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番外編1、甘える
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ある休日の午後、読んでおきたい本があったので、私は自室のベッドに転がって読書に勤しんでいた。
パラパラ。ころころ。
狭いベッド内を転がりながら、頁を捲るが頭に入ってこない。それでもしばらく読む努力をしていたが、どうにも集中力が続かず、本を閉じた。ついでに目も閉じてじっと横たわってみた。
扉の向こうからかすかにルキウスが動き回る音が聞こえてくる。彼は今、何をしているのだろうか。
なにか手伝おうかな?私が行ったら邪魔かな。
少し迷ったが、会いたい気持ちが勝った。さっきまで一緒にごはんを食べていたのに、もう、寂しい。ぽんっとベッドから降りると扉まで行き、そっと開けてその隙間から居間を伺う。
無人だった。どうやら彼も自分の部屋に行ってしまったらしい。
うーん、この会いたくなった気持ちをどうしたらいいのやら。思い切って部屋まで押しかけてみようか?
以前は彼が部屋にいるときは近寄らないようにしていたが、最近は彼の部屋で一緒に寝ているので、あの部屋は私の寝室でもあるわけで。訪ねるハードルは低くなっている、はず。勇気を出してノックすると、直ぐに彼が出てきて意外そうな顔をした。
「ラシェル?どうした?なんかあったか?」
恋人になって、ついぽろりとルキウスが髪をおろしている姿が好きと言ってしまってから、彼は休日結わずにいることが多くなった。今も白金の長い髪がふわふわと彼の背中で揺れている。
髪に、触りたいな。いやいや、そうじゃなくて。貴方に会いに来ただけなんだけど、と言おうとして固まる。
この台詞、家の中で言うの恥ずかしくない? 外でも言いづらいけど一緒に住んでる人に家の中で伝えていいことなの?!
わざわざ部屋に訪ねてきたくせに、私が話さないものだから彼が不審に思って顔を覗き込んでくる。
「ラシェル? なにか言いづらいことがあるのか? 遠慮はしなくてもいいぞ。」
その言葉に、以前彼が言ってくれたことを思い出した。あれを、今ここで使うべきなのでは。
「あの、甘えてもいいですか?!」
一瞬、ルキウスの目が丸くなり、すぐに極上の優しい笑顔とともに両手を広げて、どうぞ、と言ってくれる。
私はその言葉に甘えて彼にぎゅっと抱きついた。
■■
先日、初めてラシェルが『甘えていいですか』と部屋に来た時、あまりのかわいさと幸福感に昇天しかけた。彼女の方から抱きついてくるなんて、毎朝キスとセットでしてくれるのを除けば、年に一度もない。しかも、あれは俺からのお願いを彼女が律儀に実践してくれているだけで、キスも未だに頬止まりだ。次に何かしでかしてくれたら、唇にしてくれるようお願いしようかな。
いや、彼女の失敗につけ込もうという考えは宜しくない。
首を振って、邪な考えを払うと、俺は手元の本に目を落とした。
・・・駄目だ、頭に入ってこない。
何か飲み物を淹れておやつも用意して、それを口実にラシェルをお茶に誘ってみようかな。今、家の中にある菓子を思い浮かべながらどのお茶にするか考えていたら、台所の方から激しい破壊音がした。 続けて「あっつーい!」とか「痛いっ!」という小さな悲鳴も聞こえてきて、俺は考える間もなく台所へ転移した。
「ル、ルキウス?! えっ、今転移して来なかった?! 何で?」
予想通り台所は割れた食器が散らばり、火にかかった鍋からは煙が出ていて、そこに立ち尽くしている恋人の手からは大量に血が流れているという、しっちゃかめっちゃかな状態になっていた。
「ラシェル!手を見せてみろ!」
彼女の疑問に答えるのは後回しにして、まず火を止め、血が出ている彼女の手を掴み、傷を確認する。割れた食器で切ったのか、ぱっくり開いているわ、火傷もしたのか赤く腫れているわ、怪我は一つではなかった。
「一体、何をしたらこうなるんだ!・・・いや、すまん。怒ってはいないんだ、心配しているだけで。ラシェル、頼むから怪我は程々にしてくれ。料理の度にこうやって怪我をされては俺の心臓がもたない。」
思わず声を荒げてしまい、悲しそうな顔をした彼女に慌てて謝る。
それにしてもどうして彼女が台所に立つ度にこの惨状が繰り返されるのだろう・・・。
「ごめんなさい。」
本人も自覚があるのだろう、いつものようにしょげかえっている。やる気はあるのに、こと料理に関してだけは災害レベルに向いていない。
「いや、すまない。俺も動揺し過ぎた。痛いだろう。とりあえず今は俺が治すけど念の為、明日医者に診てもらおう。」
「いいよ、自分で治す。」
「いいから黙って治されてろ。」
問答無用で俺の手の中の細い手をそっと撫でて治癒魔法をかける。たちまち火傷も傷も消え、柔らかい手のひらに戻った。
ほっと息をついて、そのまま全てから彼女を守るように抱き寄せた。こうやってずっとずっと腕の中に入れておけたら安心出来るのに。叶わぬ願いを抱いて彼女の頭に口付ける。このまま甘い雰囲気に持っていこうと思ったのに、彼女は俺の腕にちょこんと両手を乗せ俺の背後を興味深げに眺めている。
「うーん、相変わらずルキウスの時間魔術はすごいわね。」
彼女を抱きしめたまま、周囲に散らばる割れた食器を魔術で元に戻していたら、彼女の意識がそちらに持っていかれてしまったようだ。
「それはラシェルがこうやって練習させてくれるからだろ。」
「あっひどい!私だってわざとじゃないし、自分でも出来るのに!」
「それはそうだけど、お前は毎度怪我してるだろ。」
「ルキウスが治してくれたから、もう大丈夫だよ。ほら。」
ラシェルが言い終わらないうちに鍋が元に戻る。
「でも、この魔術、禁術解除されても魔力消費量が多くておいそれと使えないんだけど・・・。」
そう言いながら疲れたのか、すりっと頭を擦り寄せて来るのが嬉しい。最近、ちょこちょここうやって甘えてくることが増えて、その度に心臓がきゅっとなる。本当に可愛くてたまらないと腕に力を込めつつ、ふと戻った鍋を見た俺は驚愕した。
「ラ、ラシェル・・・お前は一体何を作ろうとしたんだ・・・?」
「え?前に作ってもらって美味しかったハニージンジャーティーだけど?」
俺の声に鍋を振り返った彼女はあっけらかんと言い放った。
俺は恐怖のあまりゴクリと喉を鳴らす。
あれが・・・? ハニージンジャーティーになるはずだったと?
「鍋いっぱいに入っているのは・・・?」
「ハチミツ」
「じゃあ、ハチミツの中にどんと沈んでいるアレは・・・?」
「生姜」
「他には何か入れたのか?」
「他には何も?」
とろりとした鍋いっぱいのハチミツの中に塊のまま沈んでいる生姜に涙を禁じ得ない。生姜、色々使い道があったのに。まさかのハチミツ漬けにされてしまうとは。
「・・・ラシェル、一緒に作り直そうか。」
「うん。本当は一人で作って驚かせて、一緒にお茶をしようと思ってたのになあ。」
「俺もちょうど一緒にお茶をしようと思っていたからいいんだ。できればこれからもお茶がしたくなったら、いや、台所に立つ時は俺に声を掛けてくれ。頼む!」
いろんな意味で俺の心臓がもたないから!
パラパラ。ころころ。
狭いベッド内を転がりながら、頁を捲るが頭に入ってこない。それでもしばらく読む努力をしていたが、どうにも集中力が続かず、本を閉じた。ついでに目も閉じてじっと横たわってみた。
扉の向こうからかすかにルキウスが動き回る音が聞こえてくる。彼は今、何をしているのだろうか。
なにか手伝おうかな?私が行ったら邪魔かな。
少し迷ったが、会いたい気持ちが勝った。さっきまで一緒にごはんを食べていたのに、もう、寂しい。ぽんっとベッドから降りると扉まで行き、そっと開けてその隙間から居間を伺う。
無人だった。どうやら彼も自分の部屋に行ってしまったらしい。
うーん、この会いたくなった気持ちをどうしたらいいのやら。思い切って部屋まで押しかけてみようか?
以前は彼が部屋にいるときは近寄らないようにしていたが、最近は彼の部屋で一緒に寝ているので、あの部屋は私の寝室でもあるわけで。訪ねるハードルは低くなっている、はず。勇気を出してノックすると、直ぐに彼が出てきて意外そうな顔をした。
「ラシェル?どうした?なんかあったか?」
恋人になって、ついぽろりとルキウスが髪をおろしている姿が好きと言ってしまってから、彼は休日結わずにいることが多くなった。今も白金の長い髪がふわふわと彼の背中で揺れている。
髪に、触りたいな。いやいや、そうじゃなくて。貴方に会いに来ただけなんだけど、と言おうとして固まる。
この台詞、家の中で言うの恥ずかしくない? 外でも言いづらいけど一緒に住んでる人に家の中で伝えていいことなの?!
わざわざ部屋に訪ねてきたくせに、私が話さないものだから彼が不審に思って顔を覗き込んでくる。
「ラシェル? なにか言いづらいことがあるのか? 遠慮はしなくてもいいぞ。」
その言葉に、以前彼が言ってくれたことを思い出した。あれを、今ここで使うべきなのでは。
「あの、甘えてもいいですか?!」
一瞬、ルキウスの目が丸くなり、すぐに極上の優しい笑顔とともに両手を広げて、どうぞ、と言ってくれる。
私はその言葉に甘えて彼にぎゅっと抱きついた。
■■
先日、初めてラシェルが『甘えていいですか』と部屋に来た時、あまりのかわいさと幸福感に昇天しかけた。彼女の方から抱きついてくるなんて、毎朝キスとセットでしてくれるのを除けば、年に一度もない。しかも、あれは俺からのお願いを彼女が律儀に実践してくれているだけで、キスも未だに頬止まりだ。次に何かしでかしてくれたら、唇にしてくれるようお願いしようかな。
いや、彼女の失敗につけ込もうという考えは宜しくない。
首を振って、邪な考えを払うと、俺は手元の本に目を落とした。
・・・駄目だ、頭に入ってこない。
何か飲み物を淹れておやつも用意して、それを口実にラシェルをお茶に誘ってみようかな。今、家の中にある菓子を思い浮かべながらどのお茶にするか考えていたら、台所の方から激しい破壊音がした。 続けて「あっつーい!」とか「痛いっ!」という小さな悲鳴も聞こえてきて、俺は考える間もなく台所へ転移した。
「ル、ルキウス?! えっ、今転移して来なかった?! 何で?」
予想通り台所は割れた食器が散らばり、火にかかった鍋からは煙が出ていて、そこに立ち尽くしている恋人の手からは大量に血が流れているという、しっちゃかめっちゃかな状態になっていた。
「ラシェル!手を見せてみろ!」
彼女の疑問に答えるのは後回しにして、まず火を止め、血が出ている彼女の手を掴み、傷を確認する。割れた食器で切ったのか、ぱっくり開いているわ、火傷もしたのか赤く腫れているわ、怪我は一つではなかった。
「一体、何をしたらこうなるんだ!・・・いや、すまん。怒ってはいないんだ、心配しているだけで。ラシェル、頼むから怪我は程々にしてくれ。料理の度にこうやって怪我をされては俺の心臓がもたない。」
思わず声を荒げてしまい、悲しそうな顔をした彼女に慌てて謝る。
それにしてもどうして彼女が台所に立つ度にこの惨状が繰り返されるのだろう・・・。
「ごめんなさい。」
本人も自覚があるのだろう、いつものようにしょげかえっている。やる気はあるのに、こと料理に関してだけは災害レベルに向いていない。
「いや、すまない。俺も動揺し過ぎた。痛いだろう。とりあえず今は俺が治すけど念の為、明日医者に診てもらおう。」
「いいよ、自分で治す。」
「いいから黙って治されてろ。」
問答無用で俺の手の中の細い手をそっと撫でて治癒魔法をかける。たちまち火傷も傷も消え、柔らかい手のひらに戻った。
ほっと息をついて、そのまま全てから彼女を守るように抱き寄せた。こうやってずっとずっと腕の中に入れておけたら安心出来るのに。叶わぬ願いを抱いて彼女の頭に口付ける。このまま甘い雰囲気に持っていこうと思ったのに、彼女は俺の腕にちょこんと両手を乗せ俺の背後を興味深げに眺めている。
「うーん、相変わらずルキウスの時間魔術はすごいわね。」
彼女を抱きしめたまま、周囲に散らばる割れた食器を魔術で元に戻していたら、彼女の意識がそちらに持っていかれてしまったようだ。
「それはラシェルがこうやって練習させてくれるからだろ。」
「あっひどい!私だってわざとじゃないし、自分でも出来るのに!」
「それはそうだけど、お前は毎度怪我してるだろ。」
「ルキウスが治してくれたから、もう大丈夫だよ。ほら。」
ラシェルが言い終わらないうちに鍋が元に戻る。
「でも、この魔術、禁術解除されても魔力消費量が多くておいそれと使えないんだけど・・・。」
そう言いながら疲れたのか、すりっと頭を擦り寄せて来るのが嬉しい。最近、ちょこちょここうやって甘えてくることが増えて、その度に心臓がきゅっとなる。本当に可愛くてたまらないと腕に力を込めつつ、ふと戻った鍋を見た俺は驚愕した。
「ラ、ラシェル・・・お前は一体何を作ろうとしたんだ・・・?」
「え?前に作ってもらって美味しかったハニージンジャーティーだけど?」
俺の声に鍋を振り返った彼女はあっけらかんと言い放った。
俺は恐怖のあまりゴクリと喉を鳴らす。
あれが・・・? ハニージンジャーティーになるはずだったと?
「鍋いっぱいに入っているのは・・・?」
「ハチミツ」
「じゃあ、ハチミツの中にどんと沈んでいるアレは・・・?」
「生姜」
「他には何か入れたのか?」
「他には何も?」
とろりとした鍋いっぱいのハチミツの中に塊のまま沈んでいる生姜に涙を禁じ得ない。生姜、色々使い道があったのに。まさかのハチミツ漬けにされてしまうとは。
「・・・ラシェル、一緒に作り直そうか。」
「うん。本当は一人で作って驚かせて、一緒にお茶をしようと思ってたのになあ。」
「俺もちょうど一緒にお茶をしようと思っていたからいいんだ。できればこれからもお茶がしたくなったら、いや、台所に立つ時は俺に声を掛けてくれ。頼む!」
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