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2、恒例

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 しばし無言で私の髪を梳かしたり結ったりしていたルキウスが、寝かけていた私の肩をぽんと叩いた。

「ほれ、ラシェル、出来たぞ。ちょうどいい時間だな。今日は歩いて行くか。」

 私の正面にまわりこんだルキウスは、仕上がった作品を眺めるように、いろんな角度から見て、最後に下ろしている部分の髪を耳に掛けてくれた。

「毎朝ありがとう。今日のも複雑そうだったね。どんな感じなの?」
「こないだ雑誌で見た新作。ラシェルの黒髪に似合うと思って覚えてきた。鏡見てくれば?」

 新作なら鏡を見てこねばなるまい。本当は、職場で手洗いに行った時にでも見れば十分なんだけど、以前、そう言ったらへそを曲げられて、後で機嫌を取るのが大変だったから。

 洗面所に行って鏡を見た私は、いつもながら彼の手先の器用さに感心していた。ハーフアップとやらが基本の形なんだろうけど、編んであるのやら捻ってあるのやら複雑過ぎてどうやっているのか、ちっともわからない。

「うーん、いつもながらお見事。」

 後ろの方も見ようと身体を捻れば、ルキウスがやってきていて、合わせ鏡をつくって見せてくれる。

「どう?可愛くなってるだろ?」

 得意気に聞いてくるので、素直に褒めておく。

「うん、髪の毛は可愛くなってる。」
「そこはお前自体が可愛くなってると言ってくれ。」

 後ろは神殿のタペストリーの文字の様に更に複雑だった。今日は見慣れない花飾りもあちこちに散らされている。

「こんな飾り、私持ってたっけ?」

 思い出せなくて尋ねると、ルキウスは嬉しそうにその飾りに触れ、何でもないように言う。

「この髪型に似合うと思って昨日、買った。」
「えええ、先週も白っぽいリボン買ってくれてたよね?無駄遣いしないで、自分のもの買いなよ。」
「俺がこうやって使いたいから買ったんだ。断じて無駄遣いじゃない。現に今、俺はすごく満足してる。」

 彼はこう言い出すと、絶対に引かないから、私は早々にこの会話を終わらせることにした。

「わかった。この髪飾り、綺麗な色で私も好きだよ。いつもありがとう。」

 彼が幸せそうだから、もうそれでいいや。


 家を出る前に、二人揃って黒のローブを羽織る。色も形も同じものだが、サイズと袖口や裾に施されている刺繍の色が違う。彼は所長だから虹色、私は上級研究員なので金色の糸で文様は同じ。
 ちなみに私は古代魔術文字の研究をしている。古代魔術文字とは、古代文字に魔術が掛かっている文字のことだ。古いものでは二千年以上も前の文字に掛けられていた術がいまだ効果を保っていた。大体がささやかなおまじない程度で、繁栄を願うものや、魔除けが家の壁や神殿のお守りのように残っていることが多い。たまに、呪いもあるけれど。
 一見模様にしか見えない古代文字の独特な形と昔の人の願いが詰まっているそれに、魅了されたのは子供の頃だった。

 昨年、このローブの文様がただの模様でなく、古代魔術文字で祝福の言葉が綴られていることに気がついたことで、王城の古文書を調査するチームの末席に加えられた。王城に頻繁に出入りするなら、上級研究員の身分が必要ということで、席次が上がっただけの上げ底の位だ。
 最初は金色の刺繍に気後れしていたが、特に給料が上がった訳ではないし、王城に出入りする許可証を身に着けているだけだと思えばいいだろ、と彼が言ってくれてから、気にならなくなった。

 
 今住んでいる職員寮は研究所だけではなく、隣接する図書館や一部の王城関係の職員も住んでいる大きな建物だ。だから、出勤時間に外に出るといつも知り合いに会う。

 今朝は寮の玄関で私のニつ上の友人である、ルネに会った。ルネは歌と術の詠唱方法など音に関わる研究者で、声がとても美しい女性だ。就職して直ぐの時に、古文書を解読したものの、それが歌詞で旋律がわからなくて困っていたところを助けてもらって以来、仲良くしている。肩までの金の髪に私と同じ緑の瞳で、朝から元気いっぱいに声を掛けてくれる。

「おはよう!ラシェル、ルキウス。今日は歩きなのね、いいことだわ!」
「おはよう、ルネ。今朝は早起きしたのよ。」
「ルネ、おはよう。ラシェル、早起きさせられた、の間違いだろ。」
「ああ、今年も突撃されたの。ラシェル、早起きできてよかったわね。転移で出勤ばかりだと運動不足になるからね。」

 ルネに痛いところを突かれて、私は誤魔化すように笑った。実は六日間の出勤日のうち、三日くらいは寝坊して歩きでは間に合わず、魔術師の特権である転移の術で研究所に飛び込んでいる。いつもそれで通勤する人もいるが、大半は遠方からの人だ。ラシェルは徒歩十分の距離なのだから歩けと、ルネとルキウスには常々言われている。

「それはそうと、今日のラシェルの髪型、こないだ雑誌に出てた新しいやつじゃない?しかもアレンジしてあるし。さすが、ルキウス。」

 ルネは目敏く私の髪型を見て、話題を変えてきた。

「わかるか?!ちょっとラシェルに合うようにここの部分を変えてみたんだ。」

 新作を褒められたルキウスは嬉しそうに彼女に説明しているが、私にはちっともわからない。

 頭の後ろで騒ぐ二人を置いてさっさと歩く。と、また私の頭の観客が一人増えた。

「わあ、素敵!これ、所長が結われたんですか?!私もして欲しいなあ!あ、所長、おはようございます。今朝お宅に伺ったのですが、ラシェルさんから聞いてます?」
「おはよう、テレーズ。もちろん、聞いてるが、朝はお互い忙しいんだから、余計な気遣いはいらない。俺はいつも自分で食べたい物作ってるからほっといてくれると助かる。」
「えー、残念。毎朝作るのって大変じゃないですか?私、こう見えて料理上手いんですよ?一度食べてみてくださいよ~。」

 今朝の突撃美少女、テレーズが割り込んできた。ルキウスに積極的に自分を売り込んでいるが、多分、失敗している。彼は、作ってもらうより、自分が作って食べさせるほうが好きなんじゃないかと昔、ルネが言っていたからだ。そのルネはテレーズを面白そうに見ている。

 私はせっかく早起きさせてもらったのだから、先に行って昨日の続きをしようと、歩く速度を早めた。それに気がついたルネが横に並んで、呆れたように言ってきた。

「いいの?ルキウスがテレーズに取られちゃっても。」

 その台詞に、私はむっとして言い返す。

「いいも何も、ルキウスは私のものじゃないわ。取られるとかないから。」
「ああ、はいはい。二人は付き合ってもないのに一緒に暮らして、恋人以上にべったりなのよね。本当、さっさと結婚しなさいよ。所員一同、その日を待ってるんだからね。」
「だから、ルキウスとはただのルームシェアなのって、いつも言ってるじゃない!」
「え、お二人、お付き合いされてないんですか?じゃあ、私、所長の彼女に立候補しまーす。」

 毎回同じことを言うルネに怒ると、後ろからテレーズの無邪気な声が飛んできた。この娘、フォローとかいらないくらい図太そうねと振り返ったら、いささかむっとしたルキウスが追いついてきて、テレーズの立候補をすぐさま取り下げた。

「悪いが、俺にも好みがある。テレーズ、恋人が欲しいなら他をあたってくれ。」
「えー、私、所長がいいんです~。」
 
 テレーズは追い縋っていたが、ルキウスは無視して私の横に並ぶと、鞄をちらつかせてきた。

「ラシェル、お前は自分の鞄を置いてどこに行く気だったんだ?」
「職場。向こうにも読みたいものあるし、貴方はテレーズと話すのに忙しそうだったから、先に行こうと思って。」

 そう返すと、ルキウスは、お前はそういうやつだよなと項垂れ、テレーズが、
「嫌だ、ラシェルさん、所長を鞄持ちに使うとか信じられない!」
矛先を変えて私を大袈裟に責めてきたので、面倒くさくなって一人で職場の机まで転移した。


 自分の机にどさっと座ると、今朝届いた手紙類を開封しながら、頭の中で先程のテレーズに反論する。別に好きでルキウスを鞄持ちにしてるわけじゃない。最初の頃は、自分で持つと主張していたのだけど、我々の体力筋力等の違いをこんこんと説明されたから、ありがたく荷物持ちになってもらっているだけよ!
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