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21、聖獣
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「痛ったあ。」
何が起こったかわからないまま吹き飛ばされ、壁に叩きつけられた私は、それでもルキウスの保護魔術のおかげで怪我はなかった。起き上がって周りを確認すると、惨憺たる有様だった。隣にいたアンヌさんも叩きつけられて気を失っており、向こう側にレオさんが同じように倒れている。クロードは、と目線を動かした私は床にうずくまる彼と、その横に虎のようでそれよりずっと大きな生き物を認めて戦慄した。白にも見える銀色の長い毛並み、大きな金色の目、大きな牙のある口から息をする度に零れる真っ赤な炎。
「聖獣・・・?」
その生き物は私が古文書の記述から想像していたより、とても神々しく、どこのものでもない圧倒的な力に溢れていて、身体が震えるほどの恐怖を感じた。
こんな生き物を兵器にしようと考えるなんてそりゃ天罰が下るでしょうよ。
そんなことを考えた古代の人に怒りを覚えつつ、今何をすべきか考える。聖獣は、今は突然の召喚に戸惑っているのか、その場で荒い息をしているだけだ。だが、一度攻撃に転じれば私には太刀打ちできないだろう。なぜなら白銀の聖獣は炎と風の力の持ち主で攻撃に特化されている。本気で攻撃されたらどんなに強力な保護魔術でも数分しか持たない。
聖獣が戸惑っている間になんとかしなければ。
まずは安全確保と倒れている人達の救出と治療だ。呼び出した黒檀の杖を振り、私以外の三人に一番強力な保護魔術をかける。ついでに散らかっている古文書も纏めて保護する。それから、一番危なそうなところにいるクロードに杖を向けて隣のアンヌさんの側へ転移させる。
「?・・・いつもより魔力が消費される? それになんか重力を感じる・・・。」
立て続けに魔術を使って違和感を感じ、呆然と呟くと、横に転移させたクロードが苦しそうに答えてくれた。
「君、城内で許可されてない魔術使ったでしょ。魔力が二倍消費されてるよ。僕が代わってあげられたらいいんだけど、情けないことに本に魔力を殆ど吸い取られてほぼ空なんだ。うかつだった、とんでもない魔術が掛かってたよ。」
そういえば、ここ城内で、不許可の魔術を使うと魔力を二倍消費して体が重くなって処罰されるんだっけ? このまま使い続けたら、いくら私でも魔力切れになるかもしれない。
でも、それがどうした!
私は顔を上げ、聖獣を睨みつけると、杖を振り上げ、身体にかかってくる重さは無視で、レオさんを側に転移させ、三人纏めて治癒を掛ける。
「二倍消費と聞いても全く躊躇しないなんて、君、意外と無鉄砲だね。」
身体が楽になったのかクロードが少し笑う。
「私は今朝ルキウスの作ってくれた美味しいご飯を食べて、歩いて出勤したから魔力が減っていないのよ! 二倍で減るからって、今ここでけちってどうなるって言うの?! 使うに決まってるわよ!」
その時、聞き慣れない咆哮とともに、高温の攻撃用の真っ白い炎が私達の反対側の壁に向かって吹き付けられた。一瞬で壁が崩壊し、外が見えた。ここは一階なので外の木や芝生が燃えて炭化していた。人が誰もいなかったことは、不幸中の幸いだった。
すごい威力。あれ、まともにくらったら保護魔術が掛かってても死ぬかな? いや、と心の中だけで首を振った。死ぬわけにはいかない。きっとこの騒ぎを聞きつけて、誰かが来てくれるだろう。その間だけ抑えておければ良いはずだ。攻撃は最大の防御なりとは言うけれど、苦手な攻撃魔術でなんとかできるとは思わない。ここは消極的に拘束魔術か?
「私、拘束魔術は試験以外で使ったことないのよね。」
私がぼそっと漏らした一言に、起き上がったレオさんが
「ぼくが手伝おう。」
と言って杖に手を添えてくれた。私の魔術の足りないところを補ってくれるようだ。大変ありがたい。
アンヌさんが、
「多分あれは兵器として作り出されて、結局手に負えなくて封印されたうちの一体だと思うわ。各地の神殿で守られていた筈なのに、何故古文書に混ざっていたのかしら。確か、その聖獣の攻撃は強力だけど、欠点として力を溜めるのに時間がかかるから、今のうちだわ。」
と教えてくれる。
ありがたいことに聖獣は、立て続けに攻撃はできないようだ。
「聖獣を止めるなら首の辺りを中心に狙ってかけるといいみたいですよ。それから、攻撃は多分炎と風が順番だから次は風系だと思いますよ。」
クロードがコントロールを担うレオさんに助言する。皆、聖獣の知識ばかり増やしてきたのでそれを活かす時だ。
「レオさん、行きますよ!」
私が放った拘束魔術を杖を通してレオさんがコントロールしてうまく聖獣の首に放つ。聖獣は拘束される寸前に危険を感じたのか、こちらに向けて先ほどと同じ攻撃を仕掛けてきた。私は向かってくる烈風を認めるとレオさんを突き飛ばし、三人の前に防御壁を増やす。自分はルキウスの保護魔術があるから大丈夫と、ここで、自分を防御する魔力をけちった。
ぱんっ
という乾いた音とともに、私を守っていた保護魔術が消え、激しい痛みが襲ってきた。流石にルキウスの強力な保護魔術も限度を超えたらしい。最初、壁に叩きつけられた時に大分やられていたんだろう。自分の分をけちった私のミスだ。
それでも避けたつもりだっだが、左頬にかすったようで、肉がえぐれて血がぼたぼた落ちてくる。
大丈夫、これくらいで、死にはしない。
今、治癒している余裕はないのでそのままにして、私は杖を床に突き立て、拘束魔術を完成させる。聖獣はさらに少し暴れたが、なんとか拘束することに成功した。拘束魔術はずっと魔力を使って押さえつけているものだから、私は術を維持するため杖を両手でしっかり握り直す。傷から流れる血がローブに染み込み、左肩がぐっしょり濡れて気持ち悪い。
「ラシェル、済まないが今はこれでせいいっぱいだ。」
クロードが残りの魔力を使って、治癒をかけてくれ頬から血が流れ落ちるのは止まった。応急手当なので、傷はふさがっておらず、空気に触れて痛い。でも血が減らない分、楽になった。
「十分だよ、ありがとう、クロード。」
レオさんもクロードももう魔力はない。これで、私以外、術をかけられる人がいなくなった。実は先程からひっそり、ルキウスがきてくれるんじゃないかと思っている。彼はいつでも呼んでくれたら行くからとよく言ってくれているけど、さすがに彼一人に聖獣をなんとかしろというのは無茶なんじゃないかと思うし、彼が怪我するのも嫌だ。だから私から助けてと呼びたくはない。でも、彼なら、私が呼ばずとも、この状況が伝われば対策を整えて来てくれるはずだ。今ここに来ていないということは、聖獣に対抗する準備を整えているか、気がついてないかのどちらかだ。
後者だった場合は、まあ、自分でなんとかしよう。
私は深呼吸して、自分を落ち着かせると、何度かルキウスと練習したことを思い出しながら、自分の魔力残量を調べる。倍で消費される分、凄い早さで量が減っていくのが見えた。もう魔力の残りが半分を切ろうとしている。このまま、誰も来てくれなかった場合、どうするのが最善か。
魔術が使えるのは私だけ。
私には聖獣を倒したり、封印し直すことはできない。
レオさん達だけ安全な場所に転移させる?安全なとこって何処?ここに聖獣がいる限り、都も安全とは言い難いよね。それにここに聖獣を置いておいたら、ルキウス達にも危害を加えるわよね。
じゃあ、私が聖獣と何処か遠くに行くってのはどうかしら?人がいない山奥とか、秘境とか砂漠とか? でも、転移した後はどうすればいいの? 聖獣をそのまま置いてくるわけにはいかないわよねえ。まあ、周りに誰もいないなら昔、本で読んだ古代の攻撃魔術使っても怒られないわよね?!
あれ今の私が使ったら、命と引き換えになるかもしれないけど。仕方ない。
聖獣を見つめたまま、私は隣のレオさんに聞く。
「レオさん、もし助けが来なかった場合、私の魔力が一割になるか、聖獣が拘束を破った時点で、誰もいない砂漠かどっかに転移しますね。今直ぐ行けばいいのでしょうが、もう少しだけこのままで救援を待ってみてもいいですか?」
私だって早々、死にたくはない。
三人が息を呑んだのがわかったが、これ以外にいい案が私には思いつかない。
「君、それは、無茶苦茶だよ。」
「では、他にどうすればいいんですか?」
聞き返すとクロードは黙った。彼にもいい案がないんだろう。
「ラシェル、まあ、そう早まらないで。これだけ大きな穴が開いてるわけだし、直ぐに誰か来てくれるだろう。ところで君、後どれくらい魔力が残っているんだ?」
「五割を切ったところですかね。さすがに二倍速で減るのはきついです。」
身体も重いし、散々だわ。とぼやくとレオさんが驚嘆する。
「まだ、そんなに残っているのか! Sランクの魔力っていうのは驚異的だね。ずっと不思議に思っていたんだが、聖獣が召喚された本、ぼくが触れても発動しなかっただろう? あれはやはり魔力が一定以上ある人が触れると発動する仕掛けになっていたんだと思うんだ。」
「ああ、それで僕が持った途端に召喚魔術が作動したわけですね。」
「クロード、どんな古代魔術文字が記されていたか、覚えてない?」
「僕が頁をめくった途端、光ったからわからないよ。」
「本、きっと粉々に吹っ飛びましたよねえ?」
「いや、ぼくには本自体が聖獣に変化したようにも思えるが。」
「貴方方、話すべきは今どうするかであって、そんなことは無事に生きて帰れてからゆっくりお話すればいいのでは?」
アンヌさんの低い声が聞えて、レオさんとクロードと私は首をすくめた。つい、興味の方向に走ってしまう我々の悪い癖だ。
「これだけ大事になっているのに、誰も来ないっていうのはどういうことかしら。」
続けてアンヌさんが不安そうに呟く。確かに建物の壁が崩れているし、図書館内にも人はいたはずなのに、誰も来ないとはどういうことだろう。
もしや、端から聖獣が現れることがわかっていて皆避難済み、とか・・・? そういや、伝言役もさっさと帰っていったわね。
他の三人も同じことに思い至ったのか、青ざめる。
「もしや、僕達、生贄的な位置づけ?」
クロードがぽろりとこぼした一言に沈黙が落ちた。
「いや、現王は他国に比べて弱いこの国の兵力に不満を持ち、昔のように聖獣を兵器として使い、他国を従わせたいと思っているという噂を小耳に挟んだことがある。我々は生贄というより、実験に使われたというのが正しいのではないかと。」
「どちらでも同じです!私達、どうなるの?!生きて帰れるの?!」
アンヌさんの悲鳴が部屋に響き渡ったが、誰も答えられなかった。
何が起こったかわからないまま吹き飛ばされ、壁に叩きつけられた私は、それでもルキウスの保護魔術のおかげで怪我はなかった。起き上がって周りを確認すると、惨憺たる有様だった。隣にいたアンヌさんも叩きつけられて気を失っており、向こう側にレオさんが同じように倒れている。クロードは、と目線を動かした私は床にうずくまる彼と、その横に虎のようでそれよりずっと大きな生き物を認めて戦慄した。白にも見える銀色の長い毛並み、大きな金色の目、大きな牙のある口から息をする度に零れる真っ赤な炎。
「聖獣・・・?」
その生き物は私が古文書の記述から想像していたより、とても神々しく、どこのものでもない圧倒的な力に溢れていて、身体が震えるほどの恐怖を感じた。
こんな生き物を兵器にしようと考えるなんてそりゃ天罰が下るでしょうよ。
そんなことを考えた古代の人に怒りを覚えつつ、今何をすべきか考える。聖獣は、今は突然の召喚に戸惑っているのか、その場で荒い息をしているだけだ。だが、一度攻撃に転じれば私には太刀打ちできないだろう。なぜなら白銀の聖獣は炎と風の力の持ち主で攻撃に特化されている。本気で攻撃されたらどんなに強力な保護魔術でも数分しか持たない。
聖獣が戸惑っている間になんとかしなければ。
まずは安全確保と倒れている人達の救出と治療だ。呼び出した黒檀の杖を振り、私以外の三人に一番強力な保護魔術をかける。ついでに散らかっている古文書も纏めて保護する。それから、一番危なそうなところにいるクロードに杖を向けて隣のアンヌさんの側へ転移させる。
「?・・・いつもより魔力が消費される? それになんか重力を感じる・・・。」
立て続けに魔術を使って違和感を感じ、呆然と呟くと、横に転移させたクロードが苦しそうに答えてくれた。
「君、城内で許可されてない魔術使ったでしょ。魔力が二倍消費されてるよ。僕が代わってあげられたらいいんだけど、情けないことに本に魔力を殆ど吸い取られてほぼ空なんだ。うかつだった、とんでもない魔術が掛かってたよ。」
そういえば、ここ城内で、不許可の魔術を使うと魔力を二倍消費して体が重くなって処罰されるんだっけ? このまま使い続けたら、いくら私でも魔力切れになるかもしれない。
でも、それがどうした!
私は顔を上げ、聖獣を睨みつけると、杖を振り上げ、身体にかかってくる重さは無視で、レオさんを側に転移させ、三人纏めて治癒を掛ける。
「二倍消費と聞いても全く躊躇しないなんて、君、意外と無鉄砲だね。」
身体が楽になったのかクロードが少し笑う。
「私は今朝ルキウスの作ってくれた美味しいご飯を食べて、歩いて出勤したから魔力が減っていないのよ! 二倍で減るからって、今ここでけちってどうなるって言うの?! 使うに決まってるわよ!」
その時、聞き慣れない咆哮とともに、高温の攻撃用の真っ白い炎が私達の反対側の壁に向かって吹き付けられた。一瞬で壁が崩壊し、外が見えた。ここは一階なので外の木や芝生が燃えて炭化していた。人が誰もいなかったことは、不幸中の幸いだった。
すごい威力。あれ、まともにくらったら保護魔術が掛かってても死ぬかな? いや、と心の中だけで首を振った。死ぬわけにはいかない。きっとこの騒ぎを聞きつけて、誰かが来てくれるだろう。その間だけ抑えておければ良いはずだ。攻撃は最大の防御なりとは言うけれど、苦手な攻撃魔術でなんとかできるとは思わない。ここは消極的に拘束魔術か?
「私、拘束魔術は試験以外で使ったことないのよね。」
私がぼそっと漏らした一言に、起き上がったレオさんが
「ぼくが手伝おう。」
と言って杖に手を添えてくれた。私の魔術の足りないところを補ってくれるようだ。大変ありがたい。
アンヌさんが、
「多分あれは兵器として作り出されて、結局手に負えなくて封印されたうちの一体だと思うわ。各地の神殿で守られていた筈なのに、何故古文書に混ざっていたのかしら。確か、その聖獣の攻撃は強力だけど、欠点として力を溜めるのに時間がかかるから、今のうちだわ。」
と教えてくれる。
ありがたいことに聖獣は、立て続けに攻撃はできないようだ。
「聖獣を止めるなら首の辺りを中心に狙ってかけるといいみたいですよ。それから、攻撃は多分炎と風が順番だから次は風系だと思いますよ。」
クロードがコントロールを担うレオさんに助言する。皆、聖獣の知識ばかり増やしてきたのでそれを活かす時だ。
「レオさん、行きますよ!」
私が放った拘束魔術を杖を通してレオさんがコントロールしてうまく聖獣の首に放つ。聖獣は拘束される寸前に危険を感じたのか、こちらに向けて先ほどと同じ攻撃を仕掛けてきた。私は向かってくる烈風を認めるとレオさんを突き飛ばし、三人の前に防御壁を増やす。自分はルキウスの保護魔術があるから大丈夫と、ここで、自分を防御する魔力をけちった。
ぱんっ
という乾いた音とともに、私を守っていた保護魔術が消え、激しい痛みが襲ってきた。流石にルキウスの強力な保護魔術も限度を超えたらしい。最初、壁に叩きつけられた時に大分やられていたんだろう。自分の分をけちった私のミスだ。
それでも避けたつもりだっだが、左頬にかすったようで、肉がえぐれて血がぼたぼた落ちてくる。
大丈夫、これくらいで、死にはしない。
今、治癒している余裕はないのでそのままにして、私は杖を床に突き立て、拘束魔術を完成させる。聖獣はさらに少し暴れたが、なんとか拘束することに成功した。拘束魔術はずっと魔力を使って押さえつけているものだから、私は術を維持するため杖を両手でしっかり握り直す。傷から流れる血がローブに染み込み、左肩がぐっしょり濡れて気持ち悪い。
「ラシェル、済まないが今はこれでせいいっぱいだ。」
クロードが残りの魔力を使って、治癒をかけてくれ頬から血が流れ落ちるのは止まった。応急手当なので、傷はふさがっておらず、空気に触れて痛い。でも血が減らない分、楽になった。
「十分だよ、ありがとう、クロード。」
レオさんもクロードももう魔力はない。これで、私以外、術をかけられる人がいなくなった。実は先程からひっそり、ルキウスがきてくれるんじゃないかと思っている。彼はいつでも呼んでくれたら行くからとよく言ってくれているけど、さすがに彼一人に聖獣をなんとかしろというのは無茶なんじゃないかと思うし、彼が怪我するのも嫌だ。だから私から助けてと呼びたくはない。でも、彼なら、私が呼ばずとも、この状況が伝われば対策を整えて来てくれるはずだ。今ここに来ていないということは、聖獣に対抗する準備を整えているか、気がついてないかのどちらかだ。
後者だった場合は、まあ、自分でなんとかしよう。
私は深呼吸して、自分を落ち着かせると、何度かルキウスと練習したことを思い出しながら、自分の魔力残量を調べる。倍で消費される分、凄い早さで量が減っていくのが見えた。もう魔力の残りが半分を切ろうとしている。このまま、誰も来てくれなかった場合、どうするのが最善か。
魔術が使えるのは私だけ。
私には聖獣を倒したり、封印し直すことはできない。
レオさん達だけ安全な場所に転移させる?安全なとこって何処?ここに聖獣がいる限り、都も安全とは言い難いよね。それにここに聖獣を置いておいたら、ルキウス達にも危害を加えるわよね。
じゃあ、私が聖獣と何処か遠くに行くってのはどうかしら?人がいない山奥とか、秘境とか砂漠とか? でも、転移した後はどうすればいいの? 聖獣をそのまま置いてくるわけにはいかないわよねえ。まあ、周りに誰もいないなら昔、本で読んだ古代の攻撃魔術使っても怒られないわよね?!
あれ今の私が使ったら、命と引き換えになるかもしれないけど。仕方ない。
聖獣を見つめたまま、私は隣のレオさんに聞く。
「レオさん、もし助けが来なかった場合、私の魔力が一割になるか、聖獣が拘束を破った時点で、誰もいない砂漠かどっかに転移しますね。今直ぐ行けばいいのでしょうが、もう少しだけこのままで救援を待ってみてもいいですか?」
私だって早々、死にたくはない。
三人が息を呑んだのがわかったが、これ以外にいい案が私には思いつかない。
「君、それは、無茶苦茶だよ。」
「では、他にどうすればいいんですか?」
聞き返すとクロードは黙った。彼にもいい案がないんだろう。
「ラシェル、まあ、そう早まらないで。これだけ大きな穴が開いてるわけだし、直ぐに誰か来てくれるだろう。ところで君、後どれくらい魔力が残っているんだ?」
「五割を切ったところですかね。さすがに二倍速で減るのはきついです。」
身体も重いし、散々だわ。とぼやくとレオさんが驚嘆する。
「まだ、そんなに残っているのか! Sランクの魔力っていうのは驚異的だね。ずっと不思議に思っていたんだが、聖獣が召喚された本、ぼくが触れても発動しなかっただろう? あれはやはり魔力が一定以上ある人が触れると発動する仕掛けになっていたんだと思うんだ。」
「ああ、それで僕が持った途端に召喚魔術が作動したわけですね。」
「クロード、どんな古代魔術文字が記されていたか、覚えてない?」
「僕が頁をめくった途端、光ったからわからないよ。」
「本、きっと粉々に吹っ飛びましたよねえ?」
「いや、ぼくには本自体が聖獣に変化したようにも思えるが。」
「貴方方、話すべきは今どうするかであって、そんなことは無事に生きて帰れてからゆっくりお話すればいいのでは?」
アンヌさんの低い声が聞えて、レオさんとクロードと私は首をすくめた。つい、興味の方向に走ってしまう我々の悪い癖だ。
「これだけ大事になっているのに、誰も来ないっていうのはどういうことかしら。」
続けてアンヌさんが不安そうに呟く。確かに建物の壁が崩れているし、図書館内にも人はいたはずなのに、誰も来ないとはどういうことだろう。
もしや、端から聖獣が現れることがわかっていて皆避難済み、とか・・・? そういや、伝言役もさっさと帰っていったわね。
他の三人も同じことに思い至ったのか、青ざめる。
「もしや、僕達、生贄的な位置づけ?」
クロードがぽろりとこぼした一言に沈黙が落ちた。
「いや、現王は他国に比べて弱いこの国の兵力に不満を持ち、昔のように聖獣を兵器として使い、他国を従わせたいと思っているという噂を小耳に挟んだことがある。我々は生贄というより、実験に使われたというのが正しいのではないかと。」
「どちらでも同じです!私達、どうなるの?!生きて帰れるの?!」
アンヌさんの悲鳴が部屋に響き渡ったが、誰も答えられなかった。
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