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番外編3 来訪者 後編
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「ほらっ、そこです! こう手首を返して素早く回す!」
ネイリッカの鋭い声とともに棒に結ばれた紐がひらりと宙を舞い、淡い栗色の毛玉がそれを追ってしなやかな体を思いっきりくねらせて飛んだ。
「おおっ、ティクル殿、さすがです!」
ヌルミの喜色に満ちた声が辺りに響き渡り、森の入り口でベリーを摘んでいたアルヴィは手を止めてそちらへ首を巡らせた。すぐ近くの草地でネイリッカとヌルミが猫のティクルと遊んでいる。大地を強く蹴って華麗に飛び上がったティクルが追っているのはユッタお手製のねこじゃらしで、棒に結ばれた紐の先に毛糸のポンポンがついている。
……いつもなら、僕の側で笑っているのに。
楽しそうな二人と一匹を見ているうちに、だんだんとアルヴィの口元がへの字に曲がっていく。
「アルはあの空読み姫様が気に入らないみたいだな」
近くで同じように手を止めてネイリッカ達を眺めていたリュリュが不思議そうに言い、アルヴィはそちらに顔を向けつつ自分に言い聞かせるようにつぶやいた。
「……そんなことないよ。ネイリッカの大事な姉なんだから、親戚みたいなもんだろ」
「そうかぁ? さっき、アルはこんな顔で睨んでたぞ」
リュリュが自分の目尻を指で吊り上げながらおどけ、アルヴィは黙って自分の顔を手の甲で乱暴にこすった。
「リュリュ兄ちゃん、アルはヌルミ様にネイリッカをとられてヤキモチを焼いているだけよ」
この辺りに群生している植物の猫じゃらしを引っこ抜きに来ていたサッラが呆れたように二人の会話に参加してきた。その彼女の鋭い一言はアルヴィの痛いところをズバリと突いたらしく、みるみるうちに赤くなった彼を見てリュリュは目を丸くした。
「えっ、なんで? ネイリッカはアルの婚約者だし、あの人は女性なんだから、ヤキモチを焼く理由なんてどこにもないだろ?」
「そうだけど、相変わらず兄ちゃんはわかってないなあ。アルは相手が女性だろうと家族だろうと、誰にもネイリッカを取られたくないの、常に自分だけを見ていて欲しいのよ。アルってば意外と独占欲が強いのね。ネイリッカ、窮屈じゃないかしら」
「サッラ……、僕はそういうの全部、ネイリッカに知られないように抑えて我慢してるんだから、絶対に言わないでよ」
あまりにもズバズバと知られたくない心の内を暴かれてしまったアルヴィは、ついにその場に座り込み頭を抱えてサッラに懇願した。
「ヴィー? どうしましたか、体調が悪くなったのですか?!」
その時、間の悪いことにネイリッカがやってきて、うずくまるアルヴィに駆け寄った。心の底から心配してくれている彼女の声に、アルヴィの胃がキリキリと痛んだ。
……こんなことでヤキモチを焼いている僕は、器の小さい男だな。
「元気だから大丈夫だよ。リッカはヌルミ様の相手をして差し上げて」
「ティクル様は日課の散歩へ行ってしまったんだ。ネイリッカを借りていて申し訳なかった、私もベリー摘みを手伝おう」
残念そうに言いながらネイリッカの後ろから顔を覗かせたヌルミは、アルヴィを見て眉根を寄せた。
「おや、熱中症か? どこか涼しいところで休んだほうがいいぞ」
「熱中症?! 大変です、ヴィー、急いで姉様の言う通りに……」
「熱中症じゃねえって。アルはヌルミ様にヤキモチを焼いてるだけだ」
リュリュがさらりと秘密を暴露し、その場に沈黙が落ちた。
「ヴィーが、……ヤキモチ、ですか?」
「なんだ。昨日から敵意を含んだ視線がチクチク刺さると思っていたが、やはりアルの嫉妬か」
戸惑うネイリッカの横で、ヌルミがにやりと笑った。その言葉でかっとなったアルヴィは、勢いよく立ち上がるとヌルミに詰め寄った。
「ええ、僕は貴方が羨ましいですよ。あれだけ全力で懐いているところを見せられて平気なわけがないでしょう?!」
自棄のように胸の内を吐き出したアルヴィに、ヌルミは吹き出し、ネイリッカは目を真ん丸にした。
「そうだろう、羨ましいだろう。私はネイリッカが1歳になる前、塔に来た時から側にいたんだ。婚約者といえど、たかだか五年の付き合いしかない者に負けるわけがない」
そう得意げに言い放ったヌルミと目が合った瞬間、アルヴィの胸に猛烈な対抗心が沸き上がった。
「いいえ、愛情なら僕のほうが勝っています! 一緒にいた時間の長さなんて関係ない、どれだけ彼女を大事に思っているかですよ」
「なんだと? それなら私のほうが上だ! 私はネイリッカの母であり姉であり友人なんだ。あの懐き方を見ただろう? 誰がどう見てもアルより私のほうに愛情がある」
負けじとヌルミもアルヴィへ両手を広げて主張し始めた。二人の剣幕に気圧された残りの三人はなすすべなくその様子をぽかんと眺め、止める者がいないまま不毛な言い争いは続いた。
「何を言っているのです、僕なんて手をつなぎますし、こないだは彼女の髪も結びました」
意気揚々と言い放ったアルの台詞に、それは何自慢なの? とサッラは隣でいろいろ暴露されて動揺している友人に同情し、リュリュは、ああ、あのネイリッカの髪型が面白かった日か、と合点する。ヌルミはふん、と鼻を鳴らし腕を組んでアルヴィを見上げた。
「ハッ、そんなの私はネイリッカが歩く前からやっているぞ」
「僕が触れるとネイリッカは赤くなって可愛さが増しますよ!?」
「私が彼女の幼い頃の話をすると恥ずかしがって赤くなるぞ?!」
「それは違うでしょ?! いいですか、 僕は誰よりもネイリッカが好きなんです! 甘えるのも頼るのも僕だけにして欲しいと思って当然でしょう?! ……リッカ、こんなに心の狭い婚約者でごめんね。だけど、僕はいつだって君を一番近くで守りたいし、たくさん甘えてもらって笑顔いっぱいにしたいんだ」
アルヴィがネイリッカの方を振り向いて言った途端、ズドオォン、と地響きがした。何が巨大化したのかと皆で首を巡らせば、熊より大きくなった猫じゃらしの穂が重さに耐えかねて上から猛スピードで倒れてくるところだった。さっと飛び上がったアルヴィが、高速で垂れてくる穂を腰から抜いたナイフで切り落とし、リュリュが両手でそれを受け止めた。
「おい、ネイリッカ、危ねえよ?!」
勢いに負け、もさもさした穂を抱いたまま地に転がったリュリュがネイリッカを見上げて文句を言おうとするも、彼女の泣きだしそうな表情を見てきゅっと口をつぐんだ。ネイリッカは両手でスカートを握りしめ、ぎゅっと目をつぶって声を上げた。
「 ヴィーはいつだって私を気遣ってくれますし、優しくてこんなに私を大事に想ってくれているのです、心が狭いだなんて思いません! 私はそんなヴィーが大好きなのです!」
思いっきり叫んだネイリッカに皆の視線が集中する。彼女は直ぐに自分の口から出た『大好き』という言葉に気がつき、全身真っ赤になった。そんな彼女を見てヌルミはそうかと笑い、アルヴィは上気した顔でネイリッカに近づき遠慮がちに抱きしめた。
「リッカに大好きって言ってもらえてすごく嬉しい! ありがとう、ずっとそう思ってもらえるようにこれからもめいっぱい大切にするから僕の側にいてね」
「はいっ! 私もヴィーをめいっぱい大事にします!」
ネイリッカもアルヴィの背に腕を回してぎゅうっと抱きついた。
「わお、ネイリッカがついにアルへの愛を叫んだわ」
「サッラ、そんなことよりネイリッカと一緒にブルーベリーの木まで紅葉しちまったぜ?!」
「そっちのほうが『そんなこと』だわ!」
相変わらずなリュリュにむくれるサッラの後ろで、ヌルミが腕を組んでつぶやいた。
「ふむ。ネイリッカの植物巨大化も気になるから、予定を変更してしばらくここで原因を探ってみるかな。加護を増幅させているものが何か判れば、色々対処ができるだろう」
「えっ、それは困ります。ネイリッカがずっと貴方にべったりになるじゃないですか!」
耳ざとく聞きとがめ、本音を隠すのをやめて堂々と言うようになったアルヴィに、ヌルミが楽しそうに宣言した。
「望むところだ。それが嫌ならなんとかして私からネイリッカを奪ってみろ」
♦♦♦♦♦♦♦♦♦
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
新キャラ登場というところで、お知らせです。
この度、こちらの作品が【第5回アイリス異世界ファンタジー大賞 銀賞】をいただきました。
それにより、書籍化される予定です。そして、大幅に加筆をする必要がありまして……しばらくの間更新が非常にゆっくりになると思います。せっかくヌルミ様がいらしたところで申し訳ないのですが、何卒よろしくお願いいたします。
ネイリッカの鋭い声とともに棒に結ばれた紐がひらりと宙を舞い、淡い栗色の毛玉がそれを追ってしなやかな体を思いっきりくねらせて飛んだ。
「おおっ、ティクル殿、さすがです!」
ヌルミの喜色に満ちた声が辺りに響き渡り、森の入り口でベリーを摘んでいたアルヴィは手を止めてそちらへ首を巡らせた。すぐ近くの草地でネイリッカとヌルミが猫のティクルと遊んでいる。大地を強く蹴って華麗に飛び上がったティクルが追っているのはユッタお手製のねこじゃらしで、棒に結ばれた紐の先に毛糸のポンポンがついている。
……いつもなら、僕の側で笑っているのに。
楽しそうな二人と一匹を見ているうちに、だんだんとアルヴィの口元がへの字に曲がっていく。
「アルはあの空読み姫様が気に入らないみたいだな」
近くで同じように手を止めてネイリッカ達を眺めていたリュリュが不思議そうに言い、アルヴィはそちらに顔を向けつつ自分に言い聞かせるようにつぶやいた。
「……そんなことないよ。ネイリッカの大事な姉なんだから、親戚みたいなもんだろ」
「そうかぁ? さっき、アルはこんな顔で睨んでたぞ」
リュリュが自分の目尻を指で吊り上げながらおどけ、アルヴィは黙って自分の顔を手の甲で乱暴にこすった。
「リュリュ兄ちゃん、アルはヌルミ様にネイリッカをとられてヤキモチを焼いているだけよ」
この辺りに群生している植物の猫じゃらしを引っこ抜きに来ていたサッラが呆れたように二人の会話に参加してきた。その彼女の鋭い一言はアルヴィの痛いところをズバリと突いたらしく、みるみるうちに赤くなった彼を見てリュリュは目を丸くした。
「えっ、なんで? ネイリッカはアルの婚約者だし、あの人は女性なんだから、ヤキモチを焼く理由なんてどこにもないだろ?」
「そうだけど、相変わらず兄ちゃんはわかってないなあ。アルは相手が女性だろうと家族だろうと、誰にもネイリッカを取られたくないの、常に自分だけを見ていて欲しいのよ。アルってば意外と独占欲が強いのね。ネイリッカ、窮屈じゃないかしら」
「サッラ……、僕はそういうの全部、ネイリッカに知られないように抑えて我慢してるんだから、絶対に言わないでよ」
あまりにもズバズバと知られたくない心の内を暴かれてしまったアルヴィは、ついにその場に座り込み頭を抱えてサッラに懇願した。
「ヴィー? どうしましたか、体調が悪くなったのですか?!」
その時、間の悪いことにネイリッカがやってきて、うずくまるアルヴィに駆け寄った。心の底から心配してくれている彼女の声に、アルヴィの胃がキリキリと痛んだ。
……こんなことでヤキモチを焼いている僕は、器の小さい男だな。
「元気だから大丈夫だよ。リッカはヌルミ様の相手をして差し上げて」
「ティクル様は日課の散歩へ行ってしまったんだ。ネイリッカを借りていて申し訳なかった、私もベリー摘みを手伝おう」
残念そうに言いながらネイリッカの後ろから顔を覗かせたヌルミは、アルヴィを見て眉根を寄せた。
「おや、熱中症か? どこか涼しいところで休んだほうがいいぞ」
「熱中症?! 大変です、ヴィー、急いで姉様の言う通りに……」
「熱中症じゃねえって。アルはヌルミ様にヤキモチを焼いてるだけだ」
リュリュがさらりと秘密を暴露し、その場に沈黙が落ちた。
「ヴィーが、……ヤキモチ、ですか?」
「なんだ。昨日から敵意を含んだ視線がチクチク刺さると思っていたが、やはりアルの嫉妬か」
戸惑うネイリッカの横で、ヌルミがにやりと笑った。その言葉でかっとなったアルヴィは、勢いよく立ち上がるとヌルミに詰め寄った。
「ええ、僕は貴方が羨ましいですよ。あれだけ全力で懐いているところを見せられて平気なわけがないでしょう?!」
自棄のように胸の内を吐き出したアルヴィに、ヌルミは吹き出し、ネイリッカは目を真ん丸にした。
「そうだろう、羨ましいだろう。私はネイリッカが1歳になる前、塔に来た時から側にいたんだ。婚約者といえど、たかだか五年の付き合いしかない者に負けるわけがない」
そう得意げに言い放ったヌルミと目が合った瞬間、アルヴィの胸に猛烈な対抗心が沸き上がった。
「いいえ、愛情なら僕のほうが勝っています! 一緒にいた時間の長さなんて関係ない、どれだけ彼女を大事に思っているかですよ」
「なんだと? それなら私のほうが上だ! 私はネイリッカの母であり姉であり友人なんだ。あの懐き方を見ただろう? 誰がどう見てもアルより私のほうに愛情がある」
負けじとヌルミもアルヴィへ両手を広げて主張し始めた。二人の剣幕に気圧された残りの三人はなすすべなくその様子をぽかんと眺め、止める者がいないまま不毛な言い争いは続いた。
「何を言っているのです、僕なんて手をつなぎますし、こないだは彼女の髪も結びました」
意気揚々と言い放ったアルの台詞に、それは何自慢なの? とサッラは隣でいろいろ暴露されて動揺している友人に同情し、リュリュは、ああ、あのネイリッカの髪型が面白かった日か、と合点する。ヌルミはふん、と鼻を鳴らし腕を組んでアルヴィを見上げた。
「ハッ、そんなの私はネイリッカが歩く前からやっているぞ」
「僕が触れるとネイリッカは赤くなって可愛さが増しますよ!?」
「私が彼女の幼い頃の話をすると恥ずかしがって赤くなるぞ?!」
「それは違うでしょ?! いいですか、 僕は誰よりもネイリッカが好きなんです! 甘えるのも頼るのも僕だけにして欲しいと思って当然でしょう?! ……リッカ、こんなに心の狭い婚約者でごめんね。だけど、僕はいつだって君を一番近くで守りたいし、たくさん甘えてもらって笑顔いっぱいにしたいんだ」
アルヴィがネイリッカの方を振り向いて言った途端、ズドオォン、と地響きがした。何が巨大化したのかと皆で首を巡らせば、熊より大きくなった猫じゃらしの穂が重さに耐えかねて上から猛スピードで倒れてくるところだった。さっと飛び上がったアルヴィが、高速で垂れてくる穂を腰から抜いたナイフで切り落とし、リュリュが両手でそれを受け止めた。
「おい、ネイリッカ、危ねえよ?!」
勢いに負け、もさもさした穂を抱いたまま地に転がったリュリュがネイリッカを見上げて文句を言おうとするも、彼女の泣きだしそうな表情を見てきゅっと口をつぐんだ。ネイリッカは両手でスカートを握りしめ、ぎゅっと目をつぶって声を上げた。
「 ヴィーはいつだって私を気遣ってくれますし、優しくてこんなに私を大事に想ってくれているのです、心が狭いだなんて思いません! 私はそんなヴィーが大好きなのです!」
思いっきり叫んだネイリッカに皆の視線が集中する。彼女は直ぐに自分の口から出た『大好き』という言葉に気がつき、全身真っ赤になった。そんな彼女を見てヌルミはそうかと笑い、アルヴィは上気した顔でネイリッカに近づき遠慮がちに抱きしめた。
「リッカに大好きって言ってもらえてすごく嬉しい! ありがとう、ずっとそう思ってもらえるようにこれからもめいっぱい大切にするから僕の側にいてね」
「はいっ! 私もヴィーをめいっぱい大事にします!」
ネイリッカもアルヴィの背に腕を回してぎゅうっと抱きついた。
「わお、ネイリッカがついにアルへの愛を叫んだわ」
「サッラ、そんなことよりネイリッカと一緒にブルーベリーの木まで紅葉しちまったぜ?!」
「そっちのほうが『そんなこと』だわ!」
相変わらずなリュリュにむくれるサッラの後ろで、ヌルミが腕を組んでつぶやいた。
「ふむ。ネイリッカの植物巨大化も気になるから、予定を変更してしばらくここで原因を探ってみるかな。加護を増幅させているものが何か判れば、色々対処ができるだろう」
「えっ、それは困ります。ネイリッカがずっと貴方にべったりになるじゃないですか!」
耳ざとく聞きとがめ、本音を隠すのをやめて堂々と言うようになったアルヴィに、ヌルミが楽しそうに宣言した。
「望むところだ。それが嫌ならなんとかして私からネイリッカを奪ってみろ」
♦♦♦♦♦♦♦♦♦
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
新キャラ登場というところで、お知らせです。
この度、こちらの作品が【第5回アイリス異世界ファンタジー大賞 銀賞】をいただきました。
それにより、書籍化される予定です。そして、大幅に加筆をする必要がありまして……しばらくの間更新が非常にゆっくりになると思います。せっかくヌルミ様がいらしたところで申し訳ないのですが、何卒よろしくお願いいたします。
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このお話を読んでくださりありがとうございます。
そうですねえ、大人の空読み姫達は知っていますが、幼いうちに塔を出たネイリッカは知りません。という設定ですが、話の中で出すところを用意できませんでした。
番外編など書いたら使うかもしれませんが、今のところ未定です。