22 / 57
第二章 ノア
22、お揃い
しおりを挟む続けて二人でクマに着せるセーターを選ぶ。私は迷わず深い緑を手にとってしまい、はっとクラウスを見上げた。
案の定、彼の顔は喜びに満ちていた。
気まず過ぎてもう一枚同じ色のセーターを取り、彼の手に押し付ける。
「黒に黒は地味すぎるので、お揃いでこれにしてください。」
「そう?僕はそう思わないけれど。黒に黒はかっこいいよ。でも、君がお揃いをって言ってくれたのは嬉しいから緑も買うね。」
鼻歌でも歌い出しそうな機嫌の良さで彼は緑と黒、両方のセーターを持って会計へ行く。
私も後を追い、列に並んで財布を取り出す。
最近使ってなかったから、このぬいぐるみは溜まっていたお小遣いでなんとか買えそうだ。後はクレープを食べたらもう残らないだろう。イザベルとのお揃いは諦めるしかない。
せっかく来たのに残念だな、と思いつつ包んでもらったぬいぐるみとセーターを持ち、店の外へ出た。
先に買い物を済ませて待っていてくれたイザベル達に合流して直ぐ、クラウスが私とイザベルにそれぞれ小さな包みを渡してくれた。
「今日の記念に二人へ僕からプレゼント。」
「クラウスさん、開けてもいいですか?」
「もちろん。」
許可を得たイザベルと共に私も開けてみれば、中には小さな金のチャームが入っていた。
指先くらいの大きさの三日月を象った繊細なデザインで、星をイメージした黄色い宝石がぶら下がっている。これは、トパーズか?
「わあ、かわいい。今チャームをぬいぐるみと一緒に着けるのが流行ってるのよね。あっノアとお揃いだわ!ありがとうございます!大事にします!」
私の手元を覗き込んで大喜びしたイザベルの言葉に私は戸惑った。
イザベルとお揃い?
隣のクラウスを見上げれば、ふわりと微笑まれた。
「クマを僕から君へのプレゼントにしたかったけど、君に断られそうな気がしたから、こっちにした。イザベル嬢とお揃いなら使ってくれるかなと思って。」
これで、私は降参した。本当はきっとずっと前から分かっていたけれど、彼には全く勝てないと悟った。
悔しいけれど、イザベルとお揃いは本当に嬉しかったので彼の袖を引いて小さな声で礼を言う。
「ありがとう、クラウス。すごく、嬉しい。」
「・・・よかった!僕も君に喜んでもらえてすごく、嬉しい。」
彼は軽く目を見開いた後、ぱっと笑顔を咲かせた。
だが、その後続けて手を差し出してきた彼の意図が分からず、私は無言でその手と彼の顔の間に視線を往復させた。
「手、繋ごう?」
「な、何で?!嫌だ!」
笑顔で当然のように告げた彼に私は飛び上がって全力で首を振る。
「でも、此処は人が多いから迷子になるかもしれないし、ほら、パット達も繋いでるよ?」
見ればイザベル達は本当に自然に手を繋いで先を歩いていた。
いや、でも彼等の場合は姉弟にしか見えないけど、私とクラウスが繋げばぱっと見、男同士になるのでは・・・。
断固拒否!と顔に書いてクラウスを見上げれば、彼は意地悪そうな目になって口の端をつり上げた。
「君が迷子になったら、『僕の大事な婚約者のノア』って大声で連呼して探すけど、良い?」
それも嫌だ!
私は瞬時に周囲の人の多さを確認し、自分がよく知らないこの街で迷子になる可能性の高さを計算してから、無表情でクラウスの手に自分の手を乗せた。
「人が多い所を抜けたら離す!」
「何言ってるの、エルベじゃこのくらいの人出は少ない方だよ?広場に近付けばもっと増えるさ。」
「え、平日なのに?!」
「祭りの時はもっとぎゅうぎゅうでしょ?ということで、今日僕と君は最後までこのままってことだね。」
「やっぱり手を離して歩く!」
「ははっ、もう遅いよ。」
叫ぶ私を引きずってクラウスはイザベル達に早足で追いついて行った。
■■
家族以外の男性と手を繋いだのは初めてだったので、どこまで密着が許されるのか、握り返す力をどれくらいにすればいいのか分からず、妙な力が入ってしまい、コートを着るというこの季節に変な汗をかいてしまった。
「もう無理だ、今すぐ帰りたい。」
「ノア、大丈夫?あんなに緊張してる貴方は初めて見たわ。」
広場のベンチに座るやいなや、私はイザベルに泣き言を漏らした。イザベルがヨシヨシと肩を抱いて慰めてくれるが、どうもこの状況を楽しんでいるように思える。
いつもと逆になっているからだろうか?
クラウスとパトリック殿はクレープの行列に並んでくれている。
私は一緒に並ぶつもりだったのだが、イザベルとパトリック殿はさっと座る場所を確保する方と並ぶ方に分かれたので、私達もそれに習ったのだ。
座って待っている方が楽してるけどいいのか、とイザベルに聞けば、さらりと『ノアが思っているより彼等の体力は多いから私達は大人しくここにいる方がいいのよ』と教えられた。
そんなものかと納得して疲れ切った身体を休めている私に、イザベルがワクワクと話し掛けてきた。
「で、クラウス殿下とのデートはどう?!」
「どう、と言われても・・・よく知らない男の人と一緒に行動するのは慣れなくて緊張する。」
「よく知って慣れるためにデートするのよ!でも、二人でぬいぐるみを選んでいる時は楽しそうに見えたけど?貴方、こういうの大好きだものね。」
む。イザベルにはそう見えていたのか。彼女の言う通り、私はこういう雑貨が大好きだ。コツコツ集めた物が自室のあちこちに飾ってある。
将来持つ店には雑貨コーナーを作るつもりだった。
「そりゃ、私はこういうの好きだから。でも、男の人と買い物はハードルが高かった。」
「ええ?だって付き合い始めたら先ずはお揃いのぬいぐるみを持つでしょう?」
「イザベル、何度も言うけど、付き合ってないから。」
我々の婚約と想い合っている恋人同士のおつき合いとは全く違う。
「でも、結局お揃いのぬいぐるみを買ったのよね?どんなのにしたのか、見せてー!」
イザベルが嬉しそうにねだってきた。私とこういう話をするのが楽しくてしょうがないらしい。
どうせ鞄につけるから明日には見られるのにな、と思いつつ私は鞄からぬいぐるみの包みを出して膝の上で開いた。
「あ、一番人気のクマにしたのね。殿下の髪色ね。それと目の色のセーターかあ、いいな。」
「そろそろ寒くなるからとクラウスが決めたんだ。イザベル達はマフラーを見ていたが買ったのか?」
「もちろん!たくさん種類があってとっても迷ったわ。」
これ以上は照れくさくてイザベルへ話を向ければ、彼女もいそいそと自分の包みを出して見せてくれた。
私が見ていた時のものとは違って、赤地に白で雪の結晶の柄が入った毛糸のマフラーが出てきた。
小さいのに作りは丁寧で本物そっくりだ。それが人気の理由なんだろうな。
私も自分のクマのセーターを摘んで引っ張ってみた。思っていた以上に丈夫だ。
イザベルの方を見れば、早速淡い金色の犬の首にマフラーを巻いていた。
私も赤いクマを手にとってセーターを着せてみた。紐の部分にクラウスからもらった月のチャームを着けて目の高さまで上げてみる。
「ノア、お揃いね!」
私のクマの横に、灰色のチョッキを着て先程のマフラーを巻いた犬が並ぶ。二体とも同じ金のチャームが付いて光っている。
私はなんだかとても幸せな気分になった。
それで、ぬいぐるみ達を眺めながら、とんっとイザベルの肩に頭を預けた。
5
お気に入りに追加
590
あなたにおすすめの小説
愛すべきマリア
志波 連
恋愛
幼い頃に婚約し、定期的な交流は続けていたものの、互いにこの結婚の意味をよく理解していたため、つかず離れずの穏やかな関係を築いていた。
学園を卒業し、第一王子妃教育も終えたマリアが留学から戻った兄と一緒に参加した夜会で、令嬢たちに囲まれた。
家柄も美貌も優秀さも全て揃っているマリアに嫉妬したレイラに指示された女たちは、彼女に嫌味の礫を投げつける。
早めに帰ろうという兄が呼んでいると知らせを受けたマリアが発見されたのは、王族の居住区に近い階段の下だった。
頭から血を流し、意識を失っている状態のマリアはすぐさま医務室に運ばれるが、意識が戻ることは無かった。
その日から十日、やっと目を覚ましたマリアは精神年齢が大幅に退行し、言葉遣いも仕草も全て三歳児と同レベルになっていたのだ。
体は16歳で心は3歳となってしまったマリアのためにと、兄が婚約の辞退を申し出た。
しかし、初めから結婚に重きを置いていなかった皇太子が「面倒だからこのまま結婚する」と言いだし、予定通りマリアは婚姻式に臨むことになった。
他サイトでも掲載しています。
表紙は写真ACより転載しました。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
【完結】目覚めたら男爵家令息の騎士に食べられていた件
三谷朱花
恋愛
レイーアが目覚めたら横にクーン男爵家の令息でもある騎士のマットが寝ていた。曰く、クーン男爵家では「初めて契った相手と結婚しなくてはいけない」らしい。
※アルファポリスのみの公開です。
初耳なのですが…、本当ですか?
あおくん
恋愛
侯爵令嬢の次女として、父親の仕事を手伝ったり、邸の管理をしたりと忙しくしているアニーに公爵家から婚約の申し込みが来た!
でも実際に公爵家に訪れると、異世界から来たという少女が婚約者の隣に立っていて…。
伝える前に振られてしまった私の恋
メカ喜楽直人
恋愛
母に連れられて行った王妃様とのお茶会の席を、ひとり抜け出したアーリーンは、幼馴染みと友人たちが歓談する場に出くわす。
そこで、ひとりの令息が婚約をしたのだと話し出した。
【完結】私が王太子殿下のお茶会に誘われたからって、今更あわてても遅いんだからね
江崎美彩
恋愛
王太子殿下の婚約者候補を探すために開かれていると噂されるお茶会に招待された、伯爵令嬢のミンディ・ハーミング。
幼馴染のブライアンが好きなのに、当のブライアンは「ミンディみたいなじゃじゃ馬がお茶会に出ても恥をかくだけだ」なんて揶揄うばかり。
「私が王太子殿下のお茶会に誘われたからって、今更あわてても遅いんだからね! 王太子殿下に見染められても知らないんだから!」
ミンディはブライアンに告げ、お茶会に向かう……
〜登場人物〜
ミンディ・ハーミング
元気が取り柄の伯爵令嬢。
幼馴染のブライアンに揶揄われてばかりだが、ブライアンが自分にだけ向けるクシャクシャな笑顔が大好き。
ブライアン・ケイリー
ミンディの幼馴染の伯爵家嫡男。
天邪鬼な性格で、ミンディの事を揶揄ってばかりいる。
ベリンダ・ケイリー
ブライアンの年子の妹。
ミンディとブライアンの良き理解者。
王太子殿下
婚約者が決まらない事に対して色々な噂を立てられている。
『小説家になろう』にも投稿しています
【完結】竜騎士の私は竜の番になりました!
胡蝶花れん
ファンタジー
ここは、アルス・アーツ大陸。
主に5大国家から成り立つ大陸である。
この世界は、人間、亜人(獣に変身することができる。)、エルフ、ドワーフ、魔獣、魔女、魔人、竜などの、いろんな種族がおり、また魔法が当たり前のように使える世界でもあった。
この物語の舞台はその5大国家の内の一つ、竜騎士発祥の地となるフェリス王国から始まる、王国初の女竜騎士の物語となる。
かくして、竜に番(つがい)認定されてしまった『氷の人形』と呼ばれる初の女竜騎士と竜の恋模様はこれいかに?! 竜の番の意味とは?恋愛要素含むファンタジーモノです。
※毎日更新(平日)しています!(年末年始はお休みです!)
※1話当たり、1200~2000文字前後です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる