして、とは?」
 「イザベルが言ってたけど、うちのお茶会で一目惚れしたって本当?同じ学園に何年も通ってたのに会ったことなかったの?」
 
 パトリックはずっと疑問に思っていたらしい。
 その真っ直ぐな少年の視線にクラウスは苦笑した。
 
 「ああ、うん。確かに一目惚れしたというのは違うかもしれない。彼女が入園してきた時、あの姿は噂になったんだよ。それでいじめられやしないかと気にしてたら、まあ、彼女の逞しいこと。噂で手に入れた情報でどんどん敵を減らしていって、イザベル嬢という親友まで作ってマイペースで楽しい学園生活を過ごす彼女を見ていたら、気になってきてね。」
 
 「そうなの?!え、じゃあ、なんで卒業して二年も経った今になって婚約を申し込んだの?」
 
 純粋な少年の好奇心は留まるところを知らないらしい。
 クラウスは寸の間空を仰いで、少しはにかんだ。
 
 「僕は今頃になって彼女が僕の視界に映らないとなんだか寂しいと思うことに気がついたんだよ。それでまあ、この感情が何なのか確認したくて、母上や君のご両親にちょっと協力をお願いしたわけ。結果はご覧の通りだよ。」
 
 「そうなんだ。確かにある人を好きになってるってことは意外と気が付かないものだよね。俺もイザベルが他の誰かと結婚するのは嫌だって思った時に分かったんだ、俺はイザベルと家族になりたいって。」
 
 「なるほど。えっ?!パットは四歳でそこまで考えて決めたの?」
 「そうだよ?でも、その時はイザベルに選んでもらえなくて、すごく悲しかった。」
 
 そう言ったパトリックは当時を思い出したか、泣きそうな顔をした。
 自分に置き換えて心が痛くなったクラウスはパットの頭をゴシゴシと撫でた。
 
 「辛かっただろうに。でも諦めなかったんだね。」
 「うん。たくさんお茶会に出て、いろんな女の子達に会ったけど俺はやっぱりイザベルがいいなって思ったから、ずっと機会を窺ってたんだ。」
 「君は本当に一途だなあ。僕も見習わなきゃ。」
 「でも、兄上には『一歩間違えればストーカーだから気をつけてね』っていつも言われてた。」
 「・・・心に留めておこう。」
 
 「はい!お待たせしました!お兄さん達、ご注文をどうぞ!あら、パトリック様、いらっしゃいませ。いつもありがとうございます。今日はご友人とですか?」
 
 「こんにちは!うん、彼処に座っている俺の婚約者と友達とでWデートしてるんだ。」
 「それはそれは。とびっきり美味しいの作りますね!」
 
 やっと順番がきてそれぞれ注文する。それを受けて手際よく作りつつ、店員の女性とパトリックがお喋りしている。その合間に彼女がチラチラとクラウスを見てきた。
 
 正体がバレたか?と思いつつも、そうではない雰囲気に首を傾げる。
 
 よくある好意とも違う・・・?
 
 「僕の顔に何か?」
 
 不思議に思って尋ねてみれば、店員の女性は慌てたように早口で答えた。
 
 「あちらの男装のお嬢さんは昔、何度かこちらにいらして貴方と同じ黒髪の男の子のことを尋ねておられたのです。それでようやく見つかったのかと思いまして。違っていたらすみません。」
 
 その台詞で僕の全身に衝撃が走った。
 
 黒髪の男の子の話は覚えている。ノアの初恋相手だ。
 彼女は探していないって言ってたけど、嘘だったのか。
 
 もしや、僕に言ったことは自分に向けての言葉でもあったのか・・・?
 
 「クラウス兄さん?出来たって。」
 「・・・ああ、うん。」
 
 呆然としたまま二人分のクレープを受け取り、ノア達の元へ行く自分の足はとてつもなく重たかった。
 
 僕は初恋の人と結ばれたいという彼女の意思を踏み潰して、無理やり婚約させてしまったのだろうか?
 
 いや、待て。彼女は初恋の相手を探していたかもしれないが、実際は次の恋に進んでいた訳だ。その恋も叶わなかった今、僕とお試ししてもいいのでは?
 
 うん、彼女に僕を好きになってもらえるようこのまま奮闘しよう。
 
 頭の中で考えが纏まってくると、段々足取りも軽くなって元の調子に戻ってきた。
 
 そうだよ、ここまで漕ぎ着けたのにあっさり過去の男のことで諦めて手放すなんて勿体ない。
 僕はいずれ王になるのだから、難しい案件ほど粘り強く腰を据えてやり遂げないとね。直ぐに投げ出すなんてもっての外!
 
 こちらに気がついたノアの視線がクレープに止まり、微かに嬉しそうな表情になる。
 
 彼女は表情が乏しいと言われるけど、側で過ごしていればかなり感情豊かなことがわかった。ほんの少し、人より表情筋の動きが緩やかなだけなんだ。
 
 彼女のそんなところも、ぶっきらぼうな口調も、夜色の短い髪もよく細められる目も僕にはその全てが好ましい。
 
 特に彼女の瞳に僕だけが映っている時が好きだ。彼女の世界を独り占めしている気分になるから。
 
 ほら、今も。
 
 僕は僕だけをその瞳に映している彼女に向かって、微笑んでクレープを差し出した。
 
 ■■
 
 「ノア、お待たせ。はい、落とさないようにね。」
 
 そう言ってクラウスがクレープを渡してくれた時、私は既視感を覚えた。
 
 それが何か分からなくて内心で首を傾げたものの、目の前の美味しそうなものに気を惹かれ、深く考えずに終わらせた。
 
 「美味しい!やっぱり冬の限定が一番好き!」
 
 早速クレープを一口食べたイザベルが叫ぶ。
 
 どれにするか迷って、私も同じ林檎にしたのだが、さすがイザベルのオススメだけあって美味しい。
 
 口の中で甘く煮た林檎とカスタードクリームが溶け合って、私は暫しその優しい甘さに目を閉じた。
 
 「イザベル、俺のチョコレートも美味しいよ。これも食べたいなって迷ってたでしょ。一口どう?」
 「わっ、いいの?!パット、いつもありがとう!」
 
 嬉しそうなイザベルとパトリック殿が一口交換している。
 
 なんというか、イザベル達は十分恋人同士らしいやり取りをしているな、と隣でいたたまれない気分になった私は食べることに集中しようとした。
 
 「なるほど。僕もノアと違うものにすればよかったな。」
 
 私と同じ物を手にしたクラウスが、残念そうな顔で私と自分の手のクレープを見る。
 
 「私は自分の分を自分のペースで食べたいから、一口交換はしない。」
 「えー、次のデートは絶対交換しようと思ってたのに!」

 バッサリ返せば酷く残念そうな声で返って来た台詞に戦慄した。
 
 次?次もあるのか?!
 
 「お仕事が忙しいのでは?そうホイホイ気軽にこちらに来れないと思っていたのだが。」
 「いや、まあ、それはそうなんだけどね。ほら、僕の場合結婚も大事なことだから、君のためなら意外と融通きいちゃうんだよね。」
 
 遠回しに仕事しろ、王子!と言ってみたのだが、城をあげて王子と私の結婚を後押ししているという恐ろしい話を聞く羽目になった。
 
 この国は次々代の王妃がこんなのでいいと思ってるのか?!
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