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17、クロード VS ルキウス

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「うわああ、なんっで、ぎりぎりに二人で転移なんだあ!」
「よっしゃ、オレの勝ちだ!」
「まあ、このパターンが一番想像しやすかったわよねえ。」

 研究所に着いた途端、周りから悲鳴だの歓声だのが吹き荒れた。目を丸くする私の横で、ルキウスがぶすっとした表情で騒ぐ所員たちを睨んでいる。

「お前達、賭けてたな?」
「賭けるって何を。」

 呆然としていたら、後ろからテレーズがやってきて私の両肩に手をおいた。

「おはようございます!お二人は晴れてお付き合いを始めたということで、よろしいですか?」
「なな、なんでそんなことを聞くの?!」

 動揺する私を放って、テレーズはルキウスの方を見た。彼はしれっと、まあ、そういうことに。と答えている。なんで公表するの?!
 皆が一斉に拍手してきたけれど、私は喜ばないよ!何この恥ずかし過ぎる状況は!

 テレーズが嬉しそうに頷きながら、賭けの内容を説明する。

「クロードさんの乱入により、所長とラシェルさんがどうなるかを賭けたんですが、全員が二人がくっつくに賭けたので、賭けが成立せず。仕方なく、今朝二人はどうやって出勤してくるか、になったんです。」
「で、俺達がどうやってくると思ってたんだ、皆。」

 所員全員がクロードではなく自分の方に賭けたことが嬉しかったようで、機嫌が良くなった彼は楽しそうに先を促した。それに気を良くして、テレーズは私の肩を揉みながら続ける。

「えっと、確か、二人揃って欠勤、二人で歩いて出勤、ばらばらで出勤、この場合ラシェルさんは転移ですね、最後に二人揃って転移。でしたかね、副所長?」

 呼ばれた副所長が決まり悪そうに、人垣から顔をのぞかせた。ルキウスが所長になると同時に副所長も代わったので、彼も若い。とはいえ、ルキウスより十歳は上のはずだが。濃い金の短髪に鮮やかな赤い瞳で、平均的な身体つきの穏やかな性格の気のいいお兄さん、だと思っていたのだが。まさかの胴元!

「テレーズ、簡単にばらさないでくれよ。やあ、ルキウスおめでとう。嬉しくてたまらないって顔をしているよ。」

副所長の言葉に、私は思わずルキウスの顔を見上げた。彼は、こちらをちらりと見て片手で赤くなった顔を覆い、ぼそぼそと喋った。

「ニコラス、そりゃ、七年越しの想いが叶えば誰でも嬉しいだろ?」
「七年?!」

 私の叫び声に、テレーズが肩に掛けていた手を前に回して後ろから抱きしめて耳元でささやく。

「気づいてなかったの、ラシェルさんだけですよ。私も所長の片思いの長さを知ってからは、お二人の応援に回りましたから。だから、クロードさんがラシェルさんに結婚を申し込んでキスをしたって聞いても、こりゃ、所長とくっつくな、としか思いませんでしたもの。」

 城内はクロードさんとラシェルさんが結婚するって思っているみたいですけど。と続けたテレーズの言葉に私は戦慄した。

 昨日のあれが皆に知られている?!

 嘘でしょ?と思わず胸の前にあるテレーズの手をぎゅっと握りしめると、テレーズが痛いですっと言って腕をのけてしまった。掴まるところがなくなってしまったので、空いた手を彷徨わせながら、近くにいたルネに縋りつく。

「な、なんで、皆知ってるの?あれ、昨日の終業後だったよね?」

 ルネが抱き止めてくれながら、気の毒そうな声で言う。

「ラシェル、謀られたわね。あの時間、あの場所は退勤する人達が結構通るのよ。しかも、相手はあのクロードさんでしょ、目立つわよねえ。夜の間ひたすら伝書便が飛び交っていたわよ。ああいうことに興味がない、うちの旦那まで知ってたもの。クロードさんはそこまで計算していたとしか思えないわ。だって、彼は城内のことをよく知っているものね。」

 ルネの旦那さんは城の武官で、生真面目な性格の人だ。いつもルネが彼の所に噂が届いたら、この辺り全員が知っているってことだからね、と力説している。ということは、この近辺の人全てが知っているってこと?!

 衝撃が強すぎて、私が、よろよろと座りこもうとした時、身体が何かに反応した。

「ラシェル!」

 ルキウスが私を抱え込むのと、クロードの声がするのは同時だった。

「おはようございます。ラシェルに模写本を届けに来たよ。」

 場違いな程の爽やかさで転移してきたクロードを見て、所員たちがどよめいた。うわー泥沼、だの、あれが噂の、だの、三角関係だわ、だの、かっこいいだの皆好き勝手言っている。

 クロードは昨日、私の模写本も自分の所に転移させていたのか。今朝、わざわざ自分で持ってくるというのは、絶対に何か企んでいるな。私は警戒してルキウスの後ろに隠れたが、あの模写本は読まねばならない。
 返してもらいたくて、そろそろと近づくとクロードが、わざとらしく悲しそうな顔をしてこちらを見た。

「やあ、おはよう、ラシェル。今日は僕にだけ警報を鳴らしてるんだね。しかも、今日は髪じゃないんだ。簡単には解除できないじゃないか。昨日キスまでした仲なのにひどいな。」

 そういえば、今朝ルキウスがクロード除けの術をかけると言っていた。さっき反応したのはそれか。

 私が口を開く前に、クロードの前に立ちふさがったルキウスが、その手から模写本をさっと取り、後方の私の机に転移させた。私はすかさずそこに走って行って、本の無事を確かめる。

 それを見送ったルキウスはにっこり笑って、
「おはようございます、クロードさん。先日城内でお話して以来ですね。あの時、貴方が結婚に焦っていると知っていたら、誰か紹介できたかもしれないのに。そうそう、ラシェルは俺の恋人なので、もうちょっかい出さないでくださいね? わざわざ本を届けてくれてありがとうございます。用が済んだなら、お帰りください。俺達ももう仕事にかかるので。」
とクロードを扉から追い出そうとした。

 クロードはにっこり笑い返して、
「やあ、ルキウス。失礼だな、僕は結婚に焦ってなんかいないよ? 理想の女性に出会えたから求婚しただけじゃないか。君達、喧嘩しなかったんだ。面白くないったら。君さ、なんで、好きな女性が他の男とキスするとこ見て逆上しなかったの?不思議だな。僕ならぶちきれるけど。」

 信じられないものを見る目でルキウスを眺め回す。

それを受けたルキウスは不敵に笑って、
「嫌だな、貴方に置き去りにされた彼女の様子を見たら同意無しだったことくらい、直ぐわかりましたよ。そんなの蚊にかまれたのと同じでしょ。彼女に非は全くないじゃないですか。蚊は全力で潰しますけどね?」
クロードを上から見下ろす。思ったよりルキウスの方が、背が高かったみたいだ。クロードはつまらなさそうに、残念、とつぶやいて、私を見た。

「ねえ、ラシェル。ルキウスの恋人のままでいいから、僕の子供何人か産んでくれない?」

 私を含めた全員が呆気にとられたように彼を見つめた。

 何を言ってるんだ、この男は?

 そんな中、テレーズが、クロードの元にノート片手に走り寄る。

「それは、ラシェルさんに結婚を申し込んだのは子供が目的ってことですか? 貴方は女性に対して、子供を生んでくれたら誰でもいいとお考えですか? 他に何か条件があるのですか? できたら心情等も詳しく教えて下さい。恋愛研究者として大変興味があります。」

 テレーズの研究者魂が、クロードに炸裂した。彼は、全く動じることなく、研究所の人って面白すぎるよね、といいながら、さらりと私に結婚を申し込んだ理由を吐いた。

「だって僕、自分にそっくりな子供が欲しいんだもの。ラシェルは黒髪で魔力が高いから上手くいけば産まれそうでしょ?」

 辺りが静まりかえった。テレーズがノートに書き込むペンの音だけが聞こえる。 直ぐにそんな理由かよとか、ひどいとか、自己愛強すぎとかクロードへの非難がその場に満ちる。
 言われた本人はけろりとして、だめなの?と私を見つめる。
 
 聞かれた私は、ため息をついて答えた。

「だめに決まってるじゃない。私にはルキウスがいるのに貴方の子供を産むなんて嫌よ。たとえ、恋人がいなくても、そんな理由では断るわね。」
「そっか。他にも理由がないとだめかな。ラシェルは僕の条件にぴったりだし、かわいいから好きだと思ったんだけど、一旦諦めるしかないよね。気が変わったらいつでも連絡頂戴。」

 そう言ってクロードは、来たときと同じように転移で消えた。

「彼は見た目も良くて、中身も大変興味深い研究対象ですね! 今度、じっくりお話を聞かせてもらいたいと思ってます。ラシェルさんはまあ、一般的に考えると選ばれて災難でしたね。でも、私としては素晴らしい状況です。後で心情等を聞かせてください。彼とのキスの場面を見て逆ギレしなかった所長にも興味がありますが。」

 早口で喋りながらテレーズが多分、慰めてくれている。いつの間にか横に来ていたルキウスが、苦い笑みで答えた。

「昔、俺の早とちりで彼女を傷つけたことがあったからな。それ以来、気をつけてる。まあ、それ以前にこれだけ一緒にいれば、仕草や表情でわかるもんだ。」

 それを聞いたテレーズの目が輝いた。

「所長、ぜひその話を伺いたいのですが! 研究に協力してくれますよね?!」

「あー、今から行かなきゃいかんところがあるから、また今度な。おーい、皆、仕事しよー。」

 テレーズからさっと逃げたルキウスが、そう声をかけると、賭け金の遣り取りをしていたらしい所員たちが慌ててそれぞれの場所に戻っていった。テレーズも、約束ですよ!と念押ししてノートを抱え、自分の研究室へスキップしていった。
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