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6、過去編1

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 ルキウスはここのところ機嫌が良かった。

 先週、ラシェルが偶然見つけた遺跡調査に行った際に、彼女から将来的にも一緒に暮らすと言う言質を取れたからだ。

 もちろん、あの山奥に住むつもりはない。ただ、彼女が一緒に住むと言ってくれそうな状況を作るために使っただけだ。
 彼女はあとどれくらい囲い込んで追い詰めれば、自分と結婚する気になってくれるのだろうか。
 
 他の男が近づかないように気をつけて、彼女の全てを任せられて、心も許してくれてるだろうに、恋情を向けた途端、無意識下で拒絶される。
 これまで色々試してみたが、なかなか友人から先に進めない。

 学生時代、彼女と離れていた時に他の女性と付き合ってみたこともあったが、直ぐに振られた。

 大体、こうなったのも、魔術学校一年の時に授業に出てこない彼女の様子を見てこいと、担任に言われたのが始まりだった。

■■

 魔術学校は国内に一つしかなく、入学するには魔力の適性検査を受け、筆記試験に合格しなければならない。
 ただ、持って生まれた魔力量だけはいかんともしがたく、大体はそれを測る適性検査で落ちる。
 あくまで噂だが、魔力量が飛び抜けて多ければ、筆記は免除されるとか。

 その関門を突破した魔術学校生は、家が学校の横にあろうが全員、寮生活をすることになっている。入学試験の厳しさに反して、入学してからはかなり自由だ。

 上級生になると学期ごとの試験さえ受ければ、あとは好きにしていてもいいという話まで聞く。
 まあ、少なくとも一年生のうちは、今までの学校生活と同じように、皆おとなしく授業を受けるようだ。
 
 また、家柄、出身での特別扱いや差別を防ぐために学用品と制服は無料で支給され、家名は捨てさせられる。
 それで家族との縁が切れるわけではないが、法律上は無関係となる。
 
 だから、魔術師は名前しか持っていない。

 実際は、仕草や言葉遣いなんかですぐ貴族か庶民かなどは見分けられるが、それで差別したり、自ら元の家名をばらして有利になるように利用しようとした場合、即刻退学となる。
 なので、入学当初、皆それには触れないよう気をつけて過ごす。そのうちに段々、相手の身分や育ちなどというものを気にしていないように見える振る舞いや話し方が身についてくる。普通に気にしない奴もいるが。
 
 俺がラシェルの様子を見に行かされたのは、そういうのが落ち着いて、クラスが馴染んできた頃だった。

 その日最後の授業が終わり、寮に戻ろうとしていたら、担任に呼び止められた。

「おーい、ルキウス君。君、委員長だったよね。今週連絡が取れない生徒がいるんだが、ちょっと様子を見てきてくれんかね?」
「そんな人、いましたっけ?誰ですか?」
「ラシェル君だよ。彼女は時々しか授業に出て来ないけど、大事なクラスメイトだよ。委員長なんだし覚えといて欲しかったねえ。」

 入学試験で成績が一番だったからという理由だけで、無理やり委員長にさせられたのに、なんでクラスメイトを全員覚えておく義務が発生するんだよ。

 俺は顔には出さず心の中だけで毒づき、担任には笑顔を返した。

「先生、俺は男なので女子寮には入れないので無理です。他の女子に頼んでください。」

 なんでこんな当たり前のことがわからないんだ。俺は男だぞ。

 白金の長髪と青紫の瞳、中性的な顔立ちのせいで子供の頃から女の子に間違われることが多かったので、入学する時にばっさりと髪を切った。
 
 これでもう間違われないで済むと思っていたのに、性別をよく知っているはずの担任に女子の部屋にいけと言われるとは思わなかった。

 不貞腐れた俺に、担任は苦笑しながら、

「ラシェル君は、よく倒れているらしいから、女の子ではいざというとき運べないと思うんだよね。だから、信用できる男の子に頼みたいんだ。これ、女子寮に入る許可証ね。私は今から急用で出かけねばならなくなったから、済まないが頼んだよ。」

 そう言いおいて、俺の返事を待たず転移した。

 あの担任、今、聞き捨てならないことを言わなかったか? ラシェルという女の子はよく倒れているとか。

 俺の頭の中に可憐で病弱な美少女が部屋で倒れ伏す光景が思い浮かび、許可証を掴むと女子寮めがけて一目散に走った。

 
 息を切らせて女子寮の玄関にたどり着いた俺を、寮監の女性が不審げ見てきたが、許可証を見せラシェルの名前を言うと急いで合鍵を持って来て案内をしてくれた。

 階段を上りながら女性が話しかけてきた。

「ごめんなさいね、私が気付かなければならないのだけど、休日の外出にだけ気をつけて、あとはそう干渉しないようにと言われているものだから。部屋に籠もる方も多いし。この部屋なんだけど、ラシェルさんいる? 開けるわよ。」

 そう言って寮監さんは三階端の部屋の扉をノックして返事がないのを確認すると、躊躇うことなく鍵を開けた。

 ばたんと扉が開くと同時にもわっとした古い書物のような、かび臭い空気が顔にぶつかってきた。
 思わず鼻と口を覆って、薄暗い部屋の中を覗き込むと、本があちこちにうず高く積まれ、床には紙が散らばり、焦げ茶色の人間サイズの物体が倒れているのが目に入った。

 それが、今自分が着ている制服のローブと同じ物で、倒れているのが人間の女の子だと気付く。

 寮監さんが彼女に駆け寄り、怪我がないか様子を確認しているが、俺はあまりに衝撃的な光景に足が動かなかった。

 この散らかった部屋はなんだ。あのぼさぼさ髪の女の子はなんだ。想像していた可憐な女の子の像が音を立てて崩れ落ちていく。

 俺の全速で走った労力とちょっと抱いた夢を返してくれ。

 呆然と突っ立っている俺に、彼女を診終わった寮監さんが声を掛けてきた。

「動かしても大丈夫そうね。校医の先生を呼ぶから、彼女をベッドに移してくれるかしら?」

 正直なところ、拒否して帰りたかったが、そうもいかず渋々彼女をベッドに運ぶ。予想以上の軽さに驚くよりもぞっとした。

 こいつ、何日食べてないんだろう。

 俺が人生初で抱き上げた女の子は、風呂に数日入っておらず、ぼさぼさ頭でガリガリに痩せていた。
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