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5、うさぎ
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今日の昼ごはんは、ルネと一階の食堂へ行く。魔術研究所は三階建にさらに尖塔が付いた石造りの建物で、一階が食堂、二階に私達の机があり、三階は個人の研究室と実験室、収蔵庫になっている。研究者には二階の机と研究室がそれぞれ一つずつ与えられていて、どちらで仕事しても構わない。私は集中したい時は個室に、それ以外は二階にいる。ルキウスが所長になって、全体が見渡せる一番奥の机に居るようになってから、二階の人口が増えた気がする。以前の所長は所長用の個室に引きこもっていたからか、二階もがらんとしていた。
特別に二階にある、所長用の個室は便利な場所にあるため現在、皆の物置状態になっている。最初は皆、ルキウスの許可をとって置いていたが、段々好き勝手に置くようになり、今や足の踏み場もない。それでも最近までは、たまに彼が各自の机に魔術で戻していたのだが、またすぐ置かれるので、もう放置している。
今度、片付けを手伝おう。
ちなみに彼は所長になる前に使っていた研究室兼実験室を使っている。
ここにいる所員の数に対して、食堂収容人数がその数十倍規模なのは、近くの騎士団や隣の図書館、博物館、はたまたそこに来館した一般のお客さんまでもが食べに来るからだ。騎士団の若手を筆頭に、独身も多いので、朝昼晩と提供されて、頼めばお弁当や夜食まで作ってもらえる。我々の大事な生命線だ。
「なんにしようかな。グラタン美味しそうだけど、食べるのに時間掛かるよね。」
「私は日替わり。メインがちょうど食べたかったやつでラッキー。」
食堂に着いてメニューに迷う私の横で、ルネは早々に決めると、先に行って座席取っとくね、と行ってしまった。私は結局、午後から体力を使うのでルネと同じ日替わりに決めて注文カウンターに向う。
「ご飯少なめで日替わりください。」
「俺は大盛り。」
よく知る声がして後ろを振り向くと、そこにはやっぱりルキウスがいた。
「お疲れ様。報告、終わったの?」
「終わらせないと、午後から行けないだろ?俺抜きで行かせたら、お前含めて皆帰って来ない気がするからな。」
なかなか酷い言われようだとは思ったが、否定できないのが辛い。確かに皆、私と同じく集中すると全てを忘れるタイプばかりだから。
でてきた定食を当然のように二つとも持って、ルキウスは何処に座る?と目線だけで聞いてきた。
「ルネと来たから。あの窓際のテーブルにいるわ。」
私は手ぶらで彼を先導してルネのところに行くと、彼女の横に座る。彼女からのやっぱり来たわね、という視線へ笑顔を返して、彼はひょいひょいとテーブルに定食の乗ったお盆を置き、私の向かいの席に腰を下ろした。
三人で話しながら食べていると、テレーズがやって来てルキウスの隣に座る。
「お邪魔しまーす。所長の隣に座れてラッキー。あれ、皆さん同じものを食べてるんですね。何か決まりでも?」
三人揃って片手を振って、それを否定した。
「そう言えば、聞きたかったんですけど、所長とラシェルさんは、なんで一緒に住んでいるんですか?」
後に恋人同士でもないのに、と続いているであろう質問をテレーズがしてきたが、毎年聞かれることでもあるので、いつものように私が答える。
「職員寮に入る時に、家族用の大きい台所で料理がしたいから一緒に住もうって言われたの。家族用って二人以上じゃないと申し込めないでしょ。」
広い部屋が使えるというのもあり、家族用でルームシェアしている人達も一定数いる。私達以外の男女は恋人同士だけだが。
期待した答えではなかったようで、テレーズが頬を膨らませ追加の質問をしてきた。
「見てると、ラシェルさんが世話してもらうばかりで、所長がかわいそうなんですけど。特に魔術を使わないことが多い料理は大変ですよね。日替わりで分担とかしないんですか?恋人同士でもあそこまで偏ってませんよね?」
テレーズはルネに同意を求めたが、彼女はにやにや笑ってルキウスを見ているだけだ。当のルキウスは真っ青な顔をしてテレーズに懇願する。
「絶対に今後一切、そういうことを言わないでくれ。以前同じことを言われたラシェルが、無理やり料理をしてどんな被害が出たと思ってるんだ。いいか、俺は料理が苦にならないし、作りたくない日は食堂で食ってる。料理はまともに出来る方がやればいいんだよ。俺を爆死させたくなければ二度と言うなよ。」
なんとも酷い言われようだが、事実なだけに私は反論せずに黙っていた。だって、掃除洗濯は魔術でささっと出来るし、工程が細かく、かつ煩雑な料理は魔力消費が激しいからほとんどの人が魔術を使わないでするため、個人の才能に左右される。一番手間がかかる料理が得意な彼に、私がしてあげられる家事なんてほとんどないのだ。情けない話だが、彼には衣食住全てお世話になっているといっても過言ではない。
数年前に、新人女性陣にルキウスが毎日料理するのは大変だから、たまには代わってあげたらいいのにとしつこく言われ、仕方なく簡単な料理を教えてもらい、作ろうとしたことがある。
私はその時はじめて台所に立ったのだが、両手で包丁を固く握り、薪を割るように振り上げて人参をぶった切ったり、隣のコンロに火加減最大で、火柱が上がる鍋がかかっているのを見たルキウスから、二度と料理をしないようにきつく言い渡されたのだった。私が焦がして炭にした彼お気に入りの鍋は、誕生日プレゼントという名目で弁償した。
昼食後、食器を返しがてらルキウスと二人になったルネは彼の肩をぽんと叩き、しみじみと言った。
「最初に『お前はほっとけないから一緒に住もう。広い台所でご飯作ってやるから。』ってプロポーズしたつもりが、広い台所のためって意味に取られて、プロポーズの方は気づかれず流されて、早何年だっけ?そろそろ再挑戦しようよ、ルキウス。誰から見ても君達好きあってるから。彼女は精神的に幼いから、まだ気がついてなさそうだけど。」
そうだといいけどな、と返して苦虫を噛み潰したような顔になったルキウスは、考えとく、と答えて去って行った。
午後は五人ほどで昨日の遺跡を訪れ、調査をした。ルネとテレーズは分野違いで来ていない。私は昨日行きそびれた祠にも行きたかったので、ルキウスと二人でそちらも訪れた。一人だとまた違う場所に転移して、帰ってこなさそうだからと言われて仕方なく。
残念ながら、こちらは古代魔術文字ではなく、ただの飾り模様だった。
「うーん、残念だけどそうほいほい見つかるもんじゃないからね。」
「そうだな。」
一応記録を取って、遺跡に戻ろうと杖を取り出したところで、ルキウスが杖を握った私の手を押さえて止めた。
「どうしたの?まだなんかあった?」
「うん、いや、こういう景色の良い所に住むのもいいよな、と思って。」
突然だな、と思ったが、杖をしまってルキウスが見ている方を一緒に見る。今いる場所は、昨日訪ねた村から少し離れた山の頂で、目の前には神の山を筆頭に標高の高い山が連なり、雄大な景色をつくっている。周囲に人家は無く、人工の音もしない。もしここに家を建てて住んだら、景色はいいけど、割と孤独なんじゃないだろうか。
かれこれ十年くらい、ルキウスと友人でいるけれども、こういう所に住みたいと聞いたのは初めてだった。隠居する人みたいだな、と思ったが、口には出さず、彼がどうして急にこんなことを言い出したのか、考えた。
色々理由を考えてみたが、一番納得のいくものを思いついたので、本人に確認してみた。
「お城のお偉いさんにいびられて、全て投げ出したくなった?」
彼は、いや、別に。と首を振る。
「いびられてはいないし、全てを投げ出したくて言った訳でもない。まあ、俺が今、投げ出したいと思っているのは、理性と忍耐だが、それをすると速攻、逃げられる気しかしないからやらない。」
私を青紫の澄んだ瞳で、じっと見ながら言ってくるけど、曖昧な例え話のようで、なんの話だか、よくわからない。
よくわからないが、いつもと違って彼から謎の圧力を感じる。この雰囲気は苦手だ。
「何が、逃げるの?うさぎでもいるの?」
「ああ、とびきりかわいいうさぎがいる。」
彼の視線は私から動いてないような気がするけど、うさぎがいるのか。
本当にいるのか?
このままこうしていてはいけない気がして、私はうさぎよ、逃げよとばかりに大声を出した。
「うさぎ、何処?」
そうしたら、笑い声と共に、逃げたな。とルキウスが言う。そして、さっきまでと打って変わって、普段通りのルキウスが、朗らかに聞いてきた。
「で、もし今住んでいる所から引っ越しても、一緒に住んでくれるか?」
なんの話だ?と思ったが、先程の隠居計画のことらしい。
「ここに自分で家建てるなら好きなように台所広くできるし、条件がないんだから私がいなくても問題ないのでは?」
素直に疑問をぶつけると、脱力した彼が情けなさそうに言った。
「もう、台所はいいんだよ…。いやいや、ほら、せっかく作っても一緒に食べてくれる人が居ないと寂しいだろ?」
「なるほど?」
確かにこんな場所だと、私以外に一緒に暮らしてくれる人はいないかもしれないな。納得したので頷く。
「いいよ、一緒に暮らしても。」
特別に二階にある、所長用の個室は便利な場所にあるため現在、皆の物置状態になっている。最初は皆、ルキウスの許可をとって置いていたが、段々好き勝手に置くようになり、今や足の踏み場もない。それでも最近までは、たまに彼が各自の机に魔術で戻していたのだが、またすぐ置かれるので、もう放置している。
今度、片付けを手伝おう。
ちなみに彼は所長になる前に使っていた研究室兼実験室を使っている。
ここにいる所員の数に対して、食堂収容人数がその数十倍規模なのは、近くの騎士団や隣の図書館、博物館、はたまたそこに来館した一般のお客さんまでもが食べに来るからだ。騎士団の若手を筆頭に、独身も多いので、朝昼晩と提供されて、頼めばお弁当や夜食まで作ってもらえる。我々の大事な生命線だ。
「なんにしようかな。グラタン美味しそうだけど、食べるのに時間掛かるよね。」
「私は日替わり。メインがちょうど食べたかったやつでラッキー。」
食堂に着いてメニューに迷う私の横で、ルネは早々に決めると、先に行って座席取っとくね、と行ってしまった。私は結局、午後から体力を使うのでルネと同じ日替わりに決めて注文カウンターに向う。
「ご飯少なめで日替わりください。」
「俺は大盛り。」
よく知る声がして後ろを振り向くと、そこにはやっぱりルキウスがいた。
「お疲れ様。報告、終わったの?」
「終わらせないと、午後から行けないだろ?俺抜きで行かせたら、お前含めて皆帰って来ない気がするからな。」
なかなか酷い言われようだとは思ったが、否定できないのが辛い。確かに皆、私と同じく集中すると全てを忘れるタイプばかりだから。
でてきた定食を当然のように二つとも持って、ルキウスは何処に座る?と目線だけで聞いてきた。
「ルネと来たから。あの窓際のテーブルにいるわ。」
私は手ぶらで彼を先導してルネのところに行くと、彼女の横に座る。彼女からのやっぱり来たわね、という視線へ笑顔を返して、彼はひょいひょいとテーブルに定食の乗ったお盆を置き、私の向かいの席に腰を下ろした。
三人で話しながら食べていると、テレーズがやって来てルキウスの隣に座る。
「お邪魔しまーす。所長の隣に座れてラッキー。あれ、皆さん同じものを食べてるんですね。何か決まりでも?」
三人揃って片手を振って、それを否定した。
「そう言えば、聞きたかったんですけど、所長とラシェルさんは、なんで一緒に住んでいるんですか?」
後に恋人同士でもないのに、と続いているであろう質問をテレーズがしてきたが、毎年聞かれることでもあるので、いつものように私が答える。
「職員寮に入る時に、家族用の大きい台所で料理がしたいから一緒に住もうって言われたの。家族用って二人以上じゃないと申し込めないでしょ。」
広い部屋が使えるというのもあり、家族用でルームシェアしている人達も一定数いる。私達以外の男女は恋人同士だけだが。
期待した答えではなかったようで、テレーズが頬を膨らませ追加の質問をしてきた。
「見てると、ラシェルさんが世話してもらうばかりで、所長がかわいそうなんですけど。特に魔術を使わないことが多い料理は大変ですよね。日替わりで分担とかしないんですか?恋人同士でもあそこまで偏ってませんよね?」
テレーズはルネに同意を求めたが、彼女はにやにや笑ってルキウスを見ているだけだ。当のルキウスは真っ青な顔をしてテレーズに懇願する。
「絶対に今後一切、そういうことを言わないでくれ。以前同じことを言われたラシェルが、無理やり料理をしてどんな被害が出たと思ってるんだ。いいか、俺は料理が苦にならないし、作りたくない日は食堂で食ってる。料理はまともに出来る方がやればいいんだよ。俺を爆死させたくなければ二度と言うなよ。」
なんとも酷い言われようだが、事実なだけに私は反論せずに黙っていた。だって、掃除洗濯は魔術でささっと出来るし、工程が細かく、かつ煩雑な料理は魔力消費が激しいからほとんどの人が魔術を使わないでするため、個人の才能に左右される。一番手間がかかる料理が得意な彼に、私がしてあげられる家事なんてほとんどないのだ。情けない話だが、彼には衣食住全てお世話になっているといっても過言ではない。
数年前に、新人女性陣にルキウスが毎日料理するのは大変だから、たまには代わってあげたらいいのにとしつこく言われ、仕方なく簡単な料理を教えてもらい、作ろうとしたことがある。
私はその時はじめて台所に立ったのだが、両手で包丁を固く握り、薪を割るように振り上げて人参をぶった切ったり、隣のコンロに火加減最大で、火柱が上がる鍋がかかっているのを見たルキウスから、二度と料理をしないようにきつく言い渡されたのだった。私が焦がして炭にした彼お気に入りの鍋は、誕生日プレゼントという名目で弁償した。
昼食後、食器を返しがてらルキウスと二人になったルネは彼の肩をぽんと叩き、しみじみと言った。
「最初に『お前はほっとけないから一緒に住もう。広い台所でご飯作ってやるから。』ってプロポーズしたつもりが、広い台所のためって意味に取られて、プロポーズの方は気づかれず流されて、早何年だっけ?そろそろ再挑戦しようよ、ルキウス。誰から見ても君達好きあってるから。彼女は精神的に幼いから、まだ気がついてなさそうだけど。」
そうだといいけどな、と返して苦虫を噛み潰したような顔になったルキウスは、考えとく、と答えて去って行った。
午後は五人ほどで昨日の遺跡を訪れ、調査をした。ルネとテレーズは分野違いで来ていない。私は昨日行きそびれた祠にも行きたかったので、ルキウスと二人でそちらも訪れた。一人だとまた違う場所に転移して、帰ってこなさそうだからと言われて仕方なく。
残念ながら、こちらは古代魔術文字ではなく、ただの飾り模様だった。
「うーん、残念だけどそうほいほい見つかるもんじゃないからね。」
「そうだな。」
一応記録を取って、遺跡に戻ろうと杖を取り出したところで、ルキウスが杖を握った私の手を押さえて止めた。
「どうしたの?まだなんかあった?」
「うん、いや、こういう景色の良い所に住むのもいいよな、と思って。」
突然だな、と思ったが、杖をしまってルキウスが見ている方を一緒に見る。今いる場所は、昨日訪ねた村から少し離れた山の頂で、目の前には神の山を筆頭に標高の高い山が連なり、雄大な景色をつくっている。周囲に人家は無く、人工の音もしない。もしここに家を建てて住んだら、景色はいいけど、割と孤独なんじゃないだろうか。
かれこれ十年くらい、ルキウスと友人でいるけれども、こういう所に住みたいと聞いたのは初めてだった。隠居する人みたいだな、と思ったが、口には出さず、彼がどうして急にこんなことを言い出したのか、考えた。
色々理由を考えてみたが、一番納得のいくものを思いついたので、本人に確認してみた。
「お城のお偉いさんにいびられて、全て投げ出したくなった?」
彼は、いや、別に。と首を振る。
「いびられてはいないし、全てを投げ出したくて言った訳でもない。まあ、俺が今、投げ出したいと思っているのは、理性と忍耐だが、それをすると速攻、逃げられる気しかしないからやらない。」
私を青紫の澄んだ瞳で、じっと見ながら言ってくるけど、曖昧な例え話のようで、なんの話だか、よくわからない。
よくわからないが、いつもと違って彼から謎の圧力を感じる。この雰囲気は苦手だ。
「何が、逃げるの?うさぎでもいるの?」
「ああ、とびきりかわいいうさぎがいる。」
彼の視線は私から動いてないような気がするけど、うさぎがいるのか。
本当にいるのか?
このままこうしていてはいけない気がして、私はうさぎよ、逃げよとばかりに大声を出した。
「うさぎ、何処?」
そうしたら、笑い声と共に、逃げたな。とルキウスが言う。そして、さっきまでと打って変わって、普段通りのルキウスが、朗らかに聞いてきた。
「で、もし今住んでいる所から引っ越しても、一緒に住んでくれるか?」
なんの話だ?と思ったが、先程の隠居計画のことらしい。
「ここに自分で家建てるなら好きなように台所広くできるし、条件がないんだから私がいなくても問題ないのでは?」
素直に疑問をぶつけると、脱力した彼が情けなさそうに言った。
「もう、台所はいいんだよ…。いやいや、ほら、せっかく作っても一緒に食べてくれる人が居ないと寂しいだろ?」
「なるほど?」
確かにこんな場所だと、私以外に一緒に暮らしてくれる人はいないかもしれないな。納得したので頷く。
「いいよ、一緒に暮らしても。」
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