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8、過去編3

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面白くなってどんどん食べさせていたら、最後の一口になってしまった。
 名残惜しくて、いつ口に運ぼうかと思っていたら、彼女の悲しそうな声がした。

「ケーキが、消えてる・・・。」

 どうやら、気がついたらしい。その悲壮な表情に、思わず吹き出してしまった。

「大丈夫、全部お前の胃の中だ。ほれ、最後の一口。」

 あーんしろ、と差し出したところで、自分で食べられます。と、ばっとフォークを取り返されてしまった。

「これが、最後のケーキだなんて・・・。」

 フォークの先に刺さったケーキを眺めて、嘆く彼女を見るとちょっと心が痛んだ。

「近いんだし、また来ればいいじゃないか。」
「私は一人で街に出ることを禁止されているから、こんな機会はもうないと思う。」
「え、なんで?」

 反射的に聞き返した俺に、最後のケーキを口に入れて大事に食べ終えた彼女が、当たり前のことを語るように言う。

「私は興味があるものを見つけると、つい時間を忘れてしまって帰寮しないので、一人で出ることを禁止されたの。そうなると一緒に行ってくれる友達がいない私は、街へ出ることができなくなったわけ。」

 そこまで言って、お茶を飲み干すとこちらをきらきらした緑の瞳で見つめてくる。

「だから、お願い。今日この後、古書店に付き合ってください。」

 俺も、このまま帰るつもりはなかったし、こんな話をされて無視するつもりもない。

「いいぞ。あと、これから街に行きたい時も、予定が合えば付き合ってやる。代わりに、今日ワンピース買え。次から制服着てきたら一緒に街に行かない。」
「え、ワンピース?ええ~お金もったいない。」
「毎月小遣いも支給されてるだろ。ワンピース着てこなきゃ、街に連れて行かないからな!」

 強く言って、ラシェルになんとかワンピースを買うことを承諾させた俺は、その後直ぐに古書店に行きたがる彼女を引きずって服屋に行った。

 汚れが目立たないものがほしいという、残念すぎる彼女の要求に応えて、深緑のワンピースを買った。

 明るい緑のほうが似合うと思った俺とかなり揉めたが、結局、着る本人の意思が尊重された。
 
 次こそ、似合う方を選ばせてやると密かに決意する。

 その後、古書店にて、ラシェルの一人での外出禁止令に心の底から同意するはめになった。
 彼女は、寮の門限直前までそこから動かなかったのだ。

 俺だって久々の外出だし、行きたい場所があったのに、彼女は何を言っても動かなくて、結局ギリギリに担ぐようにして、店を出た。

「どうすんだよ、門限に間に合わないぞ。」
「ああっ、すみません。久しぶりで自制がきかなくて。」

 お前、自制きいたことあるのか、とは思ったが言い争っている場合ではない。

 自分一人で走っても間に合うかどうか。どう考えても、彼女の足は遅そうだ。

 帰寮が遅れて、罰をくらうことを覚悟したルキウスに突然、ラシェルが抱きついてきた。

 驚いて引き剥がそうとするが、案外力が強い。ぎゅっと抱きしめてきながら、彼女は真剣な声で告げた。

「女子寮の前に転移します。行きますよ!」

 反論する間もなく視界が歪んで、女子寮の前にいた。

「できた!よかったー。一度に二人でするのは初めてで怖かったから、ぎゅっと抱っこしてしまったけど、次は触れているだけでできるかな!」

 嬉しそうに言う彼女に、あれ抱っこなのかよ。と思ったが、それよりも、と俺は詰め寄った。

「お前、転移魔術ができるなんて聞いてないぞ。最終学年で習う難易度最高位魔術だろ。どうなってるんだよ!」
「と、とりあえず、帰寮が先です。遅れたら次の外出ができません。この話は明日しましょう。」

 慌てているからか、丁寧な話し方に戻ったラシェルは、俺を男子寮の方に押しやると身を翻して女子寮の玄関に飛び込んでいった。

 結果からいうと、彼女は次の日、学校に来なかった。
 直ぐに理由を察した俺は、放課後、女子寮の彼女の部屋を訪ねた。寮監さんにまた学校に来てないからと頼んで入れてもらったのだ。

 相変わらず彼女の部屋は薄暗く、ものが散らかっていた。その中で机でひたすら書き物をしていた彼女に声をかけると、驚いたように俺と寮監さんをみてきた。

「おはようございます? もう、朝ですか?」

「朝じゃねえ、もう夕方だ! 何約束すっぽかしてんだよ!」

 惚けた返事をしてきた彼女を部屋から引きずり出して、一階の自由室に放り込む。
 ここなら、男女でいても問題ない。

 どうせ昨日の晩から飲まず食わずなんだろ? と聞いた俺に、彼女は笑って誤魔化そうとしてきた。

「そんな気がしたから、これ、買ってきた。とりあえず先に食べろ。」

 たくさんあるテーブルの一つに向かい合わせに座って、彼女の前に買ってきたクロワッサンと牛乳を置く。

「ありがとう。お世話かけて申し訳無い。いただきます。」

 呪文を唱えるように喋ったラシェルは、袋を開けてクロワッサンをかじる。

 大変お気に召したようで、表情が明るくなり、そのまま、無言でどんどん食べ進んでいく。

 水分取らないと喉に詰まるぞと、牛乳を手渡すと素直に飲む。なんだかこないだから、こいつの世話を焼いてばかりだなと思う。意外なことに、それが楽しいのだ。

 最後まで食べ終わって、ご馳走さまと手を合わせた彼女に、本題を切り出した。

「で、昨日の転移魔術の件なんだが。なんでお前はあれができるんだ?先生は知っているのか?」

 彼女は、あー美味しかった、と呟いてから、頷いた。

「こないだ古代魔術文字の本を読んでいたら、やり方が載っていたのね。それで、やってみたいと先生に伝えたら、習ってない術をすることは禁止されていないし、学内で試すなら結界もあるからどんどんやっていいよと言われたから、現代語の教科書と照らし合わせながら覚えたの。そうしたら、先生が『できる限り登校はして欲しいけど、君は一人でも進めそうだからどっちでもいいや。』と言ってくれたものだからつい・・・。」

 つい、行かなくなったと。

 先生、こいつにそんなこと言ったら、来なくなるの当たり前だろ、と俺は頭を抱えた。しかし、教科書みて、自分で進んでもいいのか。それは知らなかったな。中等学校までは魔術の練習って教師立ち会いでしかできなかったからな。さすが、魔術学校。やりたい放題か。

「よし、ラシェル。明日の放課後から俺の練習に付き合ってくれ。俺も早く転移とか覚えたい。」
「えっ、毎日?」
「遅刻せずに放課後付き合ってくれたら、週末に街へ付き合おう。」
「任せて!」

彼女はあっさり釣れた。
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