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番外編3 来訪者 中編
しおりを挟む……え? ネイリッカは『空読み姫』の中でも普通じゃないの?
ネイリッカの起こす現象は『空読み姫』だからだと今まで何の疑問もなく受け入れていたが、それが規格外だと言われてしまうと、どう反応していいかわからない。
サッラは動きを止めてヌルミを見つめ返し、彼女の凪いだ緑と空色の目に吸い込まれそうになってハッとした。
……待って? ネイリッカが規格外、珍しいってことは、実験体とやらにされたり見世物にされたりするのでは?
それは、嫌だ! とんでもない能力を持っていようとネイリッカはネイリッカで、私の友達よ!
「あなた、もしかしてネイリッカを何処かに連れていく気!? ダメよ、彼女は絶対に渡さないんだから!」
突然のサッラの叫びに周囲の目が一斉に二人へ向いた。
「なんだと!? 『空読み姫』様、あんたウチのネイリッカちゃんをまたどっかへ連れてく気かい!?」
「そんなら村へは入れられないね」
「帰って!」
その場の空気がサッと変わり、口々に非難され始めたヌルミへネイリッカがオロオロと手を伸ばしたが青ざめたアルヴィに止められた。彼は彼女を背にかばいつつ真っ直ぐヌルミを見て尋ねた。
「ヌルミ様、貴方はこんな端の地へ何をしに来られたのですか? サッラの言うようにネイリッカを他所へ連れて行くつもりなら僕は全力で阻止します」
毅然と言い切ったアルヴィに対して、ヌルミは嫣然と微笑んだ。その笑みは彼女の美貌と相まってとんでもない破壊力を持ち、村人達の動きを止めた。
「皆、安心して欲しい。私はネイリッカを連れに来たわけではない。ちょっと旅の途中に会いに寄っただけだ」
というわけで、とりあえず領主殿に挨拶へ行く、と豊かな金の髪をむんずと掴み帽子の中に押し込みながら歩き出した彼女をネイリッカが慌てて追いかける。
「ヌルミ姉様、ご案内いたします! 父は多分、まだ畑ですので」
「ほう、ネイリッカは領主殿を父と呼んでいるのか。これはまた面白い」
「はい! ご領主様ご夫妻をお父さん、お母さんと呼ばせていただいております。初めて呼んだ時はとても嬉しかったですよ」
「……そうだろうな」
ヌルミが何かを飲み込んだように声を詰まらせ、腕を伸ばしてネイリッカの頭を撫でるのを見たアルヴィがハッとして走り出した。
「ネイリッカ、僕も一緒に行くよ!」
「アル、忘れ物!」
サッラがアルヴィを呼び止め、側に転がっていた巨大なブルーベリーを渡す。それを見たネイリッカとヌルミも引き返してきて、1つずつ緑と赤の実を抱えて歩き出した。
それに続いて村の人達もそれぞれ転がっていたベリーを持ってついていく。それは傍から見ると、色とりどりの巨大ベリーの行列のようだった。
■■
「……空読み姫様が、国中を旅されるのですか!?」
「左様です。私はずっと塔から出たいと思っていまして、ちょうど貴方がたの起こした大変革による内部の混乱に乗じて旅に出る許可をもぎ取ってきたのです。まあ、いつ呼び戻されるかわかりませんので、まずはずっと気になっていた幼くして嫁いだネイリッカの様子を窺いにこちらを訪ねた次第です。そういうわけで、しばらくこの地への滞在の許可をいただきたく」
よろしく、と手を差し出すヌルミの美貌に圧倒されっぱなしの領主オリヴェルの隣で、ネイリッカがワクワクと目を輝かせた。
「お父さん、いいですよね!? 姉様、私の部屋で一緒に寝ましょう! そうだ、いつまでいてくださるのですか?」
「うーん。お前の元気な姿も見られたし、まだ旅を始めたところで長居は出来ないから二、三日かな」
「え、そうなのですか……寂しいです」
「まあ、そう言うな。では、この国をひと回りしたらまた来よう」
「本当ですか!? その時はたくさん泊まってくださいね、約束ですよ」
分かった、と頷いたヌルミがふと窓の外に視線を向け、ピタリと止まった。なんだか彼女の様子がおかしい。その場にいたネイリッカと領主一家が視線をたどると、窓の向こうには猫のティクルがいた。外の散歩から帰ってきたらしく、部屋の中に入れろとガラスを挟んでこちらを見つめている。
「あら、おかえり、ティクル」
窓の一番近くにいたユッタが彼に当たらないようにそっと開けると、にゃー、と挨拶しながら床に飛び降りて部屋を通り抜けていく。その途中、見知らぬにおいに気がついたのか、進路を変えてヌルミの足元へ行きフンフンと鼻を寄せた。
「ね、猫……ねこ……」
ガタガタと震えだしたヌルミに全員の目が集まったが、彼女はティクルに集中している。
「うわああ、猫、ねこ様だ! なんということだ、こちらにお住まいなのですか?! え、なでさせていただけるので?! なんと抱っこまで!」
震える手で小麦色のティクルを抱き上げた彼女は、うっとりと顔をその首筋に埋めて幸せそうに目を閉じた。その次の瞬間。
ふええええっくしょいっ くしょんっ ふえっくしょーーいっ
とんでもない爆発音がヌルミから発された。その腕の中にいたティクルは飛び上がって逃げ出し、目から鼻から水が出始めた彼女はポケットからハンカチを出して顔を覆って泣き始めた。
「ああ、目がかゆい、鼻水が止まらない。せっかく触らせてくれる猫様にお会いできたというのに、この体質のせいで全く堪能できなかった!」
床に崩れ落ちさめざめと涙などを流し続けるヌルミへ、どう声をかけていいかわからず皆固まっていたが、意を決したネイリッカが恐る恐る彼女の肩に手を置いた。
「えっと、姉様は猫さんがとんでもなくお好きだったのですね?」
「そうだ。私はこの世のすべての猫様を心の底から愛している!」
「でも、猫アレルギーなのですね?」
「そうなのだ! でも、たいていの猫様は私を見るとなぜか逃げていくから、眺めるだけでよいとそれだけで幸せを感じていたのだが……私を嫌がるどころか、抱っこまでさせてくださる猫様にお会いできようとは!」
もう、このまま儚くなっても悔いはないと叫ぶヌルミに、アルヴィーは出会ったばかりのネイリッカを思い出した。
……空読み姫は嬉しすぎると直ぐ儚くなりたがる習性でもあるのだろうか。
「あら、猫アレルギーですか? それじゃあ、ティクルはネイリッカちゃんと一緒に寝ているから、ヌルミ様も一緒の部屋というのは難しいわね。使っていない離れの部屋があるから、そちらに泊まっていただきましょう」
ティクルには離れに行かないように言っておきますので、とユッタが続ければ、ヌルミが目に見えて落ち込んだ。
「ネイリッカは猫様と一緒に寝ているのか?! なんて羨ましい。奥方、私はどうなってもいいから猫様と一晩過ごさせてはいただけまいか」
「さすがにそれはダメですよ。昼間にアレルギー反応が出ない距離でティクルと遊んでやってください」
「猫様と遊ぶ……」
うっとりと両手を組んで妄想の世界に行ってしまったヌルミの顔の前で、手を振りながらネイリッカが言葉を重ねる。
「姉様とご一緒できないのは残念ですが、明日一緒にティクルさんと遊びましょう。とっても食いつきがいい猫じゃらしの振り方を伝授いたしますね!」
「猫じゃらし! ぜひ頼む!」
……それ、昔僕がネイリッカに教えたやつ。
左右で色が違う瞳を輝かせ、お互いの手を握り合って喜ぶヌルミとネイリッカを見るアルヴィの心の中は、なんとなく重たくもやもやしていた。
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