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第二章 ノア

10、公爵邸のお茶会は男装可です。

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 「聞いてよ、ノア!昨日はなんとびっくり鶏が道路に溢れてたのよ!」
 
 今朝も親友のイザベルが開口一番に昨日のデートの話をしてきた。
 あれだけ年下の婚約者に怯んでいたのに吹っ切れた途端、幼馴染の気安さか、のびのびとデートをしてはその内容を報告してくる。
 
 彼女は城の第一騎士団長の娘らしく、背が高く丈夫そうな体格で令嬢として美人とは言い難い。しかし、それを上回る優しさと気遣いで一緒にいると穏やかで温かい気持ちになれる。
 
 私が男だったら絶対に彼女を妻にしたい。あんなゲラルトのろくでなしにやるなんてとんでもない!と思って日々彼女に愛を訴えていたのだが、同性の哀しさで相手にしてもらえず。
 
 そうこうしているうちに結婚準備まで始まりポツポツと彼女がその話をするのだが、彼女も乗り気でないのは丸わかりだった。
 
 最初の婚約者への憧れが強すぎて、彼の為ならとクズゲラルトと結婚しようとしている彼女に苛立っていたところ、急転直下、ゲラルトに婚約破棄され、瞬く間に七つも年下の新しい婚約者が現れた。
 
 私以上に彼女を慕っているらしいその少年にイザベルを託していいものか、まだ調査中だ。
 
 
 「今度は鶏か。先週の掏摸よりは安全だな。」
 「まあ、ノア。鶏って意外と凶暴なのよ?私の持っていたパン目掛けて飛んできたんだから!」
 「相変わらず、君たちのデートはハプニング満載なのだな。」
 
 どうも彼女の新しい婚約者は街を歩けば事件にあたるという曰く付きの人間らしく、いつも普通のデートにならないらしい。
 
 「もう慣れちゃったわ。大体いつもパットがなんとかしちゃうし、私の出番はないのよねえ。」
 「君は掏摸や鶏相手に一体何をする気だったんだ?」
 「・・・そりゃ何も出来ないけど!私の方がお姉さんなんだから、こう頼れるところを見せとかないと。」
 「いや、聞いている限りだと君の婚約者の方が頼れるようだが。」
 「やっぱり?もー、七歳も下のパットに負けるだなんて昔は思いもしなかったわ。」
 
 そう言いながらもイザベルの顔が綻んだ。
 『恋愛感情は全くないの、姉弟のような感じよ。』と口癖のように言っているが、あと五年もすれば愛か恋が芽生えるだろうと睨んでいる。
 
 昨日の何かを思い出したか、楽しそうな笑顔を浮かべたイザベルが唐突に手を合わせて音をたてた。
 
 「あ、そうだ!ノア、今度一緒にハーフェルト公爵邸のお茶会に行ってくれない?」
 
 私は片眉を上げて彼女を見返す。
 突然、何の話だ?
 
 「イザベル。君はともかく、私には公爵邸のお茶会に行く理由がない。」
 「ええと、すごく私的な内輪のお茶会だから、よかったらお友達も連れていらっしゃいっておば様が誘って下さったの。」
 
 おば様、というのは婚約者のパトリック・ハーフェルトの母親である公爵夫人のことだろう。彼女は珍しい灰色の髪と目とともに、夫に溺愛されていることで有名だ。
 
 うーん、かの有名なハーフェルト公爵夫妻を間近に見ることが出来る一生に一度のチャンスではあるが・・・。
 
 どうしても無理だ、と断る前にイザベルが両手を握り締めて懇願してきた。
 
 「ごく内輪のお茶会といっても、パットの婚約者として出席するのは初めてなの。だから不安で・・・ノアが一緒にいてくれたら心強いと思うのよ。あのね、男装でもいいって言われてるから、お願い一緒に来て!」
 
 「イザベル・・・それは端から私を連れて行く気で許可をとってきたな?」
 「『お友達』って言われて一番に思い浮かぶのは貴方しかいないもの。おば様もご友人のご夫人方も優しいから男装でも全然大丈夫!あ、じゃあ私も男装で行くわ!」
 「わかった、一緒に行こう。ただし、君はドレスで、だ。お互い着慣れた服のほうがいいだろう。」
 
 胸の前で両手を上げて降参する。イザベルにここまで頼まれて断れる訳がない。
 
 私はとにかくあの動きにくいドレスを着たくないだけで男装で行けるなら何の問題もない。
 
 それにこの国一番のハーフェルト公爵邸なんて滅多入れる場所じゃないし、お茶会なんて呼ばれるだけでステータスになる。一度くらい行ってみたいじゃないか。
 
 ■■
 
 「ええっ?!ノアがハーフェルト公爵家のお茶会に招待されたーー?!嘘だろ?」
 「シュテファン、本当だ。」
 「ノア、僕の目を見て答えるんだ。本当に、本当なのか?うちと公爵家とは派閥も違うし何の縁もないのに一体どうして。」
 「ベネディクト兄様、これが招待状です。今回は正式なものではなく、内輪の小さなお茶会だそうです。」
 
 我が家での夕食時に、次の休日にハーフェルト公爵家のお茶会に行くと兄と弟に告げれば二人が腰を抜かした。
 
 確かにうちとあの家はまったく関わりがなく、お茶会に招待されるなどということは一生ないはずであったのだが。
 
 「実は親しくしている友人がハーフェルト公爵家の次男と婚約しまして、その縁で招待されたのです。」
 
 うちの兄弟は全員母譲りの真っ直ぐな黒髪で、目の色だけ違う。兄と弟は父譲りの青だ。よって家族が集まると全体的に黒い。
 
 サラサラの黒い長髪を揺らしながら、招待状を裏返したり透かしたりして真贋を確かめている兄に説明すれば、それを聞いたピンピンはねる短髪でガサツな所がある弟が首をひねった。
 
 「ええ?友達ってノアと同い年だろ。あの次男とは随分年が離れてないか?」
 「うむ。七つ下だそうだ。」
 「マジか!えー俺は七歳も上の婚約者なんて嫌だぜ。あの次男なら選び放題だろうになんでわざわざそんな年上。」
 「パトリック・ハーフェルト殿はシュテファンと違う考えなのだろう。私のイザベルを選ぶとはお前と違って大変にお目が高い。」
 
 一つ下の弟のシュテファンは私を呼び捨てにし姉として敬わない。それはお互い様なのでいいのだが、自分目線の考えで他人の行動をとやかく言うところは直さねばならないだろう。
 
 「それにしても婚約者の友人を招くとはあまり聞かないけど。」
 「イザベルが一人で行くのは心細いそうです。」
 「そんな理由で?!」
 「と、私は聞きましたが。」
 「うーん、そうか。うちみたいな小さな子爵家ではわからないことがあるのだろう。だが、何を着て行くつもりだ?お前はドレスを一枚も持ってないじゃないか!どうするんだ!?もうすぐ社交界に出るのだからやはり作らねば!」
 
 慌てふためく兄のベネディクトを視線だけで宥め、私は大きな声ではっきりと言う。
 
 「それも大丈夫です。私はいつもの男装で行ってもいいと向こうの了承を得ているそうです。」
 
 これには兄も弟も顎が落ちた。
 
 「嘘だろ?ノア、男装でハーフェルト公爵家のお茶会に行く気なのかよ?!本気か?!」
 「イザベルが許可をとってくれている。」
 「本当にどうなっているんだ!?しかし、それじゃあ、お前が笑いものになるんじゃないか?」
 「さあ、それは行ってみなければわかりませんが。」
 
 イザベルの話を聞く限り、それはない気がする。
 
 「やはり、ドレスを着たほうが。」
 「嫌です!あんな動きにくい物は絶対に着ません。それに兄様やシュテファンと同じものを着ていればドレス代が浮くじゃないですか。うちはお金がないのですからそこは節約しないと。」
 
 私の強硬な拒否にいつものように兄が悄げた。
 
 「かわいい妹にドレスの一枚も作ってやれないとは。」
 「着たくないので問題ないです。なのでそれについて兄様はまったく気にしなくて構いません。」
 「死ぬまでに一度でいいからお前のドレス姿がみたい。」
 「・・・残念ですが、無理かと。」
 「ううう・・・。」
 
 母は結婚した時に男を二人産めば自由にしていいと言われたそうで、二人目の私が女で大層がっかりし、ドレスなんてお金がもったいないと兄のお下がりを着せて育てた。
 
 おかげで男装の快適さと動き易さに慣れた私は、ドレスを着たいと全く思わない。
 
 生まれた時からずっと男装の令嬢として生きてきた。今更ドレスなんていう恐ろしく窮屈そうなものを着る気にはならない。
 
 母が自由になるために執念で産んだ弟とも身長が同じになった頃から服を共有している。
 
 おかげで私は着るものに困らない。
 
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