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3、食を忘れて

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「あーあ、ラシェルに逃げられちゃったわね。二人とも。」

 ルネの言葉に、残されたルキウスはため息をつき、腕にまとわりつくテレーズをそっと払いのける。

「テレーズ、俺はラシェル以外は皆同じだから他を当たれ。大体、お前、俺と知り合ってすぐじゃないか?」

 言われたテレーズが目をぱちくりさせた。

「やだ、一目惚れですよ~。まさか、一目惚れとか信じないとか言わないですよね?」
「もちろん、言わないが。」
「ラシェルさん、自分がどれだけ所長に特別扱いされているか気づいてないじゃないですか。所長、報われなくてかわいそう。私にしときましょうよ。私、ちゃんと気持ち返しますし、尽くしますよ?」

 ルキウスが何か言う前に、ルネが出てきてテレーズに言い聞かせた。

「テレーズ、この男に何言っても無駄よ。昔からずっとラシェルだけしか見てないんだから。今朝の彼女の髪飾り、見たでしょ?しっかり自分の瞳の色にして周りを威嚇して、しかもあれにも、位置情報発信と男除けの術掛かってるわよね?」

 最後、ルキウスに向かって責めるように言ったルネに、
「さすが、ルネ。ラシェルは何も言わなかったんだけどな。彼女、古代魔術文字があればふらふらと何処にでも行くから、位置情報は必須だろ?男除けはまあ、ないと不安なんだ。自分の可愛さ分かってないから、直ぐ騙されそうじゃないか?」
心配そうな顔になってルキウスが返す。

 ルネが半笑いで、ルキウスを見る。

「確かに見た目は可愛いし、魔力量トップクラスの魔術師だし引く手数多だとは思うけど、中身があれだから寄って来てもすぐにいなくなると思うけどね。大体、貴方があれだけ自分のものだと主張してたら、誰も来ないでしょうよ。」
「ラシェルがちょっとでも傷つくのは嫌だな。」

 真面目な顔で言うルキウスにテレーズとルネが若干引いた。

「要は所長はラシェルさんにベタぼれで、本人が気付かないところで囲い込んでいるってことなんですね?でも、ここまでされて気付かないラシェルさんってどうなんですかね?」

 テレーズの指摘に二人は口を揃えて一言。

「「古代魔術文字馬鹿」」

 そのまま歩いて研究所に着いた三人は、それぞれの机に向かう。自分の席に鞄をおいたルキウスは、ラシェルの鞄を持って、彼女を探すが見当たらない。

 近くの所員に聞くと、
「あー、そいや、ちょっと前になんか騒いで消えたような?」
隣の男が笑いながら、付け足した。

「所長、あれよ、彼女のいつものやつで、なんとか村の壁で古代魔術文字が発見されたって報告を受けた途端、聞き取りグッズ抱えてしゅっと消えたわな。」

 ルキウスは額を押さえてため息をついた。

「ありがとう。ラシェルが現在、研究所内はおろか、都にも居ないということがよっくわかった。な、あいつに位置情報は必要だろ?」

 男の向かいの席のルネに同意を求めると、ルネも苦笑いして、そうかもね。と答える。聞き耳を立てていたテレーズが、首を可愛らしくかしげながら、人差し指を唇に当てて言う。

「えー、じゃ、所長は今からラシェルさんを追いかけるんですか?」
「いや、まさか。俺もそこまで暇じゃない。三時のおやつに好きなケーキを注文しているからそれまでには戻って来るだろ。」
「いいなあ、ケーキ!」
「ホールでいくつか頼んでるから、食べたい人は切り分けて持ってってくれ。」

 わっと所内が沸いた。


 天高くそびえ立ち、一年中雪で覆われている我が国最高峰の神の山を背景に、私、ラシェルは古代魔術文字が発見された家の主と、聞き取り調査という名のおしゃべりをしている。

「でな、こないだ来た旅人がな、こりゃ模様じゃなくて文字じゃねえかっつうんで、村長に知らせた訳よ。それが、三日前だったかなあ?で、さっきあんたがそこに現れたときは驚いたね!こんな山の上の辺鄙な所になんざ、誰も来やしねえと思ってたからな。」
「いえいえ、私は古代魔術文字のあるところ、どこへでも行きますよ!」
「あれだろ、さっき急に現れたんは転移魔術ってやつだろ?便利でいいよな。他にもなんか出来るんか?」
「ええ、例えばですね、この文字に術をかけるとですね、光らせたりできます。」

 私はそう言いながら、空中から1メートルほどの細い黒檀の杖を取り出し、短い詠唱と共に振る。家の壁に描かれている古代魔術文字が青く輝いて、花が周囲に舞い散り、周りに集まっていた村民達が拍手してくれた。

 魔術自体は家で使う火や水、手紙や荷物の配達などで日常的に使っているので身近なのだが、それより高度な術を扱う魔術師を見る機会は多くないため、ちょっと高度な術を使うと喜ばれて、色々話が弾むきっかけになる。
 この文字を光らせる術はそのために私が作った。本当に光らせて花を散らすだけなので、この術を作った時にルキウスに自慢して見せても、ふーんで終わったし、魔術師仲間にも魔力の無駄遣いと言われるが、こういう時に役に立つし、街の子供には人気だ。

 
 その後、他の住民の方々からも話を聞くことができ、順調に聞き取りは進んだ。

「んじゃ、この模様は家の繁栄を祈る祝福の言葉が並んどるっつーことなんだな?呪いじゃなくてよかったわい。」
「ええ、三百年位前の文字ですので、大事にしてくださいね。古代文字に魔力を込めて効果を付与したものが古代魔術文字なんですけど、そんな昔の魔術がいまだに効果を保っているって、凄いことだと思いませんか?!そこに込められた先人の想いとか、どういう状況でそれを書いたのかとか、考えるだけで楽しいですよね!」

 家主さんの呆気に取られたような顔に気づいて、私は口をつぐんだ。
 
 しまった、またやってしまったか。

 彼が、二人の間に落ちた沈黙を押しやるように、引きつった笑いを浮かべた。

「魔術師っちゅーのは、やっぱりわしらと違うんじゃということが分かったわい。」

 魔術師に対する偏見を生み出してしまったようだ。

 ・・・皆さん、ごめんなさい。

 気を取り直して、いつも調査の締めくくりに言う台詞を口に乗せる。

「よかったら保存魔術をかけることもできますけど、どうされます?」
「ぜひ、やってくれ。あ、金取るのか?」
「まさか。こうやってお話していただいたお礼ですよ!じゃ、かけときますね。」

 文字に沿って手をすっと横に薙ぐと、今度は金色に光ってすぐもとに戻った。

 これで、もう数百年くらい保つといいのだが。

 と考えていたら、お腹がぐうっと鳴った。そう言えば昼ごはんを食べるのを忘れていたことに気がついた。村の人達は交互に食べていたような気がするが、私はお昼ごはんのことなど頭になかった。それはまあ、いつものことなので気にしない。そして、同時に今日のおやつは、好物のフルーツタルトだったと思い出す。もう終わるし、すぐ帰って食べようと心踊らせていたら、家主さんが、思い出したように言った。

「そいや、あの山に小さな祠があってな、そこにもこんな模様があった気がするんだが。」
「なんですと?!ぜひ、場所を教えて下さい!」

 頭から昼ごはんもフルーツタルトも吹っ飛んだ瞬間だった。
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